第四十七話 今は無く、未来が亡くなり、過去が泣く
久々のトピックあり……
さようなら、ベル――
「ウィル?」
緊急療棟でウィルベルは目を覚ました。
目を覚ました瞬間に感じたのは、兵士たちの狂乱の声。
「あいつらが来たんだ! もうだめだ!」
「おしまいだ……この世の終わりだ!」
「英雄があんななのに勝てるわけない! 逃げなきゃ殺される‼」
大声で泣き叫ぶ兵士たち。
懸命に落ち着かせようとする看護兵も誰もが大声をあげて混乱が加速する。
何が起きているのか、今どうなっているのか――
現状を確かめようとしたその時だった。
――戦場全土を震わす大爆音が巻き起こった。
「な、なにっ!?」
療養所全体が大きく揺れ、ぱらぱらとほこりやごみが落ちる。
一頻り揺れが収まると、ウィルベルはすぐに窓際に駆け寄って外を見た。
「なに……あれ」
そして、そこに広がっていた光景に絶句する。
それは基地から遠く離れたアニクアディティ王城。
すでに日は沈み暗いはずなのに、悪趣味な形をした悪魔たちの城がはっきり見えるようになっていた。
その大部分が青い光の球体に覆われていたから。
それはまるで――
「……あたしの《赫赫天道》? でもあんな規模、使えるはずが……」
圧倒的に規模が異なるウィルベルの奥義と似た現象。
――そして光は、まるで電球のように唐突に消えた。
同時に突風が城へ向かって吹き荒れた。
「わわっ!」
またしても大きく揺れる病棟。
大きく揺れたことで、また兵士たちの混乱は大きくなる。
風が止んだ。
光も何もなくなった城。
「え!?」
もう一度見た城は、まるで球状にえぐられたようにごっそりと無くなっていた。
あんなことができる存在を、ウィルベルは知らない。
ありえるとしたら、2人だけ。
「ウィル……ウィルよね……悪魔じゃないよね!」
どっちが放った魔法なのか。
いてもたってもいられず、ウィルベルはほうきに跨り、窓から空へ飛び出した。
飛行船はすでになく、有翼の悪魔しかいない空を、ウィルベルは一直線に城へ向かって突き進む。
「どきなさい!」
いくつもの魔法の剣、いくつもの光線が空を染め上げ、悪魔を灰へと変えていく。
自らが作った魔法の剣のほか、リカルドの力も借りて、一目散へ駆けていく。
『落ち着けよ嬢ちゃん! 一人で突っ込んだら危ないぞ!』
考えなしに戦場に飛び出したウィルベルを止めるリカルド。
「そんなこと言ってられないわ! あいつが、ウィルが何をしているのか、助けないと!」
『無策で言っても勝てないぞ! あんなとんでもない魔法を使う化け物、いくら嬢ちゃんといえど、かなうもんじゃねぇ!』
「ならせめてあいつを逃がさないと!」
『あいつは総大将なんだろ!? 悪魔の王を引きつけなきゃいけないはずだ! 逃げたら、その分ほかの部隊が被害を受ける! 何より今の状況じゃ、長引けば勝つことは絶望的だ!』
「そんなのどうだっていい! この戦いに負けたとしても、あいつがいればきっと!」
冷静さを失ったウィルベルは無策に敵本陣に飛び込んでいく。
跡形もなくなった城に近づくたびに、空気は薄く、冷えていく。
「はぁ、はぁ」
空を飛ぶウィルベルの吐く息は白い。
体を震わせながら、それでも彼女は一直線に突き進む。
暗く、冷え切った空気。
空は分厚い雲に覆われ、星も月も全く見えない。
闇に紛れる灰色の体表を持つ悪魔を警戒しながら、彼女はやがて城へたどり着いた。
城に降り立ったウィルベルは、ぶるりと震える体を抱きしめる。
「さ、さむい……北だからさむいのはわかるけど、いまは夏なのに……」
明かりを兼ねて、ウィルベルは宙に一つの炎を灯す。
そして、気づく。
城の異常さに。
「なにこれ……跡形もなく消失してる。あたしの魔法じゃこんなにきれいに球形にえぐられることなんてないし……」
城の形をとどめてない、残骸とも呼べる場所。
