第十四話 守護者の偉業
東部港へとたどり着いたリルカ、マガツ、セレステの3人。
あくまで商会として同行しているアズマとはここでお別れだった。
「では達者でな。マガツ、いいところを見せようとはしゃぐのではないぞ」
「誰がするかよ。こいつにお守りなんざ必要ねぇだろ。まあ、せいぜい気を付けるぜ」
降り際にアズマと軽く挨拶をしたマガツは先に降りたリルカとセレステと合流する。
「ここが東部なんだね。これからどこにいくの?」
「今回はここに目的のものがあるからね。このまま東部で活動するよ」
今回が初めての旅、初めての船ということもあってセレステはわくわくした様子でリルカに尋ねる。
すると、3人の頭上を大きな音を立てながら影を落としていくものがあった。
「わぁ~! おっきい! あれは何!? どうやって飛んでるの!?」
それは今まさに飛び立ったばかりの大きな楕円形で流線形をした飛行船。
飛行船を初めて見たセレステは目を爛々と輝かせていた。
「さてねぇ、詳しい仕組みはわからないけど、なんでも各国の技術の集大成らしいね。錬金術と精霊術、灼島の火薬兵器、全部積み込んだもんさ。あれ一隻で一体いくらするんだか」
「すごーい! みんな仲いいんだね。協力して一つのものを作るってなんだか素敵だね」
「どうだかな。仲良しこよしでおててつないで作りましょうなんて理由でできるたぁ、到底思えねぇな」
悪態をつくマガツにリルカは肩をすくめた。
「お前はホントに夢がないねぇ。悪魔っていう脅威に一丸となって立ち向かった証じゃないか。十分な美談じゃないか」
「ケッ、逆にいやぁ、そうでもしなきゃまとまれねぇってことだろ。そもそも同じ種族でもちょっと見た目が違うだけで差別するような連中が、見た目も何もかも違う奴らとつるめるわけねぇ」
「でも一度は仲良くできたなら、これからも仲良くできるよ!これからたくさん、知っていけばいいんだよ」
セレステの純真無垢な言葉と目にマガツも思わず引く。あまりこういった手合いに慣れていないマガツはセレステにどう接すればいいのか、図りかねていた。
リルカはそれを笑いながら、セレステの頭をなでる。
「そうさね、マガツにも一理あるけど、セレステにも一理あるね。大陸の和平はこれからさ。東部はまだエルフや灼島の色が濃いけど、南部はまさしく平和の象徴さ。すべての種族が集まっても特に目立った問題もなくやっている南部は飛行船の発祥だし、並んで平和の象徴になってる」
もっとも――
「すべての人間が平和を望んでるわけじゃあないだろうけどね」
最後の言葉はセレステにも聞こえないような、小さなつぶやきだった。雰囲気を切り替えるようにリルカは手を叩き、行動を起こす。
「さあさあ、とっとと行くよ。旦那からもらった予算なら無駄遣いしなければ向こう数か月は何もしなくても暮らせるからね。とはいってもやるべきことはやらなきゃいけない」
「はーい!わたし、2人の役に立てるように頑張るね!」
「かわいいねぇ、こんな純粋な妹が欲しかったよ。もう一人はあまのじゃくなかわいくないガキだから余計さ」
「うるせぇ、男にかわいさなんて求めんじゃねぇよ」
そうして三人は歩き出す。
ただ好奇心旺盛なセレステは行く先々でリルカに質問をして足を止めていた。リルカはそんなセレステがかわいいのか、特に嫌な顔せずに答えていくが、一方でマガツはだんだんと機嫌が悪くなっていった。
「ねぇねぇ、あれは――」
「いい加減にしやがれ。一向に進まねえじゃねぇか。遊びに来てんじゃねぇんだぞ」
「あ、ごめんなさい……迷惑だった?」
「ああ、迷惑だ。こちとら久々の陸でとっととやること終わらせて休みてぇんだよ。お勉強なら終わってから勝手にやりやがれ」
「はーい……」
悪くなった空気を見かねて、リルカはわざとらしくため息を吐く。
「まったく、面倒見も口も悪い男だね。少しは妹分の面倒を見ようっていう気概はないのかい?」
「ケッ、だからって為すことやること全部面倒見て我慢しろってか? ふざけんじゃねぇ」
「ごめんなさい、我慢するから、次に行こ? 疲れたんだよね。気づかなくてごめんね」
口の悪いマガツの前でおろおろするセレステ。リルカはやれやれといってため息を吐く。
そのあとは特に寄り道することも足を止めることもなく目的地へ向かう。
