第十九話 西部北方区画
ウィルベルとエスリリはアクセルベルク西部に辿り着いた。
そこで彼女たちは、西部の中でも治安が悪いとされる北方区画を調査していた。
「アクセルベルクにもこんなところがあるのね。少し前のグラノリュースを思い出すわ」
そこは薄汚れた家屋が乱立しており、ほとんどの窓は壊されていた。また、ボロボロの恰好をした人々が多く道端に座り込んでいる。
典型的な貧民街、それでも気にせず2人は進む。
「グラノリュースもこんな感じだったの?」
「あー、エスリリは下層に行ったことないんだっけ。今でこそグラノリュースは層の間で格差はだいぶ小さくなったけど、昔は酷いもんだったのよ。軍が率先して命含めて略奪していて、まともに生きてる人なんて1人もいなかったんだから」
昔を思い出したのか、ウィルベルは目を伏せる。
帽子に被せている竜の仮面に触れる。
「マリナと出会ったのも、その下層だったわ」
「ベル……」
「大丈夫よ、今更泣いたりなんてしないから。それよりもこの辺りにそのテロ組織はいそうなもんだけどね。ここなら隠れ放題だもの」
「おう嬢ちゃんたち、止まりな」
背後から薄汚れた男4人が現れた。
2人が振り返ると、そのタイミングに合わせてまた新たに3人の男が2人に背後を取る。
完全に囲まれた形になったウィルベルとマリナだったが、その表情には一切の怯えはない。
ただ呆れているだけだった。
「あー、おじさんたち。相手が悪いと思うんだけど。これ見えない?」
ウィルベルは暴れるのも面倒とばかりに、胸元につけてある守護者を示す盾と太陽が象られたブローチを見せつける。
しかし勘違いしたゴロツキは笑い出す。
「はっは! 確かになんにも見えねぇな! でもな嬢ちゃん、気にする事はねぇぜ? 胸はなくたって俺たちには関係ねぇからな! おいテメェら、こいつは上玉だ。金もありそうだし、久しぶりに女と飯にありつけるぞ!」
「おう!」
「ヒャハッハ! こんなところに子供だけでやってくるのがいけないんだぜ、お嬢ちゃーん!」
「俺たちが男を教えてやるぜ!」
ウィルベルの方からブチッっと音がした。
「ウィルベル?」
「ちょっと、いや、久しぶりに頭に来たわ。立派な大人のウィルベルさんも、さすがにここまで言われちゃあ~黙っていられないわねぇ~」
「お、落ち着いてウィルベル! わ、わたしがやるから!」
ウィルベルの怒りによって大気中のマナが揺れる。それに危機感を覚えたエスリリは必死にウィルベルをなだめるが、マナをまったく感じられない男たちは、下卑た顔を浮かべて二人に襲い掛かった。
「エスリリ! やっておしまい!」
「わおーん!」
魔法を隠したいウィルベルは何もしない、エスリリに指示を出して暴漢たちをやっつける。
「そこでお手!」
「ワフ」
「そこでタッチ!」
「わふわふ」
「そこでおかわり!」
「おぉん!」
指示を出しているだけのウィルベル。実際に相手を倒しているのは超人的な身体能力を持つエスリリだけ。
それでもやせ細った男たちを相手に、あっという間に蹂躙していく。
「わっはっは! 見たかあたしたちの力!」
「わっはっはー」
「そ、そっちの娘しかうごいてねぇじゃねぇか……」
「うっさい、勝てばいいのよ」
倒れて気を失った男たちを足蹴にするウィルベル。
それを見てエスリリは思ったことを口にする。
「ウィルベル、なんだかウィルに似てきたね。今の感じそっくりだよ」
「え、どの辺が?」
「えっと、気を失った人を足蹴にして高笑いしてるとこ」
「そ、そう、気を付けるわ」
言われてウィルベルは乗せている足をどかす。
「どう、エスリリ。この人たち以外に何か匂うものはない?」
「すんすん……何かにおう。単純な悪意とかじゃない、なんだか悪だくみしてるような、そんな匂い」
「臭いわね。ならそれを探しましょ」
手がかりをつかんだ2人はそのまま北に向けて歩きだそうとした。
だがその直前に――
「【魔】の守護者、ウィルベル・ウルズ・ファグラヴェール」
背後から聞こえた声に振り向こうとしたウィルベルだが、次の瞬間にエスリリによって引き倒される。