そこは城の最上階があったところを中心に、球状の爆発の形をなぞるようにきれいに無くなっていた。
逆にほんのわずかに爆発の範囲から逸れた場所は、何の影響も受けておらず、健在だった。
悪魔の姿すら見られないことに違和感を感じながら、ウィルベルは進む。
残っている悪魔は城下から離れた戦場にいる悪魔たちのみ。
ウィルベルは望みを抱く。
「悪魔がいないってことは、もしかして悪魔の王を討ったってこと?」
『可能性はあるな。悪魔の王は配下を強化するって話だし、いくら悪魔が替えが利くとは言っても、こんなに何もいないなんて考えにくいしな』
一縷の望みを抱いて、彼女は走り出した。
白い息をはっはっと吐きながら。
やがて空から、白い雪が降ってくる。
「はあ、早く帰らないと……さむいよ……」
手に息を吹きかけながら、赤くなった鼻をすする。
すると、どこかでがれきが動く音がした。
「あっ! あそこに何かいる!」
ウィルベルが駆け出し、音がした場所に行くと――
「ギ?」
「うをぉ!? あんたじゃないよ!」
出てきたのは悪魔だった。
慌てて迎撃して灰へと帰す。
驚いたウィルベルは胸を抑えて息を整えながら周りを見る。
そこには変わらず何もない。
「どこにいんのかしら。こんな状態だからそんなに探すのに手間はかからないと思うんだけど」
『確かにな。っていうか嬢ちゃん、鈴鳴らせばいいんじゃねぇ? あれ、居場所わかるんだろ?』
言われて、ウィルベルは腰に下げていた《親愛の鈴》をチリンと鳴らす。
「それが鳴らしてるんだけど、反応がないのよ。もしかしたら音が鳴るのを考えて、空間魔法で収納してるかもしれないわ」
『空間魔法で収納するとわからないもんなのか?』
「空間魔法っていうのは、あたしたちが普通に生きるのとはまったく違う次元に空間を作ってつなげる魔法なの。そこに入っちゃえば、作った本人が開けない限り、外から干渉はできないわ」
リカルドに説明しながらウィルベルは歩く。
「ん?」
そして、青い光を見つけた。
それは見覚えのある青藍の粒子を纏う十字架だった。
「あ! あれ!」
『クララ!』
ウィルベルが駆け出す。
今度こそウィリアムだと。
がれきに隠れて見えないだけで、そこにウィリアムがいるのだと。
そう、期待していた。
しかし――
「――え?」
あったのは十字槍と砕けた竜の仮面。
そして一輪のマリーゴールド。
どこにもウィリアムの姿はない。
『クララ……そうか……』
「なによ、リカルド。なにか言ってるの?」
『……嬢ちゃん、もう帰った方がいい。ここは危険だ』
意味を理解したウィルベルが、息を飲み、首を横に振った。
「……嘘よね……そんなわけないよね……」
ウィルベルはしゃがみ、神器を手に取った。
触れた瞬間に聞こえる、もう一人の古代の英雄の声。
『ベルちゃん』
「ねぇ、教えて……あいつはなにをしたの?」
『……わからない。ただ悪魔の王は彼を罠にはめた。討ち取ったと思われた全高位悪魔と亡くなった英雄たちすべてを彼にぶつけたの。状況は最悪で私は途中で飛ばされた。何が起きたのか、わからない』
「そんな……」
ウィルベルの声が震える。
「うそよ、うそ……うそだ」
立ち上がり、彼女は再び歩き出す。
そんなはずがないと、首を振りながら。
雪が降る夜の中、彼女は呆然と歩き続けた。
◆
連合軍は進み続けた。
悪魔を強化していた力はなくなり、攻勢が弱まったことで、目に見えて悪魔の数は減っていった。
やがて、開戦から一か月と少しが経ったとき、城の爆発から一週間が経った日。
連合軍本隊はついに、アニクアディティ王城に辿り着いた。
「どう思う? カーティス殿」
「不自然極まりないな。この城の状態、天候、状況。すべてが常軌を逸している」
「スンスン……何もニオイが無い……」
本隊は雪が降り続ける城で捜索活動に当たっていた。
すでに城に悪魔の姿は見られない。
ただ異常な状態が残るだけ。
