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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第三十六話 異変

 



 日中の攻防が終わり、空には夜の帳が降りる。

 人類側の軍の後方、数日前まではただの荒野だった場所に、立派な防壁を構えた拠点が出来上がっていた。

 その拠点の中で、連合軍の指揮官たちはその日の戦果を報告し合う。


「進軍距離はおよそ3000、高位悪魔の討伐数は4か」

「左翼に回した軍団の被害が大きいな。やはりヒュドラといった魔物の存在は脅威であったか」

「だがその魔物も操っていた悪魔も討伐された。明日は被害を抑えて進軍できる」

「しかし高位悪魔が今日出たので全部だとは限らん。予備戦力を備えている可能性は十分に考えられる」

「対してこちらは対抗できるとされたライナーとシャルロッテ両少佐が負傷した。悪魔に情報が知られ、対策されるとなれば厳しいぞ」


 各将軍たちが報告し合う。

 その顔は一様に、深い皺が刻まれていた。


 外ではいまだに、戦闘の音が響く。


 悪魔は睡眠を必要としないのに対して、人類側には休息が必要であり、初日での拠点の構築は最重要事項だった。


「でも砦は無事に完成しました。明日からは一個師団が参戦できます。初日としては上々の結果では?」


 武官の一人が意見を述べた。

 その意見に、部屋にいた者たちの多くが頷き、自信に満ちた笑みを浮かべる。


 しかし、ウィリアムは眉間にしわを寄せ、目を瞑った。


「怪しいな……」

「司令?」

「ああ、いや、なんでもない」


 ウィリアムは目を開け、部屋にいる者たちを見渡す。

 部屋の中には、数十人の幹部達。大陸中から選りすぐった精鋭中の精鋭。


 そんな精鋭のなかにも負傷しているものがいる。


 ――だが、開戦前と同様に、無傷で毅然としているものもいた。


「こちらの対高位悪魔戦力の被害はゼロ、向こうはすでに4体だ。このまま行けば自ずと勝敗は決するだろう」


 高位悪魔に集中的に狙われたにも関わらず、まったく疲労を感じさせないたたずまいのレイゲンが言った。


 自信あふれる彼の発言に、幾人もの将校がおお、と感嘆の息を吐く。

 しかし、中には疑問を呈す物もいる。


「さて、高位悪魔が全員討伐されるまでに我が軍勢は持つか、それが問題だ。対抗できるといっても向こうは宙を自在に飛行し、機動力がある。たいしてこちらは後手に出るしかない。いかに対抗戦力が無事であろうと一般戦力が削られては戦争など続けられない」


 右翼の軍団を指揮するエデルベアグ。

 彼の疑問に、レイゲンは不敵に笑い、地図の上のある地点を指さした。


「簡単なことよ。どこにくるかわからないのなら、奴らが来るように仕向ければよい。おあつらえ向きにこちらにはそれに適したモノがあるのだからな」


 指差したのは、飛行船軍団。

 そこにある魔女の帽子。


「あの小娘に仕事をしてもらう」


 一瞬だけ、会議室が沈黙に包まれる。


「小娘は対抗できるだけの力を持っている。使わない手はない。悪魔には睡眠も食事も必要がない。さらに時間が経てば討伐した悪魔たちも復活して再び戦線に加わるだろう。ならばやはり短期決戦しかない」

「つまり、敵の頭を断つと?」

「そうだ」


 地図上の駒を動かしていくレイゲン。

 ウィリアムを含め、各軍団長や参謀、補佐たちはそれを覗き込む。


 初日である今日は、拠点設営のための時間と場所を確保するために、中央と両翼はすべて横に並び、揃ったような陣形を取っていた。

 それにより、戦線の押上げを行い、拠点を設営したのだ。


 しかし、拠点が出来上がったことで、この陣形を取り続ける理由はなくなった。


「突破力を限界まで引き上げる。飛行船を含めた戦力を中央に集め、ひたすら前進だ」


 提案された陣形は平等に並んでいた、悪く言えば戦力を分散していた軍団を1つところに集中させるというもの。

 陣形は三角形、頂点部分がアニクアディティの首都に向かうものだった。


 そして軍団の先頭上空を飛行船部隊が先行する。


「高位悪魔は本陣を攻めてきた。首を取れば、残りを潰すことは容易だと考えたためだろう。悪魔風情でもその程度の知能は併せ持つようだが、この俺がいる限りそれは不可能だ」


