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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第二章《廻り廻る出会い》
41/323

幕間2:受付嬢の日常①


 森林都市セビリアにあるハンターギルド。

 そこにある新人職員がいた。


「はぁ……」

「なーに?ヒメナ、またため息なんてついて」


 本格的にギルドが開く前の早朝、依頼の紙を整理しながらため息を吐くヒメナを見かねたフィデリアが声を掛ける。

 ヒメナはだらしなく受付の机に上体を投げ出して情けない声を出す。


「うぅ~やる気がでません~」

「まったくもう、だらしないわね。まあ、気持ちはわからないでもないけど」


 フィデリアは隣に座るヒメナを頬杖を突きながら、呆れたように笑う。

 ヒメナがこのようなことになる原因に心当たりがあった。


「そんなにウィリアムさんがいなくなったのが寂しいの?」

「だって、かっこいいんですもん。それにやさしいですし」

「やさしい?ふふっ」


 ヒメナの一言にフィデリアは息を漏らして笑う。


「なんですか?」

「いやだって、彼と会った最初は怖いって、代わってほしいなんて言ってたのにずいぶんと変わったんだもの」

「それはまあ……仕方ないじゃないですか」


 それは彼女がウィリアムというハンターを初めて見た時のことだった。





 時はさかのぼり一か月ほど前。

 それなりに仕事経験の豊富なフィデリアは新たにギルドにやってきた新人の教育に当たっていた。


「ヒメナ、仕事は覚えた?」


 ヒメナと呼ばれたその少女は、明るい赤毛を振りながら声を掛けた相手に振り返る。


「は、はい!フィデリアさん、もうだいぶ慣れました!」

「そう、それはよかった。もうすぐ扉を開けるから、準備をよろしくね」

「はい!」


 元気いっぱいのフレッシュなヒメナは、今日から初めてハンターたちの相手をする。今まで裏方で仕事を見て、覚えるばかりだったが、ようやく前に出られるということで、この日のヒメナは気合が入っていた。

 それを見て、教育係のフィデリアは微笑む。


「ハンターの人たちは本当に多種多様で、変わった人も多いから気を付けてね。何かあればすぐに相談してちょうだい」

「はい!」


 意気揚々と返事をすると、丁度ギルドが開かれる時間となり、扉が開く鐘の音が彼女らがいる広間に鳴り響いた。

 ヒメナはすぐに笑顔を浮かべ、やってきたハンターに目を向けた。


「おはようございます!ギルドへようこそ!」


 そうして彼女の受付嬢として最初の一日が始まったのだった。





「い、いや、だからですね?わたし、今はそういうのは全然――」

「いいじゃねぇかよ、受付嬢なんてやってりゃこうなることなんて当たり前じゃん。期待してたんだろ?大丈夫、変なことしないし」

「そうそう、ちょっとお茶するだけだよ」

「ここの酒場でちょっと話ししたいだけだよ」

「え、え~~」


 初日早々、ヒメナは絡まれた。


 ハンターといっても中には身分の保証されていないならず者のようなものもいる。

 そういった者は責任のある依頼を受けることができず、時間をかけて実力を示すしかない。

 俗にいう下積みをしなければならない。

 そんな身分の保証されていないハンターには、当然ガラの悪いものや問題を抱えている者も多くいる。

 今ヒメナの目の前にいるハンターたちもそのうちの1つだった。


「いいじゃないか、ここにきたばかりなんだろ?俺たちがハンターについて教えてあげるからさ」

「いや、勤務中なので……」

「今暇じゃん、少しくらいいいじゃん」


 ヒメナは困り果てて、助けを求めるために隣にいるフィデリアを見る。

 だがここでさらに彼女を困らせる現象が起きていた。


「あれ、なんでわたしのところに並ばないでフィデリアさんのところばかりに?」


 ヒメナがいる受付のところには一切ハンターや依頼者は並ばず、残った受付にばかり人が並んでいた。

 初めて受付嬢に入ったヒメナは、この状況が理解できずに混乱する。

 追い打ちをかけるように、ナンパなハンターたちがヒメナに顔を近づけて手を握った。


「ひっ……」

「ほら、みんな気を利かしてここ開けてくれてるんだしさ!さ、行こう行こう!」

「え……これ、そういうことなんですか……」


 ハンターたちの口から出まかせの話も、初仕事のヒメナはそれが間違いなのかもわからない。

 フィデリアは忙しくやってくる者たちをさばいており、とてもヒメナの手助けをできる状況ではなかった。

 混乱していたヒメナは、口のうまいハンターたちに丸め込まれ、腰を浮かしかける。

 そのとき――


「そこの3人、依頼の報告が終わったならどいてもらえないか」


 絡むハンターの後ろから、体の芯にそっと沁みるような低くも美しい声が掛けられる。

 声がした方向に、ハンターたちはいら立ちを、ヒメナはかすかな期待を込めた視線を向けた。


 そこにいたのは、3人のエルフだった。


(え、エルフ!エルフだぁ!?……び、美形だ……でも目つきが鋭くて雰囲気怖い、うぅ、誰か助けて……)


