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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第四十三話 裏返し

 



 城の最上階。

 そこは飛行船を撃墜する際に放たれた魔法によって破壊され、天井が吹き飛び、曇り空がそのまま望める場所となっていた。


 高い位置にあるその場所からは、広大な戦場が一望できた。


「今世の英雄は、随分とせっかちなようだ」


 殺風景な最上階に場違いにある玉座には、少年の姿をした一体の悪魔。

 子供の姿にも関わらず、その悪魔は人間の王族が身を包むような赤と金を基調とした豪奢な衣装をまとっていた。


 ――普通と違うのは、全身から放たれるおぞましいほどの瘴気。



「よくぞここまできた。歓迎しよう、ウィリアム・フォル・アーサー」



 こいつ、俺の名前を知っている?



「不可解かな? 悪魔が自分の名前を知っていることを。バラキエルに聞いているだろうけど、僕たち悪魔は異界の写し身。ここで死んでも本体が死ぬわけじゃない。この身体が蓄積した情報はすべて持ち帰れる。君の名前がウィリアムであるということくらい、すぐにわかったさ」


 知性を感じさせる流暢なしゃべり。

 俺はすぐに盾を浮かべて戦闘準備を整える。


 すると、少年の姿をした悪魔は見た目だけなら年相応に小首をかしげた。


「おかしいな、バラキエルやアルマロスに聞いた話じゃ、もう少し話し上手だと聞いていたんだけどな。緊張しているのかな?」

「……お前たちの目的はなんだ?」

「目的?」


 問えば、悪魔はきょとんとした顔をした。

 その顔は何も知らなければ、ただのあどけないどこにでもいる少年だった。


 唐突に、悪魔は笑い声をあげる。


「アハハハハ! それは決まっているよ! この世界を滅ぼすためさ。この世界を僕たちのものにする。そしてこの世界を僕らの神に献上するのさ」

「神だと?」

「そう、僕たちの神。君達風に言うならば悪魔の神。常々僕たちの神様は言っていてね。自分の世界が欲しいって。手っ取り早いのはできたばかりの世界をのっとることなんだけど、この世界は時間が立ってるはずなのに、リターンの割にリスクがとても低いんだ。この世界を見つけたとたんに、僕たちの神は大喜び、すぐに僕たちを派遣することを決めたんだよ」


 悪魔の言葉には、いろいろな疑問があった。


「この世界が特殊だと?」

「そうだよ。この世界の人間は特に愚かだよね。自分たちの住んでいる世界がいかに凄いか理解もせずに、その恩恵を享受する癖に自分たちの世界を壊そうとしているんだからね。君もその一人でしょ?」

「世界を壊そうなんて思ったことは無いな。俺はただ帰りたいだけだ」

「同じことさ、世界を超えた天上人さん」


 薄ら笑いを浮かべる悪魔は、俺の方に手を伸ばす。


「君が帰るということは次元に穴をあけるということ。次元に穴が開くということはその世界の存在があやふやになるということ。そうなれば、僕たちのような世界を虎視眈々と狙う存在に容易に狙われるようになる。つまり君達は、いや、君は自ら悪魔を呼び寄せているようなものなんだよ」


 すとんと、腑に落ちる気分だった。

 高位悪魔が多くあらわれるようになったのは、俺やオスカー、ソフィア、秀英、そしてマリアが数年という短いスパンでこの世界にやってきたからだ。


 だから、次元に修復できないほどの穴が空いて、この悪魔の王がやってきた。


 だがこれは、俺が望んだことじゃない。

 俺が悪魔を呼び寄せたわけじゃない。


 それを知らずに、悪魔の王は楽しそうに語り始めた。


「あ、でも君はこの世界が嫌いなんだってね。だったらこの世界がどうなってもいい、滅んでもいいから、僕たちをこの世界に招き入れてでも前の世界に帰りたいんだね」

「……」

「ふふ、図星かな? なら取引をしないかい?」

「取引だと?」


 悪魔の王は椅子から立ち上がり、ゆっくりと近寄ってくる。


「僕たち悪魔がどうやってこの世界にやってきているか、知っているかい?」

「知らないな」

「そうだろうね、この世界にはない魔法だからね」


 挑発するように周囲を歩きまわりだした。


「次元魔法、それが世界を渡る魔法だよ。使えるのは悪魔の神と息子である僕だけだ。魔法があるのに、何故か発展していないこの世界ではまずないだろうね。まあ、この世界の神様に会えればその限りじゃないだろうけど、その神様もこの世界を放置気味だしね。最近になって多少力を入れてきたみたいだけど、手遅れだ」


