エピローグ~Will~
城から抜け出して、そのままの足で中層に向かった。
ただ今回は明るい。壁を超えると確実に見つかるので、防壁を通り抜ける門を通った。
どう通ったかという人気のないときに通った。番兵がいたが一瞬で制圧して、ソフィアからもらった記憶の魔法で相手の記憶を消す。これで俺が通ったことは忘れている。
この記憶の魔法は実に便利だ。相手に触れなければならないし、時間がかかるという問題はあるが、人の記憶を消したり、奪ったり、渡したりできる。俺にはできないが作り出したソフィアは人の記憶をコピーすることもできたようだ。残念ながら今の俺にはできないが。
こんなことをしたのは警備のどこにも穴がなく、一番手薄で周囲からあまり見えないのが門だったからだ。
でもそのおかげで俺はまだ上層にいると相手は思っているだろうから、時間は稼げる。
俺を追うために中層に来ても、中層は広い。手掛かりなくしてはそう簡単に見つからないだろう。挙句軍は先の戦いで消耗しているはずだ。
そうして中層に入り、明け方にはマドリアドにたどり着いた。結局二日足らずで戻ってくることになった。
崩壊したままの南門を抜けて、宿に着くと誰もいなかったので、自分の部屋にいってその後は泥のように眠った。
*
目が覚めるとすっかり日は昇り、すでに午後になっていた。近くの机を見ると食事と水が置かれている。きっとオスカーかアメリアが置いてくれたのだろう。
置かれた食事を食べて、桶に水をためて布やらを使って水浴びをしていると、部屋がノックされて、扉が開かれた。そこにはオスカーとアメリアがいた。
「お、ウィリアム起きてるじゃないか」
「ウィリアム、元気……ってきゃぁ!」
当然水浴びをしていたので服を着てない。幸い、下は薄手のパンツをはいていたので見られてはいない。多分。
彼女は顔を赤くしながら後ろを向いた。
急いで身体を拭いて、服を着てオスカーに文句を言う。
「ノックするのはいいけど、返事を待ってよ。見たくないものを見ることになるよ」
「悪い悪い。もしかしたら寝てるかもと思ってな。それに案外見たかったかもしれないぞ」
「オスカーさんひどい!最低!」
オスカーに抗議する彼女を見て戻ってきたんだなと感じる。まあすぐにまた出ていくことになるけど。
「それで?城はどうだったよ」
オスカーに聞かれたのでソファやベッドに座ってあったことを報告した。グラノリュースの成り立ち、俺たちがいる理由と方法、秀英との戦いその他諸々。
前半のこの国の話になるとオスカーはそれなりに驚いていたが、アメリアは驚いていなかった。
よくあるおとぎ話として知っていたらしい。むしろ俺たちが知らないことに驚いていた。
だが俺たちが元は別の世界の人間だと知るとさすがに驚いていた。俺の目的もこの際、ちゃんと話した。
「そうだったんですか、皆さんは元は他の世界の人でこの世界にそうして来たんですね。それでウィリアムは元の世界に帰りたいのね」
「ああ、だからこれからは本格的にその準備に入る」
元の世界に帰るには強くならなければいけない。それにはこの国の外に行く必要がある。
続けてこの後のことについて話をした。
「つまり、これからはハンターとして国を出るってか?」
「ああ、そうだよ。外に何があるのか知らないし、もしかしたら全部滅んだあとかもしれないけど」
「そんな危険なこと……どうしても行くの?」
「どうしてもさ。ここにいたってそこまで強くなれないから」
どんなに危険でも行くと決めた。秀英にも啖呵きっていってしまったし、曲げるつもりはない。
ただ何の準備も知識もなくいくなんてこともしない。しばらくはハンターとして、野営の仕方に悪魔や魔物との戦い方を学んでから行くつもりだ。
そしてもう一つ、伝えることがあった。
「これから先は俺一人で行くよ。これ以上ここにいると迷惑をかける」
「は!?一人ってお前本気か?」
「そんな一緒に行こうよ!」
