第三十五話 戦場を貫く槍
高速で戦場を横断する影。
「魔物が多すぎる。火力が必要な地竜はともかく、撃ち落とした飛竜の始末は任せるとしよう」
『そもそも全部を1人で倒すなんて無謀よ。総大将なんて立場なら、人に任せることを覚えなくてはダメよ』
また一体の地竜を倒しながら、ウィリアムは神器であるクララと話していた。
旗を翻し、味方を鼓舞しながら、彼は戦場を蹂躙する。
しかし、ウィリアムの顔はずっと晴れないままだった。
「人に任せたらこのざまだ。当てになんてできないな」
『一人で戦争に勝てるとでも? そんなに戦争は甘くないわ』
「人に任せて勝てるとでも? そんなに敵は甘くない」
『適材適所を覚えなさいということよ。あなたにはあなたの、仲間には仲間の果たすべき役割がある。他の人ができることにまであなたが手を出す必要はないわ』
「わかってるよ。捌け口が欲しいだけさ」
ぼやきながら、ウィリアムは一度足を止め、周囲を見渡した。
「このまま魔物を狩るだけでも、左翼は勢いを取り戻すだろう。いかんせん数が多いが、これでだいぶ減らせた」
『なら後は高位の悪魔ね、場所に見当は?』
クララへの質問の答えを見つけたウィリアムは、目を細める。
「魔物よりも被害が出ていない。なら場所は1つだろうな」
『はぁ、もう少し丁寧に扱ってほしいわ』
クララのボヤキを無視し、ウィリアムはある場所目指して槍を投擲する。
一瞬で遠くに飛んだ槍。
「旗は便利だな。これからずっとつけるか」
またたきの間に、ウィリアムの姿が消え、一瞬で飛んでいる槍の真上に転移した。
飛んでいった先の真下では、激しくぶつかる金属音が鳴り響いていた。
周囲には不思議と悪魔も兵もいない。
激しすぎる戦いに誰も近寄れなかった。
眼下を見下ろすウィリアムの目に飛び込んできたのは――
「私の夢は――!!」
シャルロッテの首に振り下ろされる悪魔の凶刃。
(そうだ、シャルロッテ。お前の夢は――)
まだ終わらない。
「よく耐えた」
盾の華は咲き誇る。
大地の上に、華は咲く。
「こいつらには生きてもらわないと困るんだ」
――《純粋聖華》。
彼が守るのはひたすら一つ。
ただ大切な仲間のために。
◆
目の前にいる、憧れた背中。
(ああ、そうだ。この人はずっと夢を見せてくれる)
空を駆ける竜の紋。
男の背中、そして自身の胸にある誇りの紋章。
それは絶えず、彼らを繋ぎ続けている。
「来たか」
「一度見た顔だな。ずいぶんと忘れていたが」
盾の華がほどけ、ウィリアムとバラキエルは互いの姿を視認した。
悪魔は歪な顔をさらに歪ませる。
「この日をずっと待っていた。こうしてお前と再び戦える日を。なんと喜ばしいことか」
「こんな日が来るなんて思ってもみなかったな。なんてったって忘れてたからな」
「忘れていたなら思い出させてやろう。この生物と大地を司る悪魔バラキエルの名を」
ハルバードを振り回すバラキエル。
ウィリアムも神器の槍を構える。
「生物と大地、なるほど、だからやたら頑丈なうえに魔物を従えているのか。どうやら王とやらの影響か。力を増したみたいだが借り物の力でよくそこまでいい気になれるもんだ」
「借り物だろうと今は私の力だ。何より力を借りているのはお前たちも同じだろう」
ふん、とウィリアムは下らなげに鼻を鳴らす。
そして、背後にいるシャルロッテに意識を向ける。
「シャルロッテ、動けるか?」
「ええ……動きます!」
シャルロッテは歯を食いしばり、強引に立ち上がる。
「ウグッ!!」
「無理するな。そんな場面じゃない」
