第二十三話 不和
「なぜ彼女を拘束するか!? 彼女は英雄であるぞ!」
「そんなことは関係ない。市民に被害を出したのはあの魔女だ。英雄だろうと処罰は受けさせる」
西部にある騎士団本部。
そこでは鍛えられた体を白銀の鎧と赤いマントで包んだ偉丈夫と、背の低い立派な礼服に身を包んだドワーフが机を挟んで言い争いをしていた。
西部騎士隊長のラインベルトとレオエイダン王子アルヴェリクだった。
「そもそも彼奴ばらをのさばらせていたのは卿らの責任だ! おかげでレオエイダンにも被害が出ている! その解決を依頼した彼女を捉えるとは何事か!?」
「そもそもそれがおかしい。あいつらはもとよりレオエイダンを狙っていた。貴国が敵を作ったせいで西部が巻き添えを食った。何よりあの魔女は私たちの管轄区で無断で調査を行い、敵に無謀ともいえる突貫をした。その結果があの事件だ。被害を追求せねば市民が納得しない」
「彼女たちは自らに降りかかった火の粉を振り払ったにすぎぬ! 貧民街を歩いているだけで襲われる! そんな治安の悪い場所に騎士の1人も配置せず、何が管轄区か!」
「知ったような口を利くな。私たちには私たちのやり方がある。何も知らない関係のない者が口を挟むな」
議論は平行線を辿っていた。
アルヴェリクはウィルベルに事件の解決を依頼した王族の1人。
そしてウィルベルが事件の解決に動いたところ、騎士団に逮捕されたと聞いてこうして海を渡ってやってきたのだった。
「私たちのやり方? 指をくわえて他国の者が動き出して、ようやく腰を上げるのがやり方か! 挙句その戦果を取り上げ自分のものにするのがやり方だと! 騎士が聞いてあきれる!」
「それはこちらの台詞。何が人類の守護者だ。あんな世間のセの字も知らない小娘が第三席の守護者だと? 勝手に行動を起こし、市民を巻き込んだなど、守護者が聞いてあきれる」
「彼女がいたからこそ、あの程度の被害で済んだのだ! 奴らの武器は一般では手に負えぬ! 彼女がいなければいまだに火事は収まっていなかった!」
「騎士を侮るな。ただの火事の1つや2つ、何軒でも即座に鎮火してくれよう」
「その程度の認識だから駄目だと言っている!」
騎士団本部にアルヴェリクの怒号が響く。
うんざりしたようすのラインベルトはしっしと手を振り、アルヴェリクを追い払おうとする。
「もういい、そこまで言うなら釈放しよう。すでに聴取は終えている。もっとも大した情報を得ることもできなかったがな。意気揚々と勇んで突入した結果が大した情報も得られず敵を倒しただけ。奴らの企みを露呈させることもできずに市民に被害を出した。戦うしか能のない軍人らしい結果だ」
「……彼女を侮るな。守護者はそう甘いものではない」
「そもそもその名前も気に入らない。守護者とは本来我ら騎士のもの。あのような未熟な小娘にはふさわしくない」
そういってラインベルトは傍に控えていた部下に指示を出す。部下はそそくさと部屋を後にしていった。
ラインベルトも立ち上がり、部屋を出ていく。
しかし去り際に言った。
「……ドワーフ風情が」
勢いよく扉が閉められる。
残されたアルヴェリクは顔を憤怒の表情に染めていた。拳はまるで岩のように固く握りしめられ、ぎちぎちと音が鳴っていた。
「ドワーフを甘くみている。この西部、ハードヴィーがいないだけでなんという体たらくか」
心を落ち着けようとアルヴェリクは深呼吸をする。
しばらくそのまま部屋で待っていると数人の足音が聞こえてきた。
入ってきたのは先ほどラインベルトに指示を受けて出ていった騎士。
そして、その後ろには俯いたままのウィルベルと明らかに落ち込んだ様子で尻尾と耳が垂れているエスリリがいた。
「さあ、釈放だ。二度とするんじゃないぞ。命が欲しければな」
そういってラインベルト同様に部下の騎士は扉を勢い良く閉め、大きな音を鳴らす。
その音によって驚いたエスリリがびくりと体を震わせる。
ウィルベルはうつむいたまま、帽子によってその顔は見えない。しかし帽子に被せられた竜の面だけはしっかりとアルヴェリクを向いていた。
「2人ともご無事か?」
「……まったく、騎士団ってのは初めてみたけど、最悪ね」
「ウィルベル殿?」
アルヴェリクの問いかけで顔を上げたウィルベルの顔は真っ赤だった。
白い銀髪と肌とは対照的に怒りによってその目はぎらつき、頬は紅潮していた。
「ホンっと信じらんない! そもそもあたしたち正当防衛なんですけど! 襲われたからやり返したのにあたしたちのせい!? おかしい! 悪いのはあいつらじゃない! なのになんで捕まえた奴には目もくれないであたしたちにばっかり敵意を向けてくるわけ! ホントにあり得ない。もうむかつくぁーー!」
