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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第二部 第一章 《不和の大陸》
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第七話 不思議な島の不思議な少女

 


「魔物が出たぞ! 突き返せ!」

「オラオラ! ボケっとしてんじゃねぇ!」

「帆をしまえ! 嵐が来るぞぉ!」


 強風と雨が吹き付ける中、マガツ達の乗る船には海の魔物が群れを成して乗り込んで襲い掛かってきていた。

 こき使うの宣言通り、マガツも魔物たちの迎撃に追われていた。


「チッ、目的地寸前で嵐かよ! ゆらゆら揺れやがって動きづれぇ! そうじゃなきゃこんな連中――!」


 大きく揺れる船上で、マガツはふらふらしながら立ち回っていた。

 すると一人の船員がマガツを突き飛ばし、走り去る。


「邪魔だな! ボケっと突っ立ってんじゃねぇぞ!」

「ああ!? こちとらテメェらを手伝ってやってんだぞ! 文句あんならテメェから――」


 怒鳴るマガツの頭にリルカが拳骨を落とす。


「ギャーギャー騒ぐんじゃないよ! アタシたちは乗せてもらってる立場だってわかってんのかい? 海の上はこいつらの領分だ。突き落とされたくなけりゃ、黙って手ぇ動かしな!」

「ちくしょうめ!」


 悪態をつきながら、揺れて濡れて滑る甲板上でなんとか戦うマガツ。

 周囲にいる船員たちは慣れたもので、戦う足取りも危なげなく安定していた。

 それを見たマガツは悔しさからか、舌打ちをしながら目の前にいた魚人の魔物を蹴って船の外につき落とす。


 船に乗ってから三日目。

 魔物や嵐に襲われながら、彼らの乗る船は灼島からユベールまでの間の海をやや東寄りの南に向けて進んでいた。

 そこは未だ未開拓で、人の手が入っていない島が多くある海域だった。


「ついに到着だ。あそこがお前たちの依頼主のいる場所だ」


 アズマがコンパスで確認した先は、いくつかある無人島のどれでもなく、何もない海原だった。

 にらみつけるように海図を確認していたマガツがいぶかしむ。


「ああ? なんもねぇじゃねぇか。ついに幻覚でも見始めたのか? アズマの大将さんよ」

「ハハハ、幻覚か。はて、幻覚を見ているのはどちらかな?」

「ああ? そりゃどういうこった」

「すぐにわかる」


 アズマは懐から古びた鍵を取り出し、唱える。


「《我々は知らない(イグノラムス)知ることはないだろう(イグノラビムス)》」


 鍵が小さく震えだし、笛のような伸びやかな音が海域一帯に鳴り響く。

 そして、鍵の音の終わりと同時に、ガラスが割れる甲高い音が鳴る。

 直後、何もなかった船の目の前に、一つ山を中心に抱えた緑豊かな無人島がその姿を現した。


「うお!? んだこりゃ?」


 驚きの声を上げ、口を開けて目を見開いたまま固まるマガツ。

 マガツがあっけにとられている間に、船は島にあった立派な港に到着し、荷物を運び出していく。


「ほら、ぼさっとしてないでとっとと行くよ」


 リルカが半笑いでマガツの後頭部をはたく。

 普段なら怒るマガツもこればかりはそれどころではなかった。


「お、おう。なあ、島ってのはこんな風に隠れてるもんなのか?」

「んなわけないだろ。この島は特殊なのさ。訳を知りたいならキリキリ動きな。この先にお前を連れてきた理由があるんだからね」


 船員とともに大量の荷物を運びながら、マガツとリルカは島へ足を踏み入れる。

 一見して整備されていない島だったが、港からはわかりにくくもしっかりと整備された道が一本、島の中心にある山へ延びていた。


「ここは灼島じゃねぇんだろ? てこたぁエルフの国なんじゃねぇのか? 俺たちが入って大丈夫なのかよ」

「大丈夫だから入ってるに決まってんだろ。確かにここは灼島じゃないけど、エルフの国のユベールでもない。ここはそのはざまにある島で、まだどこの国も手に入れていない小さな島さ」

「わからねぇな。どこの国も手に入れてねぇなら、誰がこの島を隠したんだ?」

「この島はいわく付きでね。まあ、誰が隠したかは行けばわかるさ」


 雑談をしながら進んでいく一行。

 しばらく歩くと、先頭にいたアズマは前方に大小さまざまな岩が散らばったような遺跡を見つける。

 すると彼は後ろを向いて荷を運んでいた船員たちに声をかけた。


「皆の者ご苦労である。これより先は俺とこの2人の客が行く。お前たちは先に船に戻って待機していろ」

「アイアイサー!」


 船員たちは敬礼をして木箱を置いてきた道を引き返していく。

 マガツ、リルカ、アズマと大量の木箱や樽といった荷物だけがその場に残された。

 3人のいる場所は妙な模様が刻まれた遺跡で、まだ人気はない。


「おい、まさかこの量の積荷を俺たちだけで運べってのか?」

「無論その通りだとも。他に何か方法が?」

「そりゃさっきの奴ら呼び戻して運べばいいじゃねぇか。こんな量、どこに運ぶ気か知らねぇが、三人だけじゃ事が終わる前に日が暮れちまうぜ」

「ハッハッハ! 何、目的地はもう目と鼻の先よ。いや、正確にはまだ遠いが大して時間はかからぬ。そこで待っているがいい」


 アズマは遺跡に刻まれている模様に触れると、低く迫力のある声を朗々と紡ぐ。


「《死者に安らかな眠りをレクウィエスト・イン・パーケ》」


 言葉を唱えると、遺跡に刻まれた紋様が紫色に淡く輝き、周囲を照らし出していく。

 最初は弱かった光りが、少しずつ強くなっていく。


「さっきの鍵もそうだが、唱えてる言葉に意味あんのか?」

「あれは【呪文】だよ」

「【呪文】?」


 リルカが光が強まっている遺跡にそっと触れる。


「体や物にはマナが含まれてるのは知ってるかい? 空気も同じさ。決まった言葉を唱えることで、空気中のマナを規則的に震わして望む効果を引き起こすのさ。それが【呪文】。現象自体は知られているけど、実際に【呪文】を活用しているのは、ここくらいだろうね」

