第三十九話 穴二つ
「墜落した飛行船を囲うように陣を組め! 救出作業が終わるまで敵を近づけるな!」
戦場の中央では、ヴァルグリオ率いる第四軍団が墜落した飛行船の周囲を囲うように陣を組み、襲い掛かってくる悪魔たちに対処していた。
軍団を指揮するヴァルグリオの元に、同じくドワーフのある一人の男が報告にやってきた。
「元帥、残念ながら飛行船の乗組員に生き残りは確認できません。おそらくは……」
「全滅か。それとアルヴェリク。ここでは我は元帥ではなく軍団長だ」
「はっ、失礼いたしました」
そのドワーフの名はアルヴェリク。
レオエイダン王族の王太子。
アグニータの兄であった。
アルヴェリクは顔を上げ、熱のこもった目をヴァルグリオへ向けた。
「それでこのあとは? 飛行船の墜落現場から離れ、我らも先行しているウィリアム総大将に続くべきかと具申しますが。飛行船がいなくなったとはいえ、結界が消えた今こそ、攻め時であると」
「ならぬ。我らが任されているのは先行する軍団の退路の確保、両翼の軍団への支援故。我らが攻めてしまってはすべての軍団の足並みが崩れる」
「ですが! この機を逃しては!」
「ならぬ!」
アルヴェリクの進言を切り捨てるヴァルグリオ。
アルヴェリクは悔しそうにしながらも、大人しく引き下がる。
今回の作戦には、ドワーフ王族の半数以上が参戦している。
王たるもの先陣を切り、兵を導いてこその王とする風習があるためだった。
アグニータや王妃が参加していないのは、王族の血を絶やさないため。
アルヴェリクが参戦しているのは先の理由もあるが、いまだ半聖人であるアルヴェリクが王になるために、聖人に至るためでもあった。
数えきれないほどの戦いの果て、人は聖人へと至る。
そう考えられているために、聖人を目指すドワーフの多くは今回の戦いに参加していた。
彼もその一人。
王族ということで充実した教育を受けたアルヴェリクに足りないのは、聖人としての肉体ただ一つ。
まだ若く勇み足のアルヴェリクをヴァルグリオは諫める。
アルヴェリクが下がったところで、また一人、ヴァルグリオに進言するドワーフが現れる。
「閣下、右翼が支援を求めてきています。ハードヴィー軍団長が高位悪魔に囲われたとのこと。また左翼も支援を求めてきましたが、ヴェルナー中佐が向かわれるようです」
そのドワーフもまた、ヴァルグリオの親類。
口を覆う長いひげに、理性を感じる大人しい口調。
「ふむ、ヴァルドロ。貴様ならどうする」
ヴァルグリオの息子である元特務師団のヴァルドロだった。
彼は父からの問いに、首を横に振る。
「それは私が考えることではないかと」
ヴァルドロの解答に対して、ヴァルグリオはわずかに眉を顰める。
しかし、すぐに二人に指示を出す。
「右翼へ応援を送る。規模は精鋭を大隊規模、人選はアルヴェリク中将に任せる故、迅速に対応せよ」
「はっ」
すぐさまアルヴェリクがその場を後にする。
(アルヴェリク殿下は戦意旺盛が過ぎる、たいしてヴァルドロは消極的すぎる)
ため息をこらえながら、ヴァルグリオは二人から目を切り、遠くを見やる。
視線の先には、禍々しいアニクアディティ王城。
城の最上部、塔の先端は内部からの攻撃により崩れ、中の部屋がむき出しになっていた。
遠くてそこに何があるか、ヴァルグリオの位置からは見えない。
(鬼が出るか蛇が出るか。二人はレオエイダンの未来を背負う者。ここで死なせるわけにはいかぬ。わが身命を賭して、二人を、祖国の未来を守らなければならぬ)
誓いを胸にした、そのときだった。
「――! 総員! 伏せよ!」
ヴァルグリオの腹から放つ大声が戦場に響く。
――直後、それ以上の大爆音が辺り一面に連鎖的に鳴り響いた。
ヴァルグリオはそばにいたヴァルドロの頭を押さえつけ、地面に伏せる。
あたりの土が赤く着色されて高くまで吹き上がり、周囲一面が土煙に覆われ、視界がふさがれる。
地面に伏せたまま、土煙が晴れるまで待つ。
そして、晴れた後にいたのは――
「おっ、生き残りがいるとは。もしかして当たりかな?」
「ガッゴギ、グガ」
「そうだな、結局ぶっ殺すだけだ」
二体の悪魔。
一体は流ちょうに話す一見人間と見まごう姿をした青年風の悪魔。
もう一体は対照的に人間には全く見えない、クマとフクロウを混ぜ合わせたような手足の生えた楕円形の体をしていた。
その四肢からは様々な武器が生えていた。
まるでそのあたりに落ちている武器を拾い、寄せ集めたように。
おぞましい瘴気、あまりに異様。
「ヴァルドロ、すぐに兵を引き連れ下がれ。レイゲン殿に指示を仰ぐのだ」
「……承り申した」
ヴァルドロは少しの間、返事を渋った。
しかし、すぐに指示通りに動き出す。
悪魔はヴァルドロよりもヴァルグリオに興味を示したようで、下がっていくヴァルドロを追うことはしなかった。
ヴァルグリオは、自身で作り出した愛用の武器、銀色に鈍く光る鉄球をじゃらりと垂らす。
「面白そうな武器を持ってるな。ナベリウス、いい獲物がいるぞ」
「ウゥアグ、ギャグ!」
ヴァルグリオの武器を見た悪魔二体は興味を示した。
