第三十三話 不屈の情熱
ライナーは落ち着くと、先ほどの技について話し出した。
「理論だけは聞いていましたがいざ見てみると、なるほど、よく考えられた技ですね」
「フッ、いつまでも火力でお前たちに負けていられないからな」
シャルロッテが使った魔法。
彼女は、ウィリアム特有の雷魔法を引き継いでいた。
「団長が使う天候を操る雷魔法《霹靂神》。空を飛ぶ飛竜には相性がいいですが、よくぶっつけで使う気になりましたね。魔力が足りない僕たちでは、制御しきれない魔法です。味方に落ちるのではないかと肝を冷やしましたよ」
「魔力が足りないからこそ、錬金術が活きるんだ。それにこっちは今までお前たちの危険な実験に何度も付き合わされているんだ。安全確保の工夫なんて嫌でも身についている」
魔法使いになりたての三人には、魔力が足りない。
大規模魔法を使うには、年季が浅すぎるのだ。
だからこそ、シャルロッテはウィリアムに倣い、槍に魔法を付与し、上空へと投げることで少ない魔力での天候操作を可能とした。
オリジナルの《霹靂神》と比較すると手間がかかり、威力は落ちるものの、大幅に魔力の負担を減らすことに成功したのだ。
「それで? 安全確保の工夫って何です?」
「簡単だ。錬金術で作った盾を避雷針代わりにして飛竜の近くに飛ばせばいい。それだけで、少なくとも味方に落とすことはなくなるからな」
なるほど、とライナーは頷いた。
墜落した飛竜の始末が粗方済んだところで、二人は周囲を見渡した。
「……未だ高位悪魔は見つからず、か」
「予想以上に魔物が強化されている。瘴気が濃い。長時間の戦闘は兵士たちにどんな影響があるかわからない」
現状を認識すると、2人そろって眉間にしわを寄せた。
「とにかく、エルフと獣人が高位悪魔を見つけるまで、僕たちは――」
ライナーが次の行動に移ろうとしたとき――
「見つけた」
――身の毛もよだつ殺気が満ちる。
「ライナー!」
シャルロッテが気づき、盾を飛ばすがもう遅く――
次の瞬間にはライナーが吹き飛ばされていた。
「ガハッ――」
血反吐を吐くライナー。
頑丈な鎧に身を包み、重さが増したはずのライナーが宙に浮き、なすすべなく十メートル近く吹き飛ばされ、地面を転がった。
シャルロッテはすぐさま倒れこむライナーに駆け寄り、敵の姿を視認する。
その悪魔は――
「以前の借り、利子を付けて返してやろう。存分にな」
醜悪な顔をし、とげとげしい鎧に身を包んだ大柄な悪魔。
筋骨隆々の手には、巨大なハルバードが握られていた。
「……出たな、高位の悪魔」
憎々し気に、シャルロッテは悪魔を睨みつける。
しかし、悪魔は彼女の睨みもどこ吹く風と、醜悪な顔をさらに笑顔で歪ませる。
「自力のみで戦えないのは惜しいが、あの男がいなければ結果は同じ。今日、ここで、貴様らの武勇の果てとしてやろう」
悪魔の体に紫の光が血管のように迸る。
明らかに異質。
シャルロッテはその様子を見て、剣を強く握りしめた。
「ライナー、無事か?」
「グッ……平気です。ただ、肋骨が逝ってますね。武器も破壊されました」
「それを平気とは言わないな」
血を吐きながら、立ち上がるライナー。
彼はやってきた悪魔を見て、目を剥いた。
「あの悪魔は!」
「知っているのか?」
「ええ、あの悪魔は――」
「知っているのも当然だろう。レオエイダンで味わった苦汁、貴様らを十殺しても収まらん」
ライナーの言葉を遮って、悪魔は言った。
「海竜を操っていたあの悪魔か!」
「如何にも。我が名はバラキエル。貴様ら人類に鉄槌を下す者。我が魔物の軍勢を持って、相手をしてやる。……もっとも――」
悪魔は笑い、ライナーを見た。
「唯一悪魔の将と戦えるその男は既に瀕死。非力なエルフでは我が魔物の前になすすべもない。勝敗は決したも同然だな」
――悪魔の目に、シャルロッテは映っていなかった。
ぎりりと、彼女は歯を食いしばる。
「私など眼中にないと?」
「フン、多少腕は立ったとしても、その男には敵うまい。特務隊の中でも抜きんでた実力を持つ錬金術師、ライナー・ネーヴェニクス、ヴェルナー・シュトゥルム、カーティス・グリゴラード。無名の貴様では我が手勢にも劣る」
無名の錬金術師。
同じ学び舎で過ごした同期、同じ時期に入隊した同僚、同じ戦場を駆け抜けた同志。
他の二人は名を馳せているのに、自分はどこまでも無名なまま。
「……舐められたものだ」
シャルロッテの顔が、憤怒に歪む。
剣を構え、悪魔に一歩、踏み出して――
「私を見くびったこと、後悔させてやる」
力強く言い放つ。
そして、悪魔は笑う。
「見くびることなどもうしない。全力で叩き潰す」
バラキエルの宣言と同時に、
「ギシャアアアアッッ!!」
「グォォオオオオ!!」
何体もの飛竜、地竜、そしてヒュドラが現れ、シャルロッテを包囲した。
