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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第二部 第一章 《不和の大陸》
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第四話 竜崩れ

 


 ――あれはまだ戦後まもなく、大陸中に悪魔がはびこっていたときのことだ。


 灼島は弱肉強食、力こそがものをいう強者が弱者から搾取する世界。

 それはつまり、生まれこそが重要な世界だ。

 生まれた家が裕福ならいい教育を受けられて周囲と差をつけられる。だが逆に貧相な家に生まれれば生きるだけで精いっぱい、ろくに力もつけられねぇ。

 両親がいない、よりどころを失った孤児はそれこそ奪われる対象だった。

 物心ついた時から一人だった俺は、生まれながらの弱者だった。

 でも俺はいつまでも奪われるだけの存在じゃねぇ、根無し草の孤児、卑しい生まれだろうが関係ねぇ。

 裕福な家に生まれてぬくぬくと育ってきた連中に吠え面かかせるまで、強くなってやる。

 ――こんな風にな。


「て、てめぇ、こんなことしてただで済むと思ってんのか!? 俺を誰だと思ってやがる!この灼島をまとめるレイゲン様に仕える、由緒ある名家の当主だぞ!」


 目の前にいる蛙丸呑みした蛇みてぇなツラと下っ腹の野郎が、腰を抜かしながらいなないた。


「ケッ、御大層な肩書並べやがって、要するにそれがなきゃ、テメェはただの雑魚ってこったな」


 腹の育ちだけはいい野郎の回りには、動かなくなったこの家の家来たち。

 こいつらが売ってきやがった喧嘩を買ってやったのに、クソの気晴らしにもなりゃしねぇ。


「チッ、まあいい。どうせくだらねぇ喧嘩とわかって買ってやったんだ。とっととくたばりやがれ」


 俺が刀を野郎に向ける。

 するとクソ野郎は言っちゃならねぇことを言った。


「でかい口を叩くな! この【竜崩れ】が!」


 ……あ?


「……おい、てめえ今なんつった」

「竜崩れの卑しいガキが調子に乗ってんじゃ――グハッ」


 口だけの偉そうな野郎を即座にたたっ斬った。

 生まれた時から膨れ上がってきた馬鹿みてぇな自尊心と腹も幾分か見れるようになった。


「チッ、けったくそわりぃ」


 目ざわり耳障りな野郎をたたっ斬って静かになったってのに、俺の心の中は晴れやしねぇ。

 まだ足りねぇのか?




 ◆




 【竜崩れ】。

 それは竜人でありながら、竜の証である角や鱗を持たない者のこと。

 その数は多くないが、その特徴ゆえに差別対象とされてきた。

 竜人の力は竜の力、そして竜の力を宿すのは角と鱗といった竜の部分だといわれ、実力だけがものをいう灼島にて、竜の特徴を持たない竜崩れは否応なく蔑みの対象となっていた。


 ――そして、その【竜崩れ】である一人の少年は生まれた時から一人ぼっちの孤児だった。

 知識も力もつけられる環境がなく、日々を耐えしのぐことで精いっぱい。

 物心ついたときから、周りの竜人たちへの嫉妬と嫌悪、世界に対する怒りと恨みばかりが大きく育っていく。

 歳を重ねて少年は大きくなり、体も大きく力も強くなっていった。

 竜崩れは形が異なるだけで、力そのものは何も竜人と変わらない。

 ただ見た目が違うだけでひたすら迫害されていた。

 それになおのこと苛立った少年は、培った剣の腕で手当たり次第に絡んでくる相手の喧嘩を買い、すべて返り討ちにしていた。

 しかしやってくるのは雑魚ばかり、そしてそれの裏にいるのも雑魚ばかり。

 先ほど倒した名家の出と名乗る竜人も彼の敵ではなかった。


「へぇ、大将は強いな。あの家はここいらじゃあそれなりの豪商で通ってるんだ。その当主を討ち取ったってなれば、大将は本当に強いのかも知んねぇな」


 成り行きで同行している一人のごろつき竜人が【竜崩れ】の少年に感心した。

 しかし、少年は変わらず不機嫌な顔を浮かべる。


「なんの語り草にもなりゃしねぇよ。まだしゃべらねぇ上に固い分、その辺の木のほうがマシだ。本当につえぇやつってのは、自分のことをひけらかしたりなんかしねぇよ。強いのが当たり前だからな」

