第三十一話 脅威襲来
「んあ~、耳が痛いよぉ」
「耳を抑えてうずくまっていては何も変わらん。さっさと立て」
地上の右翼にあたる一角で、悪魔を蹴散らす者たちがいた。
黄金色の犬のような耳と尻尾をしおれさせるエスリリ。そして、くすんだ白髪に眼鏡をかけた、しかめっ面の初老の男性であるカーティスだった。
飛行船から砲撃が始まるまで、エスリリを始めとした獣人が多くいる彼らの部隊は、破竹の勢いで進軍していた。
しかし、上空からの砲撃による爆発音に、多くの獣人は耳を抑えて悪魔の攻撃を防ぐだけだった。
「第二軍団は少し歩みが遅いな。……まったく世話の焼ける」
獣人たちを尻目に、カーティスはイラつきながら淡々と悪魔を殲滅していく。
懐から球体の道具を取り出し、握り締めながら悪魔に向けて拳をふるった。
すると悪魔の体が灼熱色に染まり、一瞬ではじけ飛ぶ。
さらに別の青い球体を放り、足で悪魔に向けて蹴とばした。
道具はガラスのように砕けて爆発し、放射状に悪魔を吹き飛ばす。
たったのツーアクションで目の前にいる悪魔を殲滅したカーティスは、エスリリを一瞥した。
「耳に何か詰めるなりなんなりすればいい。この調子ではすぐに命を落とすぞ。戦場では冷静でなくなったものから死んでいくのだからな」
カーティスの助言に、エスリリは耳をピンと立て、周囲を見渡した。
「うぅ、耳に詰めるもの詰めるものー……あ、あった!」
「こら! 俺のハンカチを取るんじゃない! これはお前の耳栓じゃないんだ、他の物を探しなさい!」
カーティスは抵抗したが、身体能力で勝る獣人に唐突に襲われては、さすがに叶わなかった。
カーティスの渋いハンカチは、無残にもエスリリの手によって二つに引き裂かれ、小さくくるまれてエスリリの耳に吸い込まれた。
「できた! これなら耳もいたくない! ありがとう!」
罪悪感など微塵もないエスリリは、満面の笑みで感謝を述べる。
毒気を抜かれたカーティスは、ため息を吐いた。
「はぁ、もういい、準備が整ったなら進むぞ。西の将軍と合流する。そろそろ高位悪魔が出現する頃合いだ。そのあとはもう面倒は見切れん」
「わかった。えっと将軍様は――すんすん、あっちだね!」
エスリリは、所属する軍団長であるエデルベアグのもとへ急ぐ。
カーティスは走り出したエスリリの背中に、こっそり取り付けた道具があることを確認すると、懐から取り出した懐中時計をいじりだした。
すると突如としてカーティスの姿が一瞬光り、その場から消えた。
「しょーぐーん!」
エスリリが丁度エデルベアグのもとへと到着したタイミングで、カーティスがエスリリのそばに現れた。
「わわっ、いつのまに?」
「移動手段などいくらでもある」
ウィリアムとは異なる転移方法をひそかに持つカーティスは、一瞬でエスリリの背中に取り付けた道具のもとへと転移した。
無事にエデルベアグのもとへ合流した二人。
「二人ともお疲れさん。しばらくここで待機だ」
アクセルベルク西部の大将であるエデルベアグは、二人を見ると労をねぎらう。
「あれ? なんだかウィルっぽいね?」
「そういう人間だ。今は対悪魔に特化したあの男を模倣しているのだろう」
エデルベアグの様子に違和感を覚えたエスリリに、カーティスが説明した。
エデルベアグは気にすることなく、手にした槍で、次々と迫る悪魔の軍勢を片手間で薙ぎ払う。
その間、待機命令の通り、カーティスとエスリリは、戦闘には加わらずに、一歩下がった場所にいた。
「ねぇ? わたしたちは戦わなくていいの?」
「俺達が出張るべき相手はすぐに来る。そのための待機だ」
「?」
エスリリは理解できず、首をかしげる。
すると――
「カーティス、エスリリ、客だ」
エデルベアグは背中を向けたまま告げた。
それだけでカーティスは何か理解した。
「ッ! 来た! あっち!」
五感に優れたエスリリが、いち早くその存在を察知した。
「想像より早い。あの男は大層暴れているようだな」
二人の視線の先には、空を飛んで勢いよくやってくる2つの影。
中位以下とは一線を画す、醜い悪魔の姿があった。
カーティスはすぐさま懐から、また白く光る球体の道具を取り出す。
右手にある指輪で殴りつけ、球体の道具を破壊する。
途端に、半径数キロにわたって光の粒子が降り注ぐ。
「雪だぁ!」
「雪じゃない、防壁だ。カウンター機能付きのな。簡単な攻撃なら防げるが、強力な攻撃は軽減はできても防げん。せいぜい気を付けることだ」
四つん這いになり、姿勢を低くし、牙を剥きだしに唸るエスリリ。
「悪魔嫌い! 全力で行くよ!」