まるで灼島の火山のようだと思いながら、アルヴェリクはウィルベルをなんとか落ち着けようとする。
エスリリもあっけにとられたのか、目をぱちくりしている。ただ先ほどまでのおびえた様子はなくなっていた。
「ど、どうか落ち着かれたし、ウィルベル殿」
「もうほんっと何度ここを爆発させてやろうと思ったことか……小娘? あたしはとっくに立派な大人なんだから!」
歯を食いしばりながら話すウィルベルの声には怒りが滲み溢れて滴っていた。
ただ気落ちしているわけでも酷いことをされたわけでもないと察したアルヴェリクはほっと胸をなでおろす。
「ひとまず本国に戻ろう。ここでは腹の虫がおさまりそうにもない。お互いな」
「そうね。お互いね」
◆
数日かけてレオエイダンへと戻ったあたしたちは、そこでまたレオエイダンの王族たちと話をすることになった。
ただ違うのは前と違って距離が遠い謁見の間じゃなくて、丸い机を囲うように座っていること。
あとアグニの姿があること。
「そういうことでしたか。なおさら西部騎士団の動きは悪いですね」
王妃のフェルナンダさんがそう言った。
もう思い出しただけでホントに腹が立つ……あたしが何したっていうのよー!
「西部はここ数年で衰退していっている。我らとの技術交流によって栄えていたが、飛行船によってその中心は西部だけではなくなった。南部、そしてグラノリュース。いや、むしろ飛行船開発の本場である南に吸われる形で西部は徐々に前の勢いを失っておる」
そう言ったのはアルヴェリクの父の国王のヴェンリゲル王。
アグニが元気になったからか、心なしか顔が優しい気がする。
にしても西部はそんなことになってたのね。治安が悪くなってるって聞いてたけど、その前の状態を知らないから気づかなかったわ。
ていうか、やっぱり南ってすごいのね。
「事前にあの区域がおかしいということはこちらでも警告はした。影響がこちらにもでるから早急に対処するようにとも。にもかかわらず何の進展も報告もない。業を煮やしてこうして調査してみればこの仕打ち」
「ひどいものですね。以前はこのようなことはなかったのですが。いくら交流が減ったとはいえ、いまだ西部の持つ技術力は健在です。やはり軍縮の影響ですか?」
「それもある。以前はエデルベアグが軍人の訓練と称して、あちこちで技術研修や見回りを行っていたからな。そのおかげで治安の悪い部分は少なかった。騎士団に倣う形で巡回するなど、うまく連携をとっていたのだがな」
「そういえば西部の大将はいなくなっちゃったのよね。あまり話したことはないけど。そういえばエスリリは大戦のとき、その人と一緒だったのよね。どんな人だった?」
西のことはよくわからない。エデルベアグ・ハードヴィー大将だっけ。どんな人かもいまいち覚えてないのよね。
申し訳ないと思うけど、やっぱり話したことないからなー。
一緒に戦ったことのあるエスリリに聞くと、彼女は懐かしむようにして話してくれた。
「いい匂いの人だったよ。あまりしゃべらなくて何考えてるのかよくわかんなかったけど、カーティスがいい将軍だって言ってた……最後も兵を逃がすために最後まで残って戦ったんだ」
「そう……立派な人だったのね」
最後、エスリリは悲しそうに言った。
「その人の存在が大きかったのはわかるけど、でも西部は今代わりの人が統治してるんじゃないの? 同じことをすればいいんじゃない?」
「政治経済とはそう簡単ではないのだ。時勢は常に動き続ける。西部では軍が時折見回りをしていたといったが、大戦が終わり、代官が西部を納めるようになってから軍縮の動きがあり、軍人の数は減った。当然、軍に回される技術開発のための資金も。それによって技術研修と称した見回りも騎士団との連携も取れなくなり、徐々に軍人と騎士団、市民の溝が出来上がっていったのだ」
「今の領主もなんとか騎士団と連携をしようとしたみたいですけど、ただかつてとは状況が違いすぎてうまくいっていないようです。引継ぎもドタバタしていました。そんな急所を狙うかのようにかのテロ組織が西部を襲撃し始めました。はっきりいうと今の西部はかなり危険な状態です」
「うへぇ、ちょっとこの大陸を離れてる間に大変なことになってたのね。南は全然そんなことなかったのに」
そんなに危険な状態だったのね。あたしはグラノリュースから南部と古巣から来たから、そんなことになってるなんて全然気が付かなかった。
南は喉かで平和だったから。
そう思っていると思い出したのか、アグニが穏やかな声でいった。
「南部ですか……懐かしいですね。皆さんはお変わりないですか?」
