第十七話 腕の欠片
ウィルベルとエスリリは、ヴァルドロに連れられてひときわ立派な広間に通された。
そこはかつて、ウィリアムがこの国を訪れた際に招かれた王族と謁見する場所だった。
その場所に通された二人は気兼ねすることなく、落ち着いた様子で広間中央まで歩いていく。
2人の前にいたのは、3人のドワーフ。
2人は聖人、1人は半聖人。
ドワーフ国王ヴェンリゲルと王子アルヴェリク、そして王妃のフェルナンダだった。
「お初にお目にかかる。いや、ウィルベル殿に会うのは二回目になるか。レオエイダン国王ヴェンリゲル、こちらはフェルナンダ、アルヴェリクだ」
「ウィルベルです」
「エスリリです」
公式ではないからか、簡単に挨拶をかわす。
アグニータについて話をすると、王族たちはそろって礼の言葉を口にする。
「そうか、2人には心から感謝申し上げる。我々でも手を尽くしたのだが、いかんせん心の病では、できることが少ない」
「さすが守護者様ですね。やはり同じ戦場を駆けたもの同士、つながる絆はとても強いですね」
「そういえば、ウィルベル殿はしばらく海の向こうに行っていたとのことだが、誠か? 世俗では、そなたについていろいろな噂が流れていたぞ?」
「え、そうなの? あまり気にしてなかったんだけど、どんな噂?」
「そもそも魔の守護者なんていないのではないかとか、あのときの少女は見た目だけのプロパガンダではないかとかな」
「え、ひど。誰よ流したのは。とっちめてやろうかしら」
もはや敬語も使わないウィルベルだが、彼女は守護者。
一軍にも匹敵すると公に認められた存在であるためにとがめられることはない。そもそも部屋の中には6人しかいない。非公式であるために王族たちもとがめる気はないようだった。
雑談もほどほどに、ヴェンリゲルは二人に頼みごとをする。
「実は二人に折り入って頼みがあるのだ。アグニータの件とは別でな」
「頼み? 一応あたしたちもやらなきゃいけないことがあるんだけど」
「もちろん理解していますよ。あの和の守護者様が生きていらっしゃるというのは、少々信じられませんが、大変喜ばしいことです。お二人が確信を持っているなら、それ相応の理由があるからでしょうし、それを止める気は毛頭ございません」
王妃フェルナンダが柔和な笑みを浮かべる。
「それとは別で、我が国を襲う不穏な輩がいるのです。その者たちはこの国にあったある技術を狙っているようでして」
「ある技術? 難しいことはあたしわかんないよ?」
「わたしもー」
「うふふ、実は私どももその技術の詳細についてよく理解していないのです。何分難しく理解できないものでしたので」
「それをあたしたちにどうしろと?」
「問題なのはその技術の出どころなのですよ」
そろって首をひねるウィルベルとエスリリ。
しかしフェルナンダから語られた技術。それは二人にとっても無関係ではいられない代物だった。
「この技術は【破】の守護者ヴェルナー様がかつて開発した技術。詳細は不明なのですが守護者にも匹敵するほどの力を使用者にもたらすことができるそうです。お二人はこれについて何か知りませんか?」
一瞬だけ、ウィルベルは、眉根を寄せた。
「ヴェルナーが? でもそれならアグニのほうが詳しいんじゃないかしら」
「それがアグニータも知らないのです。そもそも特務隊の技術部は、謎に満ちている部分が多く、参謀長だったとはいえ、アグニータも知らないことが多かったようで。ウィリアム様に近しいお二人なら何か知ってるのではないかと」
フェルナンダから手渡された資料を覗き込む二人。しかし、またしてもそろって首をひねる。
「わからないわね」
「わからないねー」
それは、手甲のようなものが書かれた資料で、難解な数値がいくつも書き込まれたものだった。
「どうしてそんなものがここにあるの? ヴェルナーが作ったなら、管轄はグラノリュースか南部軍にあるんじゃないの?」
「飛行船開発はレオエイダンとアクセルベルク南部の一部共同開発でしたから、ある程度の技術共有がありました。もちろんすべてではありません。南部軍が利用できないと判断されたものは、こうして我が国がすべて買い取ったのですよ」
「なるほどね、使えないと思っていたものの中に、とんでもないものがあったってこと?」
