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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第四十六話 夢幻の王

 



 この世界は夢なんだ。


 でないと、殺意むき出しの悪魔と死んだはずの仲間が目の前にいて、俺に剣を向けているはずがないじゃないか。


「さて、いい余興だ。人類全員に死んだ英雄たちが生きた最強の英雄を殺すところを中継してやろう」

「それはいいですわね、サマエル様! できたらこの男の魂も回収しましょう! そしたら人類全員、最強の英雄に殺される栄誉を賜れますわ!」


 悪魔たちが何かしゃべってるみたいだけど、何を言ってるのか理解できなかった。

 音は入ってくるのに、頭が理解しようとしない。


 ぼーっとする。

 もはや痛みすら感じない。左腕の傷みも感覚もない。


「うぃりあむ……うぃ、うぃり、あむ」


 ふらふらとディアークが剣を持って、俺の真上に掲げた。


 もう日は沈んでいて、ディアークの顔はよく見えない。


 ただ壊れた仮面の隙間に冷たい雫が落ちた。


「泣いてんのかよ……似合わねぇな」


 お前はいつもばかみたいに笑ってないとダメだろ。


 まあでも、悪魔じゃなくてディアークに殺されるなら悪くない。


 剣がまっすぐに心臓めがけて振り下ろされる。



 ああ、これで楽になれる。



 剣が心臓に突き刺さる。



 ――直前に。



『ダメ!!』



 ――どくん、と心臓が脈打った。




 ◆




「ここは?」


 気が付けば、俺は知らない場所にいた。

 周りを見れば殺風景なアニクアディティ王城ではなく、真っ暗で何も見えないけど地面だけははっきりと見える草原で、いろいろな光る花が咲き誇る場所だった。


 暖かくて心地よい香り。

 ここはとても居心地がいい。


 ……なんか、眠くなってきたな。


 疲れたし、眠ってしまおうか――


『ウィル』


 ふと、声が聞こえた。


 懐かしくて、聞くだけで泣きたくなるこの声は――


「マリナ?」


 目の前に、白髪交じりの黒髪の、眠たげな瞳をした少女がいた。

 眠たげだけど、とても優しい瞳。


「……っ」


 マリナを見た瞬間に視界が滲んだ。

 気づけば彼女を抱きしめていた。


「会いたかったよ。ずっと」

「わたしも……会いたかったよ」




 ◆




 落ち着いたころに、マリナと向かい合って座った。


「ここは? 俺は死んだのか?」

「ううん、死んでない……生きてるとも言い難いけど」


 彼女にもうまく言えないらしい。

 でもここは暖かくて、いい香りがして、さわやかでとても居心地がいい。


 あの渇いて、臭くて、殺伐とした場所とは全然違う。


 なにより、ここにはマリナがいる。


「それでウィルは……もう生きないの?」


 マリナがまっすぐ見つめてくる。

 居心地が悪くて目を逸らした。


 ……この大戦がはじまるころから、ずっと隠してきたことがある。


 ディアークにもクララにもアイリスにもベルにも言わなかったこと。


「俺はもう……生きるのが辛い」


 復讐も仲間も家族も失った。


 元の世界で家族と生きたいという夢は破れて、これからも失っていく。


 これ以上、何をどうすればいい?


 何を目的にして生きればいい?


「記憶を取り戻してくれたソフィアは死んだ。俺を理解してくれたマリナも、ずっと一緒にいてくれた父さんも、戦い方を教えてくれた師も死んだ。それでも俺はたくさん戦った。この戦いでもディアークが、エデルベアグが、ヴァルグリオが、数え切れないたくさんの仲間が死んだ」


 くしゃりと前髪を握る。


「俺は必死に戦ったよ。もう十分頑張ったよ。……それでもたくさんの人が死んだ。そして死んだ人たちのためにまた俺達は生きなきゃいけない。……それじゃあ俺は、どこまで生きなきゃいけないんだ?」