捜索部隊の中心として、アイリス、カーティス、エスリリが周辺を調査するものの、めぼしい情報は得られなかった。
「ウィルベルの姿もない。聞いた話じゃ、療養所から飛び出したって話だけど」
「どちらにせよ、悪魔の王はもういない。道連れにでもしたか?」
道連れ、つまりウィリアムはもういないと、カーティスの言葉にアイリスは目を曇らせる。
アイリスの様子を頭の片隅に置きながら、カーティスは不自然な形になった城の残骸の切断面に触れた。
「おそらく、次元暴走が起きたのだろう」
「次元暴走?」
そうだ、とカーティスは頷く。
「この残骸に戦闘痕は見られない。だが少しずれた部分は跡形もなく消失している。まるで空間の連続性が断たれたように。そして、あの爆発が起きた後、城に向かって不自然な突風が吹いただろう」
「そういえばそうだったね。……でもそれがどう次元暴走に繋がるんだい? そもそも次元暴走って?」
次元とは、人類が存在する空間とは異なる空間。あるいは、理の違う世界と世界を隔てる仕切り。
「次元が暴走し、空気ごとこの周囲一帯の空間を飲み込んだ。恐らくあの光はウィリアムが次元暴走を抑えようとした結果起きた現象だろう。だからこそ、城の一部が残り、中心部は次元の彼方に飛ばされたことで消失したのだろうな」
「……確かに、悪魔の王なら世界を渡る方法を知っている。次元を暴走させることも可能かもしれないね」
それはつまり、あの青い球体の中にいたモノはすべて次元の彼方に消え去ったということ。
つまりもう――
「スンスン……あ! ウィルベルの匂い!」
「え!?」
エスリリがウィルベルの匂いをかぎ取り、尻尾を振りながら駆け出した。
アイリスもカーティスも彼女の後を追う。
走った先にいたのは――
「ウィルベル!!」
一心不乱に瓦礫をどかし続ける魔女の姿。
しかし彼女は、アイリスたちが声を掛けても一切の反応を見せなかった。
「ウィ、ウィルベル?」
アイリスがウィルベルの肩に手を置いた。
ゆっくりとウィルベルは振り向いた。
「……っ」
アイリスは息を呑んだ――
ウィルベルの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
鼻も目も赤く、手はボロボロであかぎれている一方で、顔は真っ青だった。
「ウィルベル、もう休もう? せっかく勝ったのに、体を壊してしまうよ」
「……」
ウィルベルは虚ろな瞳で、再び瓦礫をどかし続ける。
「ウィルベル……」
傷ついた彼女を見て、アイリスは言葉を失くした。
「……そんなはずないの」
「え?」
ぼそりと漏れたウィルベルの呟き。
「だって、そうでしょ? あいつと、約束したの。世界を超えて、世界を変えて、全部終わったら一緒に生きようって。……まだ、何も終わってないのに」
「……うん」
嗚咽でまみれ、しゃくりあげなら言ったウィルベルの言葉に、アイリス、エスリリの瞳に涙が浮かぶ。
「かえろう? ねえ、かえろうよ。ウィル…………北の大地は、あたしたちには冷たすぎるから」
ぽたぽたと雫が地面に落ちて、僅かに積もった雪を溶かした。
「だから、かえろう? あの暖かな南の大地に。あたしたちの国に……かえろうよ」
アイリスは空を仰ぎ見て――。
エスリリは鼻をすすり――
ウィルベルはただ探し続けながら――
降りしきる雪の中、三人は声にならない声を上げて、叫んだ。
勝利を祝う鬨の声に紛れて。
彼女たちの叫びは誰に届くでもなく消えていった――
Topics
『純粋華』 ……Lilium。和名はユリ。
花弁が三枚の花であり、花言葉は「純潔」「無垢」「威厳」など。
聖母の象徴ともいわれる。
『純粋聖華』……ベツレヘム。和名はオオアマナ、英名はStar of Bethlehem。
花言葉は「純粋」「潔白」「無垢」。
星に似た六枚の花弁を持ち、神の子の誕生を示した星の名を冠する。
次回、「人類の守護者」