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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第三十話 天地挟撃

 



 連合の先頭をひた走るウィリアム。

 彼は総大将であるにもかかわらず、最前線を駆けていた。


「いっつもいっつもウィルは一番偉いのに、先頭を往きすぎだよ!」


 そのすぐ後ろを、金髪をなびかせたアイリスがいた。


「レイゲンの加護を活かすなら、あいつを指揮に回すのが最善だ。それに悪魔の王を討つのは俺の役目だからな」


 一直線に悪魔の軍勢に向かいながら、ウィリアムは言った。

 一切振り向かないウィリアムを見て、アイリスはほんの少し目を伏せる。


「……その結果、ウィルにだけレイゲンの加護が効いてないじゃないか」


 アイリスを始めすべての兵士の体はレイゲンの加護の影響を受け、仄かに赤く輝いていた。

 しかし彼女の前を行くウィリアムには、それがない。


「必要ない。俺には、なにも必要ない」

「ウィル……」

「もうぶつかる。後ろは任せる。黙って戦え」


 アイリスは押し黙り、戦闘に集中する。


 走りながら、ウィリアムは槍を高々と掲げ、旗を見せつけた。


 こここそが、目指すべき道であるように。


 旗目掛けて、兵士たちの意思が一つになる。


「集え! 旗のもとへ!」

「勇気の炎よ! 断罪の雷よ! 我らに宿りて敵を討て!」

「人類の敵よ、世界の敵よ! 今日この日こそ、うち滅ぼさん!」



 意気軒昂に兵士たちが気炎を吐きだす。


 人類と悪魔の軍勢がぶつかる。

 悪魔が目前に迫る。

 おびただしい数の異形の化け物。

 視界一杯が悪魔の黒い体表で染まる。


 悪魔と激突する直前に――


「《神の杖(ロンギヌス)》」


 ウィリアムは手に持っていた槍に魔法を付与して、はるか上空に投げつけた。

 旗が巻き付いた槍が上空高くに舞い上がり、敵陣奥深くに飛んでいく。


 ウィリアムの周囲に、新たに六つの盾が現れ――


「潰れろ」


 猛スピードで、盾が回転しながら悪魔の群れに突っ込み、次々と悪魔の首を吹き飛ばす。


 盾に追いつこうとするように、ウィリアムは空いた右腕で無銘の剣を抜き放ち、悪魔の大軍に突っ込んだ。


 盾によってできた道を通りながら、できるだけ多くの悪魔を巻き込むように剣をふるり、次々と灰へと帰していく。


 自分に注目が集まるように、孤立するように。

 後ろを気にせずにひたすらひたすら前に進む。


 すねあてに仕込まれたプラズマソードで悪魔の足を刈る。

 頑丈な籠手で悪魔の頭蓋を叩き割る。

 マナを纏った剣で周囲の悪魔を一刀両断する。


 圧倒的な数の差をもろともせずに、ウィリアムだけが突き進む。


 しばらく直進し続けたウィリアムは周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。


 そして、魔法を使う。


「《種子槍(デュナミス)》」


 充分な魔力を持たない低位の悪魔の武器がすり減り、辺り一面に金属粉が漂う。

 魔法を使う間に、ウィリアムは悪魔たちに包囲される。


「ギギャア!」

「クビ、トル!」

「うるせぇな、クソ雑魚どもが」


 ウィリアムの周囲に、再び盾が戻り、防御陣形を取る。

 知能の低い悪魔は、すり減り、小さくなった武器に気づくこともなく、ウィリアムに剣を振るった。


 振り下ろした剣と盾がぶつかったとき、小さな火花が散る。


 その瞬間に巻き起こる大爆発。


 ――《開華槍(エネルゲイア)