 心の中で泣き叫び、瞳にうっすら涙を浮かべるヒメナ。

 そんな彼女を無視して、エルフ3人とナンパ3人はにらみ合いを始める。


「ああ?ここは今俺たちがヒメナちゃんと大事な話してんの、わかる?」

「ちょっと見た目がいいからって、横入りしていいとでも思ってんのか?」

「わかったらよそいけよそ。空気読めよ」


 つばがかかるほどに顔を近づけ、各々に文句を言うハンターに対して、エルフ3人は秀麗な顔をゆがめることなく、毅然と対応する。


「大事な話をしているようには見えなかったのでな。ここは依頼の受付と報告を行う場所だ。関係ない話をするなら場所と時間を変えてもらいたい。至極当然のことを言っていると思うのだが」

「うるっせぇな!関係ねぇよ!邪魔するってんなら力づくでいうこと聞かせてやろうか!?ああ!?」

「落ち着きたまえ、暴力で解決してもいずれまた同じことが起こる。それでは意味がないだろう」

「知るかボケ!もやしのエルフが俺達に勝てるとでも思ってんのか!?」


 恫喝し、ナンパなハンター3人がエルフには見えないように、腰にある武器に手を忍ばせ始める。

 ナンパな3人に背中を向けられている形のヒメナがそれに気づく。


(あ!ど、どうしよう!このままじゃ、ここで人が死んじゃう!……で、でもわたしが言ったら余計に火に油を注いじゃうかも!ど、どうしたら!)


 混乱するヒメナはそれでも場を収めようと、背中を向けているナンパしてきた3人に声を掛けようとした。

 刀傷沙汰になるくらいなら、いっそ誘いに乗ってしまおうと。


 ヒメナが腰を浮かしかけたその瞬間――



 ハンター3人が分身した。



「へ?」


 間抜けな音が口から洩れる。


 その声からは少し遅れて、ギルド内に3つ立て続けに大きな音が鳴る。響いてきたのはギルドの壁側。

 そこには先ほど荒い息を吐き、エルフに啖呵切っていたハンター3人が白目を剥いていた。


「え、えと……何が?」


 先ほどまで威勢が良かった3人がほんの一瞬の間に壁にぶつかり、もたれかかるように倒れている光景を見て、あっけにとられるヒメナ。


「うるせぇやつらだな」


 そして耳に入ってきた、低くいら立ちを存分に湛えた声を聞いて、訳も分からず混乱状態だったヒメナは我に返る。

 

 慌ててエルフの方に目をやる。

 しかし、彼女の目の前にいたのは――


「ひっひやぁああ!?」


 竜を模した仮面をつけ、全身にまとう空気で怒りをあらわにした男。

 飛んだ3人、それにエルフ3人よりも圧倒的で近寄りがたい雰囲気を醸し出した男を前にして、ヒメナは思わず椅子を倒しながら立ち上がり、後ろへ下がる。


「やれやれ、ウィリアム。暴力はよくないといっただろう」

「知るかよ。この俺の時間を奪ったんだ。これは立派な暴力だ。蹴り1つで済んだことに感謝してほしいね」


 悲鳴を上げたヒメナを無視して、ウィリアムと呼ばれた仮面の男は、呆れたような顔をしたエルフたちと話しこむ。


 そこでようやく理解した。

 分身したように見えたのは、残像を残すほどの勢いでその3人が吹き飛ばされたからだと。

 突如現れた、目の前にいる仮面の男によって。


(もうなんなの!?なんでこんなにこわい人ばっかりいるの!?なんでわたしのところにばっかり来るの~!?)


 内心で絶叫する。瞳にも大粒の涙をこらえて震えだしたヒメナは、周囲に助けがいないか視線を巡らせる。

 すると、ここでようやく教育係のフィデリアと目があった。


(フィデリアさん!助けてください!)

(ガンバ!)

(ええええええーーーーー!?)


