第三十二話 三人の魔法使い
ヴェルナーの魔法が爆発するのと同時刻。
「あの青い閃光はヴェルナーですか」
「相変わらず派手に爆発させる奴だ。同じ部隊じゃなくてよかった」
司令部より前方。
戦場西部に当たる左翼第三軍団には、ライナーとシャルロッテがいた。
「とはいっても、この部隊がよかったとも言えませんね。上が優秀だと下は楽だといいますが、これは少々度が過ぎる気がしますね」
「だな。私たちのいる意味がないぞ」
現時点で、二人が積極的に戦闘行為に及ぶことはなかった。
なぜなら――
「自然を穢す汚らわしき者どもよ。一瞬で塵にしてやろう」
2人の目の前には、圧倒的なまでの炎や暴風、津波、土石流といった自然災害。
さらには、光の刃によって次々と悪魔が沈められていく光景が広がっていた。
二人以外の他の兵士もやることがなく、ポカンと立っているだけのものも多かった。
それほどまでに、この軍団を率いる長の力は圧倒的だった。
「え、エルフの王は怒らせると怖いんだな」
戦場を支配するのは、エルフの王レゴラウス。
精霊に愛されし大英雄。
「自然をこよなく愛するエルフですから、長きにわたり大陸を荒廃させようとする悪魔に対して相当溜まっていたんでしょう。これでは僕たちは出番がないですね」
「とはいえ、あれほどの力、無尽蔵に出るとは思えない。高位悪魔もまだ姿を現していないし、このあたりでいさめたほうがいいんじゃないか?」
「あれをですか? 近づくだけで殺されそうですよ?」
普段は穏やかな王が荒れ狂う姿に、二人はたじたじだった。
とはいえ、ここは軍人である二人。
攻撃の合間を縫って、エルフ王に声をかけた。
「軍団長、未だに高位が姿を現しておりません。まだ力は温存しておいた方が良いかと愚考しますが」
シャルロッテの進言に、レゴラウスはフッと笑い、すぐに視線を悪魔たちに戻した。
「この程度造作もない。疲労など大して覚えん。何よりも余と契約を結んでいる精霊自身が怒りに満ちているのでな。むしろ発散させねば危険でな。無論、余もこの地を見て多少なりとも思うところはある」
「どうりでエルフたちは張り切っているのですか」
ライナーは辺りにいる、レゴラウスと張り合うようにして次々と精霊術を使うエルフたちを見やる。
レゴラウスが率いる軍団ということもあり、エルフの数が多い。
とはいえ、ほかの種族がいないわけでもなく、そんな他の種族はエルフたちの怒りを見て、少し下がった地点で震えていた。
かわいそうに……と、魔法を見慣れているライナーとシャルロッテは、特に精霊術に驚くことはなかった。
エルフは精霊を使役する。
精霊は契約しているエルフの魔力を使って魔法を行使する。
エルフは長命であり、その分大量の魔力を有するために、長く生きたエルフほど強い魔法を何度も行使できる傾向にある。
それにレゴラウスも後先考えずに攻撃しているわけではなく、強力な攻撃によって先制することで、士気を高め、自軍を勢いづけようとしていた。
「この調子なら、第四軍団の心配はいらないな」
シャルロッテが自軍団の後方を見やる。
「拠点の設営は順調そうですね。さすがはドワーフと僕たちの団長ですね」
「大胆なことを考える。飛行船で拠点ごと持ってこようなんてな」
第三軍団、並びに第一、第二軍団の後方には、ドワーフやアクセルベルク軍人たちによって拠点が立てられていた。
巨大な飛行船二隻を用いた、拠点に必要な建造物や物資を丸ごと分割して運ぶという大胆すぎる方法。
これにより、兵士たちは砦まで後退することなく、アニクアディティまで進軍し続けることができる。
拠点設営を成功させるために、レゴラウス、そしてウィリアム、ディアークも一切手を緩めることなく全力で攻撃し続けたのだ。
「順調だな。初日がこれなら幸先はいい」
これなら高位悪魔が出てきてもエルフだけで何とかなりそうだな、と思っていた2人。
――しかし、唐突にそれは現れた。
「ヒュ、ヒュドラだーー!」
「あっちは飛竜がでたぞ! 地竜もだ!」
「魔物の大群だ!! 気を付けろ!」
そこかしこから、強力な竜種に分類される魔物が出現した。
地の底から、はたまた空から。
魔物、その中でも竜種は、古竜ほどではないが体がマナでできており、頑丈かつ本能的に魔法を操るエルフとは相性が悪い存在。
「これほどの魔物がこの辺りに生息していたという情報は聞いていない。つまりこれは、悪魔の仕業か」
レゴラウスの端正な顔が歪む。
「どうしますか。僕たちが魔物の相手をしましょうか?」
ライナーの提案に、レゴラウスは首を横に振る。
「問題は魔物ではない。ただの雑魚悪魔にこのような芸当はできない。つまり、この魔物どもを従える高位悪魔が近くにいるはず。そなたらにはその者を見つけ出してもらいたい」
「承知しました。しかしこの状況、まずいですね。高位悪魔を発見できたとしても、その周囲に強力な魔物がいては、僕たちだけでは対処できない可能性があります」
