第十五話 和の守護者
「守護者ってのは、先の悪魔との大戦で名を挙げた8人の英雄のことだよ。個人では対抗できない高位悪魔に対して、単独でも戦える実力を持ったものを守護者と呼んでいるのさ。まさしく人類の守護者と称してね」
東部の宿の一室でリルカがある一冊の本を取り出してセレステに渡す。その本はこの大陸の大まかな最近の歴史を記したものだった。
それをめくりながらセレステはリルカの話を聞く。
「守護者は人類の守護者かぁ~。なんだかかっこいいね! どれくらい強いのかな?」
「守護者の中にも序列があってね。それぞれに特徴を表す字が冠されているのさ。例えば、西の国レオエイダンには序列五位【義】の守護者アルヴェリク王子がいる。レオエイダン国の王子で、大戦じゃ二体の高位悪魔を倒した実力の持ち主だ」
「高位悪魔ってのはどんくらい強いか知らねぇからいまいちわかりづれぇな」
「簡単に言えば、一体で一軍を相手にできるのが高位悪魔さ。どんなに戦力を集めても、図抜けた英雄がいなきゃ意味がないのが高位悪魔だよ。実際大戦じゃ聖人だったアクセルベルク大将が二人殉職したし、エルフのレゴラウス王が率いる軍団も一体の高位悪魔のせいで全滅しかけたくらいだからね」
史実や軍に明るくないマガツでも一軍と聞いて大量とだけは理解したようだったが、なおさら信じられなくなった。
「ありえんのか? たった一体でそんだけ戦えるもんかよ。戦争中で混乱してたんじゃねぇのか?」
「そんなわけない。高位悪魔の脅威ってのは大戦時だけじゃなくて、その前からずっとあったんだからね。一体現れるだけで国中が大騒ぎになるような存在さ。わからないならとりあえずとんでもない化け物とだけ理解してくれればいいよ」
「それで、そんな高位悪魔と戦えるのがその守護者なんだよね? 一体どんな人たちなのかな?」
「そうさね、アタシたち竜人にとって身近なのはレイゲンっていう竜人族の長だ。序列二位【覇】の守護者。会ったことはないけど、自信と野心にあふれる男さ。当然武勇にも優れている。獣人といち早く手を結んで群雄割拠だった灼島をまとめ上げたりと知謀にも優れている男さ」
「ふむふむ」
リルカの説明にセレステは頷きながらメモを取る。
リルカはそれを待ちながら、順に明らかな守護者について説明していく。
ただ中には情報が少ないものもいた。
「序列八位【勇】の守護者のファルシュ・ヨルゴス。彼はとことん謎だね。守護者になる前の戦歴に目立ったものはなし。大戦時の功績も未確認らしい」
「そんな奴がなんで守護者になんてなれたんだ?」
「さあね。噂じゃ金で買ったとか、強力な加護持ちだとか言われてるけど、守護者になった後は姿を消しているからわからないままさ」
「なんだそりゃ。守護者が聞いてあきれるぜ」
鼻で笑うマガツだったが、リルカも思うところがあるのか今回は咎めなかった。
「あと聞いてないのは三位と四位?」
「三位と四位の守護者に関しては情報統制が厳しくてね。あまり知られていないんだ。知られているのは五位も含めた3人が特務隊っていう部隊出身てことくらいさ」
「特務隊?」
「俺も知らねぇな。なんだそりゃ」
「特務隊ってのはアクセルベルク南部軍で組織された部隊さ。その名の通り特殊な任務をこなす部隊でね。詳しい説明は省くけど各国で活躍した精鋭部隊さ。精鋭だからか、その部隊情報の多くは秘匿されていてわからないことだらけなのさ」
面白そうにセレステは頷き、つまらなそうにマガツは聞いていた。
リルカは特に気にすることなく話を続ける。
「ただし、その特務隊を率いた人物についてはいろいろな情報があってね、なかなか面白いよ。聞くかい?」
「聞きたい!」