 爆発は千にものぼる数の悪魔を巻き込み、灰色の雪をあたりに撒き散らす。

 さらに、爆発せずに残った金属粉は、そのまま空気中に滞留し、摩擦によって紫電が発生し、残った悪魔をも焼いた。


 爆発の煙が晴れた後には、盾によって無傷のままたたずむウィリアム。


 しかし悪魔は、すぐに空いた穴を埋めるようにウィリアムに迫る。

 敵陣深くに切り込んだウィリアムは、周囲を囲まれ、孤立無援。


 味方は遥か後方。

 追いすがる気配もない。


 それでもウィリアムは一切慌てず、ただ悠然と、上空を見上げた。


 視線の先に迫るなにか。



 ――そこには地上に落ちてくる槍があった。



 再びウィリアムのもとに迫ってきた悪魔の大群のもとに槍が突き刺さる。



 ――戦場に閃光が走った。



 戦場のど真ん中で、地を横一線に薙ぐ爆炎があがる。

 閃光の後には、高く舞い上がった土煙と灰で辺り一帯が染まる。


 風が吹く。


 視界が晴れる。


 だだっ広く空いた場所の中心には十字の槍が地面に刺さり、青き旗が翻っていた。




 ◆




 先頭を突っ走り、一瞬で数千の悪魔を屠ったウィリアムを上空から見つめるものがいた。


「相変わらず派手に立ち回っているな。一人でも壊滅させてしまいそうだ」


 ディアーク・レン・アインハード率いる、数十の飛行船からなる特別遊撃隊。


 その中でもひときわ立派な船の中にディアークはいた。

 特務師団の旗艦ヘルデスビシュツァーのブリッジで、彼は笑う。


「旗は立った。それより先に狙いを定めよ。編隊状況は?」

「編隊は完了し、すでに迫撃準備を整えて待機しております。いつでもご指示を」


 ディアークは鷹揚に頷く。

 戦場の上空で、飛行船は前後二列となり、横に並んでいた。

 前列にいる飛行船は、戦場の真ん中でひるがえる旗を目印に、積まれている全砲を眼下に広がる悪魔たちに向け――


「よし、では…………テェッ!!」


 一斉に全砲門が火を噴いた。

 下に向けて放たれた砲弾は重力によって加速し、ウィリアムが立てた旗より先の位置に着弾、一撃で何百の悪魔を葬った。


 一発でも十分すぎる威力を誇る砲弾が、嵐のごとく降り注ぐ。


 完璧に統制された砲撃は、まるで兵士たちを焚きつける銅鑼のようにたくましい。


「前列、第一陣、砲撃終了!」

「後列、第二陣、前へ!」


 ひとしきり射撃を行った飛行船は、その場所にとどまり、すぐ後ろに控えていた飛行船が横一列に前に出て、引き継ぐように砲撃を開始する。


 前後二列に分かれ、準備と砲撃を交代で行い、絶えず攻撃し続ける飛行船。


 みるみると悪魔の数が減っていく。

 ディアークたち特別遊撃隊は、悪魔たちに大打撃を与えていた。


 と、そのとき、ディアークのいるブリッジに少しひずんだ音声が届く。


『正確な仕事だな』


 淡々とした声。

 砲撃地点の目印となる旗を立てたウィリアムだった。


「この程度もできないようでは、将軍は名乗れんさ。そっちこそ軽快に飛ばしているではないか。進みすぎて誤射してしまわないか心配しているぞ」

『あたっても死なないから平気だ。存分に打て。砲撃をやめるタイミングについてはレイゲンから指示がある。それまで続けろ』


 承知した、とディアークは頷く。


「ウィリアムはどうするんだ?」

『高位悪魔が出てくるまで砲撃に合わせて進軍し続ける。高位の数が不明な今、安易に進みすぎるわけにもいかない』

「そうか、貴殿なら進むといいかねないので少し心配していたのだが、不要だったな」

『考えたけどな。ここまで来たんだ。慎重に行く。ああ、それと有翼の悪魔が何体か飛び立った。大丈夫だとは思うが気をつけろ』

「警告痛み入る。こちらは気にせず、貴殿は目の前の敵に集中するといい」

『そりゃ結構で』


 ぶつりと、連絡が切れる。

 連絡が切れた後、ディアークはほんの数瞬だけ、地上にわずかに見える旗を見つめた。