「をおぅ!?」
「チッ」
「この!」
倒されたウィルベルの、先ほどまで頭があった場所にとげとげしく鋭利な爪が風を切って通りすぎた。
外した男は舌打ちをしながら素早く下がるが、当りだと判断したウィルベルは倒れたまま、魔法を発動させる。
「逃がさない」
彼女の周囲に白熱する2つの魔法剣。
その2つが逃げようとする男へ、交差するように飛んでいく。
男はそれを見て、剣が交差する直前で足を止めてやり過ごす。
剣は交差した場所で爆発するが、男は鋭利な爪がある方の腕、とげとげしい装甲がつけられた腕を掲げてやり過ごし、すぐさま逃げていく。
「まてー!」
逃げていく男を追ってエスリリが駆けていく。
あっという間に消えた二人を追わずに、ウィルベルは他に襲撃者がいないか確認してその場で待機する。
しばらくすると、エスリリが尻尾を垂れ下げた状態で帰ってきた。
「ごめん、ウィルベル。逃げられちゃった」
謝ってくるエスリリだったが、ウィルベルは残念がることもせず、頭を撫でて褒める。
「いいのよ、それよりも、さっきはありがと。おかげで命拾いしちゃった」
「ううん、無事でよかった。あの人、明らかに変なにおいがしたから」
「あたしもしばらく旅に出てなまったかしら。あんな簡単に死にかけるなんて。ま、これからリベンジしに行くからいっか」
「リベンジ? でも、わたしがあの人達を逃がしちゃったから……」
「ふっふーん、あたしだってただ転ばないわよ。これを見て」
ウィルベルは小さな透明の剣を取り出した。
それはさきほど飛ばした二つの魔法剣をそのまま小さくしたような剣。注意しなければ見えないくらい透明で、剣がある空間が僅かに揺らいでいる。
「これは《陽炎剣()》。()()言っちゃえば、ちっちゃい魔法剣ね。あたしが使う魔法剣って、いろいろな効果を持たせられるの。付与する効果によって大きさは変わるんだけどね」
「へぇ~、じゃあ小さいからたいした効果じゃない?」
「戦いに使うのは火力が必要だから大きくなりがちだけど、今回は物探しの魔法ね。無属性魔法で技術はいるけど、魔力はそうでもないから、こっそり後をつけるには最適の魔法よ」
「へぇ! ってことはそれがあればさっきの人たちを探せるの? でもいつの間に付けたの?」
「ふっふっふ、さっき大きな剣と一緒に実は飛ばしてたのよ。相手は大きな剣に気をとられてるけど、本命はこっち。いまごろは逃げきれたと思って安心してる頃ね。さ、行くわよエスリリ。あたしたちを襲ったことを後悔させてやるんだからね!」
「いっくぞー!」
成長した2人は意気揚々と拳を突き上げ、走り出す。
ウィルベルは帽子から水晶を取り出して、襲撃者に取り付けた《陽炎剣》を探す。
「こっちかな、いやこっち、あ、いやあっちか?」
入り組んだ路地裏を進んでいく二人。
やがてエスリリが、徐々に近づく敵組織に気づいた。
「ウィルベル! 匂いがするよ!」
「ホント? お、それっぽいとこにでたわね。よーし、殴りこむわよ~」
鼻が曲がりそうな匂いを放つ曲がりくねった路地を抜けると、濁った水がわだかまり、腐った匂いを放つみすぼらしい建物の前に出た。
「くっさ」
「うぅ、鼻が曲がりそう」
辺りを見回す。
建物のそばには、流れが悪く淀んでいる運河、いくつもの曲がりくねった路地。
「うーん、これじゃあもし川に飛び込まれて向こうに渡られたら面倒ね。相手の数もわからないから、路地にばらばらになって逃げられたら追えないし」
「じゃあ、どうする? 誰か呼ぶ?」
「襲撃が失敗して、こっちにはエスリリがいることを知られてる。時間をかけると逃げられるかもしれないのよね。ここは北部が近いから、そっちに逃げられるとアグニたちの手が届かない」
頭を悩ませ首をひねるウィルベル。真似するようにエスリリも顎に手を当てて首をかしげる。
しかしここでウィルベルは考えるのもめんどくさいと、考えるのをやめる。
「ま、結局逃げられなきゃいい話よね。そんじゃエスリリ、速攻で行くわよ」
「わかったっ」
結果、ただの力押しだった。
次回「驕り」