第三話 かの国の形
グラノリュース天上国騎士団。
騎士とは、軍の中でも一際優れた人間が与えられる称号。
与えられる者は数えるほどしかおらず、個人で一部隊を圧倒できるほどの実力の持ち主。
そしてその騎士団の1つが天上部隊。
その部隊員は通称「天上人」。
その名の由来はこの世界ではない異界、天からやってきた優れた人々ということ。
天上部隊員改め天上人たちはみな、純粋なこの世界の住人ではない。みな地球という星でいろいろな国で生きていたが、ある日若くして死に、気づけばこの世界に飛ばされていたという。
通例では天上人は総勢10名。今年は一人補充の予定が、うまくいっていないことと去年、退役したものもいて現在は8名だ。
僕を除き、全員が前の世界の記憶を持ち、この世界の人よりも優れた知識と力をもってこの国に貢献している。
優れた力というのは単純な身体能力がこの世界の人よりも優れているらしい。またこの世界基準ではみな博識にあたるようなので、文武ともにこの国に貢献している。
ただ一人、前の世界の記憶を持たない僕を除いて。
「記憶か……それがあれば、僕もみんなのように活躍できるのかな……」
天上人はみなそれぞれの分野で活躍している。僕が知っている天上人は3人。
転生歴4年のソフィアは元脳科学者で人体の理解も深いので、医者として魔法を使って治療を行えるし、戦闘もできる。
転生歴3年のオスカーは元ボクサーで肉弾戦に非常に強い。頭は少し悪いが、コミュニケーション能力が高く頼れる人だ。よくわからないけれど、ボクシングというものをやっていたからか、肉体についての理解が深い。
兵士たちの体づくりのメニューを彼が考案して成果を上げたらしい。僕もオスカーから体づくりについていろいろ聞いて実践している。
最後に強秀英。転生歴2年で以前は武術をおさめており、得意だったのは槍術。そのため槍一本で戦い、即戦力と言われていた。
僕は秀英が苦手だ。同じ槍を扱ううえに、入隊した時期も近いからか対抗心がすごく高圧的。
まあ確かに彼の槍術は見事だ。悔しいけれどまだ彼には及んでいない。それでも最近は実力も近づいている。そのせいかちょくちょく挑んでくるようになった。僕が鍛錬でアティリオ先生に痛めつけられた後にだ。
話はそれたが、みな前の世界の記憶を活かしている。
でも僕にはそれがない。
自分が何者なのかもわからないし、何ができるのかも、これからどうすればいいのかも、何もわからなかった。だからこの国に初めて来たとき、天上人だなんていわれたときは怖くて仕方がなかった。
周囲の兵士たちも、記憶も何もない、戦うすべすら持たない僕を出来損ないの天上人といい、見下していた。天上人なら使えるであろう不思議な力もない。
不安で怖くて、それでも天上人だからという期待と重圧に押しつぶされそうになった。
そんなときに手を引いてくれたのは、ソフィアとオスカーの2人。
何も知らない、何もわからなかった僕にこの国のことを教えてくれて、自分のことを教えてくれた。どうして天上人なのか、そして天上人とはなんなのか。
2人のおかげでここまでこれたのだ。
そしてソフィアはもうすぐここを出る。だからそれまでに何かしら恩返しがしたいな。
「休憩は終わったな?では今日は打ち合うぞ。」
考え込んでいると先生から声がかかる。今は午後の鍛錬中だ。しかしいつもこの後は防御術だったが、今日は打ち合う?
「打ち合うのですか?僕が打たれるのではなく?」
「いい加減打たれないようになれ……最近はだいぶ防げるようになったからな。防御した後の攻撃をやってみろ。ただし攻撃に意識を割いたせいで相手の攻撃を食らわないように。最優先は防ぐこと」
「はい!」
訓練内容に僕は内心飛び上がって喜んだ。
やった!やっと攻撃ができる!防御一辺倒の痛い思いしかしない鍛錬じゃない!合法的に先生をぶん殴れるぞ!
「お願いします!」
そうして意気揚々と剣と盾を持って先生に挑みかかった。
*
結論から言うと今まで以上にボコボコにされた。ひどい、ひどすぎるよ!
