第四十話 遺すもの、遺されるもの
悪魔の消滅を確認したヴァルグリオは、手甲を服の下で鎧へと戻し、ゆっくりと振り返る。
「グゲギャギャ? ゴイッゲ?」
残ったのは、大きすぎる瞳を持つフクロウのような異形の悪魔ナベリウスだけ。
吹き飛ばされ、離れた位置に倒れこんでいたナベリウスは周囲を見て、相棒である悪魔がいないことに気づく。
「ガブッ? ギヒギギャ?」
「残りは貴様だけだ。おとなしくするがよい」
「ゴイガゲ? ギッ……」
混乱した様子のナベリウス。
ヴァルグリオはその隙を逃さず、鉄球を大砲へと変え、放った。
目にもとまらぬ砲弾がナベリウスに迫る。
――が。
「ギャーーーー!!!!」
その瞬間、ありえないほど膨らんだナベリウスの肉体から放たれる咆哮。
「む!? ぬぅ!」
地面を震わす大咆哮で、圧倒的な質量を誇るはずのヴァルグリオの砲弾が、本人ごと吹き飛ばされた。
「ギギ! ゴズ!」
飛ばされ受け身を取って着地したヴァルグリオは、すぐさまナベリウスがいたところを見た。
「なにっ!」
そこにナベリウスはいなかった。
ヴァルグリオの小さな体に影が差す。
――巨大で異形の悪魔がすぐ後ろにいた。
生物のように脈打つ無数の刃物が生えた腕が振り下ろされた。
ヴァルグリオは腕を構え、防御態勢を取る。
刃纏う剛腕が振り下ろされるも、ヴァルグリオは潰されることはなく防ぎきり、鎧と刃がぶつかる甲高い音が鳴る。
ただ――
「ぐっ!! おのれ!」
あまりの怪力に、ヴァルグリオの足元の地面が割れた。
さらに、異変は続く。
「鎧までもか!!」
ヴァルグリオがまとっていた変化する鎧が、まるで液体が吸われるようにナベリウスへと流れていく。
ナベリウスの全身が銀色の鎧に包まれる。
ヴァルグリオから奪った鎧の特性をそのままに、ナベリウスは鎧を手甲に変化させた。
まるで巨大な大岩のように変化したナベリウスの腕が、再びヴァルグリオに向けて振り下ろされる。
圧倒的な質量、重量。
これは受けられない。
ヴァルグリオは横っ飛びで回避すると、さっきまでいた場所に拳が振り下ろされ、地面に深い亀裂が走った。
「なんと! これほどまでか、高位悪魔!!」
ヴァルグリオは歯噛みした。
接近戦は危険と判断した彼は、手に持った鉄球を大砲へと変化させる。
「物理が吸収されるならば、これならどうだ!!」
大砲を放つ。
高位悪魔すら容易く葬れるの砲撃がナベリウスに直撃した。
しかし――
「おのれ……」
ナベリウスは無傷だった。
全身に纏うドワーフの鎧によって。
「遠距離も効かず、物理も無効。……我が武器ながらなんとも頼もしいものだ」
ヴァルグリオの額に汗が伝う。
「グギャギ!!! ギア!!」
「悪魔も友をやられれば怒るのであるか。その痛みを理解できるならば、このような戦など起こることなどあるまいに」
ナベリウスは再び左手は大岩のごとき手甲へ変化させ、右手には乱雑に生えた無数の刃物を携え、突進しだした。
「刺し違えてでも、貴様の腕、砕き落としてくれる!!」
ヴァルグリオも武具を鉄球へと変化させ、振るった。
防御など考えない、ただ自らの武具を取り戻すために、左手のみを狙って。
ぶつかるドワーフと悪魔。
先に届くはドワーフの鉄球。
横から薙ぎ払うように振るわれた鉄球は、しかし、高く跳躍したナベリウスにあっさりと躱される。
そして――
「ゲアアアアア!!!!」
また放たれた巨大な咆哮。
あまりの威力に、ヴァルグリオはほんのわずかにたたらを踏んだ。
そのほんのわずかな隙によって、ヴァルグリオは避けることができなかった。
上空から全体重をかけて振り下ろされる渾身の手甲。
咄嗟にヴァルグリオは鉄球を大楯に変化させる。
――しかし、まともに受けてしまった。
「ぐぬぅ!!」
聖人であり、体格そのものも優れるヴァルグリオがひざを折る。