ウィリアムはバラキエルを警戒しつつ、腰に下げていたもう一つの神器《月の聖女》を抜く。
途端に、白き光が溢れ出し、シャルロッテとライナーの傷が増えていく。
「これでいけるだろ?」
「ええ、ありがとうございます。団長!」
「この屈辱は、必ず返します」
意気揚々と立つシャルロッテ。
目を険しくし、悪魔を睨むライナー。
3人になったことで、バラキエルは手を打った。
「面倒だ。仮面の男以外に興味はない」
途端に現れるのは、ひどい瘴気を纏う魔物たち。
飛竜、地竜、ヒュドラ、熊、キメラ。
虫のように地面から湧いてくる歪んだ魔物。
「気持ちわりぃな」
「あんな地面から出てくる魔物でしたっけね」
「自然の在り方をゆがめている。魔物たちは苦しんでるはずだ」
三人を囲い、殺到する魔物たち。
それでも彼らは、笑っていた。
「魔物は任せる」
「了解」
「お任せを」
吐き出されるヒュドラの猛毒、迫りくる飛竜のブレス、振り下ろされる地竜の尻尾。
そのすべてを――
「《情熱華》」
シャルロッテの盾の華が防ぎきる。
そして、盾の合間を縫うように――
「《六華繚乱・放壊》」
氷結の嵐が吹き荒れる。
雨のように降り注ぐ氷の弾丸は、逃げ場なく飛竜を撃ち落とし、キメラを、熊を、瞬く間に氷の彫像へと変えていく。
ヒュドラすら、再生する間もなく固まっていく。
唯一残った、冷気に強い地竜すら――
「《雷盾槍》」
盾と一体化し、斧と化したシャルロッテの剣がぶち割った。
魔物を倒しながら、彼女は思う。
(ここで悪魔の相手ができるのは私じゃない……悔しい)
でも――
(あの人が戦うのを見たいとも思うから、それも悔しい。……いつか、かならず!)
決意を胸に、二人は戦う。
瞬く間に、魔物たちの数が減っていく。
そして――
「殺してやるぞ、クソ悪魔」
「殺し返してやる、偽英雄」
再びぶつかるウィリアムとバラキエル。
槍とハルバードがぶつかり、火花が散る。
あらゆるものを切り裂くウィリアムの神器の攻撃により、バラキエルのハルバードが徐々に削れ、小さくなっていく。
「神器が二つだと!?」
眉間にしわを寄せるバラキエル。
攻撃し、防がれただけでも武器を破壊されてしまう反則級の神器により、攻め手が無くなっていく。
ウィリアムの固い防御を崩すことができず、むしろ防御だけで削られる。
かといって、魔法で攻撃しようにも動く盾によって防がれる。
おのれ、とバラキエルは歯をむき出し、目をぎらつかせた。
なおもウィリアムの猛攻を止められず、ついに持っていたハルバードは持ち手の部分で真っ二つに引き裂かれた。
もはや使い物にならなくなったハルバードをウィリアムに投げつけ、距離を取る。
そして、叫ぶ。
「クシャダ!!」
その瞬間――
「――ッ!」
兵士たち全員の背筋に悪寒が走る。
魔物から、悪魔から瘴気が一際強く放たれた。
さらに、多くの魔物が戦場に出現しだす。
ついには魔物だけではなく、ウサギや狼、牛、豚、リスといった動物までもが紫の光を帯び、瘴気を放ちながら現れた。
「動物まで!?」
これにはウィリアムも目を剥いた。
竜種とは違い、素早く数が多い動物たち。
小さくとも鋭く鋭利となった爪や牙を持つ動物の群れの前では、決して安全な場所などどこにもない。
「くっ、多すぎる!」
「団長、どうしますか!?」
シャルロッテとライナーが次々と魔物や動物たちを処理していくも追いつかない。
図抜けた英雄である特務隊でも、小さく数で勝る動物たちは勝手が違いすぎた。
「チッ、魔物だけじゃねぇのかよ」
