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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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エピローグ~旅立ち~

 



 大戦が終わり、儀礼式から数週間が経った。


 かつて南部に存在した特務師団専用基地フィンフルラッグ。

 多くの飛行船が建造され、所狭しと並んでいた発着場はひどく閑散としていた。


 よく晴れた広い南部のそこにいるのは、9人の少年少女。


「本当にやめてしまうのかい? ウィルベル」

「ええ、やめるわ。もともとあたしには軍人なんて向いてないし、入隊したのもあいつがいたからだもの。今となっては軍にいる理由がないわ」


 8人に見送られる形で、1人の少女が旅立とうとしていた。


「寂しくなるな」

「大丈夫よ、ロッテ。旅に出るだけでもう会えないわけじゃないんだから。また会いましょ」


 ウィルベルは肩を落としたシャルロッテの肩に手を置いた。シャルロッテはさみしそうに、しかし小さく微笑んで頷いた。


 もう一人、耳を垂れさせて大きく落ち込んだ少女がいた。


「わたしもついて行っちゃダメ?」

「エスリリはいいの? 軍人やめて。ていうか、家族のもとへ帰らなくていいの? お父さん、回復したんでしょ?」

「お父さんとはいつでも会えるからいいの。でもベルはなかなか会えないでしょ?」

「そうね、少し考えておくわ。旅に出るって言ってもどこに行くか、まだ決まってないし」


 ウィルベルは尻尾を下げるエスリリの頭をなでる。

 アイリスとも別れを惜しんで抱き合った。


「それにしても残念だぜ、もうちっといろいろ教えてもらおうと思ったのによ」


 ヴェルナーの愚痴に、ウィルベルはアイリスと離れて、呆れのため息を吐きだした。


「あんたは今更あたしが教えなくても勝手に何とかするんでしょ。守護者になったんだから、あとは勝手にやりなさいよ」

「これが守護者ってのが、僕はいまだに信じられませんね。一歩間違えば人類の敵じゃないですか。破の守護者というかただの破壊者じゃないですか」

「わかってねぇなぁ、壊さないと創造ってのは生まれねぇんだぜ」

「手当たり次第に爆破させる人が言うじゃないですか」


 ヴェルナーだけが守護者となったことに、同期であるライナーとシャルロッテは少しだけうらやましそうだった。

 ウィルベルはそれをほほえまし気に見つめた。


 そしてウィルベルを見送りに来たもう一人の者もまた守護者の一人。


「あんたも軍をやめるんでしょ?おつかれさま」


 変わらない仏頂面を浮かべたカーティスと向き合うと、彼はわかりにくくも、小さく目を細め、口元を緩めた。


「ああ、世話になった。最初はただの子供かと思っていたが、訂正しよう。君からは確かにいろいろ学べた。礼を言う」

「う、あんたからそんな言葉が出てくるとなんか調子狂うわね……ま、あたしもあんたからいろいろ学べたし、お互い様ね。そういえばあんたは以前は各地を放浪して研究していたんでしょ? なんで軍になんか入隊したの?」


