第八話 魔境
「ウィルベル!そっち行ったぞ!」
「任せなさい!」
目の前に現れたサルの群れに襲われ、応戦しているが何匹かがマリナのもとに向かい、マリナの上空に飛んでいるウィルベルが魔法で次々に撃ち落としている。
俺は群れの中心に突っ込み、槍を振り回して次々と仕留める。この猿はスターブエイプという名で非常に飢えており、獲物とみるとかまわず襲ってくる。1頭1頭は弱いため群れで行動する。
数十匹いたサルを残らず殲滅すると、木の上に避難していたマリナを、箒にまたがり飛んでいたウィルベルが降ろしながらこちらに向かってくる。
「随分多かったわね。魔境の名は伊達じゃないのねー」
「そうだな、これくらいなら何とでもなるが進むのが遅くなって参る」
「あんたがさっさと空飛べるようになってくれれば楽なんだけど」
「鋭意努力中だ」
荷物を回収してとっとと進む。
俺たちは下層を抜け、魔境と呼ばれる未開の地に入った。
もう何日もずっと森を進んでいるがいまだ抜けることができていない。道らしい道がなく、頻繁に動物や魔物に襲われるために思うように進めない。
なるほど、他国が攻めてこられないわけだ。侵攻するにも登山に加え、魔物の襲撃があれば被害が馬鹿にならない。むしろよくこれで下層は開拓できたもんだ。
ウィルベルのように空を飛べれば楽だがこれが思った以上に難しかった。さすがに数日じゃ習得できない。
「2人……強いね」
「ふふ~ん、当然よ!」
俺の背中にいるマリナに褒められてウィルベルが胸を張って嬉しそうに答える。まだ体力がないからかマリナの口数は少ない。ただ話しかけては来るので人嫌いというわけではないようだ。
「私もあなたみたいに……強くなりたい」
「なら、もっと食え。身体が出来たらその時はいろいろ教えるさ」
マリナがウィルベルではなく、俺のようになりたいと言い出した。
すると、ウィルベルが頬を膨らまして不満を吐露する。
「うーん、なんか負けた気分ね……でもあんたが人に教えるなんてできるの?見ためも口調も柄悪いのに」
「見た目はともかく口調は余計だ」
「どうして……仮面付けてるの?」
「顔を見られたくないからだよ」
「どんだけ嫌なのよ。食事中も寝るときも外さないなんて」
仮面は人と一緒に旅するようになってからは、寝るときも食事中も外してない。口元は開くようになっているので困らない。汗をかいたら見られないように上げて拭いている。
「あとどれくらいかな。ちょっと飛んでみてくるね」
ウィルベルが飛んでいくがその間も進む。
早く森を進んで山に入りたい。山を抜ければ森も抜けられるし、魔物や動物の数も減るからだ。
そこまでいけば、比較的見晴らしがよくなってゆっくり休める。
戻ってきたウィルベルが近くの様子を知らせてくれた。
「あと少しで山のふもとよ。このペースなら夜には着くんじゃないかしら」
「それはいいな。魔物に襲われなければいいんだが」
魔物に気を付けながらその後も進み続けた。不思議とその後は襲われることなく、順調だったために夕方には山のふもとに着くことができた。
「結構進めたわね。この辺りで今日は野営するの?」
「ああ、周辺に何もないことを確認したら準備しよう」
いつも通り空からはウィルベルが、地上は俺が周囲を調べて危険がないかを調査する。
マリナはウィルベルと一緒に空からだ。
理由としては視界の悪い森で、もし魔物と遭遇すれば即戦闘になる可能性が高い。そうなるとマリナを背負いながら戦うのは危険が大きい。
それならばと、まだ視界の良好な空のほうが対処のしようはあると考えた。
ウィルベルが重いだなんだ言ってきたが無視して乗せた。危ないのはどこも一緒だ。そうして周囲を調査しているとある痕跡があった。
「この辺りは大丈夫そうだな……ん?」
辺りを見ると木に傷がついていて、かなり深く折れかかっている。まるで爪で傷をつけて、重量のあるものを大きくぶつけたかのような破壊跡。
この辺りは何かの縄張りなのかもしれないな、移動したほうがいいかもしれない。
ウィルベルと合流しようと空を見上げると、自分の目を疑った。
その理由は、2人とは別の大きな影が空に見えたからだ。
「なんだ、あれは……」
かなり大きく、羽ばたいているようにも見える。
まだ遠く2人は気づいた様子がない。恐らく地上に注目してる。
だが飛んでくる相手は二人に気づいているようだ。
まずいな、今は箒にマリナが乗っている。襲われたらいくらウィルベルでも対処できないかもしれない。
どうにかして知らせようと思っていると、いつの間にか、生暖かく臭い息を吐く音が聞こえてきた。
背後に獣の気配を感じる。
振り向くと赤い2つの目がこちらを向いていた。
「グゥウウウッ!!」
低いうなり声をあげていたのは巨大なクマ。体長は優に4メートルはあろうかといったところ。
「こりゃまずい」
俺がつぶやくと敵と認識したのか、大きな咆哮を上げて、襲い掛かってきた。
俺はすぐさま荷物を放り捨てて一目散に逃げる。
「クソ、またクマか!前世ではクマはちゃんと可愛がったぞ!」
前世っていうか前の世界でだけどな!