 次元魔法という世界を渡る魔法の存在。

 そしてこの世界の神の動向。


 喉から手が出るほど欲しい情報を、こいつは持っている。


「僕がこの世界に入り込めた時点でこの世界はおしまいだ。今までは悪魔の神様がこの世界の次元のほころびを広げて無理やり僕たち悪魔を送り込んでいたけど、ようやく僕ほどの悪魔が入り込めるほどの穴が開いた。あとは内と外から穴を広げるだけ。あとはネズミのように、加速度的に次元は壊れていくだろうね。やがて僕たちの神が降臨できるようになる」

「それが取引と何の関係がある?」

「大ありだよ。僕たちは次元を壊す。それはつまり他の世界に行くことが容易になるということさ」


 ぺらぺらと流れるようにしゃべる悪魔。


 ――槍を握っていた手が緩む。


 それを見て悪魔が目を細め、仮面の奥の目を覗き込んできた。


 そして言った。


 僕たちと手を組む気はないか、と。


「いま戦っている連合軍の中で、一番強いのは君だ。確かに古竜を倒した君なら、僕でも手こずるかもしれない。これはお互いにとって益のある取引だ。君は故郷に帰れる、僕たちは安全にこの世界を手に入れられる。王と王の契約、そして悪魔の契約だ。悪魔は契約にうるさいから、しっかりと守るよ?」


 だから君も守れ――


 言外に悪魔はそう含ませる。

 こいつは俺が欲しいものを正確に理解している。だからこその取引だ。


 この取引で手に入るものは、喉から手が出るほどに欲していたものだ。


 元の世界に帰りたいと、幾度も思い、そのために大切なものを沢山犠牲にしてきたのだから。


 俺は昔誓ったんだ。


 どれだけ時間がかかっても、何を犠牲にしたとしても、俺はかならず元の世界に帰る。



 この悪魔の取引に対する答えは、とっくの昔に決まっていた。



 俺は――


「検討の価値もない」


 悪魔の首を刎ね飛ばした。

 悪魔の頭が宙を舞い、立ったまま体は後ろに倒れた。


「おかしいな、君は何を犠牲にしても元の世界に帰りたがっていると聞いていたのに」


 地面に落ちた首がそのまま喋る。

 ただの悪魔なら、ここで塵に変わる。

 しかし悪魔の王はなんの問題もないとばかりに首と胴がつながっていない状態で話し続けた。


「この世界に情でも湧いたのかい? あんなに憎んでいたのに? 前の世界で必死に生きた20年余りの時間、かけがえのない家族や友人がいたんだろう? 輝かしい未来を願って必死に努力して、ようやく未来をつかめるとこまで行ったんだろう? それなのにそれを奪った、たった数年しかいないこの世界のためにそれを捨てるっていうのかい?」

「まさか、今でも前の世界に帰れるものなら帰りたいと思う」


 だが――


「お前たちは信用できない」


 雷を落とし、倒れた悪魔の体を焼く。

 辺りに焦げ臭いにおいが立ち込め、城の床は黒くくすむ。


「お前は言ったな。世界を渡るということは次元に穴をあけることだと。そしてそれをつけ狙うのがお前らだと」

「言ったね」

「それはつまり、俺がいた世界の次元にも穴が開くということ。小さいかもしれないが、そこをお前らが黙って見過ごす理由がない。……俺の世界にお前たちが存在することは、この世界に連れてこられたこと以上に不愉快だ」


 黒く炭化した悪魔の体に槍を突き刺そうとした。

 しかし、その直前に悪魔の体から赤黒い触手が生え、その場から飛び退いた。


 槍は空振り、床に突き刺さる。


 悪魔の体は首のあった場所に移動すると、触手を器用に使い、首をもとの位置に押し当てる。

 元通りになった首は変わらず愉快そうに笑っているだけだった。


「うーん、残念、ここに一人で来るくらいだ。力と知識しか能のない無知蛮勇だと思っていたけど、そうじゃないんだね。確かにその通り。せっかくもう一つ、次元に穴を空けて世界を手に入れられると思ったんだけどね。聞いてはいたけどここまでとはね。1つ聞きたいんだけど、もし僕たちが君の世界に侵攻しないと言ったらどうする?」

「答えは同じだ。応じる気はない」

「わからないな。侵攻しないなら君にはメリットしかない。ただ元の世界に帰れるんだから」

「メリットしかない? まさか、どでかいデメリットが目の前にあるだろ」


 悪魔から目を切り、後ろを振り向く。

 そこには今も戦い、命を散らす多くの兵士たちの姿が遠くに見えた。


「お前の言う通り、俺はこの世界は嫌いだ。でもこの世界の連中は好きだ。誰もが必死に生きている。この世界のことなんてどうでもいいと、滅んでもいいとすら思っていた俺を、家族だと言ってくれた人がいた。俺の父はどの世界でもいいから生きてほしいと言った。ごまかし嘘をつきながら生きていた俺を、受け入れてくれた」