 視線で助けを求めるも、フィデリアはウィンクとともにサムズアップしてすぐに並んだ来客たちの相手をした。


 ヒメナは、絶望した。


(わたし……やめようかな)


 恐怖を通り越し、もはや乾いた笑いを浮かべるヒメナ。

 しかしそこで彼女に声を掛けるものがいた。


「おい、なにしてんだ。とっとと報告させろコラ」


 当然、ウィリアムだ。

 報告しに来たウィリアムとエルフ3人はヒメナを真っ直ぐ見ていた。


(あ、おわった。わたし終わった)


 いびつな笑顔を浮かべながら、もはや諦めの境地でヒメナは座りなおす。

 研修でさんざん叩き込まれた手順に従い、ハンターの依頼報告書に目を通し、証拠となる魔物の体の一部を確認する。


「えっと、これはレイザーサウルスの鱗ですね。はい確かに。依頼は完了ですね」

「ついでにイノシシ一頭狩ったんだが、これも頼む」

「え、イノシシも?依頼にはないですよ」

「依頼になくても買い取ってくれるんじゃなかったのか?」

「え?……あ、そうでしたね!ちょっと待っててくださいね」


 報告書とともに、イノシシの肉を持ってヒメナは受付カウンターの裏に引っ込んだ。


(……よかったぁ、生きてるぅ。この拍子に誰かについてきてもらうか代わってもらおう!)


 安全地帯とも呼べる裏に避難したことでほっとした彼女は、瞳に浮かんだ涙を拭う。

 開放感から来る笑みを浮かべながら、カウンターの裏にいる鑑定士や事務のスタッフにイノシシとレイザーサウルスの鱗を確認してもらうヒメナ。


「うん、確かにレイザーサウルスの鱗だね。それとイノシシの肉……ずいぶんきれいだね。うん、これも買い取ろう。はいこれ、報酬金額と買い取り価格ね。くすねちゃだめだよ?」

「し、しません!……あ、あと一個相談なんですけど……」

「ん?なんだい?」


 ヒメナは先ほどあった出来事をかいつまんで話す。

 新人ということで柔らかい笑顔を浮かべながら、ヒメナの話を聞いていた事務と鑑定士の男性職員2人は、どこか納得したような顔を浮かべる。


「あ~あの3人か。通りで騒がしいと思ったよ」

「知ってるんですか?」

「知ってるさ。問題ばっかり起こすんだ。フィデリアにも絡んだりしてね。もっともその3人の天敵は、ヒメナちゃんが今報告を受けてるエルフ3人なんだ」

「エルフは誇り高いから、困っていたら助けてくれるんだよ。そうするのが当然って感じでね。ちゃんとお礼言った?」


 ヒメナは首を振る。恐怖でそれどころではなかったし、ナンパしてきた3人を退けたのは別の人間だったから。


「その3人を倒したのはあの仮面をつけたすごく怖い人です。もう見るからに怒ってる感じの」

「「あ~」」


 男性二人はそろって声を上げる。そして苦笑いを浮かべながらヒメナを振り向かせて、肩に手を置いて背中を押した。


「彼は怖いかもしれないけど、悪い人じゃないから。あのエルフ3人といるくらいだから、きっと大丈夫だよ」

「え、え!?お願いだから代わってほしいです!」

「これも経験だ!いってこい!」


 再び瞳に小さな涙を浮かべながら、ヒメナは受付に戻る。

 そこにはエルフ3人と話をする。ウィリアムがいた。

 ウィリアムはヒメナに気が付くと、急かすように話しかけた。


「長かったな。何か問題でもあったのか」

「いえ!?なんでもないでひゅ!」

「?」


 緊張のあまり噛んでしまったヒメナはまたしても冷や汗をだらだらとかく。

 対してウィリアムは特に気にすることもなく、手順通りに報酬を受け取るとそそくさと去っていった。


「ちゃんとできたじゃないか、ウィリアム」

「馬鹿にするなよ、サーシェス。報告くらい誰だってできる」

「なかなか戻ってこなくて何か間違っていたか心配していたくせに、いうじゃないか」

「うるせぇ、初なんだから仕方ないだろ。間違ったっていいだろうが、学びゃいいんだ」


 肩を小突き合い、去っていく3人を見送って、ヒメナはほっと息をなでおろした。


「すいませーん、これいいですか?」

「は、はいぃ!」


 しかし息つく間もなく、また新たなハンターが受付にやってくる。

 気付けば、ヒメナの受付にも列ができ始めていた。



次回、「幕間3:受付嬢の日常②」

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