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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第四十四話 金烏衝天

更新できずもうしわけありません。今日は今回含め四話分更新予定です。

 



 ときは少し前にさかのぼり、戦場の中央上空。


 4体の高位悪魔、カスピエル、ベヒモス、ダンタリオン、リリスに囲まれたウィルベルはいたるところから血を流し、今にも倒れそうになっていた。


 彼女の周囲は方向感覚を狂わす霧に囲まれ、上下左右もわからなくなっており、下に行ったつもりが上に、前に進んだはずが下に行っていたりもした。

 逃げようと思っても逃げることができず、その先には決まって悪魔が殺す準備をして待ち構えている。


「はぁ、はぁ、もうしつこい!」

「それはこちらの台詞。足掻くのを止めれば楽になれるものを。その齢にしてここまで戦えるとは見上げたものだが、これ以上足掻くのも愚かというものよ」

「いいじゃねぇか! 遊べてよ! 何度も切り刻めて楽しいぜ!」

「ほら、こっちへいらっしゃい、傷を治してあげるわよ」

「アハハハ! 何度も幻覚に騙されて面白―い! 滑稽にも程があるな」


 依然として4体の悪魔は無傷のまま。

 ウィルベルは4体の悪魔に一太刀も入れることができないでいた。


 その理由は2つ。

 霧による幻覚によって、悪魔たちの動きがわかりづらいこと。


 そしてもう1つは――


「貴様の魔法では私には勝てない。火力だけなら見上げたものだが、火力で私に勝つことはできないぞ。私は太陽の光を最も浴びる、南と昼の王であるぞ」


 カスピエルというウィルベル以上の炎魔法の使い手の存在だった。


 霧の中でも貫通するほどの強烈な熱気が常にウィルベルの真上に存在し、直接は見えないにもかかわらず彼女を焼き続ける。


 結界で防いでも貫通するほどの強烈な炎は霧の中を回折し、光線となって曲がりながらウィルベルの小さな体に直撃した。


「うぐッ!!」


 他の悪魔とは一線を画すその実力を前にして、ウィルベルのローブは焼け、吹き飛ばされる。


 吹き飛ばされた先では、


「ギーッヒャッハッハー!!」


 分身したベヒモスの剣が待ち受ける。

 咄嗟に帽子で防ぐも十以上に分身したベヒモスの刃は止められず、彼女の右肩に剣が突き刺さった。


「い、やあああ!」

「ハッハー! いい声で鳴くじゃねぇの! もっと聞かせろよオラ!」


 ウィルベルは強引に、自爆する気概で爆発を起こし、ベヒモスを引きはがした。

 爆発によって引きはがされたベヒモスは再び周囲の霧の中に身をひそめる。


 再び上下左右全てが白い霧一色に染まる中、カスピエルの声が木霊した。


「諦めろ。貴様に活路はない」

「まだまだ、あたしはこれからよ」


 フラフラでありながら、意地を張って軽口を叩くウィルベル。


 しかし言葉とは裏腹に――


(これは、まずいかも……増援は、この霧のせいで来ないよね……あたし一人じゃ……)


 彼女の内心はひどく弱っていた。


(他のみんなはどうしてるのかな。ここに悪魔が集中してるってことは、他のところはそうでもないのよね? ここで踏ん張れば、戦争に勝って、多くの悪魔を引き付けた英雄ってことで名前が残るかな? いい加減、ウィルに片思いの町娘なんて詩はごめんだもの)


 迫りくる悪魔に魔法の剣を振るって追い払おうとするも、分身や幻によって有効打にはならない。


 仕留めたと思えば、別の角度から襲われる。

 何度めかわからない攻撃を受けるウィルベル。

 まだ生きているのは相手がいたぶって殺そうという魂胆が見え見えだったから。


 しかし、無事なのは体だけ。


 何度もやられているうちに、普段は強気な彼女の意志も徐々に砕かれていった。



(もう、いいかな……頑張ったよね……英雄になれるよね? ……ウィル、マリナ。あたしのこと、忘れないで語り継いでくれるよね)



 もうだめか――



 ウィルベルがそう思ったとき。


 ちりんと、彼女の耳に澄んだ鈴の音が響く。


「あ……」


 その音を聞いた瞬間、ウィルベルは目を見開いた。


 ふらつくウィルベルの背後から、再びベヒモスが襲い掛かる。


 しかし今度は――


「あれ?」

「――アア!?」


 ウィルベルはとっさに箒を操り、分身したベヒモスの攻撃をかわしきった。

 ギリギリとはいえ、躱されたことにより、ベヒモスの額に青筋が浮かび、ウィルベルの顔には疑問が浮かぶ。


(いま、なんか来る方向がわかった。なんで?)


