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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第二部 第一章 《不和の大陸》
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第五話 孤独な竜

 


 火が付いたフォルゴレ商会の屋敷の周囲にあった家屋は、火事が広がらないようにどんどんと火消したちによって壊されていく。

 燃えるものがなくなったことで、しばらくして屋敷の火は収まっていった。

 そのころには捕縛されていた竜崩れの少年も人目がつかない路地裏に連れこまれ、取り巻きである役人達に組み伏せられた状態でユウセイと向かい合っていた。

 ユウセイは、役人二人に押さえつけられた【竜崩れ】の少年の横っ面を鞘で殴りつける。


「ガハッ、テメェ……」

「頑丈なだな。加減せずに済みそうだ」


 殴られて血を吐いてもなお、竜崩れの少年はユウセイを睨む。


「理解できないな。貴様のような男がなぜあの小物を庇った?」

「……何の話だ?」


 答えない少年をユウセイは鼻で笑った。


「あくまでだんまりか。まあよい。聞きたいのはなぜこの屋敷を襲ったのかだ。よもや、この屋敷がどんな家か知らぬわけではあるまい」

「知らねぇよ、喧嘩を売られたから買っただけだ。たいそうな口を利いてきやがったからどんなもんかと遊んでやった」

「【フォルゴレ商会】。その名を聞いたことは?」

「知らねぇよ。テメェらみてぇな甘ちゃんと違ってこちとら毎日必死こいて生きてんだ。商会なんてもんにはとんと縁がないんでね」


 地面に顎を付けた状態でも、少年は強気だった。

 ユウセイはそんな少年を見て、冷たく笑う。


「【竜崩れ】の貴様には難しい話だったか」

「……テメェ、今なんつった?」


 少年の目が鋭くなる。

 ユウセイはもう一度言う。


「なんだ【竜崩れ】」

「っ!」


 ユウセイを睨んでいた少年は俯いた。


「不意打ちと部下任せしかできねぇボンボンの腰抜け野郎が。俺を【竜崩れ】なんて言って馬鹿にした野郎はな――」

「なんだ?」

「全員こうなるんだよ!!」


 少年は地面の土を口に含み、自分を抑えつけていた役人の顔に吐き出した。


「ぐっ、貴様ッ!」


 顔に血の混じった土を被った役人は一瞬怯み、少年はその隙を突いて役人の腰にあった刀を奪い、抑えつけていたもう一人の役人ごと切り伏せた。

 一瞬で二人を切り伏せた少年に、ユウセイたちはいっせいに身構える。


「貴様、汚い手を!」

「ハッ! あいにくと俺はお行儀のいい戦い方なんざ知らねんだよ!」


 少年はそのままユウセイに切りかかろうとするも、咄嗟に取り巻き達が立ちふさがった。


「不意打ちでうまくいったからといって調子に乗るな!」


 多勢に無勢で、少年は大勢に斬りかかられ、一気に不利になる。

 ――はずだった。


「るっせぇな! テメェらと一緒にすんな!!」


 突然、少年の体から炎のような光が立ち上がり、ユウセイの部下が吹き飛んだ。

 爆発にも似た神気の発現。

 これにはたまらずユウセイたちは警戒し、一斉に襲い掛かった。


「手負いの獣だ、侮るな! 【加護】に気を付けて一斉に潰せ!」

「ハッ!」

「来やがれ、腰抜けが! ぼろ雑巾にしてやらァ!」


 息の合った連携で鍛えられた竜人たちが刀を振る。

 しかし、【加護】の力を得た少年の力任せの剣が一度振るわれただけで、まるで竜の爪の一振りのように瞬く間に部下たちは蹴散らされた。


