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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第二部 第一章 《不和の大陸》
299/323

第二話 消えた怨敵

話入れ替えました。

第一話 竜人二人 → 第三話

第二話 久しぶり → 第一話

第三話 消えた怨敵 → 第二話

 


 マドリアドのハンターギルド。

 ウィルベルとエスリリがここに顔を出したのは、グラノリュース戦が始まってすぐの頃だった。

 二人は朧げに覚えていたあの頃と比べると、今のギルドはハンターの数が圧倒的に少なく、賑わっていないと錯覚するほどだった。

 寂しくなったギルドに入ったエスリリが数回鼻を鳴らす。


「どう? ウィルのニオイする?」

「う~ん、いろんな匂いがありすぎてわかんない。……でも、なんか……変?」

「変?」


 エスリリが首を何度も捻り、何度も匂いを嗅ぐがはっきりとはしなかった。

 ギルドの入り口で立っていた二人は、後から入ってきた人物とぶつかる。


「いたっ!」

「おっとすまないな。ちょっと急いでてな。ってあれ?」

「? なに? あたしに何か用?」

「いや、どっかで見たことあるような。どこだったかな?」


 ぶつかったのは大柄で鍛えられた男だった。

 利発そうではないが明朗快活な印象を人に与えるその男はウィルベルを見て、首をひねる。

 そしてやっと思い出す。


「あ! あんたはウィルの知り合いの人ね! ぼこぼこにされた人。確かオスカーだっけ」

「うぐっ、確かにそうだけど……そっか、えーっと、確か二人はウィリアムの仲間だったな。ずいぶんと雰囲気が変わっていて気付かなかったよ」


 出会ったのはオスカー・アルドレアス。

 グラノリュース侵攻において、一度だけウィルベルと話したことがあり、それなりに大事な話をしていたためにお互いのことはおぼろげながら覚えていたのだ。

 面識のないエスリリはウィルベルに尋ねる。


「この人だれ?」

「この人は元天上人のオスカー。昔ウィルと仲良くしてた人よ。あ、もしかして変な臭いがしてたのってこの人のせいかもね」

「え、変な臭いした?」


 エスリリを良く知らないオスカーは自分の体を嗅いで、ちょっとだけ顔をしかめた。


「あとでシャワー浴びるか……そんなことより、二人はこんなところに何しに来たんだ? 軍が正しく機能してるおかげで、ここのハンターはよその国に移ってあまり仕事はないぞ?」


 オスカーが言うとウィルベルはウィリアムの件について説明をする。

 それを聞いたオスカーはさほど驚くこともなく、2人を誘った。


「それはちょうどいいな。積もる話があるし、うちに来いよ」

「話?」




 ◆




 やってきたのは以前にも泊まったことのある宿屋。

 そこに入ると看板娘であるアメリアが暇そうにしていた。


「ただいま、アメリア。お客さんだ」

「お帰り、オスカー。お客さん?何泊の……ってあれ?」


 帰ってきたオスカーを迎えたアメリアは、一緒にいたウィルベルとエスリリを見てキョトンとした後、鋭い目でオスカーを睨む。


「オスカー、まさか……」

「え? あ、いや、違うぞ! 浮気とかナンパしたとかじゃなくてだな! ちょっと話したいことがあるから来てもらったんだ!」

「それをナンパっていうの! 許せない、まさか私の宿に浮気相手を堂々と連れ込むなんて……しくしく」

「ああ、違うんだ。本当に違うんだ。俺が本当に好きなのはアメリアだけだ」

「本当に? その子たちに何も思わなかったの? すごくかわいいのに?」

「……思わなかったよ」

「嘘つき!」

「ああ!?」


 目の前で繰り広げられる痴話げんかにウィルベルはため息を吐く。


「そんなんじゃないから、いいから落ち着いて話がしたいんだけど。アメリアさんだっけ? 久しぶりね」

「? えっと、どこかで……あ、あのときの軍人さん!」


 アメリアもウィルベルのことを思い出すと、オスカーを追及するのをやめて人気の少ないラウンジに二人を案内して、お茶を用意するために奥に引っ込んだ。

 待っている間にウィルベルとエスリリはオスカーにこの街のことを聞く。


「この街はもともと上層への反抗のために作られた街だからな。その戦いが終わっちまえば、あっという間にご覧の通りさ。人気も少なくなった。とはいっても中層の町なんてどこもこんなもんで、前が異常だっただけなんだけどな」