 本当に、本当に。


 あいつらはいいやつらなんだ。


 だから――


「俺がお前たちと手を組むことは絶対にない」


 完全な拒否を告げ、槍の矛先を突き付ける。

 悪魔は面白くなさそうな顔をして、ふーん、と。


「ならここでお別れだね」


 今までの自然な少年の笑顔から一転して、不自然に口が横に裂けた歪な笑顔を浮かべた。

 急に体が大きくなり、脱皮するようにめきめきと全身の皮膚が裂けていく。


 少年の皮を脱ぎ捨てて現れたのは、二メートルを優に超す、額にも目がある三つ目の化け物。

 俺を見下ろすほどの大きさのその化け物の背中からは6対、計12もの野太く赤黒い触手が生えていた。


「俺は悪魔の王、神の悪意と毒の王サマエル。愚かな人間に生の苦しみと死の定めを与えるものなり」


 気色悪く蠢く触手。

 そして、その触手に負けないほどの歪な笑み。


「さあ、よくここまで来た。この大地の勇者。君のために俺達は入念に歓迎の準備をしてきたんだよ」


 悪魔の王サマエルは両手を広げ、空を見上げる。


 世界が瘴気に覆われる。



「来たれ、皆のもの。来たれ、死者どもよ」



 その瞬間、



「―――ッッ!!!」



 世界に殺気が満ちる。


 身の毛もよだち、全身が震えるほどの戦慄が走った。



「ようやく本番だ」

「おお! やっとですか! この時を楽しみにしていましたよ!」

「こいつか!! 大地の勇者は! 殺してやる!」

「……終わらせる」

「むかつく、全部腐ってしまえ」

「ナベリウス、さっきはすまなかったな」

「グゥグゥ」



 次々と現れるのは、見覚えがあり、紫の光を帯びた明らかに異常な様子の高位の悪魔。



 そしてさらに、俺の後方、連合軍の上空辺りで一際強い魔力を感じた。



 この魔力には覚えがある。



「ッ! なんだ!?」



 急ぎ振り向く。

 すると視線の先、戦場の中央はるか上空に、見覚えのある小さな太陽が昇っていた。


 あれは――


「ベル?」


 ベルはまだ無事だ。


 だが、そんな安堵も束の間で――


「予定通り、『花の収穫』だ」

「クソが、あのメスガキ仕留め損ねた!!」

「まあでもそのおかげでもっとおいしいものが仕留められそうだよ! むかつくクソどもが」

「ふふっ、彼の首を手土産にリベンジしましょ?」


 突如、目の前に現れた虹色の門から、またしても強烈な瘴気を纏う四体の悪魔。

 高位の悪魔の中でも、さらに上位とわかる存在。


「高位11……王が1か」


 槍を握り、構える。

 王が厄介だし、高位の中でも未知数の奴がいる。


 確かに危険だが、分断すればまだ―――


「11? まさかこの程度で終わるとでも?」


 サマエルの言葉に、全身が総毛立つ。

 またしても感じる、背中をなぞられているようなおぞましい気配。


「サマエル様。無事、連合のめぼしい魂は回収いたしました」


 頭上から降ってきたハリのある女の声。


「よくやったシェディム。それで、例の悪霊どもは?」

「申し訳ありません。件の悪霊たち、相当意志の強い者たちでした。操るのは難しいようです」

「そうか。お前でも操れないとは。その悪霊どもが生きていれば、さぞや面白かっただろうな」


 シェディムと呼ばれた、情報にないもう一体の高位の悪魔。

 紫の妖艶な髪にひらひらとしたシースルーの服を纏った女の悪魔。

 この悪魔からは、他の悪魔ほどの強烈な瘴気は感じない。


 だが、ただそこにいるだけで全身に鳥肌が立つほどの嫌な気配がする。


 背中を冷や汗が伝う。


「さあ、我が悪魔の将軍計12柱。そして――」

「わたくしの不滅の軍団がお相手します」


 王が手を広げ、呼応するようにシェディムが歌う。

 すると――


 地面からむくむくと土くれが隆起し集まり、いくつもの塊を作りだした。

 その塊はさらに変化し、徐々に人型になっていく。



 ――人型になっていくその土くれを見て、心臓が止まるかと思った。



「……嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」



 信じられない、信じたくない!



「さあ、散っていった連合の英雄たちがお前の相手をしてくれる。会えてさぞ嬉しいだろう?」



 目の前の土くれは――



 クラウス。

 ディアーク。

 ヴァルグリオ。

 エデルベアグ。



 この大陸の英雄たち。



「感動の再会だ。盛大に楽しませてくれ」



 下品に笑う悪魔の王と12体の将軍たち。


 息ができないほどに胸が痛くて、無意識に胸に手をやった。


 服の下には、摘んできた一輪のマリーゴールドの感触があった。




 ――ここで思い出した。




 マリーゴールドのもう一つの花言葉。



 それは――




「うぃり……あむ……」




『絶望』だ。




次回、「金烏衝天」

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