元気よく返事するセレステ。
とても意欲的な彼女に気分を良くしたリルカはいつもより饒舌に語る。
「特務隊の隊長は竜を模した仮面をつけた黒髪の聖人で、その顔は誰も知らない。槍を携え道を開き、盾を持って人々を守る人類の旗手。空を駆ける飛行船を作り、神罰を下す雷すら操る男。悪魔の王を討ち、世界を救った大地の勇者」
饒舌に語るリルカだったが、マガツは目を細めて懐疑的になっていく。
「……盛り過ぎじゃねぇか? 雷なんざどうやって操るんだよ。いつ起こるかもわからねえ天災だろ? 加えて飛行船まで作ったって信じられねぇぞ」
「ところがどっこい事実なのさ。それを証明する人物は数多くいるし、この今も空を飛んでる飛行船のカギとなる技術はその男の率いる特務隊が作り上げたのさ。もちろん一人で作ったわけじゃないが、その男がいなきゃ飛行船はできなかったといわれてる。何より彼の率いる特務隊が各国で活躍したおかげで、レオエイダンはおろか、閉鎖的だったエルフの国も灼島もアクセルベルクに協力して連合軍ができる下地が出来上がったんだ」
「すごーい! その人は誰? 今どこにいるの?」
リルカは少し意味深な笑みを浮かべる。
「その男は各国をまとめ、兵士を導き、平和の礎を築いた序列一位【和】の守護者。ウィリアム・フォル・アーサー。今は亡き、最強の守護者だよ」
最後に亡くなった。その言葉でセレステは少し残念そうに落ち込んだ声を出す。
「そっか、亡くなっちゃったんだね。会いたかったなぁ」
「もし生きてたとしてもそんな大層な人間にそうそう会えるわけねぇだろ。そもそもそんな人間がいたかどうかも怪しいもんだ。暗殺でもされたか?」
「相変わらずロマンの無い奴だね。さっきもいったけどその男は実在していたよ。大戦前から称える歌がいくつも出来上がって大陸中を回っていたからね。レオエイダンの王女なんか、その代表さ。その守護者様に恋をして亡くなった今でも想い続けてるんだから」
「ロマンチックだね。でも王女様はちょっとかわいそう」
「そうさね。まだ亡くなったことが信じられなくてふさぎ込んじゃってるみたいで、公の前に現れたことはないらしい」
「ますます怪しいじゃねぇか。結局その守護者にかかわった奴らは表に出てきてねぇんだからよ。大方残りの守護者も似たようなもんなんだろ?」
肯定的なセレステの意見を否定するようなマガツの言い分に、リルカはため息をついてあきれた目で見る。
「もうちょっと夢見る女の子に寄り添ってあげてもいいんじゃないかい? モテないよ」
「うるせぇ、なんでもかんでも信じるような奴に好かれてぇなんて毛ほども思いやしねぇ」
「そうかい、悲しい奴だね……まあでもマガツが言う通り、他の特務隊出身の守護者は似たようなもんさ。どれも情報が秘匿されてて今どこにいるかわかりゃしないもんばかりさ」
「えっと、気になるのは“魔”の守護者?ほかの人は本に書いてあるけど、この人の欄だけほとんど何もないよ?」
リルカはよどみなく語っていたが、ここにきて眉をひそめて言葉に詰まる。
「その守護者なんだけどね。序列の割に驚くほどに情報がないのさ。わかっているのは大戦で上げた功績だけ。それだけなら立派なんだけど、あまりにも情報がないから怪しさ満点なのさ。出回っている噂があるにはあるけどね」
「それは?」
「旅に出た、とさ」
「なんじゃいそりゃ」
間髪入れずにマガツが突っ込む。ただこの情報に関してはリルカ自身も戸惑っているようで反論も何もしなかった。
窓の外、街の明かりが徐々に消えていくのを見たリルカはそこで話を区切る。
「さて、夜も更けてきた。今日はここまでにしよう」
次回、「再起動」




