エピローグ~登山~
「疲れはとれたか?」
「1日休んだから、すっかり取れたよ」
「私も……平気、です」
飛竜と戦った日から2日後に俺たちは洞窟を出た。
1日空いたのは全員疲れていたし、見張りを夜通し行った俺が昼過ぎまで寝てしまったからだ。そのため1日休みとして食事と休息をとった。
おかげで今日は全員元気そうだ。マリナも短い距離だが、ちゃんと俺たちの歩く速さについてこれるようになった。
まだまだ俺が背負っている時間のほうが長いがいいことだ。
「じゃあ出るぞ、今日から登山だ」
「うぅ、箒が無事なら飛んでいけたのになー」
「箒じゃなくても布でいいだろ」
「何言ってんの、あの箒はああ見えて手が込んでるの。ただの箒よりずっと飛びやすいんだから」
「へえへえ」
気の抜けた返事をしながらも山を登り始める。
ここのあたりの山は高さがあるうえに傾斜がきつく、登りづらい。
横長の山脈なのでどこを通っても必ず登るから、自然と進む速度はゆっくりになる。
もっというと今はウィルベルが飛べないから、魔物と戦うときは基本俺だけとなる。ウィルベルの得意な魔法は風と火、その複合である爆炎魔法だ。とても自然の中では使えない。風も使えるが目で見えないし、お互い連携が取れるほど戦い慣れていないから、彼女はマリナの護衛に徹している。
「はぁ、はぁ」
「疲れたなら来い」
「すみま、せん」
マリナが疲れたようなので背負う。
背負うときは荷物を腰のあたりまで下げて、マリナの腰掛も兼ねさせている。その分背負っている俺の肩や腰に来るが、相変わらずこの体は頑丈で助かる。
「はぁ、はぁ」
「ウィルベル、お前もか」
「仕方ないでしょ、ここ坂が急なんだもの。そもそもこんな登山なんて初めてだし。だから背負って」
「お前は歩け」
「えぇ~」
意地悪かもしれないが、2人も背負いたくない。俺がつかれる。とはいえウィルベルも疲れたようで少し休憩にする。
このペースだと山を抜けられるのはいつになるだろうか。セビリアを出て何日たっただろうか。だんだん感覚がおかしくなってきた。
山に入ってからもしばしば飛竜の襲撃を受ける。ここら辺は生息地なんだろう。
おかげで心も休まらず、すり減るばかり。空気も薄い。俺でも大変だから二人は相当だ。
その登山も山の中腹に辿りついた辺りから様子が変化していく。
具体的には木や岩肌だったあたりの景色が白銀の世界になっていった。
「さ、さむい……」
「さむい、さむい」
「さむいさむいさむい!」
雲のある高さを抜けると気温は一気に下がる。南とはいえ、標高の高い山に登ると、まるで世界が変わったかのように寒くなる。
3人そろって口々に言う。そうでもしなければ顔が凍りそうだった。追い打ちをかけるのが山の傾斜だ。
もう普通に歩いて登れる傾斜じゃなくなり、ほぼクライミング状態。そんな状態では当然マリナは自力で進めない。
だから必然的にずっと俺が背負うことになる。ただ幸いにもそのおかげで暖を取るのが少し楽になった。
でも余計な荷物もあるから、しんどい。
「ちょっと、もうちょっと毛布とかない?すごく寒いの」
「俺だって寒い。ってか自力で歩けば体温が上がって寒くなくなるぞ」
「ムリ!もう凍え死にそうなの。足とか手とか、感覚無くなっちゃう」
実はマリナだけでなくウィルベルも背負っている。
まあ年端もいかないのはウィルベルも一緒だし、そもそも彼女は魔法使いのイメージに漏れず、運動は苦手だ。クライミングをやらせたら今より遅くなること間違いなしだ。
嫌だったが仕方がない。
しかし少女二人背負ってもなんとかなるあたり、この世界の俺の体は本当にすごい。わかってはいたが明らかに常人離れしている。
小柄だから少女二人背負っても、重量はおそらく成人男性一人分くらいしかない。それでも余裕だから驚愕に値する。
クライミングをしていると、だんだんと体温が上がって寒さを感じなくなってきた。
一応防寒具も一式そろえてあったが、やはり南国のグラノリュース、あまりいいものは無く、とにかく分厚い布をぐるぐるに巻いてるだけだ。
背負われている小柄な二人は布に包まれているから、まるでミノムシだ。手も足も丸めて収まっているから、本当に荷物のようになっている。
あったかそうでいいなぁおい。