「次はテメェだ!」

「悪童が、私に勝つ気か!」


 残ったユウセイが刀を構え、少年の一撃を受け流す。

 良家に生まれ、幼いころから叩き込まれた英才教育によって、受けることすら困難な少年の力任せの一撃を辛くも防ぎ、大げさに避ける。

 磨き上げられた剣技と我流の力任せの荒業。

 勝敗は――


「オラァッ!!」

「グッ! 馬鹿な!」


 力任せの剣に負け、ユウセイが吹き飛んだ。

 人気のない路地裏から、人通りの多い道に傷ついたユウセイが飛び出して、周囲は一気に騒ぎなった。


「ユウセイ様!?」

「いかがなされたのですか!」


 市民たちが驚き、領主の息子たるユウセイに駆け寄っていく。


「来るな! 皆の者、ここから離れろ! 奴は危険だ!」


 一般市民を遠ざけようとするユウセイの前に、大量の神気を纏った【竜崩れ】の少年がやってきた。


「なんだあの男は!?」

「竜人? でも角も鱗もない」

「【竜崩れ】のゴロツキだ! 【竜崩れ】がユウセイ様を襲っているぞ!」


【竜崩れ】という言葉に、周囲の市民は目の色を変え、ユウセイを庇うようにして刀を構えだす。

 弱肉強食で戦乱を好む竜人は、ほとんどが武器を携行している。

 男も女も子供までもが、【竜崩れ】の少年に敵意を向けていた。


「【竜崩れ】だと、どいつもこいつも蔑みやがる。角が生えてりゃそんなに偉いのかよ!」


 少年は刀をさらに固く握り、神気を一際強くした。

 圧倒的な神気を前に、その場にいる竜人たちは恐れを抱く。


「りゅ、竜……?」


 さながら少年のその姿は、本物の竜のようだった。


「逃げろ皆の者! この男は私が捕らえる!」


 ユウセイは市民の前にかばうように前に出て、人々を逃がす。

 誰もいなくなった通りで向かい合うも、誰の目にも彼が勝てないのは明らかだった。


「【竜崩れ】の成り損ないが! ここで引導を渡してくれる!」

「ごちゃごちゃうるせぇな!」


 少年は神気が存分に込められた刀を大上段から振り下ろし、ユウセイは刀を横にして迎え撃つ。

 精一杯の抵抗、しかしあっけなくユウセイの刀は折れ、また吹き飛ばされた。


「ガハッ」


 地面を転がり、血を吐きだした。

 元から赤気を帯びた灼島の土がさらに赤く染まる。


「おのれ……」

「へっ、立場が逆転したな」


 なおもぎらつく刀を持った少年がユウセイのそばにやってくる。


「殺すなら殺せ。それが灼島の掟だ」

「へっ、さすが領主の息子だな。心意気だけは立派なこって」


 覚悟を決めたユウセイを見て、少年は笑う。

 ――笑って、放っていた神気を収めた。


「……?」


 刀を降ろした少年を見て、ユウセイはいぶかしむ。


「殺さないのか」

「テメェを殺して何になる。さっきも今も俺ァただ売られた喧嘩を買っただけだ。殺すつもりなんかねぇ」

「ただの喧嘩だと……貴様、私を愚弄する気か!?」

「知るか、テメェの覚悟なんか知ったこっちゃねぇんだよ」


 ユウセイは血が出るほどに唇をかみしめ、少年を睨むも、少年はその場を立ち去ろうとした。

 だがそのとき――


「御館様の令は絶対である」


 唐突に現れた一人の男が【竜崩れ】の少年に襲い掛かった。


「なッ――」


 咄嗟に刀を構え、一撃を防ぐも少年はまるでボールのように地面を転がった。

 転がった勢いを生かし、再び少年は立ち上がり、襲ってきた男を見る。

 その男は、ねじくれた大角を持ち、丸太のように太い腕に身の丈に迫るほどの大刀を持っていた。


「あ、あなたは……なぜここに!?」


 ユウセイが乱入者を見ると、あからさまに目を向いて、驚きの声を出す。