悪態をつきながら全速力で森の中を走る。
くそ、空と地で挟撃された。俺はともかく上はマリナもいるから空中戦は厳しいかもしれない。早急にケリをつけなきゃならないが、俺の相手もそう簡単ではなさそうだ。
目の前の熊はマーダレスベアよりも小さいが、表皮がさらに硬質化しているようだ。簡単には貫けない。
逃げながらもどうしようか考えていると悲鳴が聞こえた。
悲鳴のほうを向くと空飛ぶ怪物に襲われ、ウィルベルたちが逃げ回っていた。だが思うように動けないのか、防戦一方だ。しかも怪物は火を噴いている。
彼我の差は縮まり、今にも怪物の爪が二人に襲い掛からんとしていた。
「グガアァ!」
「うるせぇな!それどころじゃねぇんだよ!」
後ろに迫る熊にも対処しなきゃならないが、空の2人は今にも落ちそうだ。
――仕方ない、ぶっつけ本番になるがやろう。
自分と熊の間にマナを集めて、何度も練習した魔法を使う。今使える火水土風の基本魔法は森の中では危険なうえに、この魔物相手では足止めには不十分だ。ならこれしかない。
「痺れていろよ!」
「ガガッ!」
集めたマナを電気に変える。蜘蛛の巣状に放電が起こり、そこに熊が突っ込む。
すると熊が感電し、地面に倒れこむ。
火は森に広がれば大惨事になるし、水で足止めするには大量の水が必要でそんなことはまだできないし、俺も危ない。風も土も同様だ。
その点、雷なら周囲への被害は少なくて済む。幸いにも雷が発した場所にクマが突っ込んできたから、木に伝って火になって燃えることもない。とはいえ殺せるほどの威力はまだできなかった。それでも感電したクマは死んではいないが数分は動けないだろう。
今のうちに二人のもとへ向かいたいが、そもそも空だ。できることは少ない。
いっそ大量のマナを集めて空の怪物を雷で撃つか?だが大規模なものをやったことがないし、怪物との距離が近い。下手すれば二人にあたる。
「きゃぁ!」
「やぁああ!」
そんなことを考えていると、ついに来てしまった。
怪物の爪が2人を襲い、態勢を崩した2人が乗っている箒から落ちる。
幸い距離は近い。
だが問題は二人がばらばらに落ちていることだ。
「くそが!またぶっつけか!」
走りながら背負っていた盾を下ろし、マナで包み、電気を起こす。
盾に含まれている鉄を磁気で浮かしながら、ウィルベルのもとへ飛ばす。
うまく飛んではいるがウィルベルを乗せられるほどの浮力はない。精々弱めるくらいだが、彼女ならあれに乗って飛ぶこともできるかもしれない。
ここはウィルベルを信じよう。
俺が行くべきはマリナのもとだ。
地面ギリギリだとGがかかって体の弱いマリナでは危険だから、一度すぐに登れそうな木に飛び上がるように登って、さらに枝が折れるかといわんばかりに踏ん張って跳躍する。
「マリナ!」
「……っ!?」
声に気づいたマリナ目を見開いた。
互いに手を伸ばす。
――地面に落ちる直前に、俺の手が彼女の小さな手に触れた。
掴んだ手を引っ張って、空中で勢いを殺すように回転しながら受け止める。
あぁ、よかった。うまくいった。
「う、うぅ……えぐっ……」
「もう大丈夫だ。だから泣くな」
マリナも泣いてはいるが無事なようだった。思ったよりも力強く俺の体に抱き着いている。
安心しつつもすぐにウィルベルを探す。だが見当たらない。
落ちないようにずっと磁気で浮かしていたが、やはり足りなかったか。
それでも一縷の望みをかけて、ウィルベルが落ちそうな場所に移動する。
「ここよ、ここぉ~」
上から声がした。見上げると、そこには盾に乗っかるようにして太い木の枝に引っかかったウィルベルがいた。煤けていたり、切り傷があるが無事なようだった。
「思ったより元気そうだな」
「どこがよ……あんたの盾、ちょっと触ったら痺れたんだけど」
「悪かったよ、ぶっつけ本番だったんだ。勘弁してくれ」
「しょーがないから許してあげる、おかげで助かったし」
抱き上げていたマリナを落ち着かせて下ろして、ウィルベルが下りるのを手伝う。
「正直状況は最悪だ。上には怪物、下には熊だ。すぐに逃げるぞ」
「熊!?」
