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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第三章《移り変わり固まる決意》
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プロローグ


             誰もが願う。

          自分の願いを叶えたいと。

      ときには自らの手で、ときには他人を介して。

       しかしてそれは自他を苦しめる毒となる。

         我らは常に考えねばならない。

          願いの原点、その先を。


                      アルドリエ・リヒャードマン

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ついにグラノリュース天上国から脱出し、アクセルベルクの領土に入った。

 とはいえ町にはまだ入っていないから、気は抜けない。ただ森の中よりも圧倒的に安全になったから問題なく町に辿り着けるだろう。


「なあ、アクセルベルクはどんな場所なんだ?」


 俺の隣には銀髪青目の魔法使いの恰好をした少女ウィルベルが歩いている。

 この世界について知っている彼女にこれから行く国について尋ねると、ウィルベルは額に指をあてながら教えてくれた。


「んーあたしもそんなに詳しいわけじゃないんけどね。アクセルベルクは悪魔との戦いが一番頻発するから、軍事国家として有名ね。あと国の運営は王政なんだけど王の決め方が特殊だったのよ。ちょっと覚えてないけど。全体的に実力主義って感じね」

「また軍の影響力が強いのか、まともであることを祈りたいね」


 軍の影響力が強いと聞いて、いいイメージなんて全くわかない。

 グラノリュースがそうだったし――


「グラノリュースと一緒にしちゃだめよ。あの国と比べたらどこの国も怒り狂うわよ」


 心の中を読んだかのように、ウィルベルが注意してきた。


「そんなにか」

「そんなによ。聞いたでしょ。ほかの国にどう呼ばれてるか」


 グラノリュース天王国の異名、いや蔑称。

 その異様な在り方から、彼の国は他国から蔑みを込めてこう呼ばれる。


「盗賊国家ね……そんな国から出てきたなら俺たちは危ないんじゃないか?」

「どうかしら。随分長いこと国交してないらしいから、すぐに捕まって死刑なんてことはないんじゃないかしら」

「まあ、こっちにはハンター証もあるし、いきなりとっ捕まるなんてことはねぇだろ」


 それにしてもアクセルベルクは軍事国家でその理由は悪魔との戦い、ねぇ。

 結局ここまで来るのに悪魔とは会わなかった。会いたいわけじゃないが、全くでないと信憑性がなくなる。危険な魔物や動物は多いから、厳しい環境なのは事実だが。


 アクセルベルクは実力主義、ということはその分、強くなりたいものが多いことが考えられる。それなら鍛錬にはいいかもしれないし、より聖人に近づけるかもしれない。

 そういえば錬金術もこの国が発展しているらしい。

 どんなものかも気になるし、しばらくは情報収集だな。


「あ、あそこに人がいるよ。村か町が近いんじゃない?」

「お、近いみたいだな。話ができるかもな」


 少し離れたところに馬や馬車に乗った人が何人かいる。結構な大所帯だ。話すことができれば近くの町に案内してもらえるかもしれない。

 これは幸先がいい……ん?


