第二十一話 平和の価値
「……あまりいい情報じゃないね」
東部にいるリルカは、ノワールが会長を務めるフォルゴレ商会所属の情報屋から、話を聞いていた。
話を聞いたリルカが、外で待っていたマガツとセレステの元へ向かう。
「待たせたね。話を聞いて来たよ……おや?」
リルカが二人がいる待機場所に行くと、初めて訪れる東部に目を輝かせるセレステとくたびれた様子のマガツがいた。
「わー! なにあれ! なんだかいろいろな物がある! 歌ってる人もいるよ! あっちにあるのは何かな? 不思議だね!」
「……お前、そんなはしゃいで疲れねぇのか? 海でも空でもずっとその調子じゃねぇか」
「だってすごく楽しいんだもん! マガツは楽しくない?」
「疲れちまってしょうがねぇよ」
「じゃあマガツはここで待ってていいよ! わたしはもう少し見てくるね!」
「あんま離れんじゃねぇぞ~」
くたびれてベンチに座り込むマガツと、彼をおいて近くの露店や詩人のもとへ駆けまわるセレステ。
「随分と楽しんでるじゃないか」
「ずっとあの調子だぜ? ガキみてぇにはしゃぎやがって」
「初めて島の外に出たんだ。何もないあの島と違ってここにはいろんなものがあるからね、目新しくて仕方ないんだろうさ。何もなかった反動だろうね」
「そういうもんかねぇ。別にこの町は逃げねぇんだからゆっくりすりゃいいのによ」
リルカがマガツの近くに腰を下ろす。
すると、遠くにいたセレステがリルカに気づき、あっという間に戻ってきた。
「リルカ! リルカ! あっち行ってみようよ!」
「ごめんねセレステ。遊びの前に少し話しておかないといけないことがあるんだ」
「お話?」
セレステが二人と同様に座ると、リルカは顔を引き締めた。
「今、各地でテロ活動が発生してる。ここ東部も例外じゃない。せいぜい気を付けておくことだね」
◆
「テロだァ?一体だれがどういう目的でテロなんてすんだよ」
リルカの言葉に疑問を呈したのはマガツだった。セレステと一緒に渡された資料を見ている。
そこには西で起きた襲撃事件について、大きな見出しになっていた。
「予想されるのは北部の軍人崩れだね。そいつらが狙ってる可能性が高い」
「どうして?」
「北部はもともと軍事で栄えた領でね、アクセルベルク中央との結びつきが強かったんだけど、戦争が終わった今、中央は北部を積極的に支援する理由を失って、特に見るところのない北部は一気に衰退していったのさ。悪魔っていう大きな脅威が目に見えて衰えたから軍縮の動きもあって、栄誉を穢されたと勘違いする北部軍人が多くいる」
「でも北部の人たちってずっと国のために戦ってたんだよね。どうして国に悪いことをするの?」
セレステが記事に落としていた目をあげて聞いた。
「彼らにとってのアイデンティティは戦うことしかないからだよ。戦争漬けの毎日を送っていた彼らには、戦う場所が必要だった。それに北部は長年国を支えてきたっていう自負がある。それが戦争が終わった途端に、見放されたと感じたんだろうさ」
「要は裏切られたと勘違いしたってことだろ? 下らねぇ理由だ。そもそも戦いを終わらせるために戦ってたのに終わったら終わったで、別の戦いを自分たちから始めるなんて理解できねぇな」
馬鹿にしたようなマガツだったが、リルカは薄く笑う。
「そもそもそれが勘違いだよ」
「ああ?」
「北部にとって、平和に価値なんてない。戦いによって自分たちが得られる利益がよほど魅力的だったんだろうね。大戦前まで、北部軍は悪魔との戦いで、攻勢に出ることもなく、ただただ現状維持で戦ってるだけだったのさ。名目上は戦いの最前線、悪魔に対する防波堤だ。他領から技術や金が支援という名目でたくさん入ってくるから、それで増長したんだろうね」
「つまり、たいした仕事もせずに金や技術を得てた甘ったれた連中ってことか。それが戦いが終わって甘い汁を吸えなくなったから自ら戦いを引き起こそうってことか? 意味わかんねぇな」