「だからこの宿屋も閑散としてるのね。前来たときはもっと賑わってた気がしたんだけど」

「そりゃあんときは戦時中で多くのハンターやら義勇兵が集まってたからな。それと比べれば繁盛記だって閑散としてるよ」

「それで二人はけっこんしたの? 前より匂いが似てるよ? 子作りした?」

「ブッッ」


 唐突な爆弾発言にオスカーはお茶を吹き出した。

 エスリリの唐突な発言をウィルベルはたしなめる。


「ちょっとエスリリ、下品だからやめなさい」

「え? そうなの? 二人の匂いがお互いからするから、そうなのかなーって思っただけなんだけど」

「獣人はそういうのオープンなのねー。まだ認識のズレが治ってないのはアイリスの怠慢かしら」

「獣人ってのは恐ろしいな……」


 吐き出したお茶をふき取ったオスカーにウィルベルも聞く。


「で、どうなの? 二人は結婚したの?」

「いや、まあ、うん。したな」

「そ、おめでと。ご祝儀とかないけど勘弁してね」

「おめでとー」

「ありがとさん」


 ぎこちなく答えるオスカーにウィルベルは慣れたように祝福の言葉を述べ、エスリリは普段通りに楽しそうに祝った。

 丁度アメリアがお茶を汲んできたため、アメリアにも二人が祝いの言葉を贈るとアメリアははにかんだように笑い、礼を言う。

 落ち着いたところで本題に入る。


「エスリリはあんたから変なニオイがするって言ってたけど、何か知ってることはない? 話したいことがあるとも言ってたわよね」

「ああ、それなんだけどな。実は少し前にウィリアムの仕業だと思うことが起きたんだ」

「え!?」


 驚くウィルベルの前に、アメリアが手紙を置く。


「ある日突然その手紙が置いてあったんだ。それと同じときに俺たちの同居人が姿を消してな。この手紙があるから、心配はしてないんだが気になってたんだ」


 その手紙はしっかりとした上質な紙と丁寧な字で宛名が書かれていた。

 ただ差出人は書かれていない。

 ウィルベルが手紙を開けずにエスリリの顔の前に持っていくと、エスリリは臭いをかいで驚きだした。


「これ、少しだけどウィルのニオイだ! ウィルからだよ!」

「ホント!? ならこれをたどればいいのね!」


 思ったよりも早くウィリアムの手がかりがつかめたウィルベルは目の色を変えて手紙を開ける。

 中には飾り気もなく、簡素な一文だけが書かれていた。


 ――彼女を預かってくれてありがとう。あとはこっちで面倒を見る。


 書かれていたのは、たったそれだけだった。


「この手紙と一緒に結構な額が入った袋が置かれてたんだ。礼金だと思うが、こんな律儀なことする奴は一人しかいないと思ってな。二人の様子から間違いじゃなかったみたいだな」