骨は軋み、肉は裂け、鼻血が吹き出す。
それでもまだ、必死に歯を食いしばって耐え凌ぐ。
未だ倒れぬヴァルグリオへ、ナベリウスは刃が乱れ生えた右手で、大楯をひっかいた。
レオエイダンの技術の粋を集めた大盾の表面に、決して浅くない傷がつく。
「ヌゥウウ!!」
衝撃によってか、はたまた盾が削れる音によってか、ヴァルグリオが苦悶の声を上げた。
彼は状況を打破することもできず、一気に劣勢に立たされる。
何度も腕は振り下ろされ、幾度も盾は傷つけられ、ついにほんの僅か、盾に確実な空いた。
小さな穴から悪魔の大きな瞳がじろりと覗く。
「ぐっ! ……ここまでか?」
ヴァルグリオは覚悟を決める。
――そのときだった。
「ぬおおおお!!」
「ゲゲッ!?」
ヴァルグリオではない、まだ若いドワーフの叫び声。
突如現れた青年によって、ナベリウスの左手が切り落とされた。
乱入者の存在に、ナベリウスは一瞬怯む。
乱入者は立ち上がり、その隙を逃さず盾でナベリウスを殴り飛ばし、ヴァルグリオから悪魔を引きはがす。
「はぁはぁ」
「ヴァルグリオ! 大丈夫か!?」
盾によりかかり荒い息を吐いていたヴァルグリオに駆け寄ってきたのは、まだ若いドワーフ。
緋色に輝く剣、そして盾にはドワーフ王家の紋。
右翼の応援に向かっていたはずのアルヴェリクだった。
「王子、なぜここへ!?」
「右翼への応援ならばすでに向かわせている! だが直後にこちらで爆発が起きたことを見て、すぐに来たのだ! やはり高位悪魔がここにも現れたようだな!」
逃げようともせずに、悪魔に向かって剣を構えるアルヴェリク。
「すぐにお逃げください! 無礼を承知で申し上げまするが、王子にかなう相手ではありませぬ!」
「そんなことはわかっている!!」
ヴァルグリオの言葉を遮り、叫ぶアルヴェリク。
上官と部下という立場を忘れ、2人は互いの想いをぶつけ合う。
「この身の価値など、誰よりもこの私が理解している! だからこそ! 私がここに残らねばならないのだ!」
「何をおっしゃるか! 我らドワーフにとって、この場で御身に勝る御仁など他にはおりませぬ! 王子はこの先の我が国にとってなくてはならない存在ですぞ! この場で失うわけにはいきませぬ! 我が時間を稼ぎますので、御身は退避を! レイゲン殿を――」
「私の代わりなどいくらでもいるのだ!!」
連合軍の将軍と部下。
そんな関係ではなく、一国の王子アルヴェリクと、その王子の幼少のころから面倒を見ていたヴァルグリオ。
昔から家族のように触れ合っていた二人。
聖人を称えるレオエイダンで、国王以外で唯一の聖人であるヴァルグリオは王族に近い地位にいた。
幼少の頃のアルヴェリクやアグニータの教育係を務めたこともある。
だからこそ、ヴァルグリオは知っている。
アルヴェリクの命の価値を。
そして、アルヴェリクも知っている。
ヴァルグリオの存在の大きさを。
「私の代わりはいくらでもいる。王子でありながらも、いまだ半聖人である出来損ないの王子。そんな私がいなくなったところで代わりなどいるのだ。だが! 聖人であるヴァルグリオに代わりなどいない! この戦いに勝つには、お前が必要だ!」
ヴァルグリオは唇をかむ。
「王子……この老骨に対して余りあるお言葉、感無量でございます。ですが、それは御身にも言えること。王子がいなければ、たとえこの戦に勝てたとしても、レオエイダンに未来はありませぬ」
「何をいう。レオエイダンは、我らが祖国は、私一人いなくなった程度で揺らぐほどやわではない。何よりアグニータがいる」
2人から少し離れた場所で、ナベリウスが立ち上がり、怒りを込めた視線で二人を睨む。
2人も攻撃に備えて各々の武器を構える。