 やってきたのは――


「ジュウゾウ殿! レイゲン様が懐刀のあなたがなぜここに!」


 一際立派な鎧と衣服に身を包み、体格同様に豪快な笑い声をあげるジュウゾウ。


「ハッハッハ! 御館様の密命の途中で久方ぶりに強き【加護】の匂いがしたと思ってきてみれば、現れたのが【竜崩れ】の小童とは! 惜しい、実に惜しいな!」


 びりびりと空気を震わせるほどの大声で笑うジュウゾウに、吹き飛ばされた少年は再び神気を纏いだす。


「次から次へと、とんだ大物が来てくれやがる」


 いとも簡単に神気を纏う少年を見て、ジュウゾウの笑みが鋭くとがる。


「【加護】……とは少し違うか? 【加護】ほど形を持っていない上に好きに発動できるとは。……まるであの少女のようだ」


 少しだけ懐かしむような声音。


「ユウセイ殿。あの童は?」

「【フォルゴレ商会】の家に火付けをした者です。取り押さえようとしましたが、暴れられております」

「ほう? これは奇遇。オレもその家に用があってきたのだが、まさか燃えてなくなっているとは! なおさらこの小童の相手をしなくてはならないな!」


 ジュウゾウは笑って大剣を構え、一気に少年に切りかかる。

 大剣の重さなど微塵も感じさせない動きに【竜崩れ】の少年は驚き、咄嗟に刀を振り回す。


「クソったれが!」

「粗いぞ! 小童!」


 神気を纏う一撃が振るわれる直前に、ジュウゾウは地面に大剣を突き刺し、ちゃぶ台返しのように地面を丸ごとひっくり返す。


「――《天地返し》」

「だぁクソ!」


 まるで巨人の手のひらが迫ってくるかのような土砂の波を、少年は神気で横一線に切り裂き、吹き飛ばす。

 だが吹き飛ばし、視界が晴れた先にジュウゾウの姿はない。


「なッ!?」


 すぐに周囲を見渡すが一歩遅く――


「こっちだ」


 すぐ横から野性的な笑みを浮かべたジュウゾウが現れ、大剣を振るう。

 咄嗟に少年は刀を構えるも、圧倒的な一撃を誇る大剣を前に、小枝のように刀は折れ、神気を纏っていた少年が大きく吹き飛ばされた。


「がはっ!!」


 家屋の屋根を何度も突き破り、転がった少年。

 神気で補強してもなお、ジュウゾウの一撃は重く響いた。


「バケモンが……」


 あっという間に劣勢に陥った少年の前に、すぐにジュウゾウは駆け付けた。

 すぐに少年は立ち上がるも、既に刀は折れ、彼の身を覆っていた神気もまた消えかけていた。


「なんだ、もう抵抗は終わりか? もっとその【加護】を見せて欲しいものだな!」

「……るっせぇな」


 つよがるも既に視界は揺れ、満足に立てなくなっていた。

 少年に大剣を突きつけたジュウゾウのもとに、役人たちとユウセイたちが追い付く。


「さすがジュウゾウ殿! お見事です!」

「この程度、誇ることでもない。【竜崩れ】の一人や二人討てなかったとあっては、御館様の名が泣くのでな!」


 大人しくなった少年に縄と刀を持った役人たちが迫る。


「大人しくお縄につけ。貴様はもう助からん」

「クソッ……」


 少年はなおも抗戦の意思を見せるが、既に満身創痍。

 あわれ、少年の首に縄を付けられる。

 ――その瞬間。


「ちょっと待ってやくれないかい?」


 縄を持った役人たちが一斉に糸が切れた人形のように倒れ伏した。


「なんだ!?」


 驚く少年。

 ――いつのまにか彼の前には黒衣の女竜人が現れていた。


「お前、何者だ!」


 ジュウゾウを始めとした一同が再び身構える。

 抜身の刃のような鋭い雰囲気を醸し出す女は、腰にある刀に手を置きながら怪しげな笑みを浮かべた。