 ウィルベルはなんとなく、腰に下げていた鈴――《親愛の鈴(ファミリアコール)》を鳴らした。


 またちりんと、澄んだ音が鳴る。


「あ」

「まぐれはもうねぇぞ!!」


 再び迫るベヒモスの攻撃も再びウィルベルは躱す。

 今度は危うげなく、悠々と。


「そうだ、そうだ。あたしはまだ終われない」


 ウィルベルの砕けかけていた意志が戻ってくる。


「ひきつけただけじゃ、全然足んない。あいつは敵の親玉を取りに行ったのに、あたしがこんな奴らを相手に足止めしかできませんでしたじゃ、霞んじゃうもの」


 瞳に光が、体に熱が宿りだす。

 自らの血に染まっていた彼女の体が、赤く淡い輝きを放つ。


(あいつは世界を救う英雄かもしれない、だからあたしはその隣で、世界を変えるヒーローになるの!)


 一際、彼女の体が光り輝く。


 赤い加護の光。


 今までの比ではないほどの加護の輝きを受けて、悪魔たちがどよめいた。


「加護だと!? この期に及んでまだ悪あがきを!」

「これは危険よ、すぐに殺すわ」

「仕上げといこうぜ!」

「どんな加護だって僕の幻覚を破れやしないよ! 醜い足掻きだ」


 悪魔たちの言葉を無視して、強き意思を宿したウィルベルはひたすら上を目指す。


 方向感覚を狂わす霧の中でも、正確に。


 ――鈴の音は道しるべ。


 繋がる先は、もう一つの鈴を持つウィリアムの位置。


 つまり、北にあるアニクアディティ王城。


 鈴の音を基準に、ウィルベルは幻覚に惑わされないように目をつぶり、天高く昇りだす。


「まだ、足りない。もっと高く」


 霧の粒が体にあたる感覚。禍々しい魔力がまとわりつく感触。


 その感覚が突如ふっと無くなった。


 ウィルベルは目を開ける。


 目を開けた先には、分厚い雲に覆われた灰色の空。


 眼下には、幻覚の霧から抜け出した事で見えるようになった、急速に上昇した彼女に驚きつつも追いすがるように上昇してくる悪魔たち。


 その遥か下方には、今も戦う兵士たち。


 高度を確認したウィルべルは、傷だらけの顔に満面の太陽のような笑みを浮かべ――


「雷の後には太陽が昇るの。変革の後には平和があるの。その平和な世界はあたしたちが築くんだから!」


 無事な左手を上げて高らかに指を鳴らした。



 左手に嵌められた指輪が燦然と輝く。



「――《赫赫天道(ソール・リベラティオ)》!!」



 加護が発動したウィルベル最大の技。


 全てを燃やす、灼熱の太陽。


 太陽は近づくものすべてを焼き尽くし、太陽を見上げるものに恵みをもたらす。


「ばっ――」


 彼女を仕留めようと近づきすぎた悪魔たちは、現れた小さな太陽を前にあっけなく、文字通りの灰と化して散っていった。


 頭上にあった分厚い雲でさえ、あっという間に蹴散らされ、はるか上空の瑠璃色の空が地上に光のはしごを落とす。


「南と昼の王? もっとも太陽が当たる場所? ふふんだ、こっちは太陽そのものなんだから」


 鼻高々に誰にも聞こえない自慢をするウィルベル。


 ――しかし、彼女にも限界が近かった。


「さ、戻らない、と?」


 気が抜けたことで圧倒的に高いところにいる彼女は箒の制御を失い、勢いよく地面に落ちていく。


「あ、や、やば」


 ほうきを掴もうとしても、最大技を使ったことによる魔力切れと高度の影響で思うようにほうきを動かせない。


 小さく遠かった地面が大きくなって、豆粒のようだった人たちが目に見えて近づいてくる。


 ぶつかる――


 覚悟を決めて、ぎゅっと目をつぶる。


 地面に激突する直前、彼女の身体から浮遊感が忽然と消えた。


「おうぇっ!?」


 落下していくだけだった体が突如、横に引っ張られて勢いが大きく削がれたのだった。


 やがてゆっくりと動きが止まったことで、恐る恐る目を開ける。


 彼女の瞳に映ったのは――


