第四十八話 人類の守護者
大陸中央に位置する最大の国土を誇る国アクセルベルク。
そのアクセルベルク王城の大広間に、各国の高官や役人、軍人が集まり、大いににぎわっていた。
大広間の壇上には各国の王族が上がって、口々に人類の勝利を言祝ぐ。
人族だけでなくドワーフ、エルフ、竜人、獣人、すべての種族が入り混じる初となる大陸総出の儀礼式。
「――続いて、本大戦にて特に優れた功績を修めたものを表する。彼らは人類の命運をかけたこの戦いで、まさしく人類を守るため、その力を十全に振るい、多くの将兵の命を救った、卓越した人類の『守護者』である」
アクセルベルクの宰相ベアディが高らかに読み上げる。
「まず第八、『勇』の守護者、ファルシュ・ヨルゴス」
最初に呼ばれたのは無名の兵士。
その名を知らない者のざわめきで大広間は埋まる。
ファルシュと呼ばれ、壇上に向かったのはオレンジの髪を持つまだ若い青年だった。
「この者、類まれなる勇気の加護を持ち、友軍を鼓舞し高位の悪魔一体を討伐。この功績を称え、『勇』の守護者とする」
功績を簡潔に説明され、まばらに拍手が起こる。
ファルシュ・ヨルゴスは緊張しているのが誰の目にも明らかで、固い動きで国王から守護者の証である盾と、勇気を意味する獅子があしらわれたブローチを受け取り、各国の王と握手をして壇上に並んだ。
「第七、『唄』の守護者、エイリス・フェル・ユベール」
エルフの国ユベールの王女エイリス。
彼女の名前が呼ばれたことで、エルフを中心に熱烈な拍手と歓声が起こった。
紹介されたエイリスは厳かに壇上に向かう。
「この者、唄の力を持ってして、戦士たちの英気を養い、心を支え、傷を癒した。被害を大幅に抑え、勝利に大きく貢献した功績を称え、『唄』の守護者とする」
普段とは違う正装にしっかりと身を包み、陽気さの影もないゆっくりとした足取り。
壇上に上がり、守護者の盾と音楽を表現した楽器の紋章が刻まれたブローチを受け取り、各国の王と握手をする。
実父であるレゴラウスとも握手をして言葉を交わす。
「おめでとう、エイリス」
「……はい、お父様、でも……」
「よい、今はゆっくり休め」
エイリスは頷いて、先に呼ばれたファルシュの横に並んだ。
「第六、『智』の守護者、カーティス・グリゴラード」
次に呼ばれたのはカーティスだった。
軍部において特務隊入隊以前から、凄腕の錬金術師として名を馳せていたカーティスの名前が呼ばれると、会場内でどよめきが起こった。
「この者、智を活かした道具と計略により、自軍の被害を抑え、高位悪魔を撃退、1体を討伐。また飛行船開発の根幹を担う技術の確立に貢献した。この功績を称え『智』の守護者とする」
アクセルベルグ所属の人々を中心に拍手が起こる。
カーティスは変わらぬ仏頂面で、他と同じく盾と拳が象られたブローチを受け取り、握手をして壇上に並んだ。
「第五、『義』の守護者、アルヴェリク・ルイ・レオエイダン」
守護者第五席、レオエイダン王国王子アルヴェリク。
立派な衣装に身を包んだ彼は、堂々とした姿勢で壇上に向かう。しかし、その顔にはひどい皺が刻まれていた。
「この者、故ヴァルグリオ・ギロ・ギレスブイグ元帥とともに高位悪魔二体を討伐。その功績を称え『義』の守護者とする」
他の守護者と同じく各国代表と握手をしていく。
ブローチには盾とヴァルグリオの武器の象徴である鉄球が刻まれていた。
父であるレオエイダン国王ヴェンリゲルの前に出ると、アルヴェリクは唇をかみしめ、わずかにうつむいた。
「父上、私は……」
「なにも言うな。……何も言うでない。お前はよく戦った。お前がいなければ悪魔は討てなかった。それは純然たる事実なのだ」
「……ッ」
うつむくアルヴェリクにヴェンリゲルは軽く抱き寄せて肩をたたく。
アルヴェリクはそのままカーティスの横に並んだ。