「あの困っしゃくれた賢い妹は、私がいなくなってもうまく国を治めるだろう。業腹ではあるが、この軍の総大将と懇意にしているらしいしな。私がいなくともきっとうまくやる」
「何をおっしゃるか、王女はいまだ夢見がちですぞ。王子がいなければ何をしでかすかわかりませぬ、現に留守をお任せする際にはひと暴れなさったではないですか」
「ならばそれは教育係に再教育をお願いするしかないな」
「御冗談を」
二人はフッと笑う。
そして、ナベリウスが右手の刃物を大きく広げて襲い掛かった。
ぼろぼろの、いつ壊れてもおかしくない大盾を構えたヴァルグリオをかばうように前に出たアルヴェリクは、肩、ひじ、手首の3点でどっしりと盾を構えて、ナベリウスの攻撃を防ぐ。
ただヴァルグリオに勝るほどの怪力を誇るナベリウスが相手では、半聖人であるアルヴェリクにかなうはずもなく、そのまま吹き飛ばされてしまった。
それでも受け身を取り、すぐさまもう片方の剣で切りかかる。
「はあぁ!!」
「ゲギ!」
「ぐっ、まだまだ!」
弾かれても、負けじと何度も切りかかるアルヴェリク。
ヴァルグリオはその間に砕けていた大盾のかけらを集めていた。
何度もアルヴェリクの様子を見ながら、必要最低限の武器のかけらを集めると大盾に押し付ける。
すると金属片が液体になり、大盾に取り込まれて刻まれていた亀裂が徐々に戻る。
完全な修復には程遠いものの、最低限の量のかけらを集め終えたヴァルグリオは大盾を大砲へと変化させた。
「ギギッ?」
視界の片隅で大砲を視認したナベリウスは、すぐさま標的をアルヴェリクからヴァルグリオに変更する。
ずんぐりとした体形に有り余る怪力、それに見合わぬほどの速さにアルヴェリクは置いて行かれ、ヴァルグリオは大砲の照準を合わせる前にナベリウスに襲われた。
「ゴガグ!」
「なに? おのれ!」
思わず大砲から離れて、ナベリウスの攻撃を転がるようにして避けるヴァルグリオ。
離れたことでがら空きになった大砲を、唯一自分を殺すことができる兵器をナベリウスは腕を一振りするだけで破壊した。
対抗するための手段を失ったことで、ヴァルグリオは歯噛みした。
「ヴァルグリオ!!」
「来てはなりません!」
アルヴェリクが駆け寄ろうとするのを、ヴァルグリオ自身が制止する。
「ギギ!」
降り降ろされる悪魔の腕。
生き物のように脈打つ大量の刃物によってできているその腕に当たれば、いかに頑丈な聖人といえどただでは済まない。
おそらく一瞬で細切れだろうと、ヴァルグリオは直感する。
だがその腕が振り下ろされるよりも早く破裂音が響き、ナベリウスの腕を形成する刃が砕けた。
「父よ、ご無事か!?」
それはもう1人の、まだ若きドワーフの英雄。
「ヴァルドロ!? なぜ来た!? ここは危険だ。高位悪魔に対抗できないものは退避せい!」
「見捨てられるものか! 今撃たねば、我が軍の代表が死ぬところであったのだ! 何をためらうことがあろうか!」
「――ッ!」
普段は寡黙なヴァルドロの怒声に目を見開くヴァルグリオ。
だがすぐにナベリウスが再び攻撃して来ようとしたため、ヴァルグリオは転がることで退避した。
ヴァルドロの援護によって、ヴァルグリオは二人の青年の元に駆け寄った。
「よいか、高位悪魔にいくら雑兵がいようと勝てぬ。我ですら厳しい相手、すぐにレイゲン殿に知らせ、増援を――」
「すでに呼んでいます。だからこそ私がここに来たのです、父よ。もう少し、もう少しで応援が来ます。今しばらく耐え凌ぐ」
ヴァルグリオの左右を固めるアルヴェリクとヴァルドロ。
手勢は増えた。
しかし状況は変わらない。
ナベリウスの圧倒的な膂力、そしてそれから繰り出される速度と攻撃になす術がないこと。
攻撃を防ぐことができる唯一の武器であったヴァルグリオの武器が砕けている今、耐え凌ぐことすら困難だった。
剣と盾を持つアルヴェリクと盾と銃を構えるヴァルドロ。