「私たち悪魔の将を見くびるな。貴様らが連携するように、私たちも連携するのだ」
バラキエルが大剣を取り出し、再びウィリアムに斬りかかる。
ウィリアムは防ぎ、反撃に出ようとするも、盾の隙間を縫うように幾匹のネズミが襲い掛かる。
突如視界に入ってきたネズミに、ウィリアムは反射的に対応し、小さなネズミたちを一瞬で切り裂いた。
しかし、その一瞬を、悪魔の将は見逃さない。
「そこ!」
「チッ!!」
一瞬のスキをバラキエルは突き、槍で防いだウィリアムを吹き飛ばす。
態勢を整え、地面に着く。
さらにバラキエルと動物たちの追撃は続く。
小さくとも、改悪された動物たちの攻撃は無視できない。
ウィリアムはイラつきながら、ひたすら動物たちの悪魔の追撃を防ぎ続ける。
膠着状態に陥りかけたとき――
「この悪行、許すまじ」
突如風が吹き荒れ、空を飛ぶ動物を切り刻み、地面を這う動物たちを隆起した土が呑み込んだ。
「レゴラウス!」
「すまない、ウィリアム。竜種の始末に手間取った」
やってきたのは、動物や精霊に近しい自然の王。
レゴラウスはウィリアムから目を切り、怒りに満ちた目でバラキエルを睨みつけた。
「貴様か、動物たちを苦しめ、穢したのは」
「穢した? より崇高な形に昇華させただけのこと。原子生物にはわからないか?」
「自然の美しさを穢すことのどこが崇高か。貴様の行い、余自らさばいてくれる」
レゴラウスの溢れる気迫に応え、彼の精霊が次々と動物たちを飲み込んでいく。
彼の率いていたエルフたちもまた、精霊と協力し次々と動物たちを蹴散らしていく。
「さすがエルフは尊いな」
「そなたもな。とかく早く滅してやろうぞ」
ああ、とウィリアムは頷き、一気にバラキエルと距離を詰める。
バラキエルの周囲から、また動物たちが地中から現れ、ウィリアムに襲い掛かるもそれもまた、レゴラウスの精霊が火だるまにして守り切った。
距離を詰めたウィリアムは、バラキエルの首めがけて槍を振るう。
振り下ろされた槍は、バラキエルの大剣を見事に真っ二つに引き裂いた。
「フッ」
しかし、バラキエルはその結果を読んでいた。
大剣を一瞬で手放し、振り下ろされた槍の柄を握る。
「これで槍は使えまい!」
醜い笑みを浮かべ、拳を握り、ウィリアムの顔目掛けて振りかぶる。
間違いなく避けられず、防げない直撃の距離。
とった、とバラキエルはほくそ笑む。
――突如、バラキエルの視界が揺らいだ。
「はっ?」
がくんと、バラキエルは地面に倒れ伏す。
「な、なんだ!?」
理解できず、うろたえるバラキエル。
見下ろすは、眼前にいまだ悠然と立つウィリアム。
「学習しろよ、クソ悪魔」
何が起きたのか。
理解する前に、立ち上がろうともがくバラキエル。
ここで気づく。
自分の足が無くなっている――
「なにをした!?」
「知るかボケ」
ウィリアムは槍を構えることもなく。
すね当てに仕込まれたブレードで、足と同じようにバラキエルの首を蹴り斬った。
悪魔の首が宙に舞い、地面に落ちることなく灰へと還る。
高位悪魔がいなくなったことで、一端の落ち着きを取り戻した左翼軍。
周囲には、多くの兵士たちの亡骸とうめき声。
心を痛めながら、ウィリアムは空を見上げる。
太陽はすでに傾き、東の空には朱色がさしていた。
「……今日はここまでか」
背を向け、そそくさとウィリアムは知り合いに声をかけることなく立ち去った。
――日が落ち、悪魔との争いは形を変える。
初日の戦いは、多くの被害と戦果をもたらした。
次回、「異変」