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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第二部 第一章 《不和の大陸》
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第二十二話 始まる災い

 

 西部北方区画のスラム街で、突如として大火災が発生した。


「ウィルベル!!」


 爆発に近いほどに燃え盛る炎に包まれた建物の外で、逃げ出そうとしていた襲撃者を捉えていたエスリリは、未だ中にいるはずのウィルベルの名前を呼ぶ。

 建物から上がる炎はかつて、アクセルベルク南部、特務隊基地フィンフルラッグの研究所で起きた、かつてないほどの大事故と同じ。

 消えない炎。

 燃えないはずの頑丈な研究所ですら焼失し、多くの怪我人が出たあの事故。

 それがこの木造建築の多い区画で起ればどうなるか。


「あわわ、まずいよ。このままじゃ! 多くの人が逃げられずに死んじゃう!」


 かつて避難訓練を欠かさず行った軍事施設でさえ、多くの重傷者が出た。それが一般人もいる、それもけが人や浮浪者が多いこの区画で起きればどうなるか。


「うわああああ! 火が火がぁッ!」

「俺の家がぁ!」

「消えないぞ! なんだこれ!」

「あなた、あなたーーーー!」

「お母さーん!!」


 多くの人の叫ぶ声が聞こえる。

 耳のいいエスリリにはそれが苦痛だった。そしてもう一つ、家屋を壊す音が派手に鳴り響く。

 発端となった襲撃者たちの建物から何かが脆くなった壁を突き破って外に出る。すると耐えられなくなった建物が大きな音を立てて瞬く間に土煙をあげながら倒れる。

 建物から出てきたのは煤けながらも右腕に両腕を無くした男を引きずったウィルベルだった。


「ウィルベル!!」

「ゲホッ! ゲホッ! っはあ!」


 粗くおかしな音を立てながら必死に呼吸をするウィルベル。彼女の丈夫なはずの衣服はところどころ黒く炭化し、その下にある白い肌も赤くなっていた。きれいな銀髪の髪も一部が焼け、煤けて黒くなっていた。

 だが何よりも彼女が引っ張ってきた黒いボロボロになった男は両腕を失っていた。

 呼吸を整えたウィルベルは瞳に涙を浮かべながら、エスリリに伝える。


「エスリリ! 今すぐ通報!あたしはこのまま消化作業にあたる! 多少家屋を壊してでも火の広がりを止める! たった今、炎の源は止めた! もう消えない炎じゃない! 人を呼んで、避難と消火作業を!」

「わ、わかった! 人を呼んでくるから待ってて!」


 エスリリはウィルベルを心配し、後ろ髪を引かれながらもすぐさま駆け出し、助けを呼びに行く。

 ウィルベルはそれを見送ると、すぐに燃え盛る炎を見て行動を起こす。


「《垂氷》! 《氷棺》!」


 苦手な水と氷魔法を精一杯使って、火を鎮める。

 燃えなかった炎は徐々に弱まるものの、周囲の木造建築の建物に次々と燃え移っており、ウィルベル一人では鎮火するよりも燃え広がる方が早かった。


「どうしよう、このままじゃ」

「うわぁぁ!」


 必死に消化していくウィルベル。そんな彼女の前に1人、逃げ遅れたのか、怪我をした少年が倒れていた。

 すぐそこには燃え盛り倒れかけている家屋。


「あぶない!」


 少年の上に降り注ぐ瓦礫。

 それをウィルベルは魔法の剣を2つ生み出し、瓦礫にぶつける。爆風によって瓦礫が飛ばされ間一髪助かる。


「無事!?」

「う、あなたは?」

「いいから、すぐに逃げなさい! 逃げられないならここでじっとしてなさい!」


 もうすぐ助けが来るはずだからと、それまで自分が守ろうとウィルベルは少年の近くでできることをする。

 そしてやがて時はくる。


「私はプロミティウス教会聖騎士ラインベルト! 騎士たちよ! ただちに救助活動と消火活動を始めよ!」

『はっ!』


 黒の服装に赤色の鎧を身にまとった騎士たち。数十人にも登る騎士たちはすぐさま近くの川や井戸から水を汲み、消火活動を行い、並行して逃げ遅れた住民や怪我人の救助を行った。