これも決めたことだ。ここから先、俺は軍から追われることになる。
そうなったとき軍が最初に探しに来る町はどこか、ここマドリアドに決まっている。ここは俺たちとゆかりのある町だ。探さないわけがない。
オスカーは城で死んだと報告しているから問題ないが俺がこの町にいれば、またこの町が襲われることになる。疲弊したこの町ではそれは厳しい。
それにオスカーには任せたいこともある。
「オスカーはこの町でみんなを守ってほしい」
「でもお前は外に行くんだろ?」
「ああ、行くよ。でもこの町も襲われるかもしれない。俺がいたらこの町は反逆者を匿ったとして襲われる口実になる」
「でもよ……」
オスカーとしてもソフィアから俺のことを頼まれた以上、放っておけないのだろう。その気持ちは、まあ嬉しい。俺とて同郷のソフィアとオスカーと思うところがないわけじゃない。でもだからこそ離れなければならない。
俺はいつか元の世界に帰る。そのときにこの世界に住もうとするオスカーと仲良くしすぎれば、きっと俺は帰ることをためらってしまう。だから酷いけど距離を置くことにした。
「私がついていってもいいですか!?」
「駄目に決まってるだろ」
アメリアがついてこようとするがそれはオスカー以上に駄目だ。オスカーはもしかしたら説得すれば元の世界に帰るとき、ついてきてくれるかもしれない。でもアメリアはこの世界の人間だ。一緒に行くなんてありえない。
そもそもこれからは何が起こるかわからない、危険な旅だ。実力のない彼女は連れていけない。
だからここで二人とはお別れだ。
そういうと部屋の中は沈黙に包まれた。
*
2人と話した後、俺は旅立つ準備をするために町を回っていた。
服や野営道具を一通り買って、最後に今、バーリンの鍛冶屋に来ている。
ここには戦いの前に槍の作製を依頼していた。結局戦いには間に合わなかったが、こうして役に立つのだから頼んでよかったと思う。
「ウィリアムか、なんだか面構えが変わったのう」
「いろいろあったもんで。それより槍はできてます?」
「おう、ちっとまっとれ」
顎に立派な白髭を蓄えたバーリンが奥に引っ込む。しばらくすると全体を布で巻かれた槍が出てきた。
布を外してみてみると、それは穂先がミスリルの色ともう一つ、薄い青色に輝く槍だった。形状はサバイバルナイフのようにも薙刀のようにも見える。
ここまでは注文通りだが穂先と柄の繋ぎ目に小さい輪に棘が生えたようなものがついており、これも薄い青色をしている。
「バーリン、これは?」
「ほっほ、何、おぬしもこれからハンターとしてやっていくならば槍一本でいろいろな作業をすることになる。ほかの道具を持って行ってもよいが、これだけで済むような形状にしたまでよ」
「頼んでないんだけど……?」
「そこはタダにしてやるから我慢せぇ。半分は趣味じゃが邪魔にはならんとも。穂先より小さいしの」
「ただでいいなら喜んでもらうけど、なんでまたこんな手間のかかるものを?」
「この町の救世主の武器じゃ。それなりに見栄えが良くないと恰好つかんじゃろ。それにおぬしが注文したエメラルガスト。あれが余ったもんだしの」
どうやらほぼ趣味でこんな装飾を施したらしい。なかなかセンスがいいけど、いざ戦うとき邪魔にならないだろうか。
形状的には壊れやすそうと思ったが使われている材質を聞いて安心した。エメラルガストとはこの世界の金属の一つで、かなりの密度を持つ緑色の金属だ。非常に重く頑丈で、鉄やミスリルを少量添加すると良質な特性を持つらしい。
一般的な武器だと軽くて心許ないのでこの材料を使った。重すぎるのと硬すぎるのであまり使われず、稀少でもないために余ったのだろう。そのためかなり重く仕上がったが問題なく使えそうだ。
「まあ見た目もいいし、持った感覚もしっかり来る。ありがとう」
「当然じゃ、要望通りに完璧に仕上げたからの。今回の戦で腕がまた上がったわい」