異形のナベリウスと呼ばれた悪魔が体から生えた武器を、まるで体が脈打つように、生物のようにぎちぎちと鳴らす。
ヴァルグリオは対話することもなく、鍛え上げられた聖人の体から出される人並外れた化け物じみた筋力を存分に生かして、非常に重量のある鉄球を目にもとまらぬ速度で繰り出した。
まさに破壊の嵐が吹き荒れる。
しかし、悪魔たちはヴァルグリオの弱点をあっさりと見抜く。
「劣等種である人間どもは自力で空も飛べないんだよな。ちょっと空を飛べばすぐに攻撃が届かなくなる。それを克服するためのあの飛行船だったんだろうが、落ちてしまえばこのざまだ」
「ギャギャ」
悪魔たちは、ヴァルグリオの攻撃が届かない上空に退避した。
「一人空を飛べる魔法使いがいたみたいだが、聞いた話じゃ小娘らしい。カスピエルさんが向かったからまあ負けることはない。お前たちは負けたんだ。おとなしくしたらどうだ? そうすれば苦しませずに楽にしてやれるぞ?」
空中に退避する悪魔に攻撃を届かせようとヴァルグリオは工夫を凝らす。
足場を作ったり、近くにある大岩を砕き悪魔へ飛ばしたりと。
しかし、その攻撃も悪魔たちはたやすく防ぐ。
反撃とばかりに、青年のほうの悪魔は魔法で周囲一帯を爆発させる。
再び周囲に塵が舞う。
風で晴れると、そこには身を包むほどの大盾を構えたヴァルグリオ。
鉄球から盾へ、一瞬で変化した武器。
悪魔たちは興奮して目を血走らせ、その武器を観察し始めた。
「へぇ! すごいな! 魔法が使えない分、そういったところは工夫を凝らしてるようだ。あの空飛ぶ乗り物を作ったのは君たちドワーフかな? やっぱりレオエイダンを攻めるのは俺たちに任せてほしいな、なあナベリウス。そしたらもっと強くなれるぞ」
「ギギ!」
鉄球に戻し、振り回すも、すぐさま攻撃範囲ギリギリから外れる距離に悪魔は退避する。
爆発、防ぐ、攻撃、回避を幾度も繰り返す。
爆発のたびに、あたりは土埃にまみれ地面には穴が開く。ヴァルグリオが攻撃しても悪魔たちは攻撃が届かないぎりぎりで避ける。
互いに攻めあぐねているかのような均衡、しかし悪魔には余裕があった。
「何度やっても同じだよ。攻撃が届かないんだから俺たちには勝てない。こちらの攻撃は届く。盾があろうが魔法がある悪魔に使えない人間が勝てるわけがない。さあ、もう君の武器については大体わかった。圧倒的な質量と重量を持ち、いくつかの形態に変化する武器。おもしろい機能だ。面白いけどもそれだけだ。それなら別種の武器を持ち歩けばいいだけ。最初は珍しさから欲しいと思ったけど、なんかいいや。うん、もう終わらせよう」
「ガッガッガ!」
悪魔の言葉にヴァルグリオは不快げに眉を潜ませる。
「我がレオエイダンの叡智の結晶たるこの武器を侮ることなど、相手がたとえ誰であろうと許さぬぞ」
「許さないからなんだっていうのさ。残念だけど俺たちは君への興味をほとんどなくしているよ。その武器はユニークだからナベリウスがもらってあげるけど、それだけさ」
「たったこれだけでこの武器をすべて理解できたつもりでいると? 笑止千万、この武器の深奥、破壊しか生み出さぬ貴様らには理解などできるはずもなし」
ヴァルグリオの声には怒りが滲んでいた。
「ならやってみせなよ。残り一度だけ機会を上げよう。だがそれを逃せば君に待つのは死だ」
悪魔が挑発するように笑って手招きをする。
ヴァルグリオはただ鎖を握り締めて、攻撃が届くように一歩踏み出し上から振り下ろすように振るう。
「残念、つまらない」
間合いを見切っていた悪魔はヴァルグリオが一歩踏み込んだ分だけ下がる。それだけで避けられると経験と予測で判断していた。
同時に、ナベリウスが武具を吸収しようと鉄球に向かっていく。
――ここで武具の形が変わる。
鉄球は大砲へ。
「ッ! ナベリウス! 避けろ!」
「グギャッ!」
咄嗟にナベリウスは飛ぶようにして退避する。
しかし、放たれた大砲は悪魔の想像を超えており、避けたはずのナベリウスは衝撃によって吹き飛ばされる。
「――ッ!」
強力な大砲によってまた周囲に土煙が巻き上がる。
視界が悪くなり、大砲を盾に戻して警戒するヴァルグリオ。
しかし――
「取った」
背後から悪魔が迫る。
音もなく気配もなく、その姿すら見えず。
確実に悪魔の凶刃がヴァルグリオの心臓を貫いた。
――はずだった。
「捕まえた」
「なにっ!?」
背後から来た悪魔の腕を、ヴァルグリオが掴む。
刺されたはずのヴァルグリオは、未だ意気軒昂の無傷だった。
「なんだ! どういうことだ!?」
ヴァルグリオは笑う。
「我が武具が一つといつ言った?」
「――!?」
悪魔が咄嗟に退避しようとした瞬間。
「貫け」
ヴァルグリオの体から無数の針が飛び出して、悪魔の体を貫いた。
「ェアッ!?」
串刺しになりながらも、理解できないと言った顔を浮かべる悪魔。
「武具とは手に持つのみならず、纏うものもまた武具である。では――」
無数の棘が無くなり、代わりにヴァルグリオの拳に大きな手甲が現れる。
「さらばだ、悪魔」
勢いよく手甲で殴りつける。
ボロボロだった悪魔は、今度こそ灰へと還っていった。
次回、「遺すもの、遺されるもの」