 訓練された騎士たちは一糸乱れぬ動きで連携して事態解決へ動く。

 そんな中、ラインベルトと名乗った隊長格の男がウィルベルを見つけると、素早い動きで近寄った。


「君達! 無事か!?」

「ええ、あたしは平気。それよりこの子をお願い!」

「君もだ! あとは私たちに任せて君も避難しなさい!」

「あたしは平気! それよりも火を止めなきゃ!」

「何を言って、って君はまさか!?」


 少年が無事に保護されたことを確認するとウィルベルはすぐに駆け出して火へ向かって魔法を放つ。

 錬金術が栄えた西部で水や氷を放つ道具は珍しくない。それでもラインベルトにとってウィルベルが使う魔法が錬金術とは違うことは一目で理解していた。

 気にせずにただひたすらにウィルベルは火を消すために魔法を放つ。攻撃魔法を専門とするウィルベルは、苦手な魔法でも必死になって消化していた。

 そして火が消えたのは事件発生から、3時間が過ぎてからだった。



 腐臭蔓延るスラム街。

 火事によって辺りは焦げ臭い炭の匂いが取って代わって充満していた。

 そんななか、疲労困憊のウィルベルは汗を流しながらスラム街の片隅で座り込んでいた。

 そこに騎士を率いたラインベルトがやってきた。


「失礼、話を聞きたい」

「なに? 疲れてるんだけど」

「今回の火事、原因について知ってるか?」

「ま、知ってるわよ。そこにいる男が原因ね」


 ウィルベルは近くでぼろ雑巾のようになっている両腕を失った男を顎で指した。

 だがラインベルトは男には興味を示さず、ウィルベルにそのまま話しかける。


「君は何者だ。いや、君は本当に“魔”の守護者か?」


 ラインベルトの視線はウィルベルの胸元にある煤けてしまった守護者の紋章が刻まれたブローチに注がれている。

 ウィルベルはどことなく不快に感じ、ブローチの前で腕を組むようにして隠す。


「そうよ、レオエイダンからの依頼であるテロ組織を追ってたの。そこで現れたのがこいつらよ」

「そうか、ではウィルベル・ソル・ファグラヴェール。貴様を連行させてもらう」

「はっ!? なんでよ!悪いことなんてしてないでしょ!?」

「テロ組織を安易に壊滅させようとした結果がこの始末だ。多くの死傷者が出た。君が軽率な行動をとらなければ、こんなことにはならなかった。責任の所在は明らかにする必要がある」

「何言ってんの? 悪いのはこいつらでしょ?」

「テロ組織が追い詰められれば過激な行動にとることなど明らかだった。被害を抑えて取り押さえる方法などほかにいくらでもあった」

「あたしからじゃない、先に襲ってきたのはこいつらよ!」

「なら襲われたことを私たち騎士に通報するべきだった。そうすればここまで広まることもなく、首謀者も逃すことなく解決できた」


 ウィルベルはラインベルトを睨みつける。怒りで周囲のマナが震える。

 周囲の騎士が危険を感じ、剣を抜きウィルベルを囲って剣を突き付ける。


「今回の被害、出したのは君だ。市民を殺したのは君だ。【魔】の守護者殿」



 ◆



 東部にいるセレステ、リルカ、マガツのもとに一羽の小鳥がやってきた。

 まん丸の体にふわふわの体毛をもつ手のひらサイズの小鳥は、セレステの肩に停まる。


「わぁ! かわいい!」

「おや、これは旦那からだね」


 クリクリの目をした小鳥の足には、小さな手紙が括り付けられていた。

 リルカがその手紙を手に取ると、不思議と手紙は通常のサイズに大きくなった。


「何もかも不思議なもんだな。んで? なんて書いてあんだ?」

「これは朗報だね。なんでも特異体質の子が見つかったらしいよ」

「特異体質? どんなやつだ?」

「なんでも植物の声が聞こえるらしいよ。旦那いわく、急ぎらしい」

「急ぎねぇ」


 マガツは胡散臭そうに手紙を覗き込む。


「場所は……アクセルベルク中央? 行ったことねぇな」

「飛行船を使えばすぐさ。急ぎって言ってくるくらいだから、すぐに行こうか」

「はーい!」


 セレステが最後に小鳥を撫でると、小鳥は心地よさそうに目を細めてから空に飛び立った。


「そういえばリルカ。さっき町の人から面白い噂話を聞いたよ」

「噂話? どんなだい?」

「えっとね、【和】の守護者のお話だった!」

「へぇ?」


 リルカは興味深そうに耳を傾ける。


「噂話ってのは、英雄伝の一節の類かい?」

「ううん、なんていうか占いみたいな感じだった」

「占い?」

「うん。えっとね……」

「ちょっと待て」


 セレステが話そうとすると、マガツがそれを制止した。


「もうすぐ飛行船が出るらしいぜ。急ぎなんだろ? その話は乗ってる間にでもしようぜ」


 マガツの言う通りに、3人は話を区切り、空港へと急いだ。

 そんな3人を、先ほど飛び立ったはずの小鳥は上空から眺めていた。まるで見守るように。

 ……そしてその小鳥からかなり離れた遠く、ある教会の屋根に備えられた十字架で、一羽の鷲がそれをじっと見つめていた。




次回、「不和」

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