 しかし、すぐに気を引き締めて指示を出す。


「兵士諸君、そろそろ悪魔たちがこちらにやってくるとのことだ。この空は誰のものか、徹底的に教えてやれ!」

『おおっ!』


 旗艦ヘルデスビシュツァー内に限らず、他の飛行船との通信機からも意気揚々と答える声が響く。


 レイゲンの加護、そしてエイリス率いる声楽隊の音楽によって、兵士たちのパフォーマンスは最高に高い。


 その野郎臭い空気で満ちた艦内に――


『もしもーし、聞こえてる? あれぇ、おっかしいなぁ。ここをこうして――ブツッ』


 場違いな明るい少女の声が響く。


「ん? 今のはウィルベル中佐か? 何か用か?」


 突如ブリッジ内に流れた少女の声。

 当の本人は流れていることに気づかず、機器をいじったことで唐突に連絡が切れる。


 しばらくすると、また連絡が入った。


『も、もしも~し?』

「ウィルベル中佐か? 何かあったか?」

『あ、つながってた。大将閣下、あたしの出撃はまだ?』

「中佐に出てもらうべき相手はまだ確認されていない。指示あるまで待機していてくれ」

『そ、わかったわ。ちなみに下の状況は?』

「高位が確認されていない現状では優勢だ」


 そう、とウィルベルは待機命令を受領して通信を切った。


 通信が終わった後のブリッジに何とも言えない困惑の空気が漂う。

 ウィルベルの存在を知らない兵士は、まだ幼く見え、軍服ではない変わった恰好をした少女に対して困惑していた。


 特務師団所属の兵士は慣れたものと気にしなかったが、連合軍となり、知らないものが増えた今では、不満を持つ者が多くいた。


「閣下、先ほどの少女は何者ですか? 正規の軍人とはとても思えないのですが」


 ディアークに尋ねたのは、礼儀、忠節に厳格なドワーフ軍人だった。

 同意するように、人族の軍人もうなずく。


「彼女は特殊でな。正規の訓練は受けていない。最低限の訓練は受けたが、ほんのわずかな期間だけだ」

「そんなものがなぜこの船に乗っているんですか? それも閣下に対して無礼ともとれる態度です」


 糾弾するような強い口調。

 ディアークは肩をすくめた。


「言っただろう、特殊だと。彼女は特別なのだ。おそらくこの船にいる者の中でも彼女は俺に並んで最も強い。相性によっては俺すら負けるかもしれん。訓練を受けていないがゆえに中佐にとどまっていると考えればわかるかな」

「!」


 ディアークの説明に、ブリッジ内にいた事情を知らない兵士たちは驚く。


 中佐というのは軍人にとってはかなり高い地位。

 それを軍大学で正規の訓練を受けていないにも関わらずなれるということは、それだけ卓越した実力を持つということに等しい。


 もし訓練を受けていれば将軍クラスだと。


 驚く彼らにダメ押しとばかりに、ディアークは更なる彼女の情報を開示した。


「それに彼女はたった1人で高位悪魔に対抗できる上に、単独で飛行もできるほどの精霊術の使い手だ。そんな人間は連合軍においてもほんのわずかしかいない。この飛行艦隊に配属されるのは必然というものだ」

「そんなことができるのですか? にわかには信じがたいのですが……」

「何、すぐにわかる。一つ言えるのは、彼女がいればわが艦隊は最強ということだ。何せ彼女はウィリアムの相棒なんだからな!」

「おおっ!」


 その情報で一気に沸き立つ艦内。

 にやりと笑うディアーク。

 本当は魔法だが、魔法の存在は隠さなければならないために、ウィルベルが使うのは精霊術であると誤魔化した。


 一致団結した飛行船。

 そしてついに、有翼の悪魔が視認できる距離にやってきた。


「さあ、かような少女に負けていられないぞ。諸君、我らの力を全世界に見せつけてやれ!」

『応ッ!』




次回、「脅威襲来」

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