プロローグ
生きるとは学ぶことと同義なり
フェリオス・セル・コールディン
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燦燦と光り輝くまぶしい太陽が、頂点に差し掛かろうとしている。
グラノリュース天王国中層の町マドリアドを出た俺、ウィリアムは北にあるセビリアという町に向かっていた。
ウィリアムという名前は、この世界にきていつの間にかつけられていた名前だ。
誰がつけたのか知らないし、当然本当の名前は違う。元日本人なので、カタカナは使わないし苗字だってある。
ただこの世界で生きていくには目立ってしまうし、何よりこの世界では前の世界の自分として生きるつもりはない。
この世界ではウィリアムとして生きると決めた。
その決意のようなもので、今俺は竜を模した仮面をつけている。
前の世界の人間として、この世界の人間に人生を奪われておきながら、顔を突き合わせて話すなんて嫌にもほどがあるから。
そうして次の町に向かう道の途中で考え続けていた。そして思ったことがある。
記憶がなくてよかったと。
この世界に来た時に記憶がもしあれば、きっと俺は鍛錬を受けずに城から抜け出すか、抵抗して捕らえられていたかもしれない。
それに戦いにも及び腰になっていただろうし、ハンターとしての活動はもちろん人殺しなんて到底できなかっただろう。
記憶をなくした『僕』は、軍人として鍛錬を受けたから平然と人を殺していた。何も思わないわけではなかったが、記憶があったらもっとひどく混乱していただろう。
だからこの世界で生きる力を得られたのは記憶がなかったからだ。そしてそのおかげで記憶を取り戻した今、目的に向かって進めている。
本当にソフィアには感謝してもしきれない。
これから向かうセビリアという町は大きな森林に面しているそうで、林業や動物を狩ることで成り立っているらしい。
もちろん森林には魔物も出るので、それを狩るためにハンターも多くいる。当然ギルドも存在するが、国との戦いを想定したマドリアドと比較すると少し小さいらしい。
ほどよく整備された街道を歩いていると、後ろから馬の歩く音がする。
振り返ると大きな荷車をつけた馬車がやってきていた。邪魔にならないように道の端によっていると、先頭を行く馬車の御者の若者に声をかけられる。
「よう、おにいちゃん!どこ行くんだい!?」
やたら熱の入った声が気さくに語り掛けてくる。
こっちは仮面をつけて見るからに怪しいのに、よく話しかけられるもんだ。
馬車に乗っていた若者は、話すためにわざわざ馬車の速度を緩めた。
行き先を尋ねられたので、セビリアだと答えると、行き先が一緒だからという理由で誘われる。
ただ俺は騙されないぞ。こういうのは大抵商人で、金にがめついはずだ。
「すぐそこだし、これくらいでお金なんて取らないよ。代わりにいろいろ教えて欲しいけどさ!」
マジ?運賃いらないの?