「そんなもんか? 俺は強くなったら、周りに見せびらかしたいな。だってそのほうがちやほやされるだろ? 金も女もやってくるってもんじゃねぇのか?」

「くだらねぇな、そんなもんにやってくるもんなんざ、大した価値なんてありゃしねぇ。一度でも負けりゃ、手のひら返して仇になるって言ってるようなもんじゃねぇか」


 少年は金にも女にも興味はなかった。

 ただあるのは、体の奥にくすぶるやり場のない怒りだけ。

 そんな彼が奥手になっていると思ったのか、ごろつき竜人は挑発的に笑う。


「なんだよ、大将。ビビってんのかよ。負けなきゃいい話じゃねぇか。そんなことよりもよ、さっきの豪商、金持ちなんだろ? 前からあの家は気に入らなかったんだ。いっそ金目の物奪って火でもつけていかねぇか?」


 試すような口調と表情で、ごろつき竜人は少年が倒した家を指さした。

 その家は住人こそは倒れているが、それ以外は金も衣服も家財もあるいたってきれいなままだった。

 そんな状態だから、たとえ強盗をしても放火をしても問題はないと、ごろつきは襲った張本人である少年を誘うも、彼は首を横に振る。


「……やめとけ、んなことやってもろくなことになりゃしねぇ」

「なんでだよ。大将は強いんだぜ、その強さを見せつけねぇでどうすんだ。ただでさえ大将は見た目に悩みがあんだから、こういうところで名を挙げるしかねぇだろ!」

「馬鹿かテメェ、中に誰もいねぇ家燃やしても意味なんかねぇだろ。んなことしたって面倒に巻き込まれるだけだ」


 自分の誘いに乗らない少年に苛立ったごろつきは、青筋浮かべて唾を散らしながら捲し立てる。


「何言ってんだ、この灼島は弱肉強食だ! 今まで散々やられてきたじゃねぇか! だが今はあの豪商に勝った大将がいる! 大将のほうが強いんだからなにしたって怖かねぇ! 俺は行くぜ! あの家のもん売ればいいカネになる!」


 ごろつき竜人はあっという間に走り去り、さきほど倒された豪商の家に押し入った。


「なッ、おい!」


 少年が止める間もなく、そのごろつきは暴れまわり、家に火をつける。


「馬鹿野郎が! んなことしてただで済むと思ってんのか!?」

「なんだ止めんなよ。せっかく面白くなるってのに!」


 少年は火をつけた竜人の肩を掴んでやめさせるも、時すでに遅く、家には火の手が回っていた。

 すぐさま、少年は火を消そうと羽織を脱いで火元を叩くが、大きくなった火種は消えるどころか弱まることもしなかった。


「おい、水持ってこい!! すぐにこの火を消すぞ!」

「なんでだよ、別にいいじゃねぇか。誰も気にやしねぇって」

「馬鹿かテメェはッ! 火付けってのは重罪だ。どんな理由があろうが処刑は確実だ。これはこの家の豪商どころの話じゃねぇ、もっと上の、灼島をまとめる竜人の王が決めたもんだ! 俺たちが破っていいもんじゃねぇんだよ!」


