第十三話 聖騎士隊長
南部の夜は明るい。
日が長く気温も暖かなこの地方では夜まで多くの人で町がにぎわい、盛り上がっている。
ウィルベルとエスリリもこの日は久しぶりの南部ということで、酒場に寄っていた。
「ぷはぁ、う~ん、南部のお酒はいいわね。果物が多いから甘いお酒があって飲みやすいし」
「ご飯もおいしいしね~。グラノリュースにいろいろなものがあるし、他の領からいろいろな文化が入ってくるから飽きないね~」
「前にはなかったものがたくさんあるのね。戦が少なくなったからか、娯楽も多いし」
ほわほわとした雰囲気をかもしだした二人。
そんな二人に近づく男が二人。
「ねぇねぇ、綺麗なお嬢さん方、二人だけかい?」
「よかったら一緒にどう?」
見るからにチャラそうな男。
赤い頬に香る酒の匂い。
泥酔とまではいかないまでも少しばかり酔っているようだった。
それを見たウィルベルは、さきほどまでのご機嫌な顔を煩わしそうに変えてしっしと手を振る。
「ちょっと今気分がいいから、ほっといてもらえる? 他あたりなさい」
「そういわないでさ。いくらでも奢るからさ!」
「……おごり?」
ぴくりと、ウィルベルの手がとまる。
その様子に勝機アリと、男は畳みかける。
「そうおごり! いくらでも飲んでいいし、食べていいよ。ここは特に料理がおいしいで有名だからね! こう見えて俺たちはそれなりに裕福な家なんだ。お金なんて気にしなくていいよ! だから、ね。いいだろ?」
「しょうがないわね、少しくらいならいいわ」
「よっしゃー!」
男2人はガッツポーズして、そそくさと他から椅子を持ってきて座りだす。
「ねね、2人とも見ない顔だけど、ここへは何しに? 俺たちここは長いから、明日以降案内してあげても――」
「すいませーん! この南部チキンとグラノカクテル、あとはチーズとドラゴンフルーツ盛り合わせ!」
「わたしはこの魚介のフォカッチャとプディングとグラデンスープ!」
「え、それってこの店で一番高い奴……」
「あ、あと持ち帰り用で今のと同じものをもういくつかお願い!」
「持ち帰り!?」
全部おごりと聞いて目の色を変えた二人は外面なんて一切気にせずに、注文しまくった。
さすがに高額であることを気にした男二人はやんわりと制止を呼びかける。
「ちょ、ちょっと、食事はその辺にしてさ。俺たちと話そうよ。俺はこれでもこのあたりで結構有名な――」
「はむはむはむはむ」
「ここで幅を利かせてるフォルゴレ商会ってのは、俺の親父が勤めてる商会で――」
「むしゃむしゃむしゃむしゃ」
「あ、あのー」
止まらない二人に男たちは軽く後悔する。
「おい、やべーの捕まえちまったんじゃないか?」
「でもよ、ものすごい美人だぞ。ここで引き下がったら、それこそ後悔するぞ」
諦めきれないナンパ師二人は、二人の腹が満たされるまで辛抱強く待った。
そして二人のペースが落ちたところで待ってましたとばかりにトークを広げる。
「二人はどこからきたの? すごくきれいだね。彼氏はいるの?」
「いないよー。忙しかったからねー」
「二人はこのあたりで働いてるのかい? そんなに忙しいなら俺たちの働いてる商会にくるといい! フォルゴレ商会っていうんだけど、すごく働くのが楽なんだ。休みは多いし、手当は充実してる。給料も悪くない。飛ぶ鳥を落とす勢いで成長してるから、一気に上流階級に仲間入りさ!」
ウィルベルは小首をかしげた。
「フォルゴレ商会? 聞いたことないわね。エスリリ、聞いたことある?」
「ううん、ない。あ、でもアイリスが言ってたかも。東部からすごい商会ができたって」
「そうそう! その商会さ! 忙しいなら俺たちと一緒に働こうよ! 興味があるなら、二件目に行かないか? 朝まで飲み明かそうぜ!」
「エスリリちゃんか、すごくきれいだしかわいいね! 獣人だから北からきたのかな」
「ううん、わたしはずっと南にいるよ。北にいたのはえーっと、5年前かな」
男の片割れがエスリリに興味を持ったのか、体を寄せて話をする。ただエスリリは男の匂いが受け付けなかったのか、少し嫌な顔をして遠ざかる。
一方でウィルベルのほうにはもう一人の男が言い寄っていた。
「きみ、名前は?」
「ウィルベルだけど」
「ウィルベルちゃんか。……あれ、どっかで聞いたことあるような……」
「ま、このあたしほどになれば誰もが知ってるからね! 知らない奴はモグリっていってもいいくらいね!」
「あ、あはは」
