エピローグ
「アクセルベルク東部。大きな資金源があるとすればそこでしょう。テロリストといえど、騎士団の膝元である中央で大きく活動はできません。北部にはもとよりそのような資金はなく、南部は連中にとって忌み地。となればやはり東部かと」
「アクセルベルク東部か。確かにそこならば北、中央、南で購入ルートを分散させられる。次探るならばそこか」
次に探るべき場所が出た。
アクセルベルク東部か……確かにあそこは悪魔大戦前から、策謀や謀略が蠢く場所だ。
となると、アイリスにも協力を求めたほうがいいかな?
まあ、それはあとでやればいい。
「話は戻って、敵の親玉だ。魔法、魔人、神器について知っている人間がそうそういるとは思えない」
「当然、シャルロッテとかカーティスとか、特務隊にはテロリストに加担する人間はいないわ。……いや、待って?」
「ウィルベル?」
待って……1人いる。
魔法使いがいること、ヴェルナーの道具のこと、神器の作り方のことも知ってる人。
あたしの、あたしたちの身近にいた人。
「どうしたのウィルベル。顔色悪いよ?」
エスリリがあたしの心配をしてくれる。
これは言ってもいいのかな、いやでも間違いの可能性は大いにあるし……
「どうしたんですかウィルベルさん。御身体が優れないなら休憩にしましょうか?」
アグニにはこんなこと言えない。でも、言わなきゃ……
「あ、あのね。魔法使いの存在も知っていて、ヴェルナーの作った道具にも詳しい人……そして神器の作り方も知ってる人。あたし、知ってるわ」
「え! 誰ですか? 教えてください!」
「もしやその者が犯人やも知れぬ! 居場所がわかればすぐにでも!」
国王様と王妃様が急かしてくる。
でも、こんなこと言いたくない。
「あたしたちの身近にいた人。アグニ、エスリリ、心当たりあるでしょ?」
「魔法を知っていて神器の作り方も知ってる人……ヴェルナーさんの道具にも……」
「いたかなぁ……あっ」
エスリリが気づいた。
顔が一気に白くなった。
耳も尻尾もまるで凍り付いたかのように動かなくなった。
アグニは気づかない。もしかしたら気づきたくないのかもしれない。
あたしと同じか、それ以上にあいつに対する想いが強いから。
「こんなことができるのは1人しかいない……あたしと同じ魔法使い、錬金術で人には作れないような飛行船も作り上げて、神器だって所有する人」
意を決して言う。
「ウィル。ウィリアム。神器について知り、ヴェルナーの道具を完成させて、魔法使いを量産させるなんてことができるのは、あいつしかいない」
◆
セレステ、リルカ、マガツの三人はアクセルベルク中央に向かう飛行船の船室内にいた。
「それでセレステ。さっき聞いた守護者の噂ってのはどんなだい?」
話題はセレステが東部で聞いた噂話。
「なんでもいろんなところで流れてる噂みたいだよ。えっと、【和】の守護者が生きてるって噂みたい」
「【和】の守護者が生きてるだって? そいつ死んだんじゃなかったのか?」
マガツが確かめるようにリルカを見ると、彼女は肩をすくめた。
「【和】に限らず、守護者の偽物は大陸中にいるよ。その一つみたいなものじゃないのかい?」
「それにしては結構具体的で、みんな信じてる感じだったよ」
「一応聞いてみるけどよ。どんなんだった?」
「えっとね……」
セレステが顎に手を当ててしばらく頭を悩ませた。
やがて思い出したのか、楽しそうな顔で言った。
「【乾いた北の地に災禍が起こる。大地は裂け、溢れ出す濁流に正義は挫ける】」
意外にも達者なセレステの語り口。
その内容は災いの呼び声。
その結びは――
「【裂け目から黒き欲望が世界を覗くとき、和の守護者が現れる】」
「……」
「……」
噂の全貌に、リルカとマガツチは黙り込む。
「……それはまた、随分と物騒な噂だね」
「テロリストがいるっつったって、そんな災害みたいなことは起こせねぇだろ」
「確かにね。北部に川はあるけど、濁流が起こるような水源はないから、どうせ売れたい占い師の戯言だろうね」
「そっかー。【和】の守護者に合えないのはちょっと残念だなぁ」
◆
レオエイダンからアクセルベルクに向かう船の上に2人の少女がいた。
普段は活気のあるその少女たちは、今は見る影もなくただただ呆然と船から見える海原にその目を落としていた。
「ねぇ、ウィルベル……ホントにウィルなの?」
「それしか考えられないのよ。あたしだって信じたくないし、そんなことができるのかって疑問に思ってる」
海と同じ色をした瑠璃色の瞳が影を落とす。
「でも逆に考えればいいのよ」
「え?」
「この事件、あたしはあいつを探すついでだと思ってた。でも違う。この事件の先にはあいつがいる。何を考えてこんなことをしてるのかわからないけど、絶対に追い詰めて捕まえる」
「ウィルベル……」
甲板の手すりを握りしめてウィルベルは力強くそう言った。
エスリリはそんなウィルベルを見て、気を引き締めるために頬を両手で挟むように強く打った。
「ふんっ」
「え、エスリリ?」
「わたしも頑張る!わたしもウィルに会いたい。ウィルはたぶん利用されてるだけ!あんなにいい匂いのするウィルがこんなことするはずないもん!だから捕まえるの!」
元気になったエスリリ。肯定的にものを考える彼女を見て、ウィルベルは一瞬呆ける。
でもすぐにクスクスと笑い出す。
「そうね、やっぱりあいつがそんなことするはずないものね。聞きたいこともやりたいこともたくさんある。あいつとの過去は大事にしないとね!」
「うん!」
「さあ!とにかく一度南部に戻って仲間を集めましょ!こうなりゃ特務隊揃って世話の焼ける隊長を捕まえてやるんだから!」
「おー!」
雲間からさす太陽の光がレオエイダンとアクセルベルクの間に広がる海へと降り注ぐ。
2人の少女が海の上で拳を突き上げて叫ぶ。
◆
最近、何度も同じ夢を見る。
同じ光景、でも少しだけ違う景色。
何度も何度も何度も同じ光景と出来事をめぐる。巡るたびに足掻いていた。
すると少しずつ、本当に少しずつだけど、巡る世界が変わっていった。
だけどどんなに変わっても、辿る結末はずっと一つ。悲しい結末だけ。
それが納得できなくて、俺は何度も世界を巡るんだ。
だけどうまくいかなくて、巡るたびに俺は泣く。
まだ年端もいかない、眠たげな黒髪の少女の胸で抱きしめられながら、赤子のように泣いて縋った。
そのたびに、彼女の姿を見て、触れるたびに。
まだ大丈夫、もう一度。
そう言って繰り返して、また泣きつく。
情けない、みっともない、惨めだ、それでもやっぱり諦めきれない。
俺は誓ったんだ。
どんなに時を巡っても、どんなに痛い思いをしても、誰を敵に回したとしても。
俺は必ず、取り戻す。
そして、ようやく出会えた。
もう少しなんだ。もう少し、もう一度巡ればきっと全部が上手くいく。
また殺し合わなきゃいけないかもしれない、また別れることになるかもしれない。
何度もめぐる世界の中で、いろいろな関係になったもう1人の少女。
ただ俺の行く手を阻むのは、決まって銀の髪を持つ少女。
今回どうなるか、わからない。
でももう決めている。
――もうすぐ全部が変わる。
次章、《調和の騎士と黒禍の兵士》