第十二話 南の青葉
レオエイダンに向かうためにグラノリュースを出立したウィルベルとエスリリは、無事に経由地であるアクセルベルク南部にたどり着いた。
「うう~ん、やっぱり南部は落ち着くね~」
「おだやかだね~」
古巣でもあるアクセルベルク南部の空は、前と変わらずたくさんの飛行船が舞い、多くの種族が入り混じる場所になっていた。
慣れ親しみ見知った南部。
しかし、長い間旅に出ていたウィルベルには知らないことがあった。
「今はだれがここの領主なのかしら。あんまり以前と変わってないように見えるけど」
「確か軍人じゃない若い人がついたらしいよ。アイリスが言ってた」
耳を引くつかせながらエスリリが言った。
「若い人? てっきり軍人がつくと思ってたけど、普通の人?」
「わかんないけど、ゆーしゅーな人だって言っていた。しっこー院? ってとこ出身だって」
「執行院? ……まさかね」
言いながら2人は領主がいる町へ向かっていく。
領主館のある町は大きく人が多く賑わっていた。
何より、その町の露店には必ずと言っていいほどに、あるものが置かれていたのだ。
「どこにも仮面を売ってる店があるのね。竜のお面から白髪の鬼みたいなお面まで。犬耳も……あらっ、魔女っ子のお面もあるじゃない」
「お祭りとかよく売れるんだって。それに前に竜を倒したことがあったでしょ? あのとき出回った竜鱗で作った仮面はすごい価格で売れるらしいよ」
「へぇ~」
ふと、ウィルベルは足を止め、尖がり帽子に被せていた竜の仮面を手に取った。
「……本物売ったらいくらになるのかしら」
「ホンモノだもんねぇ~……売っちゃう?」
「ゴクリ……いや、ダメよ。さすがにそれはちょっとね」
ウィルベルはウィリアムを象徴とする物品を預かっていて、仮面はその一つであった。
2人は歩いていると遠目に小さく見えていた領主館が目前に迫る。
領主館の前には門番がいる詰め所が小さくあるだけだった。治安のいい南部では物々しいものではなく、親しみのもたせるために解放感を出している。
ウィルベルは門番に二三話をする。
「え! あ、そう……ふんふん、じゃあ待ってればいいのね」
話を終えたウィルベルは少し微笑みながらエスリリの元へ戻ってくる。
「どうだったー?」
「驚いたわ。世間って狭いのね。問題なく領主に会えそうよ。話をすれば割とすんなり協力してくれるんじゃないかしら」
「そうなんだ。知り合い?」
「そうね、知り合いっていうか教え子っていうか」
話していると、屋敷の中から一人のかっちりとした服装に身を包んだ男が出てきて、2人を案内する。
黙って案内されるまま、二人がたどり着いたのは昔の領主ディアーク・レン・アインハードが仕事していた部屋。
懐かしいあのときのままの、立派な執務室だった。
「では中で領主様がお待ちですので、お二人でどうぞ」
そういって案内した執事は去っていく。
残った二人は一度深呼吸してから、ノックをする。
「どうぞ」
「失礼します」
「失礼しまーす!」
そうして中に入る。
南部の領主の部屋は日中は背に光を受ける形になり、部屋の主の顔は逆光でよく見えない。
「お久しぶりですね。ウィルベル先生」
だがウィルベルにとって、その部屋の主が誰なのかは姿を見ずとも声で分かった。
「久しぶりね。アルドリエ。大きくなったわね」
アルドリエと呼ばれた青年は立ち上がると慇懃に礼をする。
ウィルベルは帽子をとって笑顔を浮かべる。
「あのときからずっとお会いしたいと思っておりました。ずっと誇りに思っていた先生が守護者だなんて、とても誇らしく、そんな方に教わっていたというだけでとてもうれしかったのです」
もともと大人びていたアルドリエは、すっかりと大きく、また体つきもたくましくなっていた。中身もまた、落ち着きを増していて、若いながらに領主としての貫禄すら持っていた。
「やーねぇ、それほどでもあるけど。あんたも立派にやってるみたいじゃない。南部は他よりも治安がいいって聞いてるわよ」
「僕が引き継いだ時から南部はほとんど完成されていましたからね。多少の興行をした程度でたいして褒められるようなことはできていません」