 ウィルベルの疑問に、カーティスは煙を空へと吐き出してから答える。


「なに、南部軍に変わった技術を持つ人物がいると聞いたのでな、ちょうど南部の将軍から誘いがあったので実際に見てみようと思ったわけだ」


 思わぬ収穫があったがな、とカーティスはウィルベルを見つめていった。

 ウィルベルもまた、小さく笑う。


「そ、なんだか難しいこと考えて生きてんのね。ま、縁があったらまたどこかで会いましょ」

「ああ、達者でな」


 カーティスはそう言って葉巻を投げ燃やして立ち去った。

 ウィルベルたちは黙ってその背中を見送った。

 そして、その横にいるひときわ落ち込んだ少女に声を掛ける。


「アグニ、大丈夫?」

「ウィルベルさん……」

「わ、ひどい顔。ちゃんと寝てる? かわいい顔が台無しよ」


 泣き腫らしてむくんだ顔に真っ赤な瞳と鼻をしたアグニータ。

 彼女のウィリアムが死んだと聞いてからの荒れ方はすごかった。

 数日にわたって泣き続け、今もまだその悲しみの傷は全く癒えない。


 アグニータは縋りつくようにウィルベルに抱き着いて、涙を流す。


「私、これからどうしたらいいんでしょうか。あの人がいないなんて……私、わたし!」


 悲しみに暮れるアグニータ。

 しかしそれはウィルベルも同じだった。


「アグニ、あたしも今、どうしたらいいか、よくわからないの」


 アグニータが泣きそうになったのを見て、もらい泣きしたウィルベルはアグニータに抱きしめる。

 お互いが強く抱きしめあい、嗚咽を漏らして泣き出した。


 周囲にいた者たちもそれを見てうつむいたり、涙を浮かべたりと、様々だった。


「実はね、あたしはまだ信じられないの」

「え?」


 ぽつりとつぶやいたウィルベルの言葉に、アグニータは顔を上げた。


「あいつは今もまだどこかで生きていて、ふらっとやってくるんじゃないかって。あの口の悪いバカがそう簡単に死ぬわけないって、そう思ってるの」

「ウィルベルさん……」


 ウィルベルが帽子から仮面を取り出す。

 全員がよく見た、なじみのある竜を模した仮面。

 回収して一度砕けたものを修復したもの。

 ウィルベルはその仮面を帽子に被せ、そのままほうきに跨って気丈にふるまう。


「なんにしても、あたしたちは前に進まなきゃ。あいつは和の守護者なんだから、あたしたちが平和を満喫しなきゃ、あいつも浮かばれないわ」

「わかったよ、これからアクセルベルクは四領の将軍が殉職したことで荒れるだろうし、軍縮の動きもあるから、退役するのは悪くない選択だしね。旅をするのはいいことだね」


 アイリスは頷き、自分の胸に拳を当てる。


「南部とかグラノリュースのことは任せておいてよ。きっともっといい領にしてみせるから。だからいつでも帰ってきてね」

「ええ、また帰ってくるわ。いつか、絶対ね」


 ウィルベルが地面を蹴る。

 ほうきが徐々に地面から離れて、アイリスたちから離れていく。


 彼女たちはお互いの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。


 特務隊として、なんでもない日も命削りあうような戦場でも、いつでも共に戦った仲間たち。



 ――それは今日、終わりを告げる。



 ウィルベルは帽子のつばを握って深くかぶり、目元を隠す。


 彼女が通った後には、太陽の光に照らされて輝く雫があった。







 これはすべてを奪われた少年が、すべてを取り戻すために戦い、そして失う物語。




 かくして、一つの物語が終わりを告げた――――














 そして、一つの物語が終わったとき、また新たな物語が動き出す。





 旅立った少女は、数年の時を経て大人になっていた。


「どこに行こうかしらね、まだ行ったことのない国に行こうかな。この大陸の向こう、海を越えた先には何があるのかな? ……およ?」


 ほうきに跨り自由気ままに思うがままに、空を駆けていたウィルベルは帽子の中から水晶を取り出した。


「わわっ! 大婆様!? なんだろ、こんなこと今までなかったのに」


 ウィルベルは水晶の向こうにうつる人物の顔を見て、慌ててほうきを止めて地上に降りる。

 落ち着いた木陰に腰を掛けて水晶に魔力を通し、向こう側にいる曾婆様と呼ぶ人物に話しかける。


「大婆様! こ、こんにちは!」