「やっぱりウィルベルだ! だいじょうぶ? いたくない?」


 黄金色の犬のような耳と尻尾を生やした、人懐っこい獣人の少女。


「え、えすりり?」

「そうだよー?」

「う、うぅ、エスリリーー!!」

「わわっ」


 気心知れた仲間の姿を見たことで堰を切るように泣き出したウィルベルを、エスリリは戸惑いながらも優しくなでた。

 撫でながらウィルベルの体中についた血を見たエスリリは、すぐに目の色を変えた。


「ウィルベル! ケガしてる!」

「え、あ、ああ。これくらい平気よ! 心配させちゃったわね。ちょっと高くから落ちたのにびっくりしただけだから! さ、すぐにまた……あれ?」

「わわっ」


 エスリリから離れて、すぐにどこかに向かおうとしたウィルベル。

 しかし途端に足がふらつき、力なくその場に座り込んでしまった。


「あ、あっれ、おっかしいな。このくらい全然……」

「ふむ、酷い怪我だな。しばらく休め」


 エスリリの後ろからやってきたのは、くすんだ白髪で仏頂面をした初老の男性カーティスだった。

 カーティスはウィルベルの容体を見て、即座に部下たちに後退を支援するよう指示を出す。


 ウィルベルは一瞬ムッとするも、さっき自分が空から落ちたことを思い出して大人しく下がることにした。


「わかったわ……それで2人がいるってことはここは右翼よね、どんな状況?」

「「……」」


 途端に黙る二人。


「エスリリ? カーティス?」

「とにかく戻って休め。状況報告など今のお前が聞いてどうする。あとでいくらでも基地で聞けばよかろう」


 その態度にウィルベルは察した。

 きっと良くないことがあったのだろう、と。


 ウィルベルはエスリリの肩を借りて後退する。


 ウィルベルが去った後、一人残ったカーティスは溜息を吐いた。

 右翼は今は一端の落ち着きを見せているが、少し前までは他の戦場と同じくらいの地獄だった。


 結果としては……右翼を担う軍団の長、エデルベアグ・デア・ハードヴィー大将が殉職した。

 飛行船が墜落したことで混乱し、孤立した部隊の元に高位悪魔二体が現れ、異変に気付いたハードヴィーが迅速に対応し部隊は無事に撤退できたものの、対空攻撃に乏しいハードヴィーは奮戦むなしく、惨敗。


 少し遅れて悪魔たちのいる場所にカーティスとエスリリが現れたが、そこには既に物言わぬ骸と化したハードヴィーの姿があった。

 ハードヴィーと行動を共にしていたエスリリの父、アアラヴも重傷を負い、今も生死の境をさまよっていた。


 カーティスの錬金術による結界と攻撃、エスリリとの連携によって悪魔の撃退に成功したが、それまでに多すぎる犠牲が出た。


「これでは、もし戦いが長期化した場合……勝てる見込みは薄い、いつまで持つか」


 現時点で右翼、中央の軍団長が戦死、左翼は危ない状況だったが応援が間に合い、九死に一生を得た。

 そして先行する軍団の長であるウィリアムは、落雷の状況からすでに敵将と交戦中であることが確認されている。

 いまだ各地で中位以下の悪魔の大軍勢が存在し、悪魔の軍勢は王級の悪魔による何らかの支援を受けて強化されている。


 戦いに勝つには敵の王たる悪魔を打ち取る必要がある。


「あの娘がいなければ片手落ちか……万全を期すならば竜人の王も参加すれば確実だが、さすがに動けんか」


 懐から葉巻を取り出し、煙を吹かす。


 いまだに戦いは続く。

 ウィルベルの技によりわずかに空いた雲の隙間から覗く太陽はすでに日は頂点を過ぎて、西へ向かっている。

 先行する軍団にいち早く追いつかなければならない状況、しかし飛行船の援護が無くなり、進軍速度が遅くなっていた。


 一本分吸い終わったカーティスはすぐさま前線へと赴く。


 吸殻を指ではじくと、宙を舞った吸殻は地面に落ちる前に燃えつきた。




次回、「絶望のしらべ」

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