 レイゲンは指揮所に直接乗り込んできた高位悪魔を撃退した。

 今回のような奇襲では、四人もの強化された高位悪魔をもってしても、レイゲンがいる指揮所は落とせない。


 ならば次こそは、正攻法で攻めてくるに違いないと。


 さらに連合全体で攻撃的な陣形を取ることで、対処するべきはその先頭にいるウィリアム、そして先行する飛行船軍にいるウィルベルだと判断させる。


 ウィリアムとウィルベル。


 この2人はもっとも高位悪魔に対して優位に戦えるとレイゲンは考えていた。

 レイゲン自身も十分以上に戦えるが、いかんせん空を飛べない。それは高位悪魔に対してはハンデとなる。


 ――業腹だが、とレイゲンは一言添えてウィリアムを見やる。


「これからは勝ちに行く時間となる。当然だが被害も出る。抑えるには貴様が一刻も早く敵本陣に辿り着き、王とやらを討つことが重要だ。本来なら俺が向かいたいところだが、譲ってやる」

「そりゃ嬉しいな、涙がでそうだ」


 ウィリアムがおどけてみせると、将校たちはクスクスと笑う。

 その後は、子細を詰め、会議は終了となった。

 次々と将校たちは持ち場、もしくは私室に戻り休息をとる。


 ただしウィリアム、そしてアイリスだけは最後まで部屋に残った。


「お前も戻れ。俺はここで指揮をする」


 ウィリアムはアイリスにむっつりといった。


「そうだね……でも一つ、話したいことがあってさ」

「そんな暇ない。終わったら全部聞いてやる」

「今話したいんだ。ヴェルナーにライナー、シャルロッテのこととか、これからのこととか――」


 冷たい態度にアイリスは汗をかきながら食らいつく。

 そのとき、


「まだ残っていたか。一応総大将であるという自覚はあるようだな」


 レイゲンが戻ってきた。

 後ろに幾人かの竜人を従えて。


「どうした、交代で休む手筈だったろ?」

「明日から貴様に足を止める時間はない。まともに休めるのは今夜が最後だ。先に休め」


 ウィリアムは少し考え、ああ、と頷いて部屋の出口に向かって足を進めた。

 レイゲンとすれ違うときに――


「逃げるなよ。まだ俺との決着はついていない」

「なんだよそれ、逃げるわけないだろ?」


 その言葉を最後に、ウィリアムは今度こそ部屋を後にした。

 残されたアイリスとレイゲンの目が合う。


「あなたは……何か知ってるの?」


 レイゲンはふんと鼻を鳴らし視線を切った。


「あの男の異変など、とっくに気づいている」

「異変?」


 アイリスがレイゲンに近付くと、側近の竜人たちが身構える。

 レイゲンは手を挙げて部下たちを抑えると、つまらなそうに言った。


「あの男には今、加護が無い」

「加護が無い? どういうこと? 加護は万人が持つ力でしょ?」

「万人が持つということと恒久は同義ではない。あの男は竜と戦った。竜の炎は神気で出来ている。つまり、加護を破壊することができるということだ」


 理解できないと、アイリスは整った眉を細める。


「加護が破壊される? 加護って、破壊できるものじゃ……いや、待って?」


 どこかで、加護について聞いたことがある――

 あれは、どこだったか――


(そうだ、あれは大図書館で、マリナに聞いた――)


『加護は神気を入れるただの箱……中の神気を意思に適した形で吐き出すだけのただの籠』


 まるで水が入れ物によって形を変えるように。

 コップに入れれば飲めるように、じょうろに入れればまけるように、中身の水は役割を変える。


 加護は神気という『水』を、願い通りに吐き出すだけの入れ物に過ぎない。


「加護という入れ物が壊れたあの男に、加護は二度と宿らない」

「そんな――」


 アイリスは目を見開き、息をのむ。


(ウィルにはマリナが付いてる。でも相手は悪魔の王だ。ウィルの加護がなきゃ、ちょっとした傷でも致命傷に繋がる……)


 アイリスは最悪を想像する。

 藁にもすがる思いで、レイゲンに手を伸ばす。


「待ってよ! それじゃあどうしてあなたはウィルを総大将に推したの!? あなたの方が、もしかしたら――」

「たわけ。自らが従う王を信じないのか?」

「――ッ」


 ぴたりと、アイリスの手が止まる。


「あの男の真価が問われるのはここからだ。ここが死ねば、それまでの男だったということだ。ふん、案ずるな。奴が死んでも代わりに俺が悪魔の王を討つ。それだけだ」


 その言葉を最後に、レイゲンはアイリスに完全に背を向ける。

 もう答える気はない。

 その意思を強く感じたアイリスは呆然と立ち尽くす。



「ウィル……あなたがなにを考えてるのか……もうわからないよ」


 ただ悔し気に、唇を噛みながら。




次回、「さよなら、友よ」

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