まあ多少話をするくらいなら別にいいか。そう思って、乗せてもらって再び進む。
随分気さくな若者だ。これが普通なのか、それとも彼は商人でも何でもなくただのお手伝いか何かだろうか。
「お前はセビリアに何しに行くんだ?この荷物だから商人かと思ったが」
「もちろん商人さ!他の町でいいものを仕入れてな!今から行くセビリアは林業と狩猟で生業にしてるが他は見るもんがないから、他の町の道具とか持っていくとどんどん買ってくれるのさ!」
商人ではあるらしいがそこまで金にがめつくないらしい。俺の偏見だったかもしれない。
この青年は暑苦しいが、まあ悪い人間ではないのだろう。必要以上に仲良くする気もないが、邪険にするのも悪いので適当に相手をする。
「お兄さんは何しに行くんだい?」
「ハンターだよ。わかるだろ」
セビリアに行こうと思ったのは、中層の町の中でもセビリアは森が近く、魔物や動物が多いことから国外の環境に近いと考えたからだ。
野宿とか食料調達とか、外で生きていく方法を学ぶにはハンターとして活動しながら学んでいくのが一番だ。
ハンターとしていくならやることはわかるだろうというと、相手も察してくれたようだ。
「へぇ、ハンターか。俺は怖くていけねぇや。お兄さんはすげぇな」
「お兄さんはやめろ、ウィリアムでいい」
「そうかい!俺はバーニィだ。よろしく!」
本当に暑苦しい奴だな。いちいち声がでかい。
「それでウィリアムは一人か?ハンターなんだから、パーティでも組むのが普通じゃないのか?」
「以前は組んでたが今はいねぇ。しばらくはよそのパーティの世話になろうと思ってるよ」
「そうかい、それは悪いことを聞いたな」
「気にするな、ちゃんと生きてるよ」
仲間と別れたというと、理由を察したのか謝ってくるが、別にそれが理由で別れたわけじゃない。
確かに一人なくなってしまったが、ハンター活動が原因じゃないし、もう一人は生きている。空気を悪くするのも嫌なので、フォローはした。
生きていると知ると、バーニィはまたパッと明るくなって話を続けてきた。
「そうか!それならよかった!……おっ!見えてきたぞ!セビリアだ!」
バーニィの指す方向へ目をやると、そこには森を背に、たくさんの木造の家が並ぶ町が存在していた。
高い建物はなく、平屋が多かったため、なんとなく江戸の町という印象を受けた。もちろん建物の様式は全然違うけど。
馬車に乗ったまま町の門に向かう。門と言っても町は簡単な柵に囲われているだけで、出入りするところは、道の端に門番が数人いるだけだった。
バーニィが身分証を見せたので、俺もハンター証を見せる。このハンター証も戦いが終わった後に、ギルド役員のソールが身分が保証された正式なものを発行してくれたので、こうして町の出入りにも使えるようになった。
「ウィリアムはしっかりしたハンター証をもっているんだね!その年で珍しいな!」
「そうなのか?気にしたことがなかったな」
「もしかしてちゃんとした家の出身なのかい?」
「ただのしがない市民の出さ」
事実、前の世界じゃただの普通の家だった。いい家族に恵まれたから、ちゃんとした家ともいえるかもしれない。
町に入り、分かれ道に差し掛かるとそこで別れることになった。
「じゃあ俺はこっちだから。ハンターギルドはそっち。道は平気?」
「なんとかするさ。じゃあな、乗せてくれて助かった」
バーニィに礼をいって別れた。
まだ日は高いな、先に鍛冶屋に行ってほしいものを手に入れようか。
鍛冶屋が必要となるのはハンターたちで、必然ギルドの近くにある。
そこで一番大きな店に入って物色することにした。
今回必要なのは、短剣と片手剣と防具だ。槍は森の中では使いづらいし、そもそも最近新しいのを卸したから後回しにする。
この町は森の中での戦闘を想定しているのと材料の入手のしやすさからか、防具は革製が多かった。これで金属製だとガチャガチャ音が鳴って獲物が逃げてしまうからだろう。
これだとあまり必要性を感じなかったので、胸当てやブーツといった動きやすさを重視したものを選んだ。
鍛冶屋で武具一式を揃え、そのあとは滞在に必要なものを買ってからギルドに向かう。
もうすぐ夕暮れだ、少しずつ依頼を終えたハンターたちが帰ってきたようだ。中には大きな動物を携えた人もいる。
ギルド内の雰囲気はマドリアドと似ていたが、依頼は掲示板に貼られている。全体的に建物は狭いが横には動物を受け取るためのカウンターが隣に敷設されており、そこで鑑定するらしい。