「戦争など非生産的な行動の代表だ。これっきりにしたいものだな」
いよいよ本番、悪魔たちとの総力戦が始まろうとしていた。
◆
連合軍最奥。
そこには、軍の心臓である司令部があった。
そこに、はるか上空から四つの黒い影が迫る。
「高位悪魔だ! 将軍に知らせを!」
「間に合いません! ぐあっ!」
「退避、退避ー!」
高位悪魔と確認するや否や、一般兵は即座に退避する。
まるで十戒のように、ぱっくりと悪魔の通り道が出来上がる。
司令部が狙われているにもかかわらず、明らかにおかしな挙動。
「なにかある。用心しろ」
「驕りの王だよ! 見くびられたものだ」
「上質な魂が刈り取れればそれでよしですわ」
「ヒャハハ!! ようやく暴れられんぜ!」
高い知性のある高位の悪魔。
その中でも一際上質な衣服に身を包んだ異質な四体は、雑兵には目もくれずに一直線に司令部を目指す。
連合軍最奥にある目立たないように茶色く塗装され、頑丈に作られた司令部の前に辿り着いた悪魔四体。
そのうちの、一際立派な角を持ち、頑丈な体躯を持つ悪魔は、左手に真っ白に輝く球体を発生させた。
そのとき――
「フンッ、この俺にたかが4体か。悪魔程度の知能では、この程度か」
指揮所の外に悪魔と同じく額に角を持つ男が現れた。
総大将代理指揮官、レイゲンだった。
レイゲンが出てきた途端に、悪魔たちはレイゲンを警戒し、包囲する。
「竜人族の王レイゲンとお見受けする」
「いかにも」
「お命頂戴する」
レイゲンであると確認したとたんに、悪魔は一斉にとびかかる――
直前に。
「フッハー!! まとめて灰にしてやらァァ!!」
突如、レイゲンの周囲に炎の柱が立ち上がった。
「なに?」
「んだこれ!?」
「魔法!?」
「誰だ!?」
異質な力の前に、悪魔たちは動きを止め、距離を取る。
「こいつぁ、オレがもらっていいんだよなぁ?」
レイゲンの前に現れたのは、目つきと口の悪い白髪の青年。
金属質な右腕、義手に埋め込まれた赤く輝く宝石。
そして左手に持つ大きな杖にも、赤い宝石が埋め込まれていた。
立派な魔法使いとなった、ヴェルナーだった。
「目ざわりだ。すぐに終わらせろ。必要なら手を貸してもいいが?」
「いらねぇな。今更この程度の連中に後れをとりゃしねぇ」
ヴェルナーは義手の手のひらの上に、爆炎を生み出す。
「魔法使いとしての初陣、高位悪魔4体相手なら、不足はねぇな!」
気勢とは裏腹に、手のひらの炎が小さくなっていく。
圧縮された炎はやがて青くなり、指先くらいの大きさまで小さくなった。
「ヴェルナー。特務隊の男。錬金術師。バラキエルから聞いた特徴と一致する」
「でもあれは明らかに魔法よ? 情報と違うわ」
「どっちでもいいよ! 殺すだけだ」
「とっとと切り刻んでぶっ殺す!」
ヴェルナーを危険だと判断した悪魔たちは、魔法を構え、武器を構え、一斉に襲い掛かった。
必殺の魔法や刃がヴェルナーに迫る。
だが彼は動じない。
ただただ、小さな青い炎を上空へ投げ――
「《大地の怒り》」
直後、青き爆発が巻き起こり、一瞬で周囲一帯を薙ぎ払う。
極限まで魔力によって圧縮された炎は、大気に含まれる酸素と急激に反応し、大爆発を引き起こした。
圧縮されたことにより青くなった高温の炎は、周囲に猛烈な勢いで広がっていく。
さきほどまで全軍の指揮が行われていた指揮所までも、跡形もなく焼き払われる。
あとには、黒く焼け焦げた地面。
ヴェルナーとレイゲンが悠然とたたずむだけだった。
「ゲホ、やりすぎちまったか? 高位悪魔ってこんなに弱かったんか?」
「たわけが、あのような技の前では有象無象は生き残ることすら難しい。そして高位悪魔など、相対的な評価だけの有象無象にすぎん」
「そうかい、少し前まではとても戦えない相手だったんだがな。なんつぅか拍子抜けだ」
レイゲンが上を向く。
「……その判断は時期尚早だ」
視線の先には、未だ健在の四体の悪魔。
一瞬で遥か上空へと移動した四体の悪魔たちの体は紫色の光を帯びていた。
予想外の事態に、レイゲンは僅かに顔をしかめる。
「今までの個体とは様子が違うな。さしずめ王級の悪魔の影響か」
「確かに以前見た悪魔より強そうだな。こりゃ前言撤回して本気でやらねぇとあぶねぇかもな」
格上と思われる高位の悪魔を前に、気を引き締め直す。
ヴェルナーの横にレイゲンが並び、腰の刀を抜く。
「どぉでもいいけどよ、あんたは無傷なんだな」
「俺をあの程度の有象無象と同列に語るな。時間が惜しい。俺も手を貸してやろう」
「へーへー、総大将代理の仰せのままにってな」
次回、「三人の魔法使い」




