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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 第一章《始まりの大地》
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第二十七話 脱獄と因縁

 秀英、そしてアティリオ先生と話して必要以上のことが知れた。

 先生の話が衝撃的だったが、おかげで改めて覚悟ができた。やることも決まった。

 なら今やることをさっさとやってしまおう。手始めに脱獄しよう。プリズンブレイクだ。


「おい、飯だ」


 丁度よく兵士の一人が、食事を運んでくれた。食事自体は固いパンが一つと非常にみすぼらしいが俺は気にならなかった。それよりも目の前の兵士がおいしそうに見えて仕方なかった。


「ああ、ありがとう。兵士さんは一人?」

「ああ?外に一人いるよ。気安く話しかけんな」


 そう言って兵士は鉄格子を派手な音を鳴らして蹴っていった。

 這いつくばるようにパンを食べながら、兵士が出ていくのを見守る。あの兵士は本当においしい。

 なぜって?脱獄するのにちょうどいい隠れ蓑だから!


 口から隠していた針金を吐き出す。どうにかこうにか後ろ手に結ばれている手に運んで、ポールに繋がれた手錠を静かに外す。


 そうして自由になった身で、これまた静かに鉄格子をゆがめて外に出る。記憶を取り戻してから違和感ありまくりの俺の力だが、本当に役に立つ。

 牢のある部屋から出ようとする直前で、さっきの兵士の後ろから口を押えて首を絞め、落とす。


 この兵士は体格も俺と近いので身ぐるみを剥いで、彼の軍服に身を包む。ここに寝かしておくのも何なので先ほどまでいた牢につないでおいた。鉄格子も元に戻すというおまけつきだ。

 多少ゆがんではいるが、これで時間は稼げるだろう。

 ついでに彼の記憶をもらった。これで簡単に成りすませる。


「さて、これでよしっと。スパイになった気分だ。あとは外に一人」


 昔見たスパイ映画でこんな風に脱獄して成りすましているのを見た。その映画のスパイは派手に行動していたが、さすがにそんなことはしない。


 少し寄り道をするが、その後はまっすぐ中層のマドリアドに向かう。いや追っ手を撒くために寄り道したほうがいいか?

 考えながら牢のある部屋をでて、すぐ横に立っていた兵士も静かに意識を奪い、近くの隙間に隠す。


 軍服をまとって堂々と場内を移動する。

 城内は広くて役職も様々だ。すれ違う人がどういった人かなんていちいち覚えていない。毎日会うなら別だろうがそうでない人もいる。


 そうして目的の一つである部屋に到着したので中に入る。ノックはいらない。

 入ったのはソフィアの部屋。

 中に入って懐かしい気分になる。実際には一週間と少しくらいなのだが、いろいろありすぎたせいか、随分前に感じる。少し埃がたまっている。


 ここへ来たのは彼女の遺品を回収するためだ。彼女の記憶を少しもらったからわかるが、彼女は危ないものもそこそこ作っていたようだ。その一つがマドリアドを襲ったあの大砲だ。

 彼女自身は魔法で隠れて大きな花火を打ち上げたかったようだが、結果としては軍にばれて悪用され、あのような惨事を招いてしまった。あの戦争で彼女が負った心労は計り知れない。


 彼女の作った魔法や資料が悪用されないように処理したり、使えそうなものを回収したりしに来たのだ。中には俺でも使えそうな魔法が書かれているものがあったので、ありがたくもらうことにする。


 魔法だが、記憶を取り戻して天上人として完成したからか、不思議と周囲のマナを感じられるようになった。

 前の世界では感じられなかった変な異物が周囲にあるのを感じる。

 これなら、頑張れば魔法が使えるようになるはずだ。


 手早く整理を済ませたら、名残惜しくも部屋を後にする。

 あとは城から脱出するだけだ。今いる位置から最短ルートで外に出る方法を考えて道を進む。


 やがて城の外へ通じる門に到着した。門番に通してもらおうと先ほど奪った身分証明書を見せると怪訝な顔をされた。もとはこの身分証は罪人の管理をしていた兵士のものだから怪しまれても仕方ない。

 罪人の裁判が始まったので、暇になったと言って通してもらった。

 我ながら苦しいが、彼らもこの兵士の仕事を詳しく知っているわけではないし、外からならともかく、中から来たのだからあまり疑わないのだろう。


「待て!」


 いざ門を通ろうとした瞬間に声をかけられる。その声は聞き覚えの在りすぎる奴だった。

 振り返ると、予想違わずそこにいたのは、釣り目できつい印象を受ける男。


「秀英……」

「門番、その者を通してはならん。すぐに応援を呼べ。その間は私がこいつの相手をする」

「は、はい!」


 秀英が一言そういうと門番は疑わずに即座に行動する。門には誰もいなくなったが秀英がにらみを利かせているため、下手に背中を見せられない。


「どういうつもりだ、秀英」

「何がだ?逃げようとする重罪人を捕まえようとして何が悪い?あの門番ではお前の相手は務まらんからこの俺が相手をしてやろう」


 そういうとなぜか秀英は二本持っていた槍の一本をこちらに投げ渡してくる。

 一騎打ちのつもりだろうか。本当に捕まえるだけならこんなことをする必要はないはずだ。相変わらず何考えているのかわからない。


「勝負をしよう。俺とお前の最後の勝負だ。勝てば見逃してやろう」

「負ければ?」

「言わないとわからないのか?」


 そういうとすぐさま秀英が仕掛けてくる。何考えているのかわからないままだが、それでも体は反応した。

 今までの戦いで秀英に勝ったことは何度もある。でも負けた数のほうが多い。そして買った時の勝ち方はいつも槍ではなく、他の武器の戦いにもつれ込んだ時だ。今は槍以外の武器を持っていない。