そして武器を持たないヴァルグリオ。
「あの悪魔、腕を切り落とされてから、武具を吸収しないようだ」
「おそらく鉄球や盾はあの腕では使いにくいのだろう。砲も同様だ。あの悪魔が吸収できるのは、あの刃でできた腕で使える武具に限るということか」
冷静に分析する二人。
ヴァルグリオは一瞬だけ思考する。
そして、決断した。
「王子、ヴァルドロ、すまぬが我が武器の欠片をあつめてもらえぬか? 我が敵を引き付ける故」
「なに!?」
「父は今防具も武具も持っておりませぬ! 対抗することなど――」
「あの悪魔を前に半端な武具など無意味、であれば聖人である我が肉体がここにある最高の武具であり防具である。我にしか足止めはできぬ故、早く」
有無を言わせぬ口調に、二人は唇をかんだ。
そして、
「……わかった」
アルヴェリクは頷いた。
「アルヴェリク王子!?」
「父を想うならすぐに動け! ヴァルドロ!」
ヴァルグリオの意を汲んだアルヴェリクはヴァルドロを叱咤し、ヴァルグリオの指示通りに動く。
離れ際にヴァルグリオに自らの盾と剣を投げ渡て――
「気休めかもしれないが、ないよりマシだろう?」
「かたじけない、王子。この礼は必ず……」
「当然だ、生きて返せ。まだ教わりたいことがたくさんあるのだから」
そうして、二人は離れた場所で破損したヴァルグリオの武具の欠片を集めに行った。
幼いころから知っている二人の若者を見て、窮地であるにもかかわらず、ヴァルグリオは笑う。
「驚きの連続だ……若者たちの勇気よ。彼らの勇気が、この世界の未来に幸運をもたらすだろう」
幼くまだ頼りないと思っていた王子と息子。
それがこんなにも強くなったのか。
彼らのために、自分は何ができるのか。
特殊な液体金属によってできた武器は欠片を集めただけで再生する。集めさえすればまた復活ができる。
それは悪魔も理解していた。
「グゴゴゴォ!!!」
「やらせぬ!」
悪魔が超人的な速度で二人に襲い掛かろうとするも、その動きを読んでいたヴァルグリオが邪魔をした。
アルヴェリクが使っていた武具も一級品であり、並みの盾や剣よりも優れている。
それでもナベリウスを前にしては、まるでおもちゃのようにボロボロになっていく。
「ゲゲグゴガアアア!!」
「ぐ、ぬぅん!!」
盾や剣を傷つけないように受け流そうと細心の注意を払っても、武具は吸われ、盾は削れていく。
ちらりと2人を見る。
徐々に武器が直ってきている。
だがまだかかる。
武器が直るよりも先にヴァルグリオの持つ盾が壊れた。
「情けない! かの御仁であれば、もっとうまく防げるだろうに!!」
誰よりも防御が上手い、肩を並べて戦ったあの男。
かつてはその実力を信じられず疑った。
それが今では、誰よりも頼もしく先陣を切って人類を導いている。
一度手合わせをしたときに、自分の攻撃が柳に風のように、時には巨大な壁にぶつかるように防がれて、そして手に持つ槍の鋭さに負けないほどの速さで繰り出される反撃に、ヴァルグリオは驚いたことがある。
アルヴェリクから借りた剣すら破壊されて、再び丸腰になったヴァルグリオ。
「まだか!?」
「も、もう少しです!」
ヴァルドロの必死な叫び。
一国の王子が必死な形相で汗水たらして、地面に落ちた金属を拾い集めている。
その姿を見て、ヴァルグリオは覚悟を決めた。
同時に嘆く。
「不甲斐ない! 不甲斐ない!! だがそれでも! 我はレオエイダンのドワーフ! 誇り高き戦士の1人!」
ナベリウスの腕が突き出される。
幾重もの銀刃が閃き、ヴァルグリオの樽のような分厚い体が貫かれる。
「ギギィ!! ガグ!?」
「捕らえた。逃さぬ」
血反吐を吐きながら、胴を貫いたナベリウスの野太い腕を両腕で押さえつける。
「地獄への道行、共を頼もうか、悪魔ども!」
「ギャギャゴ!」
