第四話 加護と魔術①
休息日の翌日。
今日は午前中に鍛錬をして、午後は座学という日程だ。
すでに午前中は何度か青あざを作りながらも無事に鍛錬を終え、今は午後の座学に入っている。この座学では兵法をはじめ、世界情勢、グラノリュース天王国の内情、さらには不思議な力についても学ぶ。今日は前回の世界情勢のおさらいをしてから単純な武力以外の力について学ぶ予定だ。
「さて、ウィリアム殿。前回は世界がどういった状況なのか説明いたしましたな。どういった内容だったか覚えておいでで?」
座学の先生である、少し腹の出た優しそうな眼鏡をかけた人が言う。
「確か、悪魔の大軍勢が北から攻めてきてほかの国は亡んじゃったんだよね。それで今は大陸最南端のこの国が残っていて悪魔に対抗しているって話だったね」
「その通り。現状では我が国が人類最後の砦であります。とはいえほかの国の生き残りがまだ生きていて我が国にやってくることもあります。そういった人たちの保護も行っています」
広くもないが狭くもない部屋で、先生が壁にかけられた世界地図のいたるところにより詳細な情報が書かれた紙を貼っていく。
僕は確認のために、前回までに習ったことを口頭で述べていく。
この世界には悪魔という人類に仇名す存在がいる。その悪魔は強力で、すでに多くの国家が滅んだ。
「以前あった国は人が住む国のアクセルベルク、森の民エルフの国ユベール、地の民ドワーフの地下王国レオエイダン、獣人の国アニクアディティの4つだね。その国の生き残りがこの国にいるの?」
「ええ、おりますとも。上層にはいませんが中層にはいるかもしれません。まあ軍部には一人もいませんが」
先生の言葉に疑問を覚えた。習った話では、エルフは優れた狩人でドワーフは勇敢な戦士だ。
その疑問を察したのか、先生が微笑みながら答える。
「ドワーフやエルフは一般的には人族よりも優れた身体を持つと言われています。軍部にいないのはこの国にやってきた者たちが敗残兵であり、戦えないからです。一度負け、逃げた兵士が再び戦えるとは思わないほうが良いですよ」
つまり一度負けた人間は恐怖から戦えないと言いたいのだろうか。
この世界には純粋な人間のほかにドワーフやエルフ、獣人がいるらしい。ほかにも少数の人種がいるらしいが一国としてまとまっているのはこの4つなのだそうだ。
そしてこれらの種族はそれぞれが異なった形で優れた能力をもつ。ドワーフは力が強く、エルフは不思議な力を使う。獣人は種類が多く、一概には言えないのだそう。この辺りは実際に見てみないとわからないらしい。
「前回のおさらいはこの辺りでよいでしょう。では今日の内容に入りますぞ」
「今日は魔術と加護についてだっけ」
今回の内容はとても楽しみにしていたものだ。それはなぜか。
「この2つは戦いにおいて大いに役立つ技術です。必ず活用していただきたい。」
「魔術はソフィアが使うよね。すごく強いって聞いたよ。」
そう、魔術はソフィアが使っているすごく優れた技術だからだ。
と思ってそう口にしたが、先生は首を振った。
「いいえ、ソフィア殿が使うのは魔法です。厳密には魔術と魔法は別物です。魔術は技術が確立し、誰でも使うことができますが、応用が難しく、扱いが限定されるものが多いです。一方魔法は応用が幅広く、戦いのさなかで臨機応変に展開することができます。」
魔法、か。確かにソフィアは自分が使うものは魔法と言っていた。魔術とは厳密に区別されているのか。
「それだけ聞くと魔法のほうがいいんじゃない?」
「確かにその通りです。ですが魔法の使い手はこの世界にはほぼ存在しません。ソフィア殿をはじめとした天上人たちが特殊だとお考え下さい。ゆえに魔法を前提とした戦いではなく、魔術が前提となります」
「そうなんだね。でもどうして魔法の使い手は少ないの?この世界の人は使えない理由があるの?」
「そのあたりに関しては魔法の使い手が少ないため、明らかにされていませんな。それにかつてはこの世界の人々も魔法を使うものがいたという話もあります。天上人の方々もどうして使えるのかわからないと言っているくらいですから」
魔術と魔法。この2つは似ているがしっかり区別されている。魔術は誰にでも使えるができることが限られ、扱いが難しいらしい。一方で魔法は使い手が数少ないが、非常に応用性があり、強力らしい。
現在は転生者である天上人だけが魔法を使えるらしい。ただ魔法は使えても強力な魔法を使えるようになるのは当然努力が必要なので、中には魔法が使えても武術に打ち込む者も多い。
ちなみに僕は使えない。
僕は他の転生者が持っているであろう記憶も魔法への適正もなく、すべてを膂力に費やしたような形になっている。その膂力だって、天上人じゃない人に僕より上の人がいる。
僕が出来損ないと言われる理由の一つだ。
魔法欲しかったなぁ~。
「ウィリアム殿は魔術を学ぶべきですな。これからは魔術の時間を増やしていく予定です」
とはいえ魔術も限定的とは魔法と同じ現象を起こすことができるので、極めれば強力な技術足りうるので頑張ろう。
「魔法は基本的に万物の根源たるマナに直接作用し、現象を引き起こすものです。魔術はそれに対し、魔法陣や呪文を通してマナに作用して現象を起こします。」
「このマナはどこにあるの?」
「どこにでも存在します。今私の目の前にもありますし、ウィリアム殿の体の中にも存在します。このマナに直接作用できるかどうかが魔法を使えるかどうかを分けると考えられています」
