第一話 久しぶり
話入れ替えました。
第一話 竜人二人 → 第三話
第二話 久しぶり → 第一話
第三話 消えた怨敵 → 第二話
グラノリュース王城から出たあたしは、空から降ってくる陽の光を浴びて伸びをした。
さて、アイリスにも会ったし、他の人たちにも挨拶しよっと。
そう思って歩き出そうとしたとき、後ろから声を掛けられた。
「おーい、お嬢ちゃん!」
聞きなれない陽気そうなおっちゃんの声。
振り返ると、うーん、どっかで見覚えのある槍を二本持ったおっちゃんがいた。
「え? えーと……エドガルドだっけ?」
「おう。よく覚えてくれてたな。急に悪いな、久しぶりに見たんでね。ちょいと声を掛けさせてもらったんだ。嬢ちゃんはここに何しに来たんだ?」
鍛え上げられた体におびただしい神気を纏う、グラノリュースのかつての軍の最強部隊である天導隊に所属していたエドガルド。
彼は今、アイリスと並んでグラノリュースをまとめる重要な役職についてるらしい。
王が不在のこの国では、アイリスとエドガルドの存在は非常に大きい。
中でもエドガルドは長年にわたりグラノリュースを支えてきた存在でありながら、かつての悪政に心を痛めていた善性の人間であることから、アクセルベルクからも信頼されている。
そんなエドガルドにここに来た理由を説明する。
「坊主が生きてる? それは本当か?」
話を聞いたエドガルドは目を剥いた。
「本当よ。だからこうして探しに来たってわけ。その様子じゃずっとここには来てないみたいね」
「ああ、もし来てたらとっ捕まえて王として仕事をさせてやるところだ。ここ数年ずっと空席にしておくのは大変なんだぜ?」
「王がいないと大変なのはわかるけど、あんたがやればいいんじゃない? そのほうがこの国にとってはいいと思うんだけど」
至極当然な感じのことを言うと、エドガルドは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「え? やだやだ、国王なんて柄じゃないし、俺みたいな傍観者が上に立ったらあっという間に他国に飲まれちまうよ。外交窓口に頑固な弟子がいるから他国に飲まれずに済んでるってだけで、この国の発展事態はうまくいってないんだ。古い人間には新しいことなんてなかなかできないのさ」
「なら代わりの王を探すしかないんじゃない?」
「この国には適任がいない。かといってほかに国の人間となると大陸の勢力的に難しいらしい。まあ、まだ数年しか経ってないんだ。長い歴史の中でたった数年王が不在なくらい、なんてこたない。何より坊主が生きてるってわかった今、坊主のために空けてるって言ったほうがかっこいいだろ?」
「……あいつが帰ってこない理由って、もしかしてこの国が原因なんじゃないかしら」
人の上に立ちたくないウィルにとって、国王にしようとするエドガルドはちょっと嫌なんじゃないかしら。
「そんで、次はどこ行くんだ?」
「そうねぇ、とりあえず中層にいる古い友人に会いに行くわ。この話もしないといけないしね」
「そうか、ま、早く坊主見つけて文句の1つでも言ってきてくれや」
「任せなさい、一発きついの食らわせてくれるわ!」
「そこまではいってねぇんだけどな」
手を振ってエドガルドと別れて町から少し離れたところへ歩いていく。
魔法を見られないように周囲に人がいないことを確認してから、箒を取り出してまたがって地を蹴る。
一瞬の浮遊感ののちに、さわやかな風が頬を撫でてから後ろに流れていく。
このグラノリュースの風も久しぶりで心地いいわね。
知り合いも多いし、ご飯も美味しいし、なんだかんだここが第二の故郷みたいになってきちゃった。
あぁ、でも昔毎日のように食べてた、あのパンが食べたいなぁ。あいつの故郷の料理も食べたいし。
そんな感じで久しぶりに帰ってきた感慨にふけっていると、いつの間にか上層の壁を飛び越えて中層にやってきていた。
その中層の広い平野の中心には、真新しい白くて大きい建物がある。
そこは、かつてあたしたちがこの国を攻めるために利用した基地があった場所。
その建物は、以前アクセルベルク南部にあった全焼した研究所をこのグラノリュースに移してできた最新の研究所だっていうんだから驚きよね。
そんでもってその研究所の責任者が意外な人物というか、問題がある人物な気がするから驚きはさらに大きい。
研究所前に着いて、入口の事務員にアイリスからもらった紹介状を見せると快く受け入れてくれた。
友人が偉い立場になると簡単に入れてくれるから楽よね。
かくいうあたしも立場はないけど、それなりに偉い人なんだけど!
ちょっとだけ胸を張りながら研究所の廊下を歩いてアイリスの時みたいに一番立派な部屋に行く。
扉の前でノックをするけど、返事がない。
「ウィルベルだけどー、ヴェルナーいるー?」
返事がない。いないのかな?