『お久しぶりです、ウィルベルさん。元気にしていましたか?』

「は、はい! いたって健康です!」


 いつになく固いウィルベルに、水晶の向こう側の人物は小さく笑う。


『そうですか、それは何よりです。いろいろあったと聞いて心配していたんですよ? なんでも隠さなければいけない魔法を使って手柄を上げたとか?』

「あ、う、ご、ごめんなさい。つい……」


 魔法使いということを隠さなければならないウィルベルは、戦場で魔法を大々的に使ったことをとがめられると思って謝った。


 その様子を水晶越しに見ていた大婆様と呼ばれた人物は、くすくすと笑い謝罪をする。


『ごめんなさい、意地悪な言い方をしてしまいましたね。叱るつもりはないのですよ。むしろ、誰かのために魔法を使ったことはとても素晴らしいことですから』

「あ、ありがとうございます!」

『それに魔法の腕も随分と上達したみたいですね。お母様も喜んでいましたよ。自慢の娘だと。ウィルベルさんはもう一人前ですね』

「え? そ、それって!?」


 ウィルベルは目を見開いた。


『はい、合格ということですよ。無事に魔人にも至れたようですし、何より魔法とはどう使うべきか、理解しているのですから。少々魔法が攻撃に編重していることが気になりますが』

「それはその、相性というかなんというか」

『ええ、そのあたりの話もぜひ一度聞きたいですね。ウィルベルさんがそこまで短期間で魔法がうまくなれたのは運命の人のおかげでしょうか? もちろんウィルベルさん自身の努力もあるでしょうけども、ぜひ一度お会いしたいところですね』


 運命の人。

 その言葉に、ウィルベルは顔を曇らせた。


 その『運命』の人はもういない。

 そのことをウィルベルは言いづらそうに伝える。


「あの、大婆様。その人はもう、前の悪魔との大戦で……」

『おや、そうなのですか? 確認ですが、そのお相手の名前は何と?』


 聞かれると思っていなかったのか、ウィルベルは少しだけ言葉に詰まる。

 しかし、すぐに咳ばらいをして、はっきりと。


「ウィリアムです。ウィリアム・フォル・アーサー」

『そうですか、道理で気落ちしているのですね』


 あらためて自分で告げた事実に、彼女の心は僅かに落ち込んだ。

 この数年間、探し続けてもどこにもいない。



 もう、彼は死んだのだ――



『ウィルベルさん、彼は生きていますよ。今もまだ、運命に従い生きています』



 しかし、伝えられた言葉は信じられないものだった。


「え――?」

『ではウィルベルさん、いつかまたお相手を連れて帰ってくることを楽しみにしていますよ。それでは』


 完全に意表を突かれたウィルベルは言葉の意味を理解できず、水晶につかみかかった。


「ちょ、待って、大婆様!?」


 水晶にうつっていた女性の顔は消え、ただ水晶を持つ向こう側の自分の手のひらと反射している驚いた顔が見えるだけだった。


 ウィルベルは混乱していた。

 ずっと死んでいると思っていたウィリアムが生きている?

 それを曾婆様が知っていて確信している?

 信じていいのだろうか、とウィルベルは思う。

 信じてそれが嘘だったと裏切られることが怖かった。


 しかし、それを告げた相手は誰よりも偉大な魔法使い。そんなわけがないと理解していた。


 徐々に、徐々に彼女の心の底から暖かい何かがあふれてくる。


「生きてる……本当に? ウィルが?」


 彼女は胸をぎゅっとつかんだ。瞳から暖かい涙がこぼれた。


 居ても立っても居られなくなった彼女は急いで水晶をしまって立ち上がり、ほうきに跨って飛び上がる。


 目指すは海の向こう、かつて彼女が彼と出会い、いくつもの出会いと別れを繰り返したあの大陸。




 旅経った時とは真逆の涙を流しながら、彼女はまた進みゆく。





 ――また物語が始まる。





第一部、完結です!

ここまでお読みくださった皆様に心から感謝申し上げます!


勢いで書き上げた部分も多く、つたないところ満載ですが、よろしければぜひ今後もお付き合いいただければ、これに勝る喜びはありません!


ご意見、感想、ブクマ等々励みになりますので、ぜひよろしくお願いします!


それではまた、第二部でお会いしましょう!


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