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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第三章《移り変わり固まる決意》
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第二話 アクセルベルク


 アクセルベルク南端基地ロイヒトゥルムにて、俺たちは一週間以上拘束された。

 最初の日にいろいろとよくわからない質問を沢山された。この絵はどう見えるだとか、こういう状況だったらどうするとか、今どんな気分だとか。


 今どんな気持ち?なんて聞かれたときはおちょくられてるのかと思って、半ばキレながら最悪だと言ったら何故か怯えられた。

 煽ったわけじゃなかったのか、すまん。まあでも面白かったから、そのあとも半分くらい本気で怒りながら対応した。若干すっきりした。


 その後は特に何かされることもなく、基地内であれば一言断れば自由に行動できたため、意外にもこの数日間は充実したものになり、この国についていろいろ知ることができた。


 まず、ウィルベルが言っていた通りアクセルベルクは軍事国家。

 その内情は大陸中に存在する悪魔に対する防波堤とのこと。

 大陸中央に位置するのに防波堤とはと思ったが、他の国のユベールやレオエイダンは海を挟んだ東西に位置している。悪魔たちは北から来ることが多いので、陸続きであるアクセルベルクがもっとも攻撃を受ける。

 そしてもしアクセルベルクが落ちれば、次はユベールやレオエイダンが襲われる。

 そのためアクセルベルクは二つの国と同盟を結び、結託しているのだそう。


 そのおかげでアクセルベルクは両国の技術や人が集まる場所となり、強く栄えている。


 大陸のために戦っているアクセルベルクに唯一協力しないのが、陸続きだから他二国以上に危険なはずのグラノリュース天王国だ。

 協力どころか他国の使者を返しもしないため、アクセルベルクはグラノリュースを仮想敵国としている。

 一説ではすでに悪魔の手に落ちているのではと噂されていたようだ。もっともその説は俺たちがここに来たことで否定されたが。


 そしてもう一つわかったことが、この国の支配体制だ。

 この国は王都を除く東西南北の四つに大きく分かれており、統治しているのはなんと中将以上の軍人らしい。貴族とかではないのかと聞いたが、逆に貴族とは何だと聞かれた。


 この国では軍事が重要なようで、統治者は軍に精通することを第一とし、内政はその下に複数の文官を置くことで行っているらしい。もちろん統治する大将や中将もちゃんと領地のことを理解し、運営できる力を身に着けていなければならない。あくまで文官はサポートだ。


 そしてこの統治する軍人は世襲制ではなく、東西南北とは違う、中央にいる王が優秀な軍人の中から任命するらしい。ここはかなり厳格らしく、もし任命した後で不正や不祥事が発覚した場合、非常に厳しい処罰を受ける。


 とにかく血筋や家系は後回しで実力主義で国を運営しているそうだ。王政らしいがそこも実力主義らしい。

 とまあ、ここ数日で分かったこの国の内情は以上だ。


「ウィリアム……また勉強してたの?」

「ああ、時間はあるからな。情報は集めないといけない」

「すごいね……私はよくわからないや」


 そしてこの国以外のことでいいことがあった。

 マリナがかなり元気になった。


「もう体は元気か?」

「うん。まだ走り回ることはむずかしいけど……ながい時間歩けるようになったよ」

「それはよかった。頑張ったな」


 マリナは以前まではやせ細っていて、とても健康的とは言えなかった。

 旅の間も気を使っていたが、やはりしっかり休んで食事もとれる今の環境のおかげか、ここ数日でかなり太ましくなって、健康的になった。

 ただ話し方は癖なのか、間に一呼吸置く感じは変わってない。


「また文字とか計算……おしえて?」

「はいはい」


 こうして空いた時間も勉強しようとするから随分努力家だ。

 彼女はずっと下層のスラムで生きてきた。当然教養なんてない。

 むしろよく生きてきたものだ。話を聞いたが生きているのが不自然なくらいだ。だから聖人に近付いたのか?