「この手紙が来たのはいつ頃?」

「結構前だ。籍を入れた直後だから、確か二年くらい前かな。特に何の前触れもなかったと思う。俺たちが忙しかった時期だから気付かなかっただけかもしんないけどな」

「二年前……戦争が終わって落ち着いたころってことね。……あいつ、なにやってんのかしら」

「さあ、ただ無事なようで本当に良かった。死んだと思っていた時にこの手紙が来たときは本当に驚いた。生きてるって知れて、泣いちゃったくらいだ」


 喜ぶオスカーとアメリアだったが、反対にウィルベルとエスリリは俯いた。


「……あたしたちには何もないのに」

「クゥン……」


 オスカーとアメリアには手紙を置いて、自分たちのもとへは何もない。

 二人の心境を察したのか、アメリアがフォローする。


「何かあったのかもしれないですよ。この手紙にも名前は書いてないですし、自分が生きていると知られたくない理由があるのかもしれません。お二人は有名人で影響力もありますから、知られると何か問題があるのかもしれません」

「でも、それならそう言ってくれればいいじゃない。あたしたちだって、言ってくれれば協力するのに……」


 ウィルベルが愚痴をこぼす。

 少しの沈黙があったのちに、彼女はお茶を一口含んで気分を切り替える。


「ま、生きてるって知れただけいいわ。会った時にぶん殴るから。それはそうとその手紙の彼女(・・)ってだれ? アメリアじゃないのよね?」

「ええ、その手紙に書かれているのは、ここでの戦いの後にウィリアムから頼まれて預かっていた子のことです。お二人はウィリアムと近しかったんですよね? その少女についても知ってるんじゃないですか?」


 ウィルベルとエスリリは目を合わせるが、お互いに何も知らないようだった。


彼女(・・)はもとはグラノリュース軍で二人とは敵同士だった。それをウィリアムがかくまって連れてきたんだ。軍じゃ居心地悪いし、よく思わない奴もいるだろうからってな。その子の立場的にも俺たちに預けるのが適当だと思ったんだろ。実際、仲良くなるのに時間はそうかからなかったからな」

「そんな子いたっけ。確かに投降したグラノリュース軍の捕虜は多くいたけど、エドガルドもいるし、わざわざ個人に預ける必要のある捕虜なんていなかったと思うけど。問い合わせてみるから、その子の名前は?」


 ウィルベルは数多くいたグラノリュース軍の捕虜の一人だと、大したことは考えずに聞いた。

 ウィルベルにとってグラノリュース軍の中に個人的に恨みのある人間なんて数えるほどしかいない。

 そしてその人物たちも記録上では(・・・・・)すべて死んだことになっている。

 ――そうウィルベルは思っていた。

 しかしオスカーからでてきた名前は、彼女には看過できないものだった。


「彼女の名前はマリア。最後の天上人さ」

「――っ!!」


 マリア。

 その名を聞いてウィルベルは思わず立ち上がる。


「な、なんで……ウィルはどうしてそんな奴を匿ってるの? だって彼女は大事なマリナを殺した相手なのに」

「ウィルベル……」


 ウィルベルとエスリリの様子から、オスカーは納得したようにうなずいた。


「だからじゃないか? その様子から並々ならぬ相手だったんだろうな。だから二人には話さないで俺たちに秘密で預けたんじゃないかな」

「だって、マリアはあたしたちの家族のマリナを殺した1人よ。許せるわけないじゃない」

「それはお互い様だろ? マリアだって大切な仲間を殺されてるんだ。でも彼女はお前たちを恨んだりなんかしてなかったぞ。それにウィリアム自身が許したんだ。憎いのはわかる。俺も一度大切な人を殺されたからな」