自信満々なウィルベルを見て、男は乾いた笑いを浮かべ、話を合わせた。
「そ、そうか。す、すごいなーウィルベルちゃんは! そんだけすごい上にかわいいからちやほやされるでしょ。彼氏とかいるの?」
「え……いないけど」
彼氏の話になって、ウィルベルのご機嫌な顔に一瞬だけ影が差した。
男は気付かず、口説き始める。
「そうか! じゃあ俺なんかどうだい? こう見えて俺、東部でも名家の出でさ、お金には困らないし、武芸も治めてるんだ。元軍人だから強いんだよ! 君を守ってあげる。なんなら明日以降でデートでも――」
「あー悪いけどそういうのはパス。仲良くなる気なんてないわ。ご飯奢ってくれるのはうれしいけど」
「え!?」
「エスリリ、行きましょ」
「うん!」
丁度料理を食べきったところで二人は立ち上がる。
唐突に訪れた終わりに男二人は一瞬呆けるも、すぐに立ち上がって後を追う。
「ちょ、ちょっと! ご飯も奢ったんだからまだ話を――」
「え、そんな話だったかな。ご飯奢ってくれるから少しだけ話をするってことだったと思うけど」
「そうだとおもってたー」
「いやいや、あれだけ奢らせておいてそれはないでしょ! 一体いくら使ったと思って――」
酔いのさめた二人は店を出るも、なおも言い寄ってくる二人にウィルベルは言う。
「あたしたちと付き合いたいなら、世界を救ってから出直してきなさい」
「は? 世界?」
「さ、しばらくぶんの食費も浮きそうだし、さっさと西に向かいましょうか」
「うん! アグニのとこだね!」
「ま、待てよ! おい!」
去ろうとするエスリリの肩を男が掴む。
それに対してエスリリは反射的に腕をつかんで取り押さえる。
「うがっ!?」
「あっ、つい! ごめんなさい!」
反射的に取り押さえてしまったことにエスリリは謝り、腕を離すが解放された男は馬鹿にされたと思い、さらにヒートアップする。
「お前ら! 下手にでてりゃいい気になりやがって! 女だからっていつまでも優しくすると思うなよ!」
「俺たち元軍人だぞ! なめてかかってると痛い目に遭うぞ!」
頭に血が上った男たちが店先で騒いだことで周囲に人が集まる。ざわざわとする周囲と男に対して、ウィルベルは落ち着いて持っていた帽子を被って竜を模した仮面を帽子に被せる。
「あらそう奇遇ね。あたしたちも軍属だったの。といっても3年前の大戦でもうやめちゃったけど。ていうかあたしたちを知らないって下っ端よね」
「でもウィルベル、全然知られてない」
「うぐっ、エスリリ、それは言わないで」
「下っ端じゃねぇ! もういい! こうなりゃ力づくだ!」
男たちはウィルベルとエスリリに襲い掛かる。
「しょーがないわね。やってやろうじゃない」
ウィルベルが袖をまくる。
そのとき、別の場所から声が上がった。
「そこまでよ! こんな夜に往来で何しているの! 私がいる限り、悪いことは見逃さないわ!」
苛烈さを持った女性の声。
声のした方向に4人が振り向く。
そこには燃えるような赤い髪をした快活な美女がいた。
騎士風の衣装に身を包み、手には剣を握っている。
女の姿を見た途端、ナンパ男2人は赤かった顔を青くして、背中を向けた。
「やばい、ヒルダだ! 聖騎士隊長のヒルダ・イアンガードだ!」
「に、逃げろ!」
男二人は慌ててそこから離れようと一目散に走りだす。
しかし女性の周りにいた同じく騎士風の衣装に身を包んだ者たちが男を追い、すぐに取り押さえた。
悠然と赤毛の女はウィルベルとエスリリに近寄る。
「騒いでいたのはあんたたちね。いろいろ話を聞きたいから一緒に……」
振り返ってウィルベルと目があった途端に、騎士は固まる。
目をこすり、もう一度見る。空を仰ぎ見て、もう一度。
三度見してようやく騎士――ヒルダは目に涙をためてウィルベルに抱き着いた。
「先生! ウィルベル先生!」
懐かしいもう一人の教え子との再会を、ウィルベルは笑顔で受け入れた。
「おぉっと、ヒルダ。久しぶりね。元気そうで安心したわ」
「はい、それはもう頑張ってました! 先生たちが盛り上げたこの南部を守ろうってアルドリエと一緒に! こうして会えて本当にうれしいです!」
自分の背丈よりも小さなウィルベルに背中と頭を撫でられるヒルダ。周囲の人たちはそれを見てまたざわめきが生まれる。
「あのいつも凛々しくて強いヒルダさんがあんな風になるなんて」
「何者なの、あの人は、もしかしてすごい人?」
そして捕らえられた男たちもそれを見て驚愕し、うなだれて連れていかれる。