こっそりとドアを開けてみるけど、中には誰もいない。
ここにいないとなると他の研究室とかかな。でもどこの研究室かまでは聞いてないから、ちょっとめんどくさいなぁ。
「あれ、ウィルベル?」
部屋を覗き込んだままの態勢でいたあたしの後ろから、声がかけられた。
「え? あ、ロッテじゃない!」
振り返ると、そこには青みがかった銀髪のシャルロッテがいた。
以前のような軍服じゃなくて、女性らしい服装の上に白衣を着た研究者っぽい恰好をしてる。
どこか昔よりも色っぽく見えるのは気のせいかしら。
なんかみんなあたしよりも成長してる気がしてなんか悔しい。
「久しぶりだな! 元気そうで安心したよ。ヴェルナーなら書類から逃げて演習場に行っているぞ。まったく、所長になったのだからもう少し落ち着いてほしいものだ」
「そ、ま、いいわ。ロッテもヴェルナーに用事? なら一緒に行きましょ」
この研究所のことはよくわからないし、ロッテと一緒なら迷うことないから安心ね。
久しぶりに会えたし、道すがらお互いの近況を報告し合う。
「今回は西のほうから海を越えて、ぐるっと南の方へ回るように旅してきたの。いろいろな国があったわ」
「そうか、私としては気になるのが他の国の文明だな。ここと比べてどうだった?」
「うーん、食事とか文化は全然違うわね。考え方とか生活とかも違ったし、この大陸では見られない全然違う景色があって楽しかったわ。あ、でも技術力で言えばこの大陸以上のところはなかったわね」
「ふふふ、そうかそうか。やはり私たちの飛行船は世界最高なのだな。ふふふふ」
「え、いや、別に飛行船とは言ってないんだけど……まいっか」
錬金術師だから自分たちが築いた技術が他よりも負けないことが嬉しいのかな。
ま、あたしも自分が作った魔法が一番だって言われたときは嬉しかったし、わからないでもない。
それよりも気になるのはロッテの方なんだけど――
「それでロッテはいい加減仲は進展したの? いつまでも相手を待ってたら、手遅れになっちゃうよ」
「う、わたしだって頑張ってるんだ。でも、その、なんというか、あいつは全然気づいてくれないし、一緒に買い物に誘ってもつまらなそうにしているし……」
「ちゃんと行く場所考えてる? 相手の行きたいところとか選ばないと難しいよ?」
「うぅ、それがわからなくてな」
まったくもう、ロッテは生真面目で頭が固いんだから。
実は、というか今の会話でわかる通りロッテには好きな人がいる。
というか今その人のもとへ向かっているところ。
「ついたぞ、ここだ」
ついた先は、研究所の離れにある家一軒入りそうなくらい大きな研究室。
分厚い扉越しでも振動が響くぐらい、中で大きなものが動いているのがわかった。
ロッテが扉をあけ放つと、むわっとした湿度の高い熱気が体を包むようにぶつかってきて、一気に心地が悪くなる。
中に入ると、久しぶりの声がした。
「ダメだこりゃ、全然出力上がんねぇ」
「これでいくつめですか? これ以上失敗すると、いくらアイリスさんでも予算を削ってきますよ?」
「んなこといったって仕方ねぇだろ、研究には金がかかんだよ。他のもんはそれなりに成果出してんだから文句言うんじゃねぇ」
「文句なんて言ってませんよ。事実を言ってるだけです。これの開発には僕だって関わっているんですから、滅多なことは言いませんよ」
室内にいたのは相変わらず目つきの悪くてぼさぼさ頭のヴェルナーと利発そうだけど性格も悪そうな金髪のライナーだ。
「ヴェルナー!ライナー!ウィルベルが来たぞ!」
ロッテが声を張り上げると、よくわからない大きな機械をいじっていた二人は手を止めて振り返った。
あたしは片手をあげて挨拶をする。
「よーっす、久しぶりね、あんたたち。相変わらず難しいことやってんのねー」
「おうウィルベル。お前も変わんねぇな」
「お久しぶりですね、いつ会っても何も変わりませんね」
「あんたたちもね、不良だし口が悪いのも変わらないわ。そんなんじゃ女の子にモテないわよ」
あいさつと一緒に軽口を叩きあう。
特務隊時代から変わらない付き合い方だった。
違うのはヴェルナーもライナーももう軍服を脱いでいること、幾分か大人びていることだった。
ロッテ含めて、三人とももう二十歳の半ばも迎えているか超えているくらいだけど、同年齢の人族よりも不思議と歳をとっていないように見える。
これはきっと3人とも竜の肉を食べたから、体が魔人化してるからだと思う。
あたしも悪魔との戦いの後に完全な魔人になったから、他の人よりも成長が遅いのよね。
おかげでいつまで経っても子供扱いされんのはいやなんだけど。
ま、これでも昔に比べればずっと背も伸びて大人っぽくなったんだけどさ。
さて、そんなことより3人に本題を話さないと。
「これからあたしはしばらくこの大陸を旅することにするわ」
「そうかい、他の大陸はもう見飽きたってか? つーかできればこの研究所手伝ってくんねぇか?」
