第九話 大陸事情
大陸事情
「じゃあ報告を聞こうか」
屋敷の居間でノワールが言った。
リルカとアズマは懐から巻物や封書を取り出し、ノワールに投げ渡す。
「戦争から三年、アニクアディティはアアラヴ主導で復興に向けて動き出している。アクセルベルクと灼島のレイゲンが支援をしていて、多くの獣人が灼島からアニクアディティへ移住している。中には残るものもいるようであるが」
「ただアクセルベルクからの援助は思ったよりうまくいってないようだね。どうやら北部がごたついているみたいで、各領からの支援が滞っているよ」
二人の報告をノワールはあごに手を当てて考える。
「レイゲンはそのままアニクアディティの利権を握ろうとしているんだろうな。それは以前からの種族間で決められた同盟だから当然か。問題はアクセルベルクか」
「あの国は【悪魔大戦】で四方を治める将軍が軒並み戦死したからね。【聖人】なんてそうそういるもんじゃないし、後釜も見つかってない。代わりの政治体制を整えるにしてもまだ数年はかかるだろうね」
「東部はユベールと国交を持つルチナベルタ家が先頭に立って治めているようだ。代官ともうまく協力しているようで住民からの評判も良い。発展していく東部での商いはこれからも注目していくべきであるな」
順調なように見える東部の統治だったが、ノワールは顔をしかめた。
「ルチナベルタ家、か。一強をほかの名家が見過ごすとは思えないな。他は黙ってみているだけか?」
「そのあたりはまだ調べ切れていないけど、何やら水面下でやりあってるって噂は出回ってるね。東部だけじゃなく、中央もルチナベルタ家のこれ以上の台頭を良く思っていない。東部はもちろん、最近はグラノリュースの王にルチナベルタ家の令嬢であるアイリス・ミラ・ルチナベルタを推す声が上がっているからね」
ノワールは報告書から顔をあげた。
「アクセルベルクは政治体制を大きく変えるしかないな。悪魔がいない今、軍縮して今までのように軍人を領主にすることは徐々にやめていくだろう。東部はそのいい例だ」
「となると試金石の東部は荒れることになるね。軍が大きな力を持っていた隣接する北部が黙ってみているとは思えないよ」
「問題は北部と東部だけではない。西部でも錬金術をめぐっていくらか騒ぎが起きている。レオエイダンでも王女がずっと塞ぎ込んでいて、なおかつ戦士が多いドワーフは先の大戦で人口を大きく減らしている。どこもいまだに弱みが露呈した状態である」
「平和なのはグラノリュースだけか。ユベールは戦後から他国と交流を深める方針にしたようだが精霊を狙った輩が多くて反対派が増えているらしいしな。どこも問題だらけだ」
どこもかしこもいまだ問題だらけのアース大陸。
ノワールは渡された報告書をめくる。
「それで【守護者】だったか。そっちはどうだ?」
「当然ながら【和】は殉職、【覇】の守護者であるレイゲンは北部とアニクアディティへの進出を狙っているようだが、積極的に動こうとはしていない。次に【魔】の守護者であるが戦後からとんと噂を聞かない。もとより出自や詳細が不明な点が多い守護者であるが、不自然なほどにない」
「それなら南部から来た元軍人が言っていたよ。どうやらこの大陸の外に旅に出ているらしいね」
「それならば何も情報がないのも納得であるな。次は【破】の守護者のヴェルナーだったか。奴はグラノリュースにて研究開発を行っているようだ。時折研究施設が爆発しているという話も上がっている。与えられた称号通りに破壊にいそしんでいるようであるな」
アズマは笑い声をあげる。
研究という生産的な行動をしておきながら破壊しているヴェルナーが面白可笑しかったようだ。
ひとしきり笑った後に続いてほかの守護者の報告をする。
「ほかの守護者は以前と変わらぬな。【義】のアルヴェリク王子はレオエイダンの政務を取り仕切り、減った人口を戻すために見合いに追われているようだ。妹のアグニータ王女が一切見合いを受けない反動か、大層な量の見合い話が来ているともっぱらの噂である」
「どうして妹は見合い話を受けないんだい? 聞いた話じゃ、王女様は美人なんだろ?」
リルカの質問に髭が少し生えた顎をさすりながらアズマは答える。
「どうやら死んだ【和】の守護者を忘れられないようだ。もとより以前から歌になるほどだったのだ。その思いは本物で相当なものなのだろう。問題は誰もその姿を見ていないことである。病で臥せっているという噂も上がっているくらいだからな」
「そんなにいい男なのかねぇ、その【和】の守護者様ってのは。一度会ってみたいもんだ」
「南部のアイリス・ミラ・ルチナベルタともユベールのエイリス王女とも噂がある。仮面の下の顔を誰も見たことがないにもかかわらず惚れさせるのだから、大した色男であるな。英雄色を好むというが、ここまで来ると怪しささえ孕むものである」
「そんなことはどうでもいいから、続きの他の守護者について話せ」
話がそれ始めたのを見かねてノワールが聞き直す。
アズマは指を立てて残りの守護者について報告をする。
「【智】のカーティス・グリゴラード。この男は終戦してすぐに退役し、各地を放浪している。もとより軍人以前から各地を放浪していたから、元の生活に戻っただけであるな。次は【詩】のエイリス・ルイ・ユベール。交流が増えたことでやってきたユベールへの客人への対応に追われているようだ。何やら問題が起きているようだったが、これ以上は探れなかった」
「最後は確か【勇】のファルシュ・ヨルゴスだったか?」
「この男に関しては何もわからない。変わらず軍に務めているらしいが表に出てくることはないようだ」
報告が終わり、ノワールは報告書を懐にしまい、これからのことについて話し出す。
「さて、この後だが、アズマは変わらず情報収集も兼ねて商会を頼む。俺は名ばかりの会長だから言わなくても大丈夫けど。新しい商品は奥にあるから見ていくといい」
「遠慮は無用である。ノワールのおかげで俺たちはここまで大きくなれたのだからな。それにしても新しい商品か、楽しみである」
豪快に笑うアズマを見て、ノワールもくつくつと笑う。
次にノワールはリルカを見て――
「次にリルカだが……」
「ノワールー! マガツが上がったよー!」
ふすまの奥からセレステの元気な声がした。
ノワールは思わず微笑み、立ち上がる。
「悪い、話はマガツと一緒にな。ひとまず食事にしよう」
アズマとリルカも立ち上がる。
リルカはセレステの声を聞いて、感慨にふける。
「わかったよ。それにしてもお嬢は元気だね。体のほうは大丈夫なのかい?」
「最近になってようやく進展が見えた。最近は夜に痛みに悶えることも少なくなったようで安心してるよ」
「お嬢もそうだけど旦那もさ。……血の匂い、前よりも濃いよ」
「俺の傷は治るから心配ない。彼女の体のほうがよほど重症だ」
灼島風の服、甚兵衛のような服から覗くノワールの腕には包帯が巻かれ、血が滲んでいた。
それをみてアズマが怪訝な顔をする。
「魔物の肉は送っているが、ダメだったか?」
「効果はある。ただ時間がかかりすぎる。普通の人間ならそれでも問題ないがセレステの体は思った以上に厄介だった。だからこうするしかない。心配しなくてもアズマが持ってきてくれる魔物肉は役に立っている。だからこの程度で済んでるんだ」
「そうか、無理はせぬようにな」
ああ、と頷いてノワールは部屋を後にした。
次回、「訳アリの子供たち」