すぐに山に向かって移動する。空から襲われないのであれば熊を倒すことはできる。ただ問題はもう日が落ちることだ。真っ暗の中で野営もできていない。
荷物は幸いすぐに回収できて無事なのは奇跡だが、準備もできないなら意味がない。
「あ!あそこ!洞窟があるわ!」
ウィルベルが洞窟を見つける。今彼女は俺の盾に乗って木の上すれすれを飛んでいる。何かに襲われたらすぐに地上に戻れるようにだ。
彼女について移動すると大きな洞窟があった。暗くて奥が見えないのでウィルベルが明かりをともして奥を照らす。
「深いな」
「どこかに繋がってるのかしら」
だいぶ進むと奥には草が敷いてあり、上には楕円形の球体が3つあった。これは何かの卵だ。
「こりゃまずいな」
「どうするの?戻る?」
「すぐにな!」
そう言って慌ててUターンして出口に戻ろうとした。
だがまたすぐに足を止めることになった。
理由は、そこにさっき痺れさせた熊がいたから。
まさかとは思うが熊の巣じゃないだろうな。熊が卵性なんて似合わないことしてんじゃねぇぞ。
「こいつの巣なの!?」
「どう見たって違うだろ!さっさと殺すぞ!」
背負っていたマリナを急いでウィルベルに預ける。先ほどの電撃を警戒しているのかすぐには攻めてこない。
好機とばかりに槍を構える。熊の体高はこの洞窟の高さギリギリだ。外すことはない。以前も熊を仕留めるときはこれだったなと思い出しながら、全力で槍を投げると熊の脳天に突き刺さった。
熊は即死のようですぐに大きな音を立てて倒れこんだ。
俺はすぐに出口の方へ駆け出して、槍を回収して二人を呼ぶ。
「早く出るぞ、このままいると巣の主が帰ってくる」
二人がこちらに来るが疲れているせいで、その歩みは遅い。
急げと内心焦るが、そもそも二人はまだ成人してない少女だ。しかも体を鍛えてないし、1日中歩いて戦っている。
だが敵はそんなことを考慮してくれなかった。
大きな鳴き声が静かな夜空に響き渡る。
笛のような甲高い音が混じったような鳴き声。
上空を見ると、そこには先ほどの空を飛んでいた化け物がいた。
「飛竜……」
見るとそれは飛竜だった。そして目の前の飛竜はのどに炎を蓄えている。
俺はすぐに再び2人のいる洞窟の中に飛び込み、叫ぶ。
「伏せろ!」
言葉と同時に炎が吹き荒れた。
2人は床に伏せ、俺は守るように盾を構える。
ただ幸いにも飛竜はまだ俺たちには気づいておらず、入り口付近で倒れているクマに向かって炎を吐いた。
肉が焼けていくニオイ。いまだ水分を多く含み血の匂いが漂っていたが、それはかき消され、水分が弾ける音がぱちぱちと鳴る。
すごい火力だ。
煙が洞窟内に入り込んできた。
「二人とも伏せたまま、口をふさげ!煙は吸うなよ!」
中にある卵に気を使ってか、俺たちのいる洞窟内に入ってくる炎の量は多くなかった。入ってきた煙も洞窟内を充満するほどではない。それでも長くいれば危険だ。
じっと伏せていると、やがて炎はやんだ。代わりに降りてきたのは、初めて見る、翼の生えたトカゲ。それもいくつもの鱗に覆われた大きなトカゲだ。
「ファンタジーだな、こんな状況じゃなきゃ、少しは感動したかもな」
飛竜。
翼膜と一体化した前足を器用に使い、焼けたクマをつつく。反応がないことからしとめたと判断したのか、ひと鳴きする。
こちらに気付いていない。このまま飛び去ってくれ。
そう願うもそれはあっさりと裏切られる。
飛竜の長く太い首がぐるんと回り、こちらを向く。爬虫類特有の縦に開かれた瞳孔がキュッと狭まる。
俺たちを確認したとたんに先ほどとは違い、相手を威嚇する大音量の咆哮が放たれる。
洞窟内ということもあり、音は反響し、鼓膜を破らんかとするほどの音量に思わず耳をふさぐ。
ちらりと後ろにいる二人に目をやると、2人とも抱き合うようにして地面に倒れて伏せていた。
ウィルベルがマリナを守るように抱きしめ、その耳をふさいでいる。自分も辛いだろうによくやる。
マリナのことは彼女に任せよう。俺は俺の仕事をする。
飛竜に向きなおれば、飛竜はこれまた器用に咆哮の間に喉元にブレスをためていた。火の粉が鋭い牙の間から漏れている。
「ギガォォオオオオッッ!!」
嘘だろおい、ここには自分の卵もあるんだぞ!