「……」


 いまだ納得のいかない様子のウィルベル。

 3年経った今でも彼女にとってグラノリュースでの戦いは根強く心に刻まれている。

 暴れても仕方ない、なおのことウィリアムを探すよりほかにないと、無理やり自分を納得させて、ウィルベルは席を立つ。


「情報ありがと。邪魔して悪かったわね。お二人ともお幸せに!」

「おしあわせにー!」

「ああ。二人とも達者でな。あのバカを見つけたら俺にも一発殴らせくれよ」

「ええ、もっともそのころには殴る場所が無くなってるかもしんないけど!」

「恐ろしいなおい」

「ふふっ」


 ウィルベルとエスリリは結婚した二人に別れと祝福の言葉を再度言って、宿屋を後にする。

 しかし心にはまだ妙なわだかまりが残ったまま。

 人の感情や本質をニオイでかぎ分けられるエスリリは、ウィルベルの心情に気付いていた。


「ウィルベル、怒ってる?」

「少しね。まあ、マリアを殺せとまでは言わないけど、なにも教えてくれずに匿うなんて水臭いし、何よりあたしたちを信用してないみたいで腹立つわ。もう一発どころか十発くらい魔法ぶち込んでやらなきゃ気が済まないわ」

「でもどうして今になって彼女をつれてったんだろうね。用がなきゃ、あのまま二人に預けてたと思うのに」

「それはたしかにそうね。あたしたちに何も言わないくせに彼女を連れて行ったのは何か理由があるのかしら。そういえばマリアが使う魔法に関しても何もわからないままだったし。……ウィルは彼女の使う魔法を知っていたのかしら」


 ウィリアムとマリアの戦いを知らないウィルベルは、エスリリに聞いてみるも、エスリリも首を傾げる。


「確か戦った時はウィルの加護が出たから、それでがんばって倒したんだよ。まほーで対抗するのはむずかしいって言ってた」

「なら、彼女の力が必要になったってことかしら。魔法が必要ならあたしに頼ってくれてもいいのに……」

「ベルは旅に出てたから、連絡がとれなかったのかもしれないよ?」


 エスリリの言い分にも一理あると、ウィルベルは口をとがらせつつも納得し、二人はそのまま街を進んだ。

 もともと戦いに備えて、敵の侵入を阻むように迷路のような形をしていたマドリアドは、戦いが終わったため、あちこちで再開発が行われて以前よりも過ごしやすくなっていた。

 迷子になることもなく、2人は一路、街の外へ続く道を行く。


「それで次はどこいくの?」

「そうねぇ、次は魔境を抜けて西にあるレオエイダンに行こうかな。アグニのこともあるしね。もしかしたらアグニが国を挙げて探してくれるかもしれないし」

「アグニ! ひさしぶりに会える!」


 コロコロと笑うエスリリにつられてウィルベルも笑う。


「ふふっ、そうね。最後に会ったのは3年前だからずいぶん久しぶり。元気にしてるといいんだけど、噂じゃずっと元気ないみたいだし」

「なら元気にしてあげようよ! いっぱいお土産もっていこ!」

「さあ、そうときまればちゃっちゃと行きましょ!町の外の基地があった場所に空港ができたらしいから、そこのレオエイダン行の飛行船に乗ればあっという間よ!」

「わぁい飛行船!ひさしぶり!」


 切り替えた二人は颯爽と駆け出した。




 ◆



「お金がない……」

「クゥ~ン……」


 マドリアドから少し離れたところにあるグラノリュース侵攻作戦において臨時基地となった場所は、3年経った今、飛行船が離発着する空港として発展していた。

 2人にとっては見慣れた飛行船、3年が経ち少しばかり変化したものの、ほとんど変わらぬ飛行船たちの前でウィルベルはうつむき、エスリリは尻尾を垂れ下げていた。


「こんなに高いなんて聞いてない……これじゃあレオエイダン行どころかアクセルベルク行も乗れない」

「どうしよう、わたしもそんなに持ってきてないよ」

「飛行船で普通に行こうと思ったらこんなに高いのね。ここの責任者は頑固なしゅうえいって人が預かってて、守護者の名前を出してもダメだし」

「じゃあ、素直に飛んでいくしかないの?」

「そうね……飛竜に襲われないことを祈りましょ」


 飛行船の空港からとぼとぼと、飛行船を開発した部隊出身である二人は背を向けて立ち去っていく。

 ひどく哀愁にまみれた後ろ姿だった。



次回、「竜崩れ」

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