 悪魔との戦いは、今回で終わりじゃない。

 次元の穴の塞ぎ方がわからない以上、悪魔との戦いは永劫続く。


 この身体は、百年そこらじゃ死なせてくれない。

 この戦いに勝ったとしても、俺はきっと悪魔と戦って、次元の穴も塞ぎに行かなければいけないんだろう。


 これからもたくさんの人の死を見送って、その命を背負って、生きていかなきゃいけないんだろう。


「俺は、なんでこんな辛い思いで生きて、こんな痛みを味わって死ななくちゃいけないんだ?」


 どんなに頑張っても、待ってるのはつらい未来だけ。

 永劫続く未来(苦痛)に耐えられるほど俺は強くない。


 今だってマリナにも弱みを垂れ流して生きている。


 沢山の人に心配をかけて生きている。


 そんな俺がこんなことをする必要がどこにある?


「ウィル」


 名前を呼ばれ、顔を上げた。


「わたしはね……あなたにたくさんのものをもらったの。名前とかご飯とか家族とか愛情とかいろんなものを」


 マリナは立ち上がって、両手をいっぱいに広げて――


「たくさん、たーくさん! 数え切れないほどのものを、数え切れないほどもらったの!」


 まるで宝物を見せびらかす子供のように、純粋に笑った。


「俺はただ、当たり前のことをしただけだよ」

「ううん、あなたのしたことはぜったいに当たり前じゃないよ。あなたがわたしにくれた一番大きいもの」


 マリナが俺の冷えた手を握る。


「あなたはわたしに、夢をくれたの」


 彼女の手はとても暖かかった。


「夢をもらって、わたしは生きたいと強く願うようになった。世界がすっごく輝いて見えた。……あなたはずっとわたしに夢を見せてくれた。きっとみんなもそう……ほら、聞いてみて?」


 耳をすませば、不思議と草原に声が響きだす。


『団長!! 負けるな!! 私の夢はまだ終わってない!』

『ふざけんなよクソ団長!! オレァまだテメェをぶん殴ってねぇ!! 火事の件も腕の件も、なんも返してねぇんだよ!!』

『こんなところで終わらないでくださいよ!! 想像もできないことをし続けて来たくせに、ここで想像通りに死なないでくださいよ!!』


 シャルロッテ、ヴェルナー、ライナーの声が聞こえる。


 おかしいな、俺はあいつらとはすごく離れてたはずなのに。


『ウィル!! まだ聞きたいことも話したいこともたくさんある!! ボクの気持ちもまだ伝えてない!』

『ウィル!! ここはくさいから、早く南に帰ろうよ! あなたのいいニオイが嗅ぎたいよ!』

『終わるな、お前はまだやらなければいけないことがたくさんある』


 アイリス、エスリリ、カーティス。

 そして――


『ウィリアムさん、どうか生きて』

『あの男がただで死ぬわけがない。俺に総大将代理を任せたまま死ぬ男ではないだろう』

『ウィリアムさん!! 絶叫は喉を傷めますよ!! 仕方ありません! 私が詩のお手本をお届けしましょう!! だから、だから……生きて帰ってきてください!!』


 アグニ、レイゲン、エイリス。

 はるか遠く、戦場にはいないアグニの声まで聞こえてきた。


「ここはね、たくさんの人の意思を宿した神気が集まる場所。……神器にはね、人の想いが宿るんだ」


 神器は神気の器。


「すべては神気でできてるの」


 ここは神気――人の意思が集まる場所。


 つまり――


「マリナも神気なのか?」

「そうだよ……ウィルもね」


 マリナが微笑み、俺は自分の手を見た。

 確かに俺の身体はここにある。


 でもおかしいな。

 俺には加護が無い。

 神気を入れる器が無い以上、俺には神気が無いと思っていたのに。


「後ろを見て」


 振り返る。

 そこには――


「え?」


 数え切れないほどの、おぼろげな人の形の神気の海。

 それはすべて、俺につながっていた。


「あなたはまだ死んでない。だから――」

「マリナ」


 マリナの言いたいことはわかる。


 生きろっていうんだろ?


