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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第四十二話 勇者の花

 



 走る、走る、走る。


 斬って、穿って、焼いて。


 何も考えずに、俺はただ突き進む。


 ひたすらに、アニクアディティ王城へ向かって。


 周囲には、おびただしい数の悪魔たち。

 建物の死角から、曲がり角から、時には上空や地中から。

 そのすべてをことごとくねじ伏せながら、俺は進んだ。


 指揮のことなんて、何も考えず。


 進めば進むほどに、俺は気分が悪くなっていった。


「瘴気が濃い。魔法で防がないとすぐに意識を持っていかれる」


 理由は周囲から漂う強烈な瘴気。

 なんといえばいいのだろうか。気分が悪くなる腐臭にちりちりと肌を焼く感覚が常にまとわりついてくる。


 今はもう城の中に入り、悪魔を蹴散らしながら上に登っている状況だ。


『さすがにこの瘴気の中じゃ、植物なんて生えてこないか』


 目の前の悪魔をまた一体倒し、周囲に敵がいなくなったところで、神器であるクララが言った。


「城の中だしな。生えてきたとしても、きっと気色悪い植物ばっかだろ」

『こんな殺伐としてるんだから、せめて観光くらいはしたいものよね』


 ははっ、とクララの愚痴に思わず笑う。


 クララも本気で言ってるわけじゃない。

 ただ、なごまそうとしてくれているんだろう。

 仲間から離れて、ほぼ半日ずっと足を止めることなく一人で戦い続けている。


 もうすぐ日が沈み始める時間だ。


 でも休むわけにはいかない。今も仲間たちは王位の悪魔の力で強化された軍勢と戦っている。

 被害を抑えるには、一刻も早く悪魔の王を討たねばならない。


 まあでも確かに、クララの言う通り、この瘴気の中、殺伐した光景だけでは嫌になる。


「あと少しで飛行船を落とした魔法が放たれた最上階だ。そこに悪魔の王はいる。その前に一度一休みしよう」

『それがいいわ。疲労した状態じゃ、勝てるものも勝てないし』


 そうして、死角がなく、奇襲ができない場所を探すことにした。

 城内の悪魔を空間魔法で逐一察知しながら安全な場所が無いか探すも、周囲には瘴気ばかりで、少し離れると正確に状況を把握することはできなかった。


 だけど――


「ん?」

『どうしたの?』

「一つ妙な場所がある。瘴気が無い」


 空間魔法だと、城の大部分はもやがかかったように感じるのに、一か所だけ綺麗に瘴気が無い場所があった。


「匂うな……行ってみる」

『気を付けて』


 クララの忠告通り、罠の可能性も考え、十分に警戒して進む。


 だがそんな警戒を嘲笑うかのように、道中には何もなかった。

 なんの妨害もなく、瘴気のない開けた場所に出る。


 ――そこは、城に作られた庭園。


「これはっ……」



 悪魔の城には不釣り合いな見事なオレンジ色の花が一面に咲いていた。



 ――この花は知っている。



「マリーゴールド……」


『綺麗な花ね。知ってるの?』


 ああ、と頷く。

 一応周囲を見渡して敵の姿が無いことを確認すると、俺はしゃがんで一輪手に取った。


「マリーゴールド。名前の由来は『聖母マリアの黄金の花』。聖母マリアっていうのは、俺の世界の宗教における神の関係者みたいなもんだ。聖母マリアの祝日に必ず咲くから、こういう名前になったんだ」

『へぇ。よく知ってるわね。あなたって意外にロマンチストね?』

「現実知ってるから、夢を見たくなるんだよ。つっても、俺は自分をロマンチストと思ったことはないけどな。花についてだって、俺じゃなくて昔一緒にいたソフィアの記憶によるもんだ」