上げて落とすとはこのことか。防がれるのが嫌だから、わざと攻撃させてタコ殴りにしたんじゃないのか。
そんな悪態が湧き出す。もちろんそんなつもりはないのは理解しているが、言わなきゃやってられない。
うまくいなして攻撃しようとしたら攻撃を読まれて、受けることなく避けられて側頭部を思いっきりぶっ叩かれた。ならばと僕も避けて攻撃したら、今まで見たことない変化の太刀筋が来て、何もできずに顔面ぶっ叩かれた。なんとか食い下がろうとしたが一太刀も浴びせられず、こうしていつも通り地面に倒れ伏している。
「だ、だめだ……当たらない……!!」
「攻撃が大振りすぎる。それでは相手に読まれ、反撃されるぞ」
荒い息を吐きながら倒れている僕の上から先生のありがたーいお言葉が降ってくる。
「変に勢いをつけようとするな。お前の持っている剣は飾りではない。それなりの太刀筋で当てれば命を奪うことだってできる。まずは相手の体に最短、最速で当てることを考えろ」
「最短、最速ですか……」
「そうだ。そして正確に相手の弱点を突くことだ。これができれば相手に勝つことができる。だがこれらの技術を磨いたとしても届かぬ場面がある。どういうときだと思う?」
早く正確な攻撃をしても相手の命を奪えない時。そんなのは一つだ。
「攻撃が防がれたときってことですか?」
「そうだ。いくら正確で速い攻撃をしても防がれれば意味がない。避けられでもすれば、相手に大きな隙を晒すことになる。自分の攻撃が防がれたとき次にするべきことはなんだ」
「相手の攻撃を凌ぐこと」
「そうだ。ならば攻撃した後は素早く武器を引き戻さなければ次の攻防についていけん。逆に言えば素早く引き、次の攻防に備えることができれば余裕が生まれ、より正確な攻撃ができるのだ。これを繰り返していけば徐々に相手のスキを生み出し、勝つことができるのだ」
「なるほど、一撃ではなく徐々に相手に勝つのですね」
「実戦では、剣が軽く当たっただけでも戦いに大きな支障が出る。一撃で仕留めるよりも徐々に当て、隙を大きくしてからとどめを刺すほうがよほど効率的だ」
非常にためになる話だ。剣や槍は一太刀浴びせればそれでおしまいだと勝手に思って一撃当てることにかなり意識を割いてしまっていた。実際は逆ですべての攻撃は相手の決定的な隙を作るための布石というわけだ。そのためには正確かつ速い攻撃をしなければならないがこれは日々の素振りや型で何とかしよう。
とにかく今は実践あるのみだ。
「もう一本お願いします!」
「ああ、来い」
*
結局あの後、武器を変えながら何本も打ち合いをした。結局一太刀も浴びせられなかったけど、食らうことも少なくなり、一進一退の攻防が続くようになった。まあ先生は手加減していただろうけど。
鍛錬が終わって夕食も取り終わり、今は自室で教わったことをまとめて反省と改善案を考えている。こうすることで考えがまとまって次に何を意識するのか集中しやすくなった。
ちなみに紙は動物の皮を乾燥させたもので、そこにインクを垂らして筆記している。書くのに時間がかかるし、価格的にも安くないので大事に使う。
とはいっても国から給金はもらえても使い道がなく、たまっていく一方だから多少雑に扱っても問題にはならない。ただの気分の問題だ。
無趣味な僕の唯一のお金の使い道がこの筆記具一式だ。
ひとしきり書き終えたところで扉がノックされる音が聞こえた。誰だろうと思いながら招き入れると、入ってきたのはオスカーだった。
「いらっしゃい、どうしたのオスカー。こんな時間に」
「ああ、実は用があってな。明日の休息日何か予定はあるのか?」
明日は7日に一度の休息日で一日休みとなる。この日は城下に限って外出が許されるので基本的に欲しいものなどがあれば、この日に入手しなければならない。今僕は筆記具も予備があるので特に買うものもなく、買い食いくらいしかすることがない。
いや、そういえばやろうと思っていたことがあったな。
「明日は城下に買い物に行こうと思っていたよ」
「そうか、急ぎの買い物か?」
「いや、そこまで急ぎじゃないよ。ソフィアにプレゼントを買おうと思っていたんだ。急ぎじゃないけど早めに済ませておこうと思って」