こちとら体の芯はあったまったが、足先と手先、露出している耳がちぎれそうなほど寒い。
「はぁ、はぁ」
「あ、なんかあったかくなってきた。調子出てきたんじゃない?」
「調子じゃなくて疲れが出てきたよ。いいな、背負われてるだけの人はよ」
「そうはいっても仕方ないじゃない。これでいけるんだもん。そもそもこんなことになったのはあんたが原因だし」
「まあそうだけど。来るって言ったのもお前じゃないか」
「こんなことになるなんて聞いてないし、それにこれはこれで大変なのよ。揺れるから気持ち悪いし」
「頼むから吐くならどっか向いてくれよ。俺に吐いたら即行で捨てるからな」
「うぷっ……」
「ああー!マリナ!しっかり!」
「やめろ!吐くなら横の魔法使いの帽子に!!」
「エチケット袋じゃないよ!」
とまあ少々問題があったが、まあ概ね最悪ではない。
良かったことといえば、俺の体温が上がったことで少しばかり温まったのか、2人に余裕が出てきたことだった。
ずっとくるまっていて暇だからか、よく話している。
「マリナはこれからどうしたい?」
「これから?……なにも考えてない。なにがあるか、なにができるかもわからない」
「それもそっか、じゃあこのウィルベルさんが、これから行く先に何があるか教えてあげる!」
そういってウィルベルは俺の耳元で話し始める。俺に話しかけているわけではなく、2人そろって背中に背負っているから、必然的に顔が俺の肩の上になって、耳元になってしまうだけだ。
少しだけくすぐったい。
「まずあたしたちがいるのはメガラニカ大陸っていうとってもおっきな島ね。それで今いる場所はそのおっきな島の下のほう」
「メガラニカ大陸……?」
「そ。そんでその大陸を北に、上に向かって進んでるの。その先にはマリナがいたグラノリュースとは違う国がいくつもあるの」
「くに?」
「国っていうのはそうね、いわゆる大勢の人が集まった集団のことね。その集団は決まった縄張りを持っていて、その中で独自のルールを作って生活してるの」
ウィルベルがマリナにもわかりやすいようにかみ砕いて教える。
「その国っていう集団はいくつもあってね。もちろんそれぞれ名前があるわ。大陸の真ん中にあるのがアクセルベルク、その西側、えっと左側ね。そこはドワーフっていう背の小さい人が住んでるレオエイダン、反対の東側には背の高いエルフが住むユベールって国があるの」
「じゃあ今はアクセルベルクに向かっているの?」
「そうね。方角的にはね。といってもこいつが何を目指してんのか、あたしも知らないんだけどさ」
言いながらウィルベルが俺の肩に顎を乗せてきた。答えろってことなんだろう。
「さあ、実をいうと俺も具体的に何か考えてるわけじゃない。とにかく強くなるためにいろいろ回るつもりだ」
「ってことはいろんな国に行くのね。いいんじゃない?あたしも旅したかったし」
「ついてくるのか?魔法を教えてくれとは言ったが、別にそこまでしなくていいぞ」
「そうはいうけど、あんたひとりじゃマリナがひどい目に遭わないか心配だし。彼女を連れてきたときあたしもいたんだから、放っておくわけにもいかないでしょ」
「律儀だな。拾ったのは俺なんだから気にする必要なんざないだろうに」
「ならアクセルベルクについたらあたしが彼女の面倒見るから、あんたはさよならってことにしましょ」
「それは話が違うだろ。俺が見つけたんだぞ。目的を果たすまでは手放す気はないぞ」
マリナを拾ったのは、彼女から出てくる神気について調べるためだ。俺からも出てるらしいが、自分のものはわからない。自分の匂いがわからないのと似ている。
それに彼女が俺と同じなら、彼女も半聖人。十分に戦力に足る。もう一度この国に訪れるとき、戦うときに加わってくれれば大きな戦力になる。
でも無理強いするつもりはない。
ここまでしたのだから従えというのは簡単だ。でもそれはしたくなかった。
なぜか。
彼女の人生は彼女のものだ。俺のものじゃない。
俺は自分の人生を奪ったグラノリュースという国を恨んでいる。それと同時に自分の人生を大事に思っている。
だからこそ、他人の人生を邪魔しようとは思わない。それをすれば、俺は大嫌いなあの国と同じになり下がる。