「そうね。南部はディアークがいなくなって、代わりに昔のあたしたちの教え子が修めてるわ。結構うまく治めてるみたいで治安はよかったわよ。ナンパされたけど」
「グラノリュースじゃみんな元気にしてたよ。ただヴェルナーたちは研究がうまくいかなーいってぼやいてたけど。アイリスは忙しそう」
「そうですか……また会いたいです。みなさんに」
「そうね。そのときはあいつも連れてね」
「はい!」
あたしたちの過去は辛いことも多いけど、でもやっぱりとても楽しいものだった。
……一人で旅をしているとき何度も思った。グラノリュースに攻め込む前の、あの日々に戻りたいって。マリナもディアークもいた、あの騒がしくて馬鹿みたいな日々に。
さて懐かしむのはおしまい。今はこれからのことを考えなきゃ。
レオエイダンの王様たちは悪い状況だから難しい顔してうんうん唸ってるけど、実は隠してた朗報があるのよね。
あ、間違えた朗報じゃないや。
「んで、頼まれてた調査の件なんだけどさ」
「調査? 報告なら聞いたとも。襲撃され、迎撃した後に敵本拠地に攻め込んだところで敵の自爆にあったと」
「あー、ま、間違っちゃいないんだけどさ。それだけじゃないの。はいこれ」
そういって帽子から取り出したのは、敵のアジトで回収したいろいろな資料。
改めてみると結構ヤバいことがいろいろ書いてあった。
王様と王妃様がそういって穴が開くほど資料を見る。
この資料に書かれていることはこう。
「守護者や各大陸の情報に……魔法使い、魔人……神器について!?」
そう、アルヴェリクの行った通りに何故かはわからないけど、あいつらは魔法使いの存在を知ってる。
何をいまさらって思うかもしれないけど、魔法使いは本当はその存在すら世間には知られていない存在。
おとぎ話なんかには出てくるけど、今もこうして存在してることは広まってなかった。
「魔法使いの存在を知ってるのは各国の上層部だけです。それもほんの一握り。ウィルベルさんが【魔】の守護者といわれてはいますが、民衆には並外れた精霊術と錬金術の使い手と広まってます。なのにどうして……」
「ウィリアム殿が魔法の存在の露呈には細心の注意を払っていたし、特務師団内でさえ、2人が魔法を使えるなどということは特務隊か連隊長級の幹部達しか知らないこと。彼らが漏らしたとも考えにくい」
「でもこの広まり方は確実にだれか魔法の存在を確信してる人しかありえない。でもだれが?」
魔法を使える人間なんてそんなにいるわけない。
当たり前だけど、ヴェルナーとかライナー、シャルロッテが漏らしたとは考えられないし、カーティスなんてもってのほか。
でもヴェルナーが昔作った未完成の魔法使いになるための道具を知ってるのなんて特務隊しかいないし……。
「魔法の出所は最重要だけど、そこからじゃ相手の素性は探れないわ。別のところから探りましょう」
「別のところというと?」
「奴らの武器よ」
以前、彼らからもらった盗まれた道具の設計図を取り出した。
「この武具、もうすでに完成してた。報告した通り、西部で起きた火事は以前にヴェルナーが引き起こした火事と同種の、消えない炎によるものだった」
「まさか、こんな短期間で実用化できるなんて……」
王妃フェルナンダが眉間にしわを寄せた。
「設計図があるなら作成自体は可能だろうけど、もう投入してるなんて……」
「それもそうですが、もっと気になることがあります」
アグニが設計図の一部を指さした。
「この道具には貴重な宝石や金属が使われています。一つ作るにも多額のコストがかかるはずなのに、それを我が国が見過ごすとは思えません。何かしらの細工がされているはずです」
「細工、細工か……」
ヴェンリゲル王が立派な顎髭をさ擦りながら言った。
「我が国の財省に報告に挙げさせているのは、特定の宝石か、もしくは一度に大量の物の移動があった場合だ。今回はそのどれでもない。となれば……」
「あの宝石はこの設計図の物とは別種かつ分散して購入されたというわけですか」
王族4人が険しい顔して頭を抱える。
この手の話になると、あたしやエスリリは門外漢で口を出せない。
「……これほどの資金力となれば、出所は限られているのでは?」
「だがそれがわからない。直接やり取りしている西部は軍が経済を回している。富裕層はそれなりにいるが、それらが購入した履歴はない」
「アクセルベルクの北部や南部、中央は?」
「それらは我らが干渉できる立場にない」
レオエイダンは西部とかかわりが深いけど、他の領とはほとんどない。南部とは飛行船や特務師団の関係でかかわりは深まっているけど、当然南部でも怪しい動きはない。
「推測にすぎませんが、怪しいのは一つでしょう」
アルヴェリク王子が言った。
次回、「エピローグ」