「なにいってんの、今のアクセルベルクは大変なんだから、変わらないってだけでも十分すごいわ。ま、あたしは内政なんてからっきしだからよくわかんないけど」
ウィルベルとエスリリはソファに座り、紅茶を飲みながら昔話に花を咲かせる。
「噂では旅に出ているということでしたが」
「そうよ、西のほうからぐるっと回って南のほうまで行ってきたわ。どこも文化も風習も違うから、なかなか楽しかったわ」
「そうですか、できればいろいろ話が聞きたいところですね。もしかしたらここにも生かせるかもしれませんし」
「それならあとで日記があるから、まとめておいたげる」
「ありがとうございます!先生には昔からお世話になりっぱなしですね」
「ふふん、ま、気にする必要ないわ。大人なウィルベルさんに存分に頼るといいわ」
年齢的にはたいして変わらないアルドリエに対しても尊大な態度をとるウィルベル。しかしてまじめなアルドリエは心の底からそう思って何もおかしいとは思わなかった。
アルドリエが行った興業はさきほど二人が見てきた、仮面が一つ。
あとは英雄が集った場所として聖地化するというものもあった。
「それでウィルベル先生はここへは何をしに? もちろん挨拶だけでも来ていただけたのは非常にうれしいので、ゆっくりしていってほしいのですが」
「あー、そうしたいのはやまやまなんだけど、実はやることがあるのよ。ここにはその途中で寄っただけだから」
「やることですか? もしかして各地で起きてるテロ活動を?」
「え? テロ活動?」
「あ、いえ、なんでもありません。それで、お二人は何を?」
アルドリエがこぼした言葉を、ウィルベルは特に気にすることなく彼女は続ける。
ウィリアムが生きていること、それを探していること、そして路銀がないこと。
案の定、ウィリアムが生きていると聞いたアルドリエは目の色を変えて声色荒げ立ち上がる。
「先生が生きてる!? まさか、そんな!?」
「驚くだろうけど、ほぼ間違いないと思うわ。確かな筋からの情報だしね。だからこうしてここに戻ってきたってわけ。何か知らない?」
「そうでしたか、申し訳ありません。僕は何もそれらしいことは知らないんです。この数年は赴任してからずっとあわただしくしていたもので」
申し訳なさそうにするアルドリエに、ウィルベルは慌てて気にしなくていいとフォローを入れる。
アルドリエはそれでも何かしたいのか、ウィルベルに協力を申し出る。
「せめて協力させてください。南部は僕のほうで調査しましょう。何かあればすぐに知らせます。グラノリュース国のエドガルドさんとも連携していこうと思います」
「ありがとう、助かるわ。大陸中を探すとなると、さすがにあたしとエスリリだけじゃ厳しいから。大陸の4分の1を任せられると思うと心強いわ」
「そういってもらえると助かります。ほかに何か協力できることはありませんか?」
「えっと、それならろぎ――」
ウィルベルは喫緊の問題である資金問題を相談しようとした。
ただここでふと思う。
(あれ、教え子にたかる先生ってちょっと……いや、かなり情けなくない?)
そんな懸念が浮かぶ。だがそんな一瞬のウィルベルの懸念も横にいて沈黙していたエスリリが遠慮なく超えていく。
「えっとね、お金が欲しいんだ!」
「ちょ、エスリリ。ほんとに直球ね」
アルドリエはまさか資金難を相談されると思わなかったのか、目を丸くする。それでも数年領主をしていたからか、すぐに落ち着きを取り戻して都合をつけた。
「わかりました。先生を探すとなれば南部は無関係とはいえませんからね。いくらか都合します。といっても大々的に探すわけにもいかないということですから、あまり大きな額は動かせませんが……」
「そんなに気にしなくても大丈夫よ。ほかにもあてが……じゃなかった。二人分だからそんなに大金じゃなくても大丈夫よ」
精いっぱい強がるウィルベル。
内心は資金をもらえたことにほっと息を吐くのだった。そしてここでもう一人の教え子について思い出した。
「そういえばヒルダはどうしたの? 確か南部軍所属になるっていう話だったと思うけど」
「ああ、ヒルダなら――」
次回、「聖騎士隊長」