これでこの町で揃えるものはすべて揃えた。ほかにも短剣とか盾は欲しいけれど、それは次の町に行ったときに揃えることにする。
お金は今までの貯蓄があるし、槍をもらえたからまだかなり余裕がある。とはいえ大事に使っていかないと。
そう思ってバーリンの鍛冶屋を出ようとすると、一つ変わったものが置いてあることに気が付いた。
「バーリン、これは?」
「ほう?おお、それに目を付けたか」
それは壁にかけられていた仮面だ。兜というべきなのだろうか。
何と呼べばいいのかわからないのは、この防具が中途半端な形をしているから。
仮面と言ってもいいほどに、無骨でありつつも見た目がよく、目元を除いてすべて顔を隠し、耳を挟むようにして後頭部を守る金属板がいくつもついている。
ここまでなら多少変わった防具らしいのだが、何より頭頂部だ。何もない。上からの打撃に弱いんじゃないだろうか。
「それは竜鱗を使ったものでな。ギミックにもこだわっておる。ほれ」
バーリンが仮面をつけて大きく口を開ける。するとと仮面の口も一緒に開いた。バーリンが口を閉じると仮面も口を閉じる。それを何度か繰り返してつけたままバーリンは言った。
「どうじゃ?面白いじゃろう?食事もとれるし声も聞こえる。呼吸も側面に穴があるから苦しくないしの」
確かになかなか面白いギミックだし、改めて見るとデザインも竜を模しているようでかなりかっこいい。頑丈ならば買ってみてもいいかもしれない。ただし高い。
……いや、買おうか。
「これももらおうか」
「ほう、ほんとに買うのか?前後には防御できても真上からは防げんぞ?」
「フードでも被るさ」
そうしてバーリンから仮面を買った。
さあ、これで準備は整った。
いよいよこの街と別れる時が来た。
*
そうして次の日の朝早くに俺は町を出ることにした。
2人には別れの手紙を書いておいた。オスカーにはソフィアの部屋から持ち帰ったものをいくつか置いた。
この町に来たときとは別の、北門から町をでる。早朝なので人通りも少ない。
だからだろうか、後ろから走ってくる足音がやけにはっきり聞こえた。
振り返るとアメリアだった。まだ寝起きの整えていない髪をそのままに、走ってきたのだろう。荒い息を吐いている。
「ウィリアム!ウィル!」
大きな声で呼ばれた。この声ともお別れだ。
だから会わないと決めていたけど、最後くらいはしっかり向き合おうと思いなおした。
「いってらっしゃい!絶対に帰ってきてね!」
――正直、記憶を取り戻してから、彼女に大した想いはない。
でも無下にする気も起きない。
この世界が嫌いだ。
この世界の人間が嫌いだ。
天上人なんて持ち上げて、異世界の人間を人柱にするような国だ。
人の人生からすべてを文字通り奪い、命までも利用しようとした世界だ。
でも、だからこそ。
そんな国と一緒にはなりたくないから、記憶がなかったころのウィリアムの生を、無駄にするつもりもなかった。
「ああ、またいつか。必ず帰ってくる!死ぬんじゃないぞ!」
ウィリアムだったらそうしただろう。軽く手を振って、再び前を向いて歩き出す。
この世界では俺は自分を偽り、ウィリアムとして生きる。
修羅のごとく、獰猛な竜の仮面を被る。
さあ、ここから始まるのは俺の人生を、俺自身を取り戻すための戦いだ。
どれだけ時間がかかっても、なにを犠牲にしても。
俺は必ず、元の世界に帰ってやる。
これにて第一章が終了です!
長かったぁ、もっとコンパクトにしようとしたんですけど難しいですね。
お付き合いいただきありがとうございます!
次からは第二章になります。
ぶっちゃけ二章からが本番みたいなところもあるので、ぜひ引き続きよろしくお願いします!
ここまでお読みいただいて、感想やレビューを頂ければ今後の執筆活動に活かしていきたいと思うのでお気軽になんでもどうぞ!
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それではまたお会いしましょう!