第三話 竜人ふたり
話を入れ替えました。
第三話 消えた怨敵 → 第二話
第二話 久しぶり → 第一話
第一話 竜人二人 → 第三話
「なあ、知ってるか? 最近勢いのある【フォルゴレ商会】の噂」
「【フォルゴレ商会】っていやぁ、大戦後に早々に娯楽を提供しているあの商会か? 凄い勢いで売れてるらしいじゃないか。で、その噂って何よ」
北部領の酒場の1つ。
そこで元軍人である鍛えられた体に顔に傷がある兵士が、一緒に座っている商人である若者の噂話に耳を傾けていた。
「その商会なんだけどよ、普通商会ってのはどこかに本店とか、工場とかがあるはずなんだけど、ないんだよ。どこにも。灼島かユベールが発祥って言われてるけど、どこを探しても本店がないんだ」
酒を煽り、機嫌よく話す若者に対し、壮年の男性はいぶかしむ。
「そりゃ辺境にあるとかそんなんじゃねぇのか? いろいろ知られたくねぇ企業秘密とか隠すにはそれが一番だろ?」
「いやいや、商会ってのは物流が命だぜ? 物を運ぶのにも金が要る。情報だって同じだし、速さが必要だ。それもフォルゴレ商会って今となっては大陸をまたにかける商会だ。それの本部が辺境にあったらコストが馬鹿にならねえってもんだ」
「へーそんなもんか。俺にはわからねぇな。で、それがなんだよ」
くだらなそうに聞く男だったが、若者は気にせず上機嫌に唇を湿らせる。
「つまりだぜ、その商会の本部にはとんでもねぇ秘密が隠されてるんじゃないかって話だ。古代遺跡の遺物だったり、はたまたとんでもない宝物が眠ってたりな。夢のある話じゃないか?」
「どこがだよ、商会の本部なんだから持ち物なんか商会のもんだろうが」
「何言ってんだ。言ったろ? 商会の本部はどこにあるのかわからないって」
若者は周囲を見渡して誰も聞いていないことを確認すると、軍人を手招きして顔を近づかせる。
「誰も商会の場所を知らねぇってことはさ、誰がそこにいてもわからねぇってことだぜ? もし商会のやつらがいたって誰も噂を信じて信用なんかしないって。そんでもってそこにある宝物を独り占めできるってことだ」
「お前まさか!?」
「そうさ、手を組まないか? 俺たちで宝の船を見つけて奪っちまおうぜ。つまんなくなっちまったこの大陸に一泡吹かせて、めざせ一攫千金だ」
若者の言葉に元軍人は驚くもすぐに顔をニヤつかせる。
「取り分は?」
「山分けだ。きれいにな。とはいってももし商会そのものを乗っ取れるんならその運営にいくらか取られるけどな」
「恒久的に金が入ってくるんなら文句なんかないね、よし乗った」
「へへっ、よろしくな」
酒場の一角で元軍人と若者が手を組んで、笑いあう。
そんな2人しかいないテーブルに、突如ドンっと酒の入ったジョッキが勢いよく置かれた。
驚いた二人がジョッキの持ち主を見れば、そこには竜のような角が生えた20代前半に見える若い女性がいた。
その女性の後ろには、ぼさぼさの紺色の髪で目つきの悪い羽織を纏ったまだ若い男。
二人とも竜人がよく着る灼島風の衣服に身を包んでいた。
「その話、アタシたちにも詳しく聞かせてもらえないかい? 礼は弾むよ?」
突如現れた2人の闖入者に座っていた2人は驚くも、その二人の腰には無骨な刀が下げられていた。
男の方には角がないが、女の方には角があることから竜人とわかった二人は、竜人が加われば心強いとばかりに再び話をした。
そして話が終わったあとに同様にやってきた2人を誘う。
「どうだい? 俺たちと一緒に一旗揚げないか? あんたらは竜人だろ? 見た感じ腕も立ちそうだ。その腰に下げられた刀は飾りじゃないんだろ」
「なるほどね、確かにあり得ない話じゃないね。でもその本部にアタリはついてるのかい?」