暴れる腕の刃ごと、ヴァルグリオは抱えるようにして抑え込む。
脈打つ刃物でできているその腕を抑え込むことは当然、ヴァルグリオにも傷が入るということ。
付けていた籠手も胴鎧も壊れ、下着もはげる。
ヴァルグリオの老練な体がむき出しになり、肉体が削れる。
それでもヴァルグリオは倒れない。
いつしかその体は、白く淡い輝きを放っていた。
――ヴァルグリオの守護の加護。
「摘ませはせぬ。我らが希望、我らが栄光。……我の夢。未来の芽を育むことが枯れ木の役目!」
一際踏ん張り、抑え込む腕に力を入れる。
ナベリウスの刃物でできた腕にひびが入り、折れる。
「ヴァルグリオ!!」
「父上!?」
全ての欠片を集め終わったアルヴェリクとヴァルドロが目を剥いた。
「う、撃てェェェェ!!!」
ヴァルグリオと悪魔が密着したことで二人は撃つことをためらった。
その隙にナベリウスは必死にヴァルグリオを引きはがそうともがきだす。
「ギギィィイイイ!」
「今を逃せば捕らえられぬ! 撃て!」
血が出るほど唇を噛みながら――
「ヴァルグリオーー!!!」
「父上ーー!!」
二人は引き金を引いた。
戦場に閃光が迸る―――
◆
――ああ、身体が崩れていく。
――この身はここまでであるか。
――だが満足だ、もう何もいらぬ。
ヴァルグリオは空を仰ぎ見て想う。
聖人として長く生き、レオエイダンという国に永く仕えたこと。
それがなによりも誇らしい。
ただ一つ、心残りがあった。
「父上……申し、わけ、ありませぬ」
「ヴァルグリオ。まだ武器を返してもらっておらぬ。まだ死なれては、困る」
倒れているヴァルグリオを覗き込むように、ヴァルドロとアルヴェリクが涙を流す。
2人の涙がヴァルグリオの頬に流れる。
霞む視界で2人の顔を見て、ヴァルグリオは笑みを浮かべた。
「王子……申し開き、も……できませぬ。不出来な我が身を、お許しください」
「許す、だから、戻ってこい。帰って、またいろいろ教えてくれ。……アグニータも父上も母上も、お前の帰りを待っているぞ。まだ、レオ、エイダンには……お前が……必要だ」
「その言葉だけで、我にとっては、至上の誉れ、ですな……もう思い残すこともありませぬ」
その言葉に、凛々しい顔つきのアルヴェリクは顔をくしゃりと歪ませ、堰を切らしたように嗚咽と涙をこぼし、ヴァルグリオの穴の空いた胴体に縋りつく。
ヴァルグリオはアルヴェリクの肩に手をやって、息子であるヴァルドロを見た。
「ヴァルド、ロ」
「はい、父よ。私はここにいます……ずっと、ここにいます」
父の分厚い手を、自らの頬にあてて――
「不出来な父で……悪いな」
「何をおっしゃいますか。こんなにも、偉大で、誇らしい父を、私は他に知りませぬ……もっと、いろいろなことを知りたかった。その背中を見ていたかった」
「そう、か。父として、いられたか。よかった……ヴァルドロよ、最後にいっておき、たいことが、ある」
喉にたまった血を吐きながら、血の涙を流しながら。
それでも穏やかな笑みを浮かべて――
「母に……妻に、愛していたと伝えてくれ。無論、お前も……お前の父で居られて……我の子に生まれてくれて……本当にありがとう」
その言葉に、ヴァルドロも滝のような涙を流す。
震え、血の気も失せた腕をあげようと、しかしその力がもうないヴァルグリオの腕。
その腕を両手で包みながら泣き声をあげる。
「王子を……家族を、頼む」
「はい、はい……お任せください。どうか安心して、安らかにお休みを……」
――腕から完全に力が抜ける。
聖人であるヴァルグリオの体から神気が消えて、身体が淡く光りながら消えていく。
後に残ったのは、激戦の後に荒れ果てた荒野で、幼子のように泣き叫ぶ、2人のまだ幼い英雄だけだった。
――はるか上空で。
「回収完了」
次回、「破壊の創造」