北部の軍人は自分たちがアクセルベルクを始め、大陸中の国々を守っているという自負があった。そして各国もそれに対して少なからず恩義を感じていたために支援を拒むことはなかった。
しかし、戦いが終わればあっという間に状況は変わる。
軍事施設が中心の北部は、戦後に多くの人が離れることになる。戦時特需が終わり、一気に北部から活気は薄れた。
そして今まで戦いから遠かった西部や東部、そして北部よりも劣っていたとされていた南部にすらも発展具合で抜かれた。
唯一勝ち誇れた軍事ですら、北部出身の守護者は一人もいないという事実が、彼らのプライドをズタズタに引き裂いた。
自分たちは誰よりも世界に貢献してきた。にもかかわらずこの仕打ちはなんだと、彼らは怒りを燃やす。
自分たちは精強な兵士なのだ、それを知らしめてやるのだと。
「結局、奴らは泳ぎ続けなければ死ぬ魚みたいなもんさ。戦いによってしか自分の価値を見出せない、だから戦い続けるしかない」
「そうなんだ……どうして仲良くできないんだろう。みんな楽しく仲良く過ごすのが一番じゃないの?」
「そんな夢みてぇな話があるわけねぇだろ。人間ってのは敵を作りたがるもんだ。悪魔っつう共通の敵がいなくなりゃ、その矛先が内側に向くのはわかり切った話だ」
「敵を作る……そう、なのかもしれないね……」
「? どうしたよ。そう落ち込むことか?」
マガツの言葉にいつもの爛漫さが影を潜めたセレステを見て、マガツは一瞬悪いことを言ったのかとほんのわずかに気に掛ける。
セレステはそれに気づき、なんでもないことのようにいつも通りにはにかみ笑う。
「ところで、こういうのってグンジンさん? とか、悪いことする人を捕まえる人がいるんじゃないの?」
セレステがリルカに尋ねる。
「いるにはいるよ、もちろんね。ただアクセルベルク国内の治安維持は、軍人じゃなくて教会所属の騎士の管轄だけどね」
「どうして教会がやってるの?」
軍とはあくまで国家の武力であり、その向く先は主に国の敵に向けられる。
一般的に国内の治安維持を行うのが教会、国外の脅威を排除するのが軍。
治安維持を国ではなく、教会が取り仕切るのには理由があった。
「教会ってのは、人々の心の拠り所さ。悪魔との戦いで人心を落ち着かせるのに最も有効なのは教会を利用すること。だから国は教会と連携しているのさ。軍人よりも教会のほうが国民との距離が近いからね。そのほうが抑止力にもなる」
「そうなんだね。教会は一つだけ? この辺りにはないのかな」
「教会って宗派がいろいろあるからね。といっても、単にいくつもいる神の中でどれを信仰しているかの違いだけだね。このあたりにも、ちゃんと教会所属の騎士様が巡回しているはずさ」
「へぇ~、それなら悪い人たちをやっつけてくれるかも!」
「そうかもしれないね。ただ、相手が北部軍人だと、騎士は苦戦するかもしれないね」
「どうして?」
リルカは忌々し気に、眉根を寄せる。
「北部軍人がどうやって、攻勢に出ないのに他国から支援を大量に受けていたかわかるかい?」
マガツ、セレステは首を横に振る。
「死者が出ないなら、攻勢に出ればいいじゃないか。守りに入るなら、大量の支援はいらない。そんな他国を騙すために、北部の連中はあることをした」
「あること?」
「同胞である北部軍人すら殺して、被害をかさ増しし、他国の兵を酷使して、残った自分たちだけが支援を享受する。そんな腐った連中に、人助けが根本にある騎士様が一筋縄でいくとは思えないね」
「……反吐が出るな」
吐き捨てるマガツ。セレステも悲しそうに口をへの字に曲げた。
リルカは二人を見て、落ち着かせるように笑った。
「いろいろ言ったが、アタシらに直接関係する話じゃないからね。人助けなんて得意な騎士様にでも任せておけばいいのさ。ただ、ちゃんと覚えておきな」
「なにをだ?」
リルカはマガツの耳を軽く引っ張り、口を寄せて耳元でささやいた。
「連中はイカレてる。奴らにとって、命も平和も価値なんてない。なめてかかると痛い目見るよ」
次回、「始まる災い」