同じ国でも、町によって結構違うんだな。マドリアドは雑多な感じが少ししたが、ここはなんだかのんびりした感じだ。
ギルドの中を確認しながら受付に進む。列に並んで順番を待ち、やがて自分の番がきた。
「こんにち……ひっ、あ、えっと、う、受付のフィデリアです」
「マドリアドの町から来たウィリアムだ。パーティに関して相談があるんだがいいか?」
さすがに仮面をつけているからか、妙齢の受付嬢がビビった。
笑える。
終始落ち着いた感じで対応していた受付嬢が一瞬慌てるのは、見てて面白いな。
といっても、さすがにビビられたままだとこっちもやりづらいな。
精々表面上は丁寧に対応しよう。
ギルドカードを見せる。すると怪しい見た目とは裏腹にちゃんと身分が保証されたハンターということで、少し戸惑いながらも落ち着いたようだった。
「は、はい……確認しました。ウィリアムさんですね。パーティの募集がしたいということですか?」
「いや、どこか人手を募集しているパーティがあれば入りたいんだ。荷物持ちでも雑用でも何でもいい。ハンターとして必要な技術と知識を身に着けたいから、できれば複数で掛け持ちがしたい」
「な、なるほど……わかりました。そういった場合はあちらの掲示板にその旨を書いて掲示してください。書き方はわかりますか?」
「どう書くんだ?」
そんなやり取りを交わしながら、パーティの応募用紙を書き上げる。そしてもう一つ書こうと思った。
「あともう一つ、魔法を教えてほしいんだが、それを教えてくれる人を募集したい。同じ掲示板でいいのか?」
「まほーですか?方法は同じでいいですけど、魔術じゃないんですか?」
もう一つ書いたのは魔法を教えてくれる人だ。そうそういないのはわかっているが、元手がタダなのだからやってみよう。魔法を使える人がいれば儲けもんだ。
魔法は使う人がほとんどいないから知らないのも無理はなく、受付のフィデリアも魔術との違いが分かっていなかった。
とにかく二つの紙を書き上げて掲示板に貼る。掲示板を見ると他にもいくつかパーティメンバー募集の張り紙をしているのがあったので見てみることにした。その中にはいくつか、あてはまる条件のものがあった。
例えば、
前衛、荷物持ち募集。
報酬: 等分、パーティ構成: 弓使い3人。
主な受注依頼: 魔物討伐、動物捕獲、狩猟、遺跡調査
前衛、荷物持ち、雑用募集 1人まで
報酬: 歩合制、パーティ構成: 短剣使い、弓使い、斥候
主な受注依頼: 動物捕獲、狩猟
備考: 女の子三人、できれば男で!
とりあえず、目的に合致するのはこの二つ。
ただ二つ目は不安だ。
なんだできれば男でって、男漁りにハンターやってんのか?
碌なパーティじゃなさそうなので合致するが却下。
その点、一つ目はいろいろな種類の依頼を受けているようだ。ただ構成が弓使い3人とは極端だ。だから募集しているのだろうけど、それでもしっかりいろいろな依頼を完了しているのだから経験豊富かもしれない。
見てみれば面接場所と時間も書いてある。今日はもう終わっているが、明日の朝にまたあるらしい。だから今日は早めに休んで明日に備えるとしよう。
ギルドを出て宿を探す。そういえば宿はどこにあるんだろうか。ギルドで適当な人に聞けばよかった。
後の祭り、自分で探すしかない。歩いていると宿の看板がいくつかあったので、入って見てみる。特段こだわりがあるわけではなく、寝れれば十分なので安いところにした。
そこは『四葉のやどや』という名前だった。中に入って名簿に名前を書いて数日分の料金を払う。一日食事付きで銅貨7枚とここらでは一番安かった。
というか全体的にマドリアドの宿より安かった。アメリアの宿はいいところだとわかってはいたが、ここらではかなり高級な宿だったらしい。
部屋について荷物の整理と武器の手入れをする。手入れ、水浴びを済ませてベッドに横になる。
「外に行くのに必要なものを買う金も集めないといけない……やることがたくさんあるな」
今とこれからのことを考えると、自然とため息が出そうになる。
今の時点でこれじゃあ、先が思いやられる。
こういうときは、とっとと目をつぶって寝るに限るな。
次回、「誇り高きエルフ」
第二章始まりました!
第一章と比べると短いです。更新自体は章ごとで毎日行っていく予定ですが、一章の時よりは頻度が落ちると思います。
変わらないかもしれませんが…
ひとまず引き続きよろしくお願いします!