「第四、『破』の守護者、ヴェルナー・シュトゥルム」
白髪の目つきが悪く、軍服に入らないためにむき出しになったとげとげしい義手が目立つヴェルナーが壇上へ向かっていく。
「この者、類まれな破壊力で高位悪魔を圧倒。左翼の軍団を救援し戦場の崩壊を防ぐ。高位悪魔討伐数2、また本大戦で勝利に貢献した飛行船開発に多大な貢献をしたことを称え、『破』の守護者とする」
ヴェルナーのブローチの紋章は盾と炎。
彼は面白くなさそうに唇を尖らせ、仏頂面で握手して壇上に並ぶ。
次に呼ばれたのは――
「第三、『魔』の守護者。ウィルベル・ウルズ・ファグラヴェール」
聞きなれない名前に会場がざわめいた。
現れたのは、無名の人物。
それもまだ年端もいかない、細く白い少女だったから。
軍服すら纏わず、黒いローブととんがり帽子、つま先が尖り上がった靴を履いた風体の変わった少女に、観衆は戸惑った。
「この者、最重要となる飛行船の護衛任務にて高位悪魔を撃退。その後も圧倒的な火力にて高位悪魔4体を一度に討伐。また特務隊として各国との友好に貢献、飛行船建造の根幹を担った。この功績を称え『魔』の守護者とする」
読み上げられた功績に会場が大きくどよめいた。
無名でありながら、有名な特務隊の幹部。
そして今までの守護者の高位悪魔討伐数が2体まで、それも個々に討伐だったのに対し、一度に4体討伐という大偉業。
それを、年端もいかない少女がやったのだ。
ウィルベルは盾と太陽が象られたブローチを受け取り、淡々と壇上に並んだ。
帽子を目深に被り、彼女の顔は誰にも見えない。
そして、次に呼ばれたのは、
「第二、『覇』の守護者、レイゲン」
竜人の王レイゲン。
彼は元から壇上に立っていたので軽く手を挙げただけで済ませた。
その胸にはすでに盾と竜を象るブローチがつけられていた。
「かの者、強き意思による加護で軍の戦力を大幅に強化。また高位悪魔のいる砦をヴァルグリオ・ギロ・ギレスブイグ及びウィリアム・フォル・アーサーの3人で、たった一時間で攻め滅ぼした。大戦でも高位悪魔2体を撃破し、指揮においても優れた才を発揮した。その功績を称え、『覇』の守護者とする」
圧倒的な威圧感を誇るレイゲンを前に集まった者たちは萎縮しつつも、盛大な拍手送る。
大きく盛り上がった会場。
そして、最後に呼ばれたのは――
「第一……『和』の守護者、故ウィリアム・フォル・アーサー」
その名に、会場は静まり返る。
「かの者、本大戦に至る前、各国との結びつきを強化、ユベール並びに灼島に住まう竜人と獣人との交流を深め、連合軍の結成に大きく貢献。長年の我が国の敵国であったグラノリュース天上国を短期間で攻略し、アニクアディティ奪還作戦への足掛かりを作る。また軍事作戦において非常に重要な役割を担う飛行船の開発を主導、本大戦において総大将を務める。レイゲン、故ヴァルグリオとともに悪魔の砦をわずか一時間で陥落、大戦時も竜種の魔物を多数撃破、高位悪魔を一掃し、悪魔の王サマエルを討ち取る」
並べられた功績は数知れず、いずれも破格の大偉業。
大戦における功績だけでなく、それ以前の功績が挙げられるのは、それがなければそもそも連合軍ができることもなかったと、大々的に喧伝していた。
「平和を愛し、大陸の和平を実現したその功績を称え、守護者第一席『和』の守護者とする」
締めくくりの言葉に、会場を震わせる一番の拍手と歓声が送られた。
それは亡くなった者たちへの慰労と送別の意が込められていた。
中にはすすり泣き、崩れるものもいた。
この戦いで成り上がったもの、栄光を手に入れたもの、大切な仲間を失ったもの。
多くの境遇の人間が生まれた。
ただ一つ確かなことは。
今日この日をもって、大陸に大きな転機が訪れ、かつてない平和が訪れたこと。
多くの、大きな犠牲を払って――
次回、「エピローグ~旅立ち~」