 少年の言葉に、ごろつきは目を剥いた。


「んな! それならそうと早く言えよ!」

「てめぇが勝手にやったんだろうが! 生き残りてぇなら身の程を知れ! バカはすぐ死ぬ、目の前のことも理解できずに誰にでも噛みつく駄犬だからな!」


 少年が燃える家で吠えたそのとき――


「―――つまり貴様らは駄犬ということか」

「!?」


 背後から聞こえた別の声。

 殺気を感じた竜崩れの少年はその場から飛び退ると、さきほどまでいたその場に刃が閃き、少年の先にいたごろつきの肩を貫いた。


「ぐあっ!?」

「おい!?」


 ごろつき竜人は血が溢れ出す肩を抑えながら倒れこんだ。

 少年はすぐにごろつきを庇うように前に出て、襲ってきた相手を見る。

 襲ってきた相手は、見るからに立場の高い、金と赤の豪華な着物に身を包んだまだ若い竜人だった。

 その竜人の周囲には、ぎらついた刀を抜いた竜人が何人もいた。


「テメェ、何もんだ」

「このあたりにいながら俺の名を知らんとは大した愚鈍ぶりだ。いや、たいそう頭の悪そうな面をしているから無理もないか」


 少年の背中に戦慄が走る。


「……! てめぇ、まさか!」

「察したか? ――俺はこの辺り一帯をレイゲン様より任されている領主の息子、次期領主のユウセイ。さて、この領において火付けを行った者は重罪、即刻死刑と決まっている。よかったな、一つ賢くなったぞ。俺の名を冥途の土産に覚えておけば、閻魔も手心を加えようて」

「ざけんじゃねぇぞ! こんな家が燃えたくらいで死刑になってたまるかってんだ!」


 少年は肩越しに背後をちらりと見やる。

 その視線の先には肩を貫かれたうずくまったままのごろつきがいる。

 少年は再び視線を領主の子に戻す。

 この辺り一帯を治める領主の子は、年の頃は竜崩れの少年とあまり変わらないように見えるが、そんなまだ若いユウセイには、付き従うのが当然とばかりに周辺に屈強な竜人を侍らせていた。

 竜崩れの少年は歯噛みし、肩を抑えている男に声をかける。


「おい! こうなったら力ずくで行くぞ! テメェも手を貸せ! 一点突破で――」


 少年は傷を負っているごろつきに協力を申し出る。

 だが――


「……へへっ、悪いな。俺にはそんな力ねぇや」


 ごろつきはへらへらと笑うだけだった。


「アァ!? んなこといってもやるしかねぇだろうが。とっとと――ッ!?」


 少年は怒鳴り散らすが、ごろつきは相手にもせず、むしろ彼を押しのけてユウセイの前に転がるようにして膝をついて頭を垂れた。


「おぉい、ユウセイ様! 俺は火をつけろってこいつに言われただけだ! 力づくで従わされて仕方なく火を放ったんでさぁ!」


 火を放った本人であるその男は、自らが助かるために嘘をつく。

 彼の言葉に少年は目を剥いた。


「テメェ、何を言って――ガハッ!」


 ユウセイの部下が少年の腹を撃ち、黙らせる。


「下郎、それは誠か」

「そうです、でなきゃこんな【竜崩れ】のいうことなんて聞くわけないでしょう!」

「グッ、テメェ!」


 少年は殴りかかろうとするも取り巻き達に地面に抑えつけられる。


「【竜崩れ】……なるほど、角も鱗も見当たらないと思っていたが、隠しているわけではないようだ。……貴様、今の話は本当か?」


 抑えつけられながら、【竜崩れ】の少年は畳の上に血を吐き出して――


「……ああ、そうだよ。手ごろな雑魚がいたからな、捕まえて手下にした。想像以上に使えなくてこのざまだがな」

「えっ!?」


 驚いた声を出したごろつき、しかしすぐに口を抑えて知らんぷりをした。


「いいだろう、この男を連れていけ」

「はっ!」


 ユウセイの横を通り、【竜崩れ】の少年は連れ去られていく。


「……」


 燃える屋敷の外に出た少年を見送ったユウセイは残ったごろつきを見た。


「な、なんですかい、もう俺に用はないでしょう!?」

「仲間を売るとはな。……まあよい、確かに貴様にはもう用はない」

「それじゃあ、俺はこれ、へ?」


 火をつけた本人であるごろつきの男の首が、転がるように地面に落ちる。

 ユウセイは抜いた刃をぎらつかせながら燃え盛る屋敷を後にした。



次回、「孤独な竜」

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