 ……でも、でもさ――



「俺は……マリナ、君にいて欲しい。君がいないと寂しいよ」



 ずっと、俺はここにいたい。


 彼女がいる、ここにいたい。



「嬉しい。でも大丈夫だよ、ウィル。……あのとき言ったことを、もう一度言うね」



 やさしくマリナが俺を抱き寄せた。


 そして――




「また会おうね、ウィル。次はちゃんと生きてるときに」




 ◆




「――え?」


 気づけば、振り下ろされる剣をとっさに躱していた。


 いつの間にか現実にいて、ディアークの剣を避けたのだ。


「まだあがくか」

「死にぞこないが、よほど苦しんで死にたいらしい」

「きっとわたしたちに殺されたかったのよね? お仲間に罪悪感なんて残したくないものね?」


 悪魔がいろいろ言ってるが、気にならなかった。


 ただ勝手に、体が動いた。


 なんで? どうして?


 俺はあの場所に、マリナと一緒にいたかったのに。


 右手の《月の聖女》を見る。

 その剣は、今までで一番輝いていた。


「……生きろってのか」


 マリナはただ、それが言いたかったんだ。

 自分は死んでるくせに。


 ……あーもう。


 生きるってのは本当に辛い。

 死ぬってのは本当に怖い。


 ――でもやっぱり、願わずにはいられないんだ。


 あの人に生きて欲しいって、そのために死んでもいいって。


 マリナはそう教えてくれた。


 きっと、俺もそうだろう。


 彼女のために、みんなのために。




 ……そうだ、そうだ――




 俺はまだ死にたくない、消えたくない!



 あいつらを失くしたくない!!



 こんなところで今死んでも、何にもならない!!



「なんだこれは!? 青い不快な光!」

「神気だぁ!? 加護は焼けたはずだろが!?」

「ギギャギャッッギャ!?」


 体が楽になっていく。

 左腕はないが、血は止まった。


 俺は何のために生きるのか。


『人は大人になって自分を誤魔化して生きていく。やがて人は本当の夢を見られなくなる』


 思い出すシャルロッテの言葉。


「マリナは俺に夢を見た。きっと、みんな俺に夢を見た」


『王に本当に必要なものは、王だけが持つたった一つの『力』だ』


 大戦前に、ヴェンリゲル王が言った意味がようやく分かった。


「『王』とは、誰もが見ることすら諦めてしまった夢を、魅せることができる者」


 昔誓ったことがある。


 何を犠牲にしたとしても、どれだけ時間がかかっても、俺は必ず元の世界に帰る。


 ……夢を忘れていたのは、俺の方だったんだ。


 元の世界も、この世界も、俺は失いたくない。


 俺の夢の世界に、妥協なんかいらない。犠牲なんかいらない!!



「神気が広がっていく!?」

「早く殺せ!! 全員で始末しろ!!」



 ――俺は俺の望むすべてが欲しい。



「魔法が使えない!?」

「絶魔空間だと!?」

「そんなバカな、ありえない!! 他の世界の理だ!!」


 元の世界も、この世界も、人も命も俺は欲しい。


 どれか一つなんて選ばない。


 だれかに馬鹿げてると言われても、綺麗ごとだと笑われても、そんなことはどうでもいい!


 俺を測れるものなんて、この世界には存在しない!


 異世界人(おれ)がここにいる以上、この世界に不可能なんて存在しない!