「あれ……こっちにきてる、みたい」

「え?」


 ウィルベルのほかにもう1人、旅の道連れである白髪交じりの黒髪の少女マリナが指をさして言った。

 確かにさっきより近づいている気がする。というか馬が完全にこっちを向いている。

 これ捕捉されてるな。


「ね、ねぇなんか嫌な予感がするのは気のせい?」

「奇遇だな、俺もだ」

「逃げる?」

「無駄だろ」


 相手は確実にこっちに向かってる。

 逃げようとしても追われるだろうし、馬に勝つなんて無理だ。おとなしくするしかないな。


「戦う用意だけしておけ」

「わかったわ」


 戦う準備をひっそりと済ませる。といっても俺はともかくウィルベルは魔法だから特に何もない。

 待っていると相手がやってきた。

 馬が10頭、うち4頭は馬車を2台引いている。

 全員が同じ黒を基調にところどころ青が入った制服を着ていて、統一された剣や鎧を纏っていることから軍人だろう。

 先頭にいる勲章がいくつかついた、恰幅のいい男が声を上げた。


「我らはロイヒトゥルム基地所属、アクセルベルク南部軍少佐アダルヘルム・バルドウィンである。諸君らは何者か」


 名乗りを上げた自黒の男はやはり軍人か。

 警戒はしているが、武器を突きつけられたりしないから、目の敵にされるほどでもないみたいだ。

 それなら、正直に話すか。


「ウィリアム。そしてこちらがウィルベル、マリナだ。グラノリュースから来た。害をなす気は一切ない」


 グラノリュースから来た、その言葉を聞いた瞬間に男は険しい眉をさらに寄せる。


「……本当にあの国から来たのか?信じられないな。かの国から来訪者が来たことなど過去百年ない。諸君らがかの国から来たと証明できるものは?」

「そんなもんない。この服も武器もすべてグラノリュースのものだ。これが証拠にならないなら、証明できるものは何もない」


 グラノリュースから来たと証明できるものはない。ただ身分を証明できるものはあるので、ハンター証明書を渡して見せる。


「ふむ、確かにハンター証明書のようだ。それも身分の保証付き。グラノリュースから来たと認めよう。だがその仮面はなんだ」

「顔を見られたくないだけだ」

「……いいだろう、ただし、怪しいものを入国させる前に事情が知りたい。基地までご同行願おう」

「了解した。済まないが一人、馬か馬車に載せてもらうことはできるか」

「もとよりそのつもり。全員馬車に乗るがいい。中にすでに監視員がいるが、気にせずくつろぐといい」


 監視がいるのにくつろげとはこれいかに。

 とはいえ、準備がよくてとても助かる。

 マリナを持ち上げて馬車に載せ、ウィルベル、俺の順で乗り込む。荷物は荷台に乗せた。

 中には1人、立派な白ひげを蓄えた老齢な男性がいた。向かいに座る2人には優し気な表情を見せていたが、隣に座る俺に対しては厳しい表情を見せる。


 ……疑われてんのか?


 4人乗りの馬車なので俺は老人の隣に座る。特に話すこともなく馬車に揺られていると疲れていた二人は体重を預けあって寝てしまった。

 落ち着いて眠れるのは久しぶりだ。こうしてみると2人とも随分と仲良くなった。


「随分と若いご一行ですな」

「……ああ」

「しかも戦えない少女を二人抱えて、何か事情がおありなのでしょうな」

「かもな」

「あなたたちは何をしにこの国へ?あの国から出るのは容易ではない。生半可な事情ではないのでしょう」

「……」


 老人が好々爺然として話しかけてくるが、その声は疑うようなものだった。

 お前らのような若造が出てこられるような優しい環境ではない、誰の差し金だ、とでも言いたい感じか。


 スパイか、それとも尖兵か。

 グラノリュースを仮想敵国扱いしているから、あの国から来るものは監視しているんだろう。だから俺たちに気づいてこうして連れていくのか。

 どう答えたものか。ウィルベルが戦えると言ってもいいが彼女は魔法使いだ。あまりばらさないほうがいい。


「事情があるのは俺だけだろうな。この二人は成り行きでついてきただけだ」

「ほう、そうですか。この少女たちもただものではないのですかな。成り行きで危険な旅に同行するなんて普通ではない」

「肝が据わってるのは確かだな。一人は戦えないがもう一人は大したもんだ。注意すればちゃんと進める」

「注意するだけで進めるとは大したお方だ。うら若き少女二人を注意するだけで守り切れるとは」


 言葉の節々に猜疑心がありありと現れている。

 隠す気あるのか?


「何が言いたい。はっきり言えよ」

「あなたたちのような若輩が、あの道を超えられるわけがない。誰の助けを得てここに来た?」


 問うと先ほどの丁寧な口調を隠そうとせず、はっきりと疑ってきた。

 さっきまでの答えも決して嘘じゃない。それでも信じられないのはそれだけ異常に見えるのか。


「さっき言ったとおりだよ。誰の助けも指図も受けてねぇよ。魔物も動物も、自分で戦った。山越えもそうだ。さすがに苦労したけどな」

「それを信じろと?あの山には強力な飛竜や悪魔どもがいる。よほどの実力者でなければ、そのような軽装で突破できるものか」

「できたんだからしょうがねぇだろうよ」


 全く信じてくれないのは仕方ないかもしれない。

 実際かなり危険な旅で、ウィルベルの魔法がなければ全員生きて出ることはできなかった。彼女がマリナを守ってくれたから、俺は戦えた。軽装に見えるのはウィルベルの魔法によって荷物が減っているからだ。俺が背負っているのはあくまで一人か二人分の荷物しかない。

 仕方ないとはいえ、疑われてしつこく聞かれるのは不愉快だ。


「もっと具体的に答えろ」

「2人には自分たちの身を守ることに専念してもらって、俺が敵を倒すだけだ」

「2人に自分の身を守れるとは思えぬ。武術の心得がないのは見ればわかる」

「だが事実だ。うち一人は確かに全く戦えないが、もう一人は戦える」

「そうは見えぬ」

「あっそ」


 もう相手をするのが面倒だ。

 向こうにも事情があるだろうがこっちにだってある。全部べらべらしゃべるわけにはいかない。

 だから疑われるんだろうが、これからの行動に支障がある以上しゃべらない。


 沈黙が続く。

 すると馬車が止まり、目的地に着いたようだ。カーテンを払い、外を見ると厩舎や兵舎、訓練場が見えた。


 あれが基地か。

 先に降りて、起こした二人が下りるのを助けながら、最後に降りてきた老人が小声で俺にだけ伝わるようにいった。


「いつでも殺せる。隠し事はせんことだ」


 殺気のある口調……。

 俺は仮面の口を開けて、笑って言った。


「お互いな」




次回、「入国審査」

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