 部屋でマリナに勉強を教えているとウィルベルが帰ってきた。


「ただいま~。あーすっきりした!」

「おかえりなさい」

「おかえり、また暴れてきたのか。いい加減落ち着けよ」

「だって次いつ暴れられるかわからないんだもの。それにここの人もせがんでくるし」


 ウィルベルはここ連日、訓練場に行って爆炎魔法をぶっ放しまくっている。俺も顔を出すがひどい有様だった。

 荒らすだけ荒らして直さずに帰るのだ。兵たちがひいひい言いながら直していた。


 もっと大人しい魔法も使えるはずなのにな。

 ウィルベルを心の中で爆発魔と呼ぶことにしよう。


「あんたの方こそ、人に教えてるけど魔法の勉強はいいの?」

「ああ、それなんだけどちょっと盾に乗ってみてくれ」

「またそれ?別にいいけど」


 ウィルベルの前に、電気を応用して作った磁気の魔法で盾を浮かせる。

 彼女がそれに乗るとゆっくりとだが沈んでしまった。


「まだ駄目か、お前太ってないだろうな」

「失礼ね!むしろ山越えのせいで痩せてるわ。あんたの魔法が貧弱なだけよ!」

「ウィリアム、ここは?」

「ああ、ここは……」

「こらー!無視すんなー!」


 そんな風に日々が過ぎていった。ここでの生活は金がかからないし、落ち着いてやることが多い俺たちにはいい環境だった。


 だがそんな日にも当然、終わりが訪れる。


「王都へいけ?」

「そうだ、諸君らがもたらした情報と力は大変興味深い。ゆえに国は興味を示したようで君たちを城へ招聘したいそうだ」

「あたし、ここでの生活気に入ってるんだけど」

「それは嬉しいことじゃがここも軍事機関。いつまでも一般人を置いておくことはできん」

「一般人ね……」


 アダルヘルム少佐とバーレッド大佐がそう告げる。

 俺たちを一般人扱いということは、スパイ疑惑は晴れたということか。そしてそれとは別に俺たちが興味深いから王都へ来いと。


「諸君らのおかげで、ここの兵たちもグラノリュースに危機感を覚えたようで訓練に身が入っているようだ。感謝する」

「こちらこそ爆発魔が迷惑をかけた。ご老人にも心臓に負担をかけてしまったな」

「なに、この年にしていい勉強になった。ちょっと死んだ婆さんが見えたがの」

「ねぇ、爆発魔って誰?まさかあたしのことじゃないわよね」


 2人に礼を言って、部屋を出る。その後は荷物をまとめて用意された馬車に乗って発った。いきなり王都へ行くことになってしまったが、どうなることやら。


 あの二人の口ぶりからそう悪いことにはならないと思うが、丸め込まれて身動き取れなくなるのも困る。

 結局はまた気を張らなきゃいけないわけか。


「同じところでゆっくりするのも悪くないけど、やっぱり旅はいいわね、楽しいわ」


 ウィルベルが顔を綻ばせながら言った。

 さっき基地での生活が気に入ってるとか言ってなかったか?

 まあいいけど。


「俺はゆっくりしたいよ。やることが山ほどある」

「何言ってるのよ、人生楽しまないと損よ?」

「やることやってから楽しみたい派だ」


 嘘だ。夏休みの宿題は最後まで残すタイプだ。

 ただ俺は早く元の世界に帰りたい。休むのは帰ってからにしたい。

 それをここで言う気はないので、それっぽいことを言っておく。


「ウィリアム……これは?」

「ん?これはこうだ。あまり馬車の中でやるな。酔うぞ」

「あたしとマリナで対応違いすぎない?」

「気のせいだ」

「絶対に違うわ」


 馬鹿なことを言い合いながらも馬車は進んでいく。王都はどんなところか。いったい何が知れるだろうか。





 時は少しさかのぼる。

 アクセルベルク南部のある屋敷の中で、大柄で黒い髪を短く切りそろえた男が部下から報告を受けていた。


「やってきた3人組の調査結果です」

「ご苦労」


 部下から書類を受け取る。そこに書かれていたのはグラノリュース天王国からやってきたウィリアム、ウィルベル、マリナの3人についてだった。

 一番上に書かれていたのはマリナ。


「このマリナという少女はグラノリュース天王国貧民街の出だそうです。碌な教養もなく、栄養状態も悪い、やせ細った体を持っています。ただし半聖人というべき体でもあります」

「半聖人……生半可な環境ではなかったということか。随分と若い。いや、幼いというべきか。この成りでよくあの魔境を超えてきたものだ」

「事実、彼女だけでは不可能だったでしょう。おそらく貧民街で生き抜くことすら」


 部下から告げられる報告にはマリナについて特徴や経歴がまとめられていた。彼女の経歴について書かれていることに目を通した男は眉を潜ませ、不愉快な気持ちが滲む声を出す。


「ずいぶんとひどい環境だったようだ。食べ物もなく、搾取され、暴力を振るわれる日々。身寄りもなく服もない。ただのぼろ布を宝物のように扱うとは……」


 マリナは過去のことを赤裸々に語っていた。それがどういうことなのか、理解もしていなかった。

 つらい思いをしてきたが、それがほかの人からみてどうかも。


 報告書には、彼女たちが基地にやってきた初日に行った精神鑑定についても、同様に記述されていた。


「精神鑑定結果ですが、生きる意欲が非常に強いと言わざるをえません。過酷な環境に身を置くと感情の起伏が乏しくなる傾向にあるにもかかわらず、強い感情を持っています。また洞察力にも優れ、父性や母性に飢えており、人とのつながりを強く求めています」

「今まで何もなかった反動か、勉学にも熱心なようだ。半聖人にも至るほど。幸か不幸か、グラノリュースの貧民街は彼女を大きく成長させる環境でもあったというべきか」

「ですが、それも結局同行している2人あってのことでしょう」


 報告を受けている屋敷の主が資料をめくる。

 そこに書かれていたのは銀髪で怪しげな格好をした少女。


「ウィルベル・ウルズ・ファグラヴェール。変わった名前だ。容姿からして北部出身か?」

「本人曰く違うとのことです。どこ出身かという質問には一貫して答える気はないようでした」

「つまりグラノリュースでもない。南は日差しが強い、体の色素が濃くなる一方で北部は真逆。一体どこから来たのか」


 男の眉間に深い皺が寄る。資料に目を落として読み進めながら、部下からの報告を続けて聞く。


「精神状態は年相応といったところです。自尊心が強く、英雄願望があるようですね。教養もそれなりにあります。さきほどのマリナという少女とは対照的に健康的で溌剌としています。ただ魔境を抜けられるほどかといわれると疑問が残ります」