 むしろ俺は、自分をリアリストだと思って生きている。

 抱く夢も相応だ。

 言ってしまえば、俺はつまらない人間だ。


 花を見て、いろいろな知識を思い出すたびに、俺はソフィアを思い出す。

 彼女はきっと、俺より大きな夢を持っていただろう。

 残念ながら、彼女の夢に関する記憶はもらってない。きっとオスカーが持っているはずだ。


 ソフィアは俺より賢かった、強かった。

 だけど彼女はもういない。

 だから彼女の分まで、俺は生きなければならない。そうすれば、彼女はきっと生き続けられるから。


『ソフィアさんか。きっとかわいい人だったのね。私も花が好きなんだけど、この花は初めてだわ。花言葉とかあるの?』


 マリーゴールドの花言葉はたしか……。


「マリーゴールドの花言葉は『可憐な愛情』、『変わらぬ愛』、あと……『勇者』だったかな」


 へぇっ、とクララが驚いた声を出した。


『勇者だなんて、あなたにピッタリじゃない。一輪摘んでいったら?』

「いや、不吉だろ」

『どうして? いい花じゃない』

「そりゃ悪魔の城の中でぽつんと咲いてるんだぞ? 不気味じゃないか」


 周囲を見渡しても、やっぱり悪魔の姿はない。

 こんなに瘴気があふれて、しかも悪魔の王がいるはずなのに。


『それが逆にいいんじゃない。こんな悪環境、逆境の中でも立派に咲いてるんだから。瘴気の中で勇者の花が咲くように、きっと私たちもうまくいくわ』

「……そういうもんか」


 言われてみれば、確かにぴったりかもしれない。


 ……でも、マリーゴールドにはあともう一つの花言葉があった気がする。

 それが思い出せないせいだろうか。

 どことなく嫌な予感がする。


「……まあ、瘴気よけにはなるかもな」


 大丈夫だと、そう自分に言い聞かせて、一輪摘んで懐に入れた。

 気持ちを整理するために、中庭の隅に腰を下ろした。


『ねぇ、聞いてもいいかしら』

「なんだ、改まって」

『どうしてみんなを遠ざけるの?』

「……」


 一瞬、槍をしまってしまおうかと本気で思った。


『今だって、本当はベルちゃんと一緒に戦うべきだってわかってるでしょ? あなたたちの加護は、相性がいい。あなたとその剣の子のように、ベルちゃんがいれば勝てる確率は跳ね上がる』

「……そうだろうな」


 そんなもの、あらためて言われるまでもなく知っている。

 俺達の加護は、互いに補い合うようにできている。


『わかってるなら――』

「一緒にいたくない。それだけだ」

『――っ、どうして?』


 懐から、ベルからもらった《親愛の鈴》を取り出した。

 一度だけなんとなく鳴らして、また懐に入れる。


「ベルのことは信頼している。でも信用できない」


 暗い曇天の空を仰ぎ見る。


「俺から宝玉を奪ったのは、アークノルンの使いの大鷲。『運命』の神の使いだ。あの鷲は転移魔法を使った。俺の知る中で、転移魔法を使えるのはベルがいた魔法使いの里の人間だけだ」

『でもアークノルンは神よ? 魔法の一つである転移魔法なんて、魔法使いだったり神だったりしたら、使えても不思議じゃないわ』

「それだけならよかったよ」


 ……この考えに確証はない。


「アークノルンが飛んで消えた方向には浮島があった」

『浮島?』

「空に浮かぶ大地。そこにおそらく魔法使いの里はある」


 ベルは普通の方法では帰れないと言っていた。

 そして魔法使いはその正体を明かしてはならない。

 となれば、手っ取り早いのは常人ではたどり着けない場所に住むことだ。

 それは、空が飛べなければいけない場所。


 はるか空高くに浮かぶ浮島だ。


「転移魔法は運ぶものの重さ、そして距離に強い影響を受ける。ましてやマナの薄い上空ならもっと難易度はあがる。アークノルンが目的地の近くまで飛んでから転移したと考えれば説明がつく」

『でも、アークノルンは神よ? 私たちの尺度では計れない。あの浮島が魔法使いの里である証拠もない』

「そうかもな。でも可能性はゼロじゃない。それに太古の英雄であるフリッグ・ファグラヴェールとアークノルンには関係がある。娘神の宝玉を取り戻すために、グラノリュースと因縁があるフリッグと手を組む可能性は十分にある」


 十分にあると言っても、全部確証のない憶測だ。

 でも、一度芽生えてしまった疑いはもうぬぐえない。


「……ベルは『運命』だと言われてあの国に来て、俺たちは出会った。……これは偶然か?」


 考えれば考えるほどに、腹が立つ。


「なんでこんな大陸の危機に、娘であるベルの危機に、魔法使いの里の人間たちは協力しない? 異世界の人間である俺がこんなに戦ってるのに、アークノルンたち神は何もしない? ……世界の危機なのに!!」


 周囲に雷が落ちた。


 落ち着こうと、深呼吸を繰り返す。


「……この世界を動かしているのは、『王』じゃない。後ろでこそこそ動いてる『黒い連中』だ。ベルがその一人だとは思わないが、利用されてる可能性はある」

『でもそれはちゃんと話し合えばわかるかもしれないじゃない』

「全部終わってからで十分だ」


 全部が終わるまで、ベルとは少し距離を置く。


『ベルちゃんたちは、絶対にあなたを心配してる。一人で戦うなんて、こんな死にに行くような真似をして。みんな、あなたが死ぬんじゃないかって。……今のあなたは何を考えてるのかわからない』

「人間そんなもんだ。俺だって、この世界の連中がなにを考えてるのかわからない」


 話を切り、立ち上がる。


 休憩もほどほどに、俺はまた悪魔の王へ続く道へと歩き出した。




次回、「裏返し」

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