 だからこのまま戦って勝つ見込みは薄い。


「念のためいうが、早く俺を倒さねばさっきの門番が大勢連れて戻ってくるぞ?」

「面倒なことをしてくれる!」


 加えて時間制限付き。門番が応援を連れて戻ってくるのにそう時間はかからないはずだ。雑兵がいても俺には勝てないから、それなりに腕の立つ人を連れてくるだろうから多少の時間はかかるかもしれないがあくまで希望だ。

 速攻で終わらせる。

 何度も手合わせしてきた。今更お互いの手の内は知り尽くしている。

 代わりにぶつけあうは、互いの腹の内にある想い。


「お前はこれからどうする気だ!?この国の庇護なくして生きていけると!?」

「生きていくしかねぇんだよ!この国は歪んでいる!こんな国にいいように使われて死ぬなんて御免だ!」

「外はもっとひどいかもしれないんだぞ!この国以外は滅んだんだ!」

「だからどうした!俺の人生は俺のものだ!生き死には自分で決める!」

「そんなに死にたいのか!」

「自分を殺し、民を苦しめ生きるか!自分のために戦って死ぬか!たったそれだけだ!」


 槍で打ち合いながらも、お互いの考えもぶつけ合う。

 いつもと似た口喧嘩だったが、秀英の問いは一つ一つに彼の気持ちがこもっていた。

 きっと彼自身、牢で話を聞いてから考え続けてきたんだろう。それでも答えが出なくてこうして戦いながら俺に聞いてきた。


 彼はきっと不器用なんだ。

 前世で体が弱かったから、ずっと誰かに守られてきたのかもしれない。

 だから外に出るのが、自分から何かするのが怖いんだ。


 それを臆病だとは思わない。

 彼は強い。

 槍の腕が俺より上なのは自分にできることを必死にやってきたから。

 俺につらく当たってきたのは、のほほんとして生きていた俺に対する発破だったのかもしれない。現に彼に負けじと努力した。

 それに今、必死で生きる俺を見て、秀英の高慢さは影を潜めて真摯に向き合っている。


「この俺にも勝てないお前が!外に出て生き残れるものか!」

「だから強くなりに行くんだ!強くなって戻ってきて、必ず俺の夢を果たす!」


 外の世界に何があるかわからない。亡国の足跡をたどるか、悪魔どもにひたすら襲われるかもしれない。すでに人が生きられない環境かもしれない。


 それでも進むしかない。

 ソフィアを失ったあの日から、いまさら引き返せない。


 舌戦を繰り広げ、槍の攻防も激しさを増していく。

 そろそろ決着をつけなければ応援が来る頃だ。

 焦っているとふと秀英があからさまなミスをする。

 明らかに隙だらけな動きをしてきた。

 罠か?

 そう思った。でも反射で動き出した体はすでに動いてしまっていた。

 罠だったなら、やられる。


 だがそれは杞憂に終わった。

 秀英は防ぐこともせずにそのまま食らい、その場に倒れた。かろうじて命に別状はなさそうな傷だが、早く手当てしないとそれも危ない傷だ。


「何してんだよ……」

「お前の覚悟はわかった……俺にはできないことだ」


 秀英の顔には、傷の痛みを感じさせない穏やかな表情が浮かんでいた。


「何言ってんだ。こんなことやろうと思えば誰だってできる!お前にだって!」

「口の悪い奴だ。……お前はいずれこの国に戻ってくるんだろう?お前の目的を果たすのだろう?」

「ああ」

「ならその時、国の中に味方がいたほうが都合がいいだろう」

「お前、そのためにわざわざこんなことを?」

「……戦いに参加せず、こうして戦って止めようとしたなら上も信用するだろう……さあ早く行け。時間がない」

「ありがとう……かならず戻る。生きろよ」


 倒れた秀英のやり切った顔を見て、何も言えなくなる。

 ずっと嫌な奴だと思っていたが、彼には彼の矜持があった。

 そんな彼にも生きてほしいと思った。

 秀英の額に触れて、ちょっとした贈り物をする。時間がないのはわかっていたが渡しておきたかった。

 秀英が何か言う前にさっさと退散することにした。城門を駆け抜けて外にでる。


 城を抜けて見えた街並みは、夕日のせいか真っ赤に染まっていた。




次回、「エピローグ ~Will~」

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