「理解している。だが魔物の対処ならば余らとてできる。2人には幾部隊かつける。それを使って好きにするがよい」
レゴラウスが傍にいる部下に指示を出すと、ライナーとシャルロッテのもとに大隊規模の部隊があっという間に集まった。
ライナーとシャルロッテは目を合わせ、すぐに指示を出す。
「高位悪魔を探索します。エルフと獣人は周囲の探索を、ドワーフ、人族は僕たちとともに周囲の悪魔の一掃です」
「道中現れる魔物については私たちが受け持つ。ただし時間もかけられない。適度に弱らせたところで別部隊にとどめは任せる。行くぞ!」
号令と共に、ライナーが手に持つ銃を悪魔の軍勢へと向けて。
「《六華繚乱》」
引き金が引かれた瞬間、銃口が光り、氷が割れる甲高い音が鳴る。
銃口を向けられた先にいた悪魔は一瞬にして氷漬けになり、すぐに砕けて消えていった。
一瞬で数十体の悪魔を凍らせたライナーの魔法に、後ろに控えていた兵士たちも驚き、歓声をあげた。
「くぅ、派手でいいなぁ、やっぱり私も大規模攻撃魔法を先にやればよかったか!」
走り出したライナーの隣でシャルロッテが悔しがる。
「今更何を言ってるんですか。団長やカーティス大佐みたいに渋い感じがいいって言ったのは自分じゃないですか。それにすぐにシャルロッテの魔法は必要になりますよ。ほら!」
「グオオオッ!」
周囲を凍らせながら派手に進む2人の前に一体の飛竜が現れる。
通常の飛竜よりも一回り大きく、その体は紫色の光を帯びていた。
飛竜は出会い頭に口からブレスを放つ。
「シャルロッテ!」
「《純粋華》!」
シャルロッテは背中と左腕に持っていた盾を三つ組み合わせて、花弁のように組み合わせる。
花形となった盾は、錬金術による効果を発揮してより強い防御効果をもたらし、飛竜の強化されたブレスを防ぎきる。
「様子が違うな! 特殊個体か!?」
「恐らく悪魔の仕業でしょうね! 生物の体をいじり操るなんて、悪趣味極まりない!」
ブレスが止み、シャルロッテが盾を下げたと同時に、ライナーが銃を向けて魔法を放つ。
しかし飛竜は巨体に似合わない速さで避けた。
ライナーは撃ち落とそうと次々と発砲するも、炎のブレスを吐きながら距離を取る飛竜には当たらない。
「相性が悪い……」
歯噛みするライナー。
「高位悪魔は見つかりませんか!?」
「まだもう少しかかります! 魔物の放つ強烈な瘴気によって、精霊たちも惑わされているようです!」
上空から飛来する飛竜のブレスを、氷の盾で防ぎきる。
魔法が使えるようになったライナーは、十分に強化された魔物とも戦える。
しかし、どんどんとライナーの近くに飛竜が集まり、徐々にブレスの強さがあがっていく。
「クッ!」
「ライナー! 無事か!?」
「ご心配なく! この程度、どうとでもなります!」
シャルロッテも戦うも、どんどんと二人の場所に飛竜だけでなく巨大で頑丈な地竜までもがやってくる。
やがて、二人が率いる部隊は魔物たちに囲まれ、孤立させられた。
(僕たちはおびき寄せられたのか? 対策されている? エルフと相性の悪いヒュドラを始めとした魔物、僕と相性の悪い炎系の飛竜と冷気に強い地竜……、偶然か?)
内心に湧いた疑惑が、ライナーの心を焦らせる。
一方で、シャルロッテは――
「よし、今こそ団長譲りの飛竜殺しを敢行する時だ!」
我が世の春が来たとばかりに喜色満面だった。
ライナーはギョッとする。
「え、あれをやるつもりですか? ちょちょちょっと待ってください。ノーコンのあなたじゃ仲間にも被害が――」
「ふっはっはっはー! くらええ!」
ライナーの制止も聞かず、シャルロッテは槍を構え、叫ぶ。
「――《飛雷槍》」
槍に魔法を付与し、上空へと投げつける。
槍は飛竜に当たるでもなく、ただ空高くに昇っていき――
――突如、上空から轟雷が降り注ぐ。
「ギャォオオオオ!」
降り注いだ雷は、上空高くにいた飛竜たちに直撃した。
絶命こそしなかったものの、痺れによって翼が一時的に動かなくなった飛竜は、立て続けに地面に大きな音を立てて墜落する。
『おおおおおッ!!』
その光景を見た部隊員たちは手を挙げて歓声を上げた。
墜落した飛竜は、身体の一部が痙攣しつつも、どうにか飛び上がろうと震えながら立ち上がり始めていた。
――その隙を見逃すものは、一人もいない。
「今だ! 撃て撃て!」
「飛竜殺しはワシのもんじゃぁ!」
「おのれ、抜け駆けは許さん! レオエイダンの精強さを見せつけるのは俺だ!」
2人が率いる部隊の兵士たちが、我先にと槌や剣を持って飛竜に突貫していく。
兵士たちは、いつも以上の精強さと英邁さを見せつけて、瞬く間に飛竜を討伐して見せた。
「あ、あれ? 私の手柄……?」
唖然とするシャルロッテ。
「ぷっ、抜けているのは相変わらずですね。とどめをしっかり刺すまでが功績です。残念ながら、飛竜殺しの栄誉はお預けですね」
危機は脱した。
ライナーが横で笑った。
次回、「不屈の情熱」