ウィルベルたちも話をするためにヒルダとともに騎士の詰め所へ行くこととなった。
◆
「本当に会えてうれしいです。結局南部軍所属になれたのに、大戦には参加できず、特務隊は解散になってしまって。軍縮の動きもあって治安維持を務める騎士に転属になりました。もともと私の家は騎士の名門だったので」
騎士団の詰め所の中、ヒルダの執務室である立派な部屋の中でウィルベルとエスリリはヒルダから近況を聞いていた。
執行院上がりで優秀な成績を修めたヒルダは、若くして南部の一部の区画を取り締まる騎士団長になっていた。
「そうだったのね。ま、たしかにあのときはヒルダは南部行きが決まったばかりだから、大戦に参戦するには早かったもんね。それにしても運がなかったわね。せっかく特務隊にも入れるかもしれなかったのに」
「そうですね。実は結構へこみました。先生もいなくなって……」
肩を落とすヒルダ。
「そう落ち込まないで。いい話があるんだから」
「いい話?」
ウィリアムはまだ生きている。
その話を聞いてヒルダはみるみる元気を出して、昔のように溌溂とし始めた。
「先生が生きてる! どっかに生きてる! 探しに行こう! ウィルベル先生!」
「まったくもう、落ち着いたと思ったらまだまだお転婆なままね。ま、そのほうがヒルダらしいけど」
懐かしいものを見たという風にウィルベルは穏やかに微笑んだ。
「ヒルダも一緒に来る? 騎士団の仕事がどういうのかよくわかんないけど、長期間空けても大丈夫なものなの?」
「あ……ごめんなさい、しばらくは無理かもしれない。最近は物騒で騎士団でも警戒を強めてるんです」
「物騒? 何かあったの?」
「先生なら言っても大丈夫かな。実は各地でテロ活動が起きてるんです。南部はまだ少ないけど、西部と東部はけっこう大変らしくて」
「テロ活動? せっかく平和になったのになんでそんなことするのかしら。あほらしいわね」
「まったくです。そんなわけで今騎士団はあわただしくて。これでも忙しくて行きたいのにいけないんです」
「ま、仕方ないわよ。何かあったらちゃんとアルドリエ通して知らせるから、安心して待ってなさい」
「はい!いくらでも待ちます!ウィリアム先生に強くなった私を見てもらいたいですから!」
その日の夜は、ウィルベルとエスリリはヒルダの家に泊まった。久しぶりに再会した、まだうら若き乙女はその日、朝まで語り明かすのだった。
◆
翌日、ウィルベルとエスリリはヒルダとアルドリエと別れ、南部を発った。
忘れがちだが本来、ウィルベルの使う魔法は大っぴらにできない。錬金術や精霊術がよく見られるようになっても、魔法はそれらよりもはるかに優れた力を持つ。
その存在が公になればいらぬ争いを生むからだ。ウィルベルが【魔】の守護者として称えられていても、彼女がなぜ魔を冠するのか、その力の源は何なのかは徹底的に伏せられていた。伏せられているのは今は亡きウィリアムの尽力によるもの。
特務師団にいたころからウィルベルの動向に気を使い、師団内ですら情報統制を行っていた。
自身が魔法使いということもあったために、不思議なほどにウィルベルの魔法に関しては関係者を除いて一切、広まっていなかった。
結果、噂が噂を呼び、【魔】の守護者の素性に関してはいくつもの仮説が立ち、広まり、消えていた。
中には【魔】の守護者なんていないのではないかともいわれており、彼女が数年間、海の向こうへ旅に出ていたことがその噂を冗長させている。
とはいえウィルベルはそんなことを気にしていなかった。大事なのは魔法をあまり見られないようにすること。
そのため南部から西部に向かう際はほうきではなく、通常通り馬車で乗り継いで向かった。
数週間かけて、ウィルベルとエスリリは西部にたどり着いた。
「んーっ、西部に来るのはなんだかんだ初めてね。エスリリは?」
「わたしも初めて!ここは南部よりもなんだか自然が少ないね。ドワーフもたくさんいる!」
馬車から降りて伸びをしながら会話をする二人。
西部は錬金術や冶金技術に優れるレオエイダンとの国交で栄えているため、他の領よりも優れた武具や技術が出回っている。南部とグラノリュースを除いて最も早く飛行船対応の空港を整えたのもこのアクセルベルク西部だった。
さらに言えば飛行船のエンジンを応用した交通手段が整備され、快適に領内を移動できるようになっている。
「さ、ちゃっちゃと行きますか。レオエイダンにいるアグニに会いに!」
次回、「守護者の偉業」