このマナに作用するためには魔力が必要らしい。魔力を使ってマナを刺激して現象を引き起こすとのこと。このマナは知覚できないことがほとんどで魔法使いは知覚できるらしい。僕はもちろん知覚できない。もうさすがに諦めて魔術を頑張ろう。はぁ……
「大気中のマナに刺激を与える方法としては何があるといいましたか?」
問題が投げかけられた。頭の引き出しの中から数少ない知識を引っ張り出す。
「えっと呪文と魔法陣?」
「そうです。呪文は声によって大気中のマナを使って現象を引き起こします。魔法陣は陣内をマナが通ることで刺激を受け、現象が引き起こされます。」
これだけ聞くと発声するだけで発動できる呪文のほうが便利そうだ。魔法陣は書くのが面倒そうだけど、何回も使えるなら便利そうだ。適材適所で使い分けてるのだろうか。
「手軽なのは呪文ですが、実際に使われるのは魔法陣です。」
「え?使い分けたりとかは?」
「滅多にしませんね。もっぱら魔法陣ですね」
ちょっと意外だな。どうしてだろう。
「考えてもごらんなさい。声でマナに刺激を与えるのです。そしてマナはどこにでもある。つまり音が聞こえる範囲すべてに作用を及ぼすので使える呪文は限られます。また口内にも影響が出るのでよほどでない限りは使いません。あったとしても明りの呪文くらいです」
「確かにすごい不便そうだね……ていうか明りの呪文?どんなもの?」
「こんな感じですね。『光』」
「ギャーーーーー!?」
先生が明かりの呪文を唱えた直後、僕は叫んだ。
すごいものを見た!
聞こえるかどうかの小声だったので部屋が光るほどではなかったけど、先生の口から光があふれ、放射状に広がる様子はさながら口からビームを放ったようだった!心なしか目も光っていた!
とんだびっくり人間だ!!
「とまあこんな感じですね。呪文の効果は広く制御が困難なので無害なものしか使えません。効果は呪文によりますが数秒程度しか持ちませんので、もっぱら魔法陣が使われています」
「確かに光の呪文であんなになってたら、誰も使わないよ」
「わかっていただけたようで。一方魔法陣の効果は基本的に魔法陣近傍となります。効果も魔法陣を崩す、あるいはマナが枯渇しない限り続きます。マナの枯渇は環境によっては起こらないため、ほとんどの場合は陣の一部が取り外せるようにしています」
なるほど、魔法陣は呪文よりも扱いやすそうだ。効果範囲は狭いが呪文に比べれば扱いやすいだろう。
ひとしきり魔術について教わった後はよく使われる魔法陣の種類と形状、効果をひたすら覚える時間だった。魔術の時間はほとんどがこれに費やされるらしい。
そういえば最初にもう一つ気になることを言っていた気がする。
「そういえば魔術のほかにもう一つ何かあるんじゃなかったっけ」
「もう一つ?……ああ、加護のことですね」
加護って名前がつくくらいだし、人から与えられるものなのかな?
「加護とは万人が持っている力のことです。加護と呼ばれているのはその力は元来、神に与えられたものと言われているからです。曰く人が人足りうるのは強き意志を持つからこそと言われ、その意思を体現するために神が与えたものが加護と言われています」
「ということはみんなが持っている力ってこと?」
「その通りです。ですが加護は先ほども述べたように意志あるいは願いの力。意志も願いも人それぞれ異なるのでその力の強さも種類も千差万別です。さらに加護は常に発動しているものではなく、ある精神状態のときのみ発します。もちろんその条件も人によるため、発動しやすい人もしにくい人もいます」
「じゃあ僕にもあるってことだよね。その加護を知る方法ってあるの?」
「ありません」
驚いた。
魔術のほかに加護というものがあると知り、これは誰にでもあるもの。ならば僕にもあって使えるんじゃないかと思ってどういうものか知りたかった。その知る方法がないと言われ、すこし驚いた。加護は誰もが持つから、てっきり知る方法が存在してると思った。
「占いである程度どういったものか知る方法はあります。ですが確証はありません。そもそも占いではその人の深層心理を調べるもの。加護は意志に影響を受けるので間接的に加護を調べるようなもので過信はしないほうがいいでしょう」
「じゃあ結局加護が発動するまでどんなものかわからないのか」
「その通りです。さらにいうなら意志とは変化するもの。加護も変化するため制御するのは難しいでしょう。」
「そっか。じゃあ戦いに役立つわけではないんだね。」
「そうですね。むしろ戦いに役立たない場合がほとんどでしょう。ただ一つ言えるのは……」
そこで先生が言葉を区切る。
「加護はその人自身を表すもの。悪しき人には悪しき加護。善き人には善き加護が備わると言われています。そのため日ごろから善き加護のため、善き行動をしていきましょうと子供によく言い聞かせたりしますね。」
「へぇー、なかなか面白いね!」
よくある道徳的な寓話だろう。実益も目に見えてあるから効果的な気がする。
「ウィリアム殿も善き加護が得られますよう、日頃から心身ともに励んでいくのですよ」
「気を付けます!」
加護か。僕の加護はどんなものだろうか。今まで発現したことがないから簡単に発動する類ではないんだろうな。ほかの人はどんな加護を持っているのだろうか。
今度オスカーたちに聞いてみよう。
次回、「加護と魔術②」