あくまでも彼女が彼女の人生を生きて、そのときに俺の生き方と、どこかが重なればそれでいい。
「あ、あの……ふたりと、一緒がいい……」
俺とウィルベルが喧嘩していると思ったのか、ウィルベルとは反対側の肩から弱弱しいマリナの声がした。
弱くともちゃんと想いがこもった声だった。
それを聞くと思わずウィルベルを見やる。ウィルベルも俺を見る。
クライミングする手を止めて、少しの間目を合わせると、どちらからでもなく軽く息を吐く。
「しょーがないわね。マリナがいうから、もう少し一緒にいてあげるわ。感謝してよね」
「はっ、この状況見てどっちが一緒にいてあげてるのかわかってねぇな。どう見ても感謝するのはそっちだろ」
「あたしがいなきゃ、魔法もろくに使えなかったくせにいうじゃない。あたしの授業料は高いのよ。これくらいは我慢しなさい」
「俺の運び代も高いぞ。というか対価なら十分金で払ってるだろうが」
「こんなにかわいいウィルベルさんが一緒にいてあげてるんだから、文句言わずに手を動かしなさい。ちょっと体温さがってきて寒いんだから」
「へぇへぇ」
無駄口を叩きながら思う。
大変ではあったけれど、なんだかんだマリナとウィルベルが仲良くなったようでよかった。
俺は仲良くなる気はないが、険悪になる気もない。どうせビジネスライクな関係だ。円滑に進められればそれでいい。
ただ、年ごろの少女二人が仲睦まじい姿は悪い気はしなかった。
その後も数日か数週間か、登りっぱなしだった。
でもそんな日々にもちゃんと終わりは訪れる。
「よっしゃ、頂上だ!」
「ほんと!やった!ついにあと少しね!」
「わぁ、見て!きれいな、けしき!」
高くいくつもある山脈の頂上につく。俺の背にいる二人も寒さを忘れて目を輝かせる。
辺りを見回すと雄大な自然が目に入った。雲が自分たちよりも下に見えて、瑠璃色の澄んだ空がどこまでも広がり、太陽が白く輝いて見える。
遠くに滝や湖も見える。まさしく絶景だった。
そしてさらに遠く。
2年ほどの月日を過ごしたグラノリュース天王国が一望できる。
三層に分かれた国も遠くから見ればきれいな街並みに見える。
でもその中身は正反対で、たくさんの犠牲でようやく成り立つ醜い国。
俺はあの土地を、この景色を忘れない。
俺がすべてを失った地、僕が生まれた地、そして大事な人を失った地。
俺からかつての人生を奪い、利用しようとするこの国を。
たくさんの人を虐げ、私腹を肥やすあの国を。
その頂点で胡坐をかいて座る国王を、俺は決して許さない。
――必ず戻ってくる。それまで首を洗って待っていろ。
「見て見て!アクセルベルクが見えるわ!」
グラノリュースを見て、決意を改めて固める。それとは反対に、ウィルベルが指をさして声を上げる。
グラノリュースとは反対の方向を見ると遠くには大きな町が見えた。そして空には小さな点がいくつか浮かんでいる。あれはきっと気球だ。
他には……なんと島が浮いている!?
見間違いかと思ったが確かにいくつかの島が浮いていた。あれが浮島というやつか。目の当たりしても信じられない。
他にも見たことのないクジラのようなものが空を舞っていたり、まるで幻想的な世界。
眼下に広がる雄大な大地。そこには色鮮やかな世界が広がっていた。
季節はもうすぐ春だ。
山にいるからわかりづらいが、きっと今頃は過ごしやすく、多くの草木が緑色に色づき、花を咲かせていることだろう。
この世界はどうなっているのだろうか。
世界を見て来いといった、アティリオは何を見せたかったのだろう。
「ほらほら!ちゃっちゃと行きましょ!いい加減ベッドで寝たいもの!」
「わかったわかった。あと少しだけ辛抱してくれ」
ウィルベルとマリナが待ちきれないとばかりに先を急かす。
それを受けて仮面の奥、誰にもわからないぐらいのわずかな変化だったが確かに微笑んだ。
「あまり暴れるなよ。下りは登りよりきついんだ」
そしてまた、二人を背負って歩き出す。
まだ見ぬ世界を目指して、少年と少女たちは止められない未来に向かって動き出す。
次回、「幕間1:ウィリアムの日記」
これで第2章は終わりです。
このあとは数話、幕間が入ります。
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