「なに、そう警戒しないでおくれよ。アタシはこの馬鹿が焼いたフォルゴレ商会の者でね。自分のところの落とし前を付けに来ただけさ」


 ちらりと少年に視線を向け、すぐにまたジュウゾウたちを見る。

 黒髪に少し短い二つの角。まだ若い見た目にも関わらず、一瞬で何人もの役人たちを昏倒させるその腕前は尋常ではない。

 警戒しながら、しかし笑いながらジュウゾウは問う。


「ならば理解できるだろう。その小童は御館様の令に背き、商会と取引のある家に火付けを行ったのだ。極刑もあり得る重罪だ。商会は我らに協力こそすれ、抵抗する理由がわからんな」

「その商会がこの件について水に流すって言ってんのさ。この屋敷の奴らはどうにも問題が多い奴らでね、やられたところで問題はない。むしろこのガキにお願いしていたくらいさ」


 女の話についていけない少年は、怪訝な声を上げる。


「あ? テメェ、何言って――」

「黙りな」

「ガッ」


 少年の顔を蹴り、口をふさいだ女竜人はジュウゾウにそっと笑いかける。

 その様子に、ジュウゾウはつまらなそうに顔をしかめた。


「信じられんな。たとえその小童が商会の手の者だとしても、この辺りを納めるオレたちの面目が立たぬ。ここまで手酷くやられたのだ。おとがめなしで通るとでも?」

「それはそっちの問題だろ? こっちはこっちの都合ってもんがある。こっちはこの男をもらえればそれでいいのさ。メンツが大事ってんなら、あんたらはこの男の身柄をアタシに引き渡してくれたって形でどうだい? 始末はこっちでつけるからね」


 ジュウゾウは少しの間悩んだ後、眉根を寄せながら剣を背中に納める。


「……いいだろう、ならばあとでオレの下へ使いをだせ。詳細はそこで知らせよ」

「ジュウゾウ殿!」

「何か文句があるか? ユウセイ殿?」


 有無を言わせぬ圧力に、ユウセイは押し黙る。


「いえ……ありません」

「ということだ。契りは守ってもらうぞ。使いが来なければ、その男もお前も、そして商会も今後二度とこの地は踏めないと思え」


 殺気を放つジュウゾウだったが、それでも女は笑って流す。


「あいよ。理解してもらえて助かるよ。心が広くて大助かりさ」

「ここで戦いたいところではあったが、御館様の顔に泥は塗れんのでな! 反故にしてくれれば、堂々とお前たちと戦えるのだがな!」


 確かな殺気を放ちながらジュウゾウの豪快な笑い声が響く。

 そしてそのまま、ジュウゾウやユウセイたちは去っていった。

 残ったのは、黒衣の女竜人と【竜崩れ】の少年だけ。


「テメェは誰だ。一体何が目的だ」


 フラフラと立ち上がりながら、少年は女を睨みつけた。

 そして女もまた、少年と向かい合って睨み合う。


「うるさいガキだねぇ。まずは危機を救ってくれた恩人に礼を言うのが先じゃないのかい?」

「ケッ! ご立派な鱗と角持ち様は鼻持ちならねぇな! こちとら散々やられてんだ。いうこと聞かせたきゃ、力ずくでやるんだな!」

「そうかい、ならそうするよ」

「――! ガハッ!」


 少年の顔が地面に叩きつけられる。

 女竜人が刀の柄頭で少年を地面に叩きつけたのだ。


「これでいいかい? まあ、そんな成りでそれだけ大口が叩けるなら大したもんだ。それとも単に力の差がわからない馬鹿か……とにかくあんたは商会の屋敷を焼いたんだ。おとなしくついてきてもらうよ」

「ぐっ……」


 薄れゆく意識の中、体に走る痛みと女が力強く自分を引きずる感触だけが強く残っていた。





次回、「金で買える夢」

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