それでも、彼女はもう折れない。
「こんなもの、なんの脅威にもならない。夢を諦め、自分に妥協していた、あの時に比べれば――」
彼女の周囲に盾が舞う。
「器用貧乏を舐めるな」
◆
左翼を担う第三軍団。
その一角は、嵐と化していた。
「ギシャアアアッッ!」
ヒュドラの猛毒が吹き荒れる。
「《情熱華》」
その毒を、組み合わさった三つの盾の華が薙ぎ払う。
「グォォオオオ!!」
空からとびかかってくる飛竜の顎を、
「《飛雷槍》」
投擲した槍が貫いた。
「うくっ……」
うめく仲間の傷を、
「《治癒の種》」
ばらまいた粉塵が癒しだす。
魔物の攻撃を、仲間のフォローを、一手に引き受け続けているのは――
「すごい……」
青みがかった銀髪をなびかせ、一心不乱に戦場をかけるシャルロッテだった。
切れ長の瞳は鋭くぎらつき、しかしてその口元は緩んでいた。
「ほう? 無名の錬金術師かと思っていたが魔法使いか。あの男よりも劣ると言ったことは訂正するべきか」
「訂正するべきだ。私はなんにも劣らない。いずれ必ず勝ってみせるんだ」
感心するバラキエルに、シャルロッテは気丈に答える。
また一体の地竜が彼女の背後から襲い掛かるも、
「《雷盾槍》」
盾と組み合わさり、斧と化した剣で脳天を割った。
「通常種では分が悪いか」
バラキエルの呟きを拾ったように、シャルロッテにヒュドラの九つ首が襲い掛かる。
「ッ!」
猛毒を纏った噛みつきに、シャルロッテは武器ではなく盾で防いだ。
九つの首全てを防ぐには、盾一つでは足りない。
盾を三つ使い、ヒュドラを封殺し、その間にとどめをさそうと動き出すも――
「死ね」
はさみうちするように、バラキエルが背後からシャルロッテに斬りかかった。
重くリーチのあるハルバードを軽々振り回すバラキエル。
シャルロッテはヒュドラへの攻撃を止め、バラキエルのハルバードを受け止める。
「グッ、おもっ!!」
「強化された我が肉体、凡庸な人の身で防げるものか」
あまりの重さに、シャルロッテは膝をつく。
歯を食いしばって耐えるも、なおもバラキエルは余裕そうに笑うだけだった。
バラキエルはもともと優れた膂力を持つ。
その力は、聖人であるウィリアムと同等程度。
さらに強化された現在では、一般的な肉体しか持たない者では、到底太刀打ちできない領域に到達していた。
「ぁぁあああ!!」
だが、シャルロッテは一般的ではない。
彼女の体の表面に、バチバチと音が鳴る。
「《雷雲》!」
――シャルロッテが紫電を纏う。
「むっ!」
次の瞬間、シャルロッテを抑えつけていたハルバードが上にかちあげられた。
突如はねられらことで、バラキエルは僅かに後ろによろめいた。
隙を逃さず、シャルロッテは立ち上がり、一瞬にしてバラキエルに斬りかかる。
「貴様も身体強化を!」
「人類を……舐めるな!!」
圧倒的な膂力を持つバラキエルと互角に打ち合うシャルロッテ。
ヒュドラの攻撃を防ぎながら、味方のフォローをしながら、彼女は戦う。
それはまごうことなき英雄の所業であった。
――だが、相手もまた敵の将。
「甘い。経験が足りない」
シャルロッテの腹にバラキエルの蹴りが入る。
「ゥグッ!?」
綺麗に入った一撃。
シャルロッテは後方に吹き飛び、地面を転がる。
「ゲホッゴホッ! ……いぎっ!?」
すぐに立ち上がろうとするも、彼女の全身に激痛が走る。
「その技には代償があるようだ。不完全な技に頼らざるを得ないとは、未熟もいいところだな」
嘲笑いながらやってくるバラキエル。
シャルロッテは歯噛みする。
彼女が使う技《雲来》は、ウィリアムの《伏雷》をもとにした技。
違うのは、ウィリアムのように常に全身ではなく、必要な部位に必要な時にだけ魔法を使う、魔力と肉体への配慮が十分になされた技であること。
技だけを見れば、上位互換と言ってもよいものだった。
だが、未だ未完成。
「まだまだ、研鑽が足りないか……」
彼女はまだ魔法使いになったばかり。
魔力もマナ操作の技術も圧倒的に足りない。
もっと研究すれば、もっと修練を積めば。
彼女は悪魔に勝てたかもしれない。
「終わりだ。名もなき魔法使い」
それを敵は待ってはくれない。
重く鋭いハルバードが、彼女の首めがけて振り下ろされる。
もはや動かない体。
血が出るほどに唇をかみしめて。
(まだ、終わらない。私の夢は、まだ、なにも叶ってない!)
空気を切り裂きながら迫る凶刃。
「私の夢は――!!!」
まだ、終わらない――
刃が首に振り下ろされる直前に、
「よく耐えた」
彼女の元に盾の華が咲き誇る――
突如現れた一人の乱入者は――
「団長……ッ!」
青き旗に刻まれた空を駆ける竜の紋。
同じ竜の仮面をつけた勇ましきその背中に。
シャルロッテの視界が滲む。
――彼女の夢はまだ終わらない。
次回、「朧旗影」