オスカーが一瞬キョトンとした顔を浮かべた。ちょっと面白い。
でもすぐにいつもの豪快な笑顔を浮かべる。
「なんだ、同じか。俺もソフィアにプレゼントを買おうと思ってな。なら明日一緒に買い物に行こうぜ」
「わかった。いいよ。ソフィアに詳しいオスカーがいれば助かるね」
オスカーも同じか。昼に話をしたし、僕よりもソフィアとの付き合いが長いんだから当然か。
しかもオスカーとソフィア、すごく仲いいし……。早く付き合えばいいのに。
オスカーの誘いを二つ返事で承諾した。明日は二人で城下に出かける。
普段オスカーはソフィアと出かけることが多いのでどうするのかと思ったら、何とかして誤魔化すそうだ。彼は口がうまいほうではないからばれないか心配だ。まあばれたところで問題はないけども。
明日の予定を決めてオスカーと別れる。
ソフィアには何を上げれば喜ぶだろうか。城下の売り物をのんびり眺めたことはないから少し楽しみだ。
この一年と少しの期間は訓練についていくので精一杯だったし。
なんにしろ明日はオスカーと一日過ごせるんだ。
早めに休むとしようかな。
*
今日は7日に一度の休息日。
訓練は一日中鍛錬の日と午前は鍛錬、午後は勉学の日の二種類あり、この二つの日程を3セット繰り返すと休息日となる。
そんな貴重な休日に城門前の広場でオスカーを待っていた。
「遅いな。約束の時間になったのにまだ来ない」
騎士として、軍人として時間を守るのは基本だ。それは転生者である僕らも例外じゃない。オスカーは僕より騎士歴も長いのだから何もないのに遅れるとは思えない。
何かあったのかと考えていると城から2人出てきた。誰かと思ってみてみると一人はオスカーだった。それはもちろんいいのだが問題はもう1人だった。
「ソフィア?どうしてここに?」
「ひどいわ、2人して私をのけ者にするなんて。城下に出かけるなら声をかけてくれてもいいじゃない!」
「すまん、ウィリアム!見つかっちまってな。誤魔化そうと思ったんだが……」
オスカーが申し訳なさそうに手を合わせてくる。ちらりと横にいるソフィアを見る。
「オスカーが私に隠し事なんてできるわけないでしょ?それはそうと早く行きましょうよ。ウィリアムが行ったことないような場所とかいろいろ教えてあげるわ!」
こりゃダメそうだ。
どうしたものかと思い、オスカーを見るが駄目だ。もうあきらめた顔してる。あ、でも少し嬉しそうだ。そりゃ好きな人といられるならうれしいか。
その顔をみてその場で本人に直接プレゼントするのも悪くないかな、と考え直すことにした。
「まあいいか。それじゃ予定より遅れちまったし、とっとと行くか!」
こうして3人で城下に繰り出した。
*
「城下で買い物と言っても、目新しいものは今更見つからないなー」
「そうねぇ、ウィリアムにいい店紹介しようと思ったけど、数が少ないし狭いからそんなに時間かからなかったわね」
「僕だって城下に出たらそれなりに見て回っているからね。いくつかは知ってる店がかぶっちゃうよ」
この国、グラノリュース天王国はメガラニカ大陸の南部に位置しており、王城が大陸の最南部に存在している。そしてこの天王国は大きく分けて3つの層から成り立っている。
一つは城を中心とした城下町である上層。
上層は3つの層の中で最も小さいが、重要な施設や要人、国家に多大な貢献をして認められた人しか住めないため、最も重要であり、影響のある層だと言える。また上層の住民は税が非常に軽く住みやすいため、上層に行くことが一種のステータスらしい。
その上層を3人で見て回ったのだが、そう広いわけではない上、3人とも何度も出かけるため、目新しいものがそんなになかったのだ。
「はぁ~、上層だけだと選択肢が少ないな。中層は広いらしいし一度行ってみたいぜ」
「二人とも何年もいるから、ほしいものは粗方持ってるもんね」
「中層は広いからいろいろありそうなんだけどな」
中層とは上層の周囲を覆うように存在する地域で、この層には一般的な住民が住むと言われている。ここには豪商や国に仕える一般の騎士、文官や商人などが住み、商売が盛んだ。