「……いまいちよくわからねぇが、それは俺が唱えてもできんのか?」

「ああ、ちゃんと言いさえすればできるよ。ただ、この【呪文】はこの遺跡専用の鍵で、他でいくら唱えても意味ないからね」


 リルカの話にマガツは眉根を寄せて必死に頭を回す。

 理解に苦戦しているマガツに、呪文を唱え終わったアズマが笑いかけた。


「基本的に【呪文】とは、遺跡や物に対するキーとして使うのが正しい使い方である。直接【呪文】で火や光といった現象を引き起こすことができるが、音ゆえに制御が非常に難しい」

「……もうわけわかんねぇよ。とりあえず俺にも使えるってことがわかっただけでよしとするか」


 ため息を吐くマガツをからかうように笑うアズマとリルカ。

 やがて遺跡の光は目の前のいるお互いの姿すら視認できないほどに強まり、たまらずマガツは腕で目を覆い隠す。


「んだこりゃ!?」

「ハッハッハ! 貴重な体験だぞ。努々この光景を忘れぬことだ」

「何を言って――」


 その言葉が言い終わる前に、3人の姿は忽然と消える。

 まるで最初から何もなかったかのように、光も収まっていた。




 ◆




「ほら、ついたぞ、マガツ」


 アズマの声に、マガツは上げていた腕を降ろした。


「ここは……なんだ?」


 マガツの目に飛び込んできたのは、色鮮やかな花を咲かせる豊かな草原だった。

 遠かったはずの島の中心にある山はいつの間にかすぐそこで、山の麓には、一定の長さに切りそろえられた草と花畑、人の手で耕された畑や果樹があった。

 その青々と茂る草花の香りが穏やかな風に流されて、マガツの鼻腔をくすぐった。

 そしてその豊かな緑の中心には、場違いなのによくなじんでいる平屋の屋敷。


「灼島と全然ちげぇ……なんだ? この馬鹿みてぇに心地いい風は? こんな花も植物も見たことねぇ……屋敷だけは灼島のもんと似てるけどよ……」


 困惑するマガツの隣にアズマが並ぶ。


「驚くのも無理はない。何度来ても、この場所ほど心安らぐ場所は世界広しといえど多くない。あの屋敷も様式は灼島と同じだが、ここに住んでいるのは竜人でもましてやエルフでもない」

「そりゃこんなとこに住むなんて奇特な野郎は、戦いばかりの竜人にはいねぇだろうよ。となればエルフしかいねぇとと思ったが……誰が住んでんだ?」

「さてね、住んでる人は知ってるけど、その人が何者かなんて誰も知らないよ。ま、アタシやアズマの大将がこうしているのは、ここに住んでいる人のおかげとだけ言っておくよ」

「マジかよ……」


 敵わないと思っていたリルカとアズマの2人が世話になった人物。

 そう聞いてマガツは少し身構える。

 と、そのとき――


「……~ぃ! ぉ~い!」


 遠くから、三人に呼び掛ける声がした。


「お、来たようだ」

「お~い、お~い!」


 アズマが声に振り向くと、つられてマガツも振り向いた。

 どんな人物が来るのだろうと身構えていたマガツ。

 しかし、その声の主の姿を見ると徐々に半目になっていく。


「……なあ、まさかあいつか? テメェらが世話になったってのは」


 声の主は年の頃15、6あたりのクセのある白髪を背中まで伸ばした碧眼の少女。

 そんな少女が数百メートル離れた屋敷から大きく手を振っていた。

 事前情報から熟達の大人を想像していたマガツは、拍子抜けした表情を浮かべる。

 それを見たリルカはからかうように言った。


「ハハ、何言ってんだい、違うに決まってんだろ。あの子も変わり種だけど、世話になったのは別の人だよ。あの子はお前と同じ、訳アリでここにいる子だよ」

「訳アリだぁ? ぱっと見ただのガキにしか見えねぇが」

「人のこと言えた成りかい? お前もただの小汚い生意気なガキにしか見えないよ」

「ケッ、うるせぇ」


 マガツはがっかりしたように下を向いてため息を吐く。

 思っていたのとは違うが仕方ないと、再び顔を上げる。

 すると――


「みんな、おはよう! いらっしゃい!!」


 三人の目の前に白髪の少女がいた。


「んをぉ!? いつの間にいやがった!?」


 目の前にいる少女にマガツは驚き、屋敷と少女を交互に見やる。

 どう考えてもリルカとの少しの会話の間に移動できる距離ではなく、たとえ全力で移動していたとしても、目の前の少女は息を切らしてもいない。


「……ほんと、どうなってんだ? この島は」


 諦めに似たため息を吐くマガツ。

 そんな彼の前で、白髪の少女は楽しげに笑っていた。



次回、「商会の会長」

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