「その通りです。当初は私どもも技術の詳細を確認し、問題ないと判断し、研究所の一つに保管していたのですが、それが間違いだったのか、それとも何か見落としていたのか……不穏分子に奪われてしまいました。秘めていたのが戦禍の可能性というのは皮肉ですね」
フェルナンダが皮肉交じりの冗談を言う。
困ったように笑いながらウィルベルは過去のことを思い返す。
「そもそもヴェルナーが作るものなんて純粋な兵器だったと思うけど、それならこの国の人たちがわからないなんてことないと思うし……。守護者に匹敵っていっても、あいつの守護者としての能力なんて……能力、なんて……」
「ウィルベル? どうしたの?」
ウィルベルの言葉尻がどんどんとしぼんでいく。
眉をひそめて必死に考え込むウィルベル。そして、思い出す。
「そういえば、一度ヴェルナーが危ない研究をして、事故を起こして大けがを負ったことがあったわね。結局その事故の原因はわからないままだったけど」
「あのときの大火事のこと? すごかったね、全然火が消えなくて、普通じゃなかったよ」
「これ、ヴェルナーには問い合わせたの?」
「聞きましたが、この技術の詳しい情報は何も教えていただけませんでした。ただ、これ自体には守護者に匹敵するような力は無いとしか」
「ま、もしこれが本当にあのときの手甲なら、下手なことは言えないでしょうね」
ふぅ、とウィルベルは小さく息を吐いた。
「結局、これは何を目的に作られたものなのでしょうか」
「さあ、とにかく協力するわ。この技術を盗んだやつらをぶっ飛ばしてやればいいのよね?」
「はい。この技術はいまだ未解明ですが、連中の目的がわからない以上、危険であることは確かです。見つけ次第、関連資料はすべて破壊してください」
こうして、ウィルベルとエスリリはレオエイダンの問題に巻き込まれることになったのだ。
◆
あたしたち2人は、王城のうちの一室を借りることになった。
アグニもいるし、ここの王様の依頼を受けるなら、しばらく滞在することになるからお言葉に甘えた。
ここにいればご飯はついてくるし、何よりいいベッドで寝れるからね。
立派な部屋に入ると、一緒の部屋にしてもらったエスリリがあたしのほうを見て言った。
「ウィルベル、何か隠してる?」
「あ、やっぱりわかる? エスリリに隠し事はできないわね」
確かにさっきの謁見で言わなかったことはある。というか言えなかったこと。
ヴェルナーもわかってるからはっきりとした解答を返せなかったんでしょうね。
あの技術が何を目的にして作られたのか、あたしは詳しくは知らない。
でもそのあとにヴェルナーに起きた変化を考えれば、なんとなく予想はつく。
「あの技術は、魔法使いになるための技術ね。どういう仕組みでどうやってなるのかはわからないけど、あの事故の後に、ヴェルナーは魔法使いになった。ウィルが協力したみたいだけど、あの事故がきっかけになったのには間違いないわ」
「なるほどー、だからあの技術がしゅごしゃくらい強くなれるっていわれてたんだね」
「それなら合点がいくわ。つまり、今回の件はあたしたちの身内の問題ってことね。ま、アグニの実家の頼みだし、ウィルを探すのにあてがあるわけじゃないから引き受けようと思ったの。あ、エスリリに何も言わずに引き受けちゃったけどよかった?」
「いいよー、がんばろうね」
「ありがとうエスリリ、偉い偉い、ありがとー」
「えへへー嬉しいなー」
エスリリはいつだって変わらない。素直でかわいい。
一人旅も長かったから慣れたものだけど、こうして二人旅ってのも悪くないわね。
……前みたいにあの3人で旅したいな。もう叶わない夢だけど、それでも願うのはいいよね?
「それでどうやって探すの? さっきの話で、わたしたちにはアクセルベルク西部を探してほしいっていってたけど」
「どうしようかしらね。エスリリの鼻で探せない?」
「さがせない……ごめんね?」
「いいのよ、気にしないで。わたしが勝手に受けたんだから。とはいえ、一応は他国であるアクセルベルク西部でドワーフの軍は動けないでしょうから、なにか考えないとね」
ドワーフの力を借りずに、敵勢力を探す必要がある。
動くのは明日からでいいとして、とりあえず今できることをやってしまいましょう
「とにかく、発端となったやつに連絡しましょうか」
「おおー」
次回、「未熟な力」