「クソが!」
卵なんてお構いなしに、飛竜がブレスを放つ。
放たれた赤色の炎。前方に盾を構えて耐える。
炎は2つに分かれて後方に流れていく。盾が熱くなり、持っていられなくなってきたので水の魔法で持ち手だけでも冷やしていくが焼け石に水だ。
一度、炎が吹き止むも、まだ俺たちが生きていることを見るとすぐさま炎を噴き出してくる。このままでは俺たちは蒸し焼きか、一酸化炭素中毒で死ぬ。
この状況を切り抜けるには、飛竜が飛びあがる前に倒さなければならない。
それには接近を気づかれてはいけない。
幸いなのは飛竜の姿が炎のせいでよく見えないこと、つまり向こうからも見えていないんだ。
だがやみくもに近づいても、気づかれて逃げられる。
遠距離攻撃を持つウィルベルはマリナを守るので手いっぱいだ。そもそも彼女の魔法は火と風。この状況では使えない。水の魔法は苦手と言っていたから、ブレスの対処も厳しい。
なら、やはり自分で何とかするしかない。
「まさかここで昔の授業を実践することになるとは……」
昔やった、炎に磁石を近づけると曲がる現象を思い出す。
周囲のマナの位置を調整して電撃を発生させる要領で磁気を発生させる。
すると向かってくる炎が盾よりも前方に、まるで見えない壁があるかのようにラッパのような形になって止まる。
ここまできれいに防げるとは。学んだときはそんなものかと思ったが、こうしてみると本当に不思議で面白い。
場違いにも、学びは知識と経験があって初めて自分のものになるんだなと感じた。
そんな気持ちとは裏腹に、わずかに動ける空間ができたその瞬間を逃さずに、飛竜がいるであろう場所にまた全力で槍を投げた。
次の瞬間、甲高い笛の混じったような鳴き声がして、炎が止んだ。
炎が止んだ洞窟の入り口、そこには口に槍が刺さり、火を噴きながら首を振りまわして暴れている飛竜の姿があった。
即死には至らなかったようで、振り回した首からこぼれる炎が時折洞窟内に入ってくる。
だが先ほどとは違う、まるで脅威にならない。
「すぐ楽にしてやる」
腰の剣を抜き、暴れる飛竜の首めがけて剣を振るう。
硬い鱗に覆われた首を両断し、飛竜がついに沈黙した。
「やっと、終わった……あれ?またかよ」
一息ついたと思ったが、手にある剣を見るとまた先端が折れてしまった。セビリアを出てから既に2本も折れている。
セビリアの数打ちの品とはいえ、手入れをしてもここまで折れるともう俺の腕の問題だ。
槍を回収して二人の元に戻る。
「生きてるか?」
「何とかね。地面が熱くて仕方ないわ……倒したの?」
「ああ」
「あんたほんとに何者よ。飛竜も熊もあんなあっさり倒しちゃうなんて」
「さあな、俺も自分がわかんねぇよ」
マリナの無事も確認すると、血の匂いに誘われて獣が寄ってこないように、洞窟近辺を水で流す。空気も悪いので2人には外に見張りもかねて出てもらう。
一通り血を洗って風でにおいを散らす。
「もういいぞ、入ってこい」
終わったところで、2人に声を掛ける。洞窟の主は倒したのでもう大丈夫だと思うから、今夜はこの洞窟で休むことにした。
もしかしたら番がいるかもしれないが、まだ出てこない上に、今更他へ行くのは体力的に厳しい。
「おーい、入ってきていいぞ」
洞窟のすぐ外で待っているはずの二人に声を掛けるも反応がない。
何かあったのか?