「それはいい! ヴェルナーにしてはいい案だ。ウィルベルがいればいろいろとはかどるだろう」
必要とされるのは悪い気がしないけど、ここにいたらロッテとヴェルナーがうまくいったあとにいづらくなりそうだからやめとくわ。
それにやることがあるし。
「あー、悪いけど、やることがあるからこの大陸内を旅するの。旅って言っても人探し」
「人探し? なんかあんのか?」
3人にウィルが生きていることを話す。
そしてそれを探すためにこの大陸を旅するのだと。
話し終わると案の定、3人とも驚いた表情を浮かべてた。この3人が驚いた顔をそろってするのはちょっと面白い。
やっぱり付き合いが長いからかな、驚いた顔も似てて笑っちゃうわ。
「にわかには信じられませんね。確かな筋といいますが、その話の出どころは誰ですか?」
「あたしの先生っていえばいいのかな。占星術っていう占いで当てたんだと思うわ。それってすっごく当たるのよ」
「何言いだすかと思えば占いかい、案外乙女じゃねぇか」
面白がるヴェルナーだったけど、それを言うべき相手が違うわね。
「そんなロッテみたいなんじゃないわよ。別に恋愛目的で占ったわけじゃないし、そもそも使ったのあたしじゃないし。ロッテが行くような眉唾な恋愛相談室と一緒にしちゃだめだからね」
「ちょっとウィルベル! 私がそんなところに行くわけないだろ! 適当なことを言うな!」
「え? 何言ってんのよ。ずいぶん前に無理やりあたしを連れて行ったじゃない。男がいないから見つけてあげるーとか、一人じゃ怖いからーとかいろいろ理由つけて」
「シャルロッテ、そんなことしてたんですか……」
「ち、違うんだ! あれはただの暇つぶしというか、他の人に勧められて仕方なくというか――」
顔を真っ赤にして手を振って否定するロッテは、普段の生真面目な感じとギャップがあって、ちょっとかわいい。
いじめたくなる気持ちがわいてくるのは多分あたしだけじゃないと思う。
ただちょっとかわいそうな気もするから、このあたりでやめとこっかな。
「とにかく、あいつは生きてるんだから、あたしは探しに行くの。別に占いだけが理由じゃないのよ。……あのときだって――」
「ウィルベル?」
首を振って思考に没頭しそうになったのを防ぐ。
とりあえずこれで3人には伝えたからいっかな。
「そんなわけであたしはもう行くわ。来たばっかりだけどこうしちゃいられないもの」
「そぉかい、まあこっちでも何かしらあれば連絡してやるぜ。一応言っとくが、気ぃ付けてな」
「ええ、精々気を付けるわ。ありがと、なんかあったらよろしく!」
「おう、とっととあの家出野郎を見つけて連れ帰ってこい。グラノリュースが荒れてんぞって、一発ぶん殴ってこいよ」
3人とは、こうして別れた。
そういえばエスリリの居場所を聞くのを忘れたけど、どこにいったのかな?
彼女の鼻があれば結構便利なんだけどな。
◆
研究所を出たところで目の前に山吹色の毛玉が突っ込んできた。
「ウィルベル~!!」
「ふぉげっ!?」
あまりの勢いに反応できずに腹部に思いっきり頭突きを食らった。
淑女らしからぬ変な声が出てしまったけど、こればかりは仕方ないと思う。
おなかを抑えながら、倒れるのは何とか耐えて突っ込んできた相手を毅然と見る。
そう、毅然と……
「え、エスリリ。ひ、ひさしぶりね」
突っ込んできたのは、探していた獣人の少女エスリリだった。
「ひさしぶり! 会いたかったよ! ウィルベルはあまり変わらないね! でもちょっと大きくなった?」
昔と変わらない人懐っこくて愛嬌のあるエスリリだけど、久々に会った仲間の中では一番大人っぽく成長してる。
中身だけは変わらないけど、こう身長とかスタイルが変わって黙っていたら一瞬エスリリだとわからないくらいだった。
「そうね。エスリリ程じゃないけど大きくなったわ、身も心も、もうとっくに立派な大人なんだから。そうだ、エスリリに頼みたいことがあるんだった」
「なになに?」
エスリリにほかの人たちと同じようにウィルが生きていることを話す。
するとエスリリが犬っぽく尻尾を振って目を輝かせて、あたりを駆けまわった。
「いきてる生きてる!? ウィルがいきてる!! どこにいるの!?」
「あー、それはまだわかんないんのよ。それでこれから探しに行くんだけど、よければエスリリに手伝ってもらいたいの。ほら、エスリリはウィルのニオイとか覚えてるんでしょ」
「うん! 行く! どこまでだってついていっちゃう!」
「よしよーし、それじゃあ早速行きましょ」
エスリリがほめてほしそうにこっちを見上げるから、ついつい頭をなでてしまう。
うーん、獣人おそるべし。獣人というかエスリリ特有かもしれないけど。あいつがエスリリにやたら甘くなってたのはこのせいかしら、末恐ろしいわ。
ま、これで準備はできたし、早速探しにどこか行きましょっかね。
……そういえば、この中層にウィルとゆかりのある町が一か所あったわね。
次回、「消えた怨敵」