「不思議な力を使うということだったな。それについては?」

「精霊術、と聞いています。エルフの妙技でどうやって習得したのか聞いたようですが、そちらもはぐらかしていますね。ただ時間をかければボロを出してくれそうとのことでした」

「年端もいかない少女だ。つつけば出るかもしれん。それにしても先ほどの少女もそうだが幼いな。どちらも十四、五か」


 そして最後の男について。

 資料には3人の似顔絵も書かれていた。他2人については美形ではあるものの幼さの残る顔立ちだった。

 特に異常はない。

 だがこの男は違った。


「なんだこの男は」


 素顔を一切見せない、竜を模した仮面をつけた男。

 戸惑い不安に急き立てられたような低い声が漏れる。

 気になった男は部下に詳細な報告を求めたが、部下は逡巡口ごもる。


「なんだどうした」

「この男ですが……正直、異常としか言えません」

「異常とは?」


 額に浮かんだ汗をハンカチでぬぐいながら、部下は手元にある、上司に渡したものと同一の資料を覗き込む。

 乾いた唇を湿らせながら、うわずった声でなんとか説明する。


「まず、先ほどのマリナという少女よりも強い半聖人で、自尊心が強く、精神状態は不安定。質問によっては激しい怒りを秘めているようにも、落ち着いているようにも感じられます。社交力もあるようでしたが、終始不遜な態度をとっています。若干の嗜虐傾向があり、教養も身体能力にも優れていることから、名家の出だと予想していましたが……」

「名家の出がこのような仮面をつけるのか?そもそも、あの国に名家と呼ばれる家が存在していたのか?」

「恐らく類似するものがあるだろうとのことです。ですがその男は名家の出ではなく、元軍人であったと」

「なんだと!?スパイではないか!?」


 男は声を荒げて身を乗り出す。軍人が他国へ行くこと。それは亡命もある。

 だが軍事的緊張を持っているグラノリュースとアクセルベルク間では今まで亡命などなかった。それができれば今のような状況にはなっていなかったから。


 だが突然にそれはやってきた。通常では大人数の実力者がいなければ踏破しえない魔境をたったの3人で超えてきた者たち。


 そしてそのうちの1人は軍人。

 アクセルベルクへの刺客ととられてもおかしくはない。たった一人ならば紛れ込むのも容易だと、内部から瓦解させる気ではないかと。


 そもそもただの一般人が、3人で魔境を超えるなどできすぎではないかと。

 そして男は、たった一人でも一軍に匹敵するほどの存在を知っている。


「この男は天上人ではないのか?」


 男の疑問に部下は首を振る。


「わかりません。頑なに過去を語りません。経歴も来歴も目的も何も。どうやら同行者にも明かしていないようです。顔も明かしません。時折こちらに怒りを向けてくることからも、情緒不安定な一面も見られます」

「それではこの少女たちが危険ではないか?いつ怒りの矛先が彼女たちに向くかわからない」

「それが彼女たちには落ち着いて対応しているようです。心を開く、とまでは行かないようですが、マリナと呼ばれる少女の面倒をよく見ているようです」

「だから情緒不安定ということか……」


 男は安堵したようにも聞こえる息を吐く。

 しかし、その表情は未だ苦いものがのどに詰まっているようなものだった。


「実力はどうか?」

「バーレッド大佐すらも一瞬でのしてしまうほどの実力です。何をしていたのか、その場にいたアダルヘルム少佐ですらわからないということでした」

「……彼らは何を求めてきている」

「単なる国内での自由行動を。ハンターとしてはしっかりと身分を保証されたものを持っていることから、おそらくはハンターとして活動していくつもりだと考えられます。実力も申し分ないですから」

「むう……野放しにするには危険すぎる。だが、かといって抑えつければ、何をしでかすかわからない」


 男は机の上に指を組み、額を乗せて考え込む。部下はその上司の様子を固唾をのんで見守る。

 いくばくかの時が流れたあと、男は顔を上げて言った。


「この目で見定めるとしよう。この男が我らアクセルベルクの敵となるか、はたまた状況を打破する突破口となるか」

「では?」

「将軍会議を開く。国にはこちらから連絡しておく。この3人にも伝えておいてくれ」

「はっ!」


 部下が敬礼と共に立ち去る。

 誰もいなくなった部屋で、男は息を吐き、天井を見上げる。そこは簡素で古い、木造の天井。


「南部は後れを取っている。一刻も早く、諸領と並ばなければならない」


 溜息を吐きながら男は再び机に向かい合うのだった。



次回、「将軍会議」

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