ただ目に見えてセレステがキョロキョロしてうずうずしているのが二人に伝わってきてそれを見てマガツもイライラし始めた。
「まったく、これじゃ先が思いやられるねぇ。今日はここまでにして宿を探すとするよ。セレステは初めてだろうからね。マガツも疲れてるんならそれでいいかい」
「ああ、いいぜ」
その後、手ごろな宿を見つけた3人は荷物を運び入れて休むこととなった。
とはいっても、セレステはすぐにリルカを誘って東部の町の散策に繰り出し、マガツは部屋で惰眠を貪った。
そうして時間は経ち、夜になったころ。
3人は集まって話をする。
「そういえば二人はノワールの依頼を受けてるって言ってたけど、具体的にはどんなことをしてるの?」
セレステの質問にそういえば話したことはなかったかと、リルカは改めて説明をする。
「アタシらが請け負ってるのはこの大陸の情報集めとある特徴を持つ人間を探しているのさ。情報収集に関してはアズマの大将もやってるよ。フォルゴレ商会っていう、今となっては大陸屈指の商会だから当然大陸中の情報が集まってくる。大まかな大陸の情報をアズマの旦那が集めて、そこからまた細かく知りたい情報や解決するべき問題をアタシらが請け負ってるって形さ」
「その情報ってのが厄介なことが多くてな。商会なんて大きな金が動くところだ。当然付け狙うような連中やよく思わない奴らが大勢いる。そう言った連中を始末すんのもやってるからな。荒っぽいこともしなくちゃならねぇ」
「商会? 二人は商会所属でノワールは商会とはどういう関係なの?」
その質問にリルカとマガツは思わず顔を見合わせる。
「テメェ、あの野郎のこと何も知らねぇのか?」
「ノワール? ノワールはわたしの家族だよ? いろいろ勉強を教えてくれたり、本を読んでくれたり、戦い方を教えてくれるんだよ」
「いや、そういうことじゃなくてだな。ノワールが何者なのかとか、今まで何してたのかとか、普通気になるもんだろ?」
セレステは首を左右に捻る。
「うーん、でもノワールは普段、果物育てたり、料理したりで他は基本わたしと一緒にいるよ。何か特別なことをしてる様子はないよ」
「あいつ、俺たちに働かせて自分はのんびり隠居かよ。いいご身分だぜ」
「まあ、旦那はアズマの大将と一緒に商会をここまで大きくしたからね。うまく体制を整えて商会に利益をもたらしたから、その分け前だけで十分すぎるほどの額が手元にあるんだろうさ。ましてやあんな場所に住んでたら、そうそうお金を使う機会もないしね」
「そういや俺も聞いてなかったけどよ。リルカとノワール、それとアズマはどこで知り合ったんだよ。アズマの大将とノワールの野郎が一緒に商会作ったなんて今初めて聞いたぜ?」
「アタシの話はたいしたもんじゃないさ。大願成就を旦那に手伝ってもらって果たしたから、その代わりとしてこうして働いてんのさ。アズマとノワールの話も大体しか知らないねえ。アズマが船を出したら、ノワールの旦那と会って、2人で商会を立ち上げて大きくしたってことくらいさ」
結局ノワールが何者か、わからないままだった。
セレステの前ではまるで父親のようにふるまっている一方で、アズマやリルカたちを使って大陸の情報を集めている。
目的が読めない。
「そんな奴がなんだってこんなことしてんだろうな。あんなとこにいたら情報なんて持っててもどうしようもねぇだろうに」
「近々何かするつもりなのかもね。こうしてセレステも立派になったことだしね」
その後もいくらか話はするも、結局めぼしい予測すら立たない。
飽きたマガツは投げやりに言う。
「あの野郎の思惑は知らねぇが、俺たちがやることは言った通り、指示通りに調べて問題を解決することだ。時々商会の範疇を超えたこともするから、俺たちの扱いは商会所属じゃねぇ、ただの旅人だ」
「そうなんだね。それで東部じゃ何をするの?」
「普段は特異体質っていってね、生まれつき変わった力を持つ人間を探してんのさ。もっとも今回はまだ見つかっていないから、今しばらくは単純な調査さ」
「特異体質かー。どんなものかな」
「なんでも獣人族の長アアラヴも特異体質ってやつだし、【詩】の守護者のエイリスも強力な特異体質の持ち主だよ」
「守護者?」
「それも知らないんかい……」
何も知らないセレステに、マガツは呆れた。
次回、「和の守護者」