何も動物の気配がしなかったから大丈夫だとは思っていたが、少しばかり心配しつつ洞窟の外に出る。
そこには入り口横の岩壁にもたれ、お互いを支え合うようにして眠る二人の少女の姿。
そうとう疲れてたのか。それもそうか。
2人とも幼いし、日中はずっと歩きっぱなし、飛竜に襲われて気が気じゃなかっただろうし、もう日が暮れて暗い。
俺も疲れた。とはいえこのままにしておくわけにもいかない。
洞窟の中に戻って野営の準備をした。二人分の寝床を用意すると、入り口に戻って一人ずつ運んで寝かせる。
ここでふと気づく。
「今晩はずっと見張りかよ……」
焚火のそばで寝るウィルベルの汗をなんとなく拭きながら呟いた。
今日の夜は長くなりそうだ。
*
翌日、ウィルベルが目覚めると既に空は白んでいた。
寝ぼけ眼をこすりながら周囲を見ると、近くに肉がブロック状に切り分けられていた。何の肉かと見渡すと周囲に飛竜の鱗や牙が落ちていたことから、飛竜を解体したと予想する。
誰が解体したのかと一瞬考えたが、できるのは一人しかいない。
「起きたか」
洞窟の入り口からウィリアムが入ってきて、ウィルベルに声をかける。その手にはいくつもの肉がぶら下げられていた。
「おはよう、それ飛竜の肉?食べるの?」
「ああ、一口食ってみたら意外といけたんだ。毒もなさそうだしいいだろ」
「大丈夫?魔物の肉ってあまりおいしそうなイメージないんだけど」
「そうなのか?でも昨晩食ってから特に何もないぞ」
「じゃあ多分大丈夫ね」
ウィルベルはウィリアムが焼いた肉を受け取り、食べる。
「ほんとだ。意外とおいしいね」
「これなら食料の心配はいらないな。全部運べないのがもったいないな」
「あたしが運んであげるよ」
「いいのか?重いぞ」
「見張り押し付けちゃったし、助けられたからこれくらいいいよ」
「見張りはどうせこの後代わってもらうからいいけどな」
「ならさっさと寝なさい。フラフラじゃない」
「そうさせてもらうよ」
そういってウィリアムは横になって眠った。仮面は着けたままだ。
ウィルベルは食事をとりながら、目の前の男について考えさせられていた。
(何者なのかしら。聖人になりかけって言ってたけど、見た感じかなり若いし。というかこの世界のこと全然知らないくせにものすごく強いし。いままでどう過ごしてきたのよ)
ウィルベルから見て、ウィリアムは異質だった。通常、聖人は絶え間ないほどの戦いの果てに辿り着くもの。そのため聖人になるような人間は強く、たくさんの戦いを経験している中高年の人が多い。
そしてそういう人はほとんどが戦場を求めて、各国を渡っているような人間で世間知らずということはない。
だがウィリアムは声や性格からして、ウィルベルとそう変わらないにも関わらず、半聖人に達していることやそれでいて世間知らずなことに違和感を覚えていた。
(グラノリュースが鎖国しているから世間知らずなのはわかるんだけど、それじゃどうやって聖人になったのかしら。あの国がそんなに戦争起こしてるわけないし)
そして、それはウィリアムだけでなく、隣で眠るマリナにも言えることだった。ただマリナに関してはウィルベルの中で答えが出ていた。
(育った環境を聞いたけど、普通なら死んでるわ。それで死ななかったのは恐らく加護のせい。加護を使わないと生きられないような環境にいたから聖人に近づいたのね、きっと)
彼女は自分の周りの人間が聖人になりつつある中、自分だけがただの人であることに少しだけ焦燥を感じていた。ただ自分がふつうであるとも理解している。この二人が異常なのだと。
(あたしはもっと魔法を頑張らないといけないなー。飛竜ぐらい簡単に倒せるようにならないと。こいつに頼りきりってのもやだし)
ウィリアムの後は、隣で眠るマリナに目を向ける。食事をしっかりとれるようになり、少しだけ太くなった手足、でもまだまだ細く、不健康。
(この子も守れるようにならないと。思ったより下の世界も面白いもんね。飽きずに済みそう)
あくびをしながら、ウィルベルはウィリアムが切り分けた飛竜の肉をいくつか切り、焼いて食べていく。
「それはそうと一人前になるにはどうしたらいいかな。確かに二人はすごいけど、魔法がうまくなるかといわれると微妙だしなー……ま、でも強い敵と戦える気はするからしばらくは様子見かな」
自分が金欠に陥っているということを忘れているウィルベル。尊大な部分が出てきているが彼女の目的は本来、一人前の魔法使いになること、そして彼女の夢もまた、大魔法使いになることだった。
その目的の達成に、今回の旅がどうなるか。これからどうしていくか、2人が寝ている間に少女はゆっくり考えるのだった。
次回、「エピローグ~登山~」