また中層はかなり広く、大きな森林や山、湖を持つため、中層でしか手に入らないものも数多くある。また中層の外部は下層というエリアがあるが、ここには基本的に人が住んでいないらしい。開拓中であり、そのための人員が仕事に出る程度であるらしい。
そしてこれらの層の間には高い壁が囲うように存在し、層を行き来するには関所を通る必要があり、許可がなければ行き来することができない。
そのため各層の間の行き来が活発ではないため、物や文化がさほど伝わらない。よしんば文化が伝わったとしてもすでに発祥の層では廃れているなんてこともざらにあるそうだ。
「どうしてこんなに層で区切るんだろうね。統治しにくくない?」
「さてな、世界が違えば文化も違うからな。この国の王様が何考えてるかなんて俺にはわからん」
「行き来が全くないわけじゃないのだし、統治事態はできるんじゃないかしら。まあ文化の発達がしにくいわけだからメリットをあまり感じないのは確かね」
「中層とか下層に行ってみれば理由がわかるのかな?」
そう言ってはみるものの、城を守る騎士である僕たち3人には中層に行く許可が出ない。許可が出るのはごく一部の王命を受けたものだけだそうだ。各地を守る軍人でさえ、うかつに層をまたげないらしい。
「二人とも、中層行ってみる?」
「「え?」」
そう思って諦めているとソフィアがいたずらっぽく微笑み言った。
「な、何言ってるのさ?ソフィア、僕たちは許可なんてまず取れないでしょ?中層なんていけないって」
「何事にも抜け道はあるものよ。ただ今は無理よ。ちゃんと準備しないとせっかく中層に行っても何もせずに帰らなきゃいけなくなるわ」
「まさかソフィア、行ったことあるのか?」
「いったことあるわよ。上層にはないものもたくさんあるし、いくつかそこで買ったものもあるもの」
まさかのカミングアウトに思わずオスカーと目が合う。溜息を吐きながらもその顔は少し楽しそうだった。
「準備ってどうするんだ?」
「まず昼間だと目立つから駄目ね。夜にならないと」
「え、夜に行くの?夜に中層に行っても点呼とかどうするのさ。時間なんてないよ」
「もちろん、点呼後に抜け出していくのよ。休息日の前夜に抜け出せば次の日は1日中層を楽しめるわ!」
「帰りは?」
「点呼の前の暗くなった時間に帰ればいいでしょ」
思ったよりもソフィアは不良だった。ちなみに点呼とは毎日朝晩にある城に勤めている人がちゃんといるか確認するためのものだ。ただし休息日の朝は行われない。そのため前日の夜の点呼を済ませればあとは気にする必要はない。
「わかった。じゃあ次の休息日は中層だな!抜け出す準備をしておかないとな!」
「ノリノリだね、オスカー。ほんとにいいのかな?こんなことして……」
乗り気なオスカーに対して僕は少し心配していた。こんな悪いことをして、何かあったらただじゃすまない。
オスカーは悩む僕の肩に腕を回して、ソフィアに聞こえない声で囁く。
「そうは言うがこのままじゃソフィアにプレゼント買えないぞ?中層に行けばいいもの見つかるかもしれないぞ?」
「そうかもしれないけど、ばれたらどうするのさ」
「ばれなきゃいいんだよ。それにソフィアはもう何度もやってる口ぶりじゃないか。なら大丈夫なんだよ。なんかあったら俺が責任取ってやるって!」
「そういうわけにもいかないよ。うぅ、腹くくるしかないか……」
「ねぇ、何コソコソ話してるのよ」
中層に無許可で行くことをためらって、オスカーと小声で話をしているとソフィアが気になって加わろうと近づいてきた。
かなり顔が近い。もう頬が触れ合いそうだ。
ソフィアは美人なので眼福だ。あといい香りがする!
オスカーも同じことを思ったのか、顔を赤くしながら誤魔化しだした。
「い、いや、ウィリアムが抜け出すのが不安っていうから大丈夫だって話をしてたんだよ。」
「あらそう。安心してウィリアム。層を隔てる壁には門以外に見張りなんていないからばれないわよ」
「そ、そう。なら安心だね!」
オスカーよろしく、僕まで声が詰まってしまった。ちょっと情けない。
それはさておき、不安はあるが、2人が大丈夫だというのできっと何とかなるだろう。
3人で次の休息日に中層に出かける約束をした。そのあとは軽く夕食まで時間をつぶして1日を終えた。
次回、「加護と魔術①」