若者は得意げに笑う。
「へへっ、当然だ。場所は決まってる。アニクアディティさ。あの場所は今もまだ開発中でならず者が集まる場所だ。腕に自信があるやつらじゃないと近寄らねぇ。獣人は馬鹿だからな。本部を隠すなんて容易だろ」
「なるほど、確かにアタリがついてんなら、あとは腕の立つやつを集めるだけだね。俄然現実味を帯びてきたじゃないか」
「だろ? ならあんたたちも参加ってことでいいか? 今なら初期メンバーってことでうまくいった暁には幹部待遇を約束するぜ」
「なるほど、それは魅力的だねぇ」
酒をグイっとあおった女竜人は上機嫌に笑って手を叩く。
「――でも残念、お前さんたちじゃ勝てないね」
パチンと音が鳴る。
それは女の腰に下げられていた刀が鞘に納められた音。
直後に話をしていた若者と壮年の男が勢いよく突っ伏して、木製の机に強く頭がぶつかる音が連続して鳴った。
大きな音が鳴ったことで、周りの客の目が女竜人たちがいる机に向く。
すると、女竜人は芝居がかった口調と手振りで周りに説明した。
「おやおや、飲みすぎて潰れちまったみたいだ。大将、会計を頼むよ」
女の声に店員の1人が慌てて机に行き値段を伝えると、女竜人は倒れた二人の懐から財布を取り出してそこから金を払う。
そして後ろにいる目つきの悪いボロボロの男に目配せすると、男は2人を連れて引きずるように店外へ出ていく。
「連れが悪いね。これ迷惑料さね」
「あ、ありがとうございます」
チップを渡して女竜人も後を追うようにして外へ出る。
一時だけ静かになった店内はすぐに元のにぎやかさを取り戻し、何事もなかったかのように日常を取り戻していった――
◆
外に出た女竜人と若い男は裏路地に入って、人目のつかなくなった場所で倒れた2人の懐を漁り、身元を探っていた。
「チッ、ダメだ。碌なもんがありゃしねぇ。とんだ無駄足だったぜ」
見た目にたがわず、ひどく乱暴な口調で話す目つきの悪い若い男。
彼の愚痴を聞いて、女竜人はため息を吐く。
「仕方ないよ、調査に無駄はつきもんさ。それに小物とはいえ、不穏分子を潰せたんだ。小銭稼ぎもできたし、無駄なことなんてありゃしないよ」
「ケッ、活動費ならあのいけすかねぇ野郎に十分貰ってんじゃねぇか。こんな雑魚相手にカツアゲなんて情けないったらないぜ」
「グダグダ言ってんじゃないよ。ほら、さっさと手を動かす!」
青年は舌打ちをしながら男2人を処理する。殺すわけではなく、余計なことができないように身ぐるみを剥ぐだけだった。
路地裏に男2人を放置したまま、2人はその場を離れて北部の軍事施設が多い街並みを歩きだす。
「ここらは治安が悪いな、灼島と似てらぁ」
「違うのはそのほとんどが小物ってことだね。まだ竜人のチンピラの方が気骨があるよ」
「どうだかな、どっちも雑魚ってことにはかわりゃしねぇよ」
ぶつくさいう若い竜人に女竜人は呆れる。
「アタシからすりゃ、アンタも似たようなもんさ。ロクに世界も知らないのに世界を語る生意気なガキさ。ま、精々精進するんだね」
「ケッ、うるせぇ」
鼻を鳴らしてそっぽを向く青年に女は肩をすくめる。
「まったく、それがお前みたいな浮浪児を拾ってやった恩人に対する態度かい? もうちょっと素直になってもバチは当たったりしないよ」
「そのただの浮浪児をただで面倒見ようなんて奴に碌な奴なんかいる訳ねぇだろうが。何を企んでやがる。いい加減話しやがれ」
「少しは他人の善意ってもんが信じられないのかい? つくづく可愛くないガキだね」
灼島風の服に身を包んだ2人の竜人は何事もなかったかのように街に溶け込み、その姿を消すのだった。
次回、「竜崩れ」