「直接斬れ!!」

「ナベリウス!! バラキエル!! ベヒモス!!」


 青い光が満ちる世界に――



「目障りなんだよ、クソ雑魚どもが!!」



 銀閃が煌めいた。


 一瞬で悪魔三体が灰へと還る。


「なんだ!? 何が起きた!?」


 アルマロスが取り乱す。

 悪魔の王サマエルはすぐに失った三体、バラキエル、ベヒモス、ナベリウスを再召喚しようとするも――


「ッ!? 召喚できない!? この光は次元魔法すら無効化か!?」


 配下を呼べないことにうろたえるサマエル。

 さらに――


「ちょっと、あなたたち!?」


 死者を操る悪魔シェディムが取り乱す。見れば、シェディムは崩れていくディアークたち4人を食い止めようと右往左往していた。


 崩れ落ちる瞬間に――


「たの、んだぞ」

「うぃりあむ、どの。ひめを――」

「せかい、を……」

「こぞ、う……」


 4人は微笑んだ。


「ああ、任せろよ」


 偉大な先達の英雄たちは土へと還り、穏やかに眠った。


「なんだこの死にぞこないは! 加護は消えたはずだ!!!」

「私たちの肉体からも消えています! マナが一切存在しないなんて、他の世界の理です! ……まさかこの男、マナのない世界を再現したのですか!?」


 遠距離や魔法を主体とする悪魔たちは、魔法が使えなければただの頑丈なだけの木偶の棒だ。


「一度体勢を立て直す!! こんな力、いつまでも維持できるはずがない!!」

「ハッ! 王よ、殿は私たちが!」


 サマエルを後方に、カスピエル、ダンタリオン、サブナックたちが襲い掛かってくる。

 しかし、奴らが一歩踏み出した瞬間に、


「ひれ伏せ」


 周囲の青い光の中から現れた神気でできた手が、連中の頭を地面に叩きつけた。

 悪魔はなすすべなく灰へと還りゆく。


 右手にある《月の聖女》を振るう。

 神器の神気と俺の神気が混じり合い、一瞬でいくつもの銀閃が煌めき、残った高位悪魔すべてを切り刻む。


「なんだ貴様は……なんだお前は!?」


 唯一残ったのは、12本の触手を生やした悪魔の王。


 俺が誰か?


 決まってる。


「俺は綺麗ごとと平和が大好きな、夢見がちな馬鹿な王様だ」

「ふさけたことを!!」


 サマエルが12本の触手を広げ、魔法を纏いながら迫ってきた。

 応えるように、《月の聖女》と神気を振るう。


「はあああっ!!」

「シネエエエ!!」


 目にも止まらないサマエルの6対の触手と、俺の剣がぶつかり、甲高い音を立てる。

 さすがは悪魔の王。

 《月の聖女》や神気を以てしても簡単には倒せない。


 だけど、倒す方法はとても簡単でわかりきっている。



 この世界は、意思が無限の力を持つ。



 意志を持つ者に、夢を叶える力は宿る。



 ――この世界はただの夢。死ぬまで醒めない淡い夢。



『また会おうね、ウィル』



 だから、俺は死ぬまで夢を見る。



「ああ、絶対に会いに行く。この世界をぶっ壊してでも」



 俺の邪魔をする者は、神だろうが許さない。


 この世界の神を相手にできるのは、この世界の人間じゃない《異世界人(おれ)》しかいない。


 これは俺だけが見れる夢。


 たとえ、無理だと馬鹿にされても、変だと笑われても、ひとりぼっちになったとしても――


 想え、願え、戦え!!


 世界は俺の中にある!!



「貴様が世界を作るなら、この次元ごと壊してやろう!!」


 サマエルが触手すべてを収束させて、すべてを呑み込む真っ黒な球体を生み出した。

 俺も歯を食いしばり、右手の剣に神気を集める。



『世界を超えて、世界を変えて、全部が終わったその後で、またみんなと平和に暮らしましょう』



 ああ、そうだな、ウィルベル。



 俺は世界を変えてみせる。



 みんな(・・・)と平和に暮らせるその日まで――



「――《蒼星之王テッラ・ラディスラウス》!!」

「――《次元全壊ヴェルト・デストリュクシオン》!!」



 空間ごと引き裂く悪魔の一撃と青く輝く閃光の一撃が交差し、互いの肉体を貫いた。




 さようなら、ベル――




次回、「今は無く、未来が亡くなり、過去が泣く」

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