表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
276/323

第二十九話 戦の始まり

 



 兵士たち総出の砦の機能復旧に、二週間ほどの月日を要した。

 魔法が使え、食事も睡眠も必要ない悪魔が建設した砦は、人類には合わない。


 しかし、ウィリアムたちが建造物を破壊したために、取り壊しする手間が省け、簡易な兵舎の建設や防壁の修復のみで済んだ。


 戦闘行為に耐えられる砦、というより兵士たちの拠点としての意味合いが強い砦となった。

 しかし、その拠点も完成した傍からすぐに、人の数は減り、続々と次の作戦へと移行していく。



 わびしくなった砦の中で。


 アニクアディティを望む方角の防壁の上に、ぼさぼさの白髪の男が歩いていた。



「ここまでして意味あったんか? この砦、復旧したところですぐ使わなくなんのによォ」



 不良のような乱暴なしゃべり方。

 右腕に金属質の義手をつけたヴェルナーだった。


 ヴェルナーの横には、額からねじくれた角が生えた大男。


「使えるものは何でも使おうというものだ! これから始まる大戦、逃げ場所があるというのは、兵たちにとって大いなる安心をもたらすものよ!」


 竜人族であり、元特務師団、そしてレイゲンの側近であるジュウゾウだった。

 ヴェルナーはジュウゾウの説明に納得いかず、眉をしかめた。


「逃げてる時点で安心なんかできねぇだろが。ここまで来たら進むしか、安全への道なんかねぇ」

「はっはっは! おぬしは俺たち竜人と近いかもしれんな! 後先のことなど考えず、突撃あるのみとは!」


 豪快に笑い声をあげるジュウゾウ。

 彼はひとしきり笑うと、真剣なまなざしを遠くにかすかに見える城に向ける。



 ――アニクアディティ首都、ニュデリード。


 元は低く、城というより宮殿のようだったその城は、長きにわたる悪魔たちの支配によって、いびつで、禍々しく、うずたかい城と化していた。


 ジュウゾウの目に、いつになく力が入る。


「……あの国は、俺たちの仲間である獣人たちが夢見た故郷よ。ここまで来たらば彼らは引くことなどするまい。撤退の指示が出ようと城に赴き、敵将の喉元に食いつかんとするだろうな」

「どうせオレたちの大将も似たようなこと考えてらぁ。この砦攻略も一人でやろうとしたにちげぇねぇ。周りが止めただろうがな」

「確かにあの男ならやりかねんな! お館様はそれを見て我慢できずにともに飛び出したといったところか!」


 またしても笑うジュウゾウ。

 ヴェルナーはジュウゾウに向き直る。


「オレは会ったことねぇが、御館様ってなぁ、どんくらい強いんだ? 元団長とはどんくらいの差だ?」

「差などほとんどないであろうな。どちらを贔屓目に見てもな。ただ言えるのは、お館様とあの男では意思が違う。互いに良き味方となるのは確実であろう! 実に喜ばしいことだ!」

「そうかい。そりゃ結構」


 ヴェルナーは右手の義手を動かし、手のひらを開閉しながら調子を確かめる。

 ヴェルナーの右腕を目にしたジュウゾウは、顎に手をやり、覗き込む。


「その腕はいったいどうした? 事故があったとは聞いていたが、そのようになるとは」

「こいつぁちょっとしくじっただけだ。まあ、そのおかげ……つったら悪いか。元団長に無理言った結果だ。おかげでどでかい借りができちまった。返すまでは死ねそうにねぇな」


 ヴェルナーの言葉に、ジュウゾウはフッと笑う。


「それはよいな。戦いの後を見据えるのはよいことだ。人生は一度きり。戦い、死んで終わりではあまりに味気ないからな」

「戦ってばかりの竜人がいうと説得力がねぇな」

「戦ってばかりいるからこそ、意味を見出すのがうまくなるというものよ。お館様はいろいろ考えていらっしゃるだろうな。この戦いが終わった後の覇権争いについてもすでにな」

「お前はどうなんだ?」

「考えているように見えるか?」

「いんや、まったく」


 ヴェルナーは呆れ笑いながら、再び歩き出す。

 ジュウゾウもついていくように歩き出す。


「あと少しで長かった戦いも終わる。悪魔なんてもんはこの世界には必要ねぇ」

「ともに終わらせようぞ。我らの勝利でな!」


 2人はこぶしをぶつけあう。


 もうすぐ最後の戦いの幕が上がる。


 砦の中心、最も高い建造物の上に建てられた旗が、音を立てて揺れる。



 ――まるで戦の始まりを喜ぶように。




 ◆




 進軍を開始した連合軍。

 遠くに見えていたアニクアディティは、もう手の届く位置にある。


 砦を占拠し、再建している間に進撃を開始した飛行船団の勢いは止まらず、アニクアディティまで続く広大な平野まで、連合軍は進軍した。


 いくつもの砦を落とし、何体もの悪魔を灰へと帰しながら。



 そして、今――



 アニクアディティ目前まで進軍した連合軍は、広大な平野に展開していた。


 かつては肥沃な土地であり、夏になれば、暖かな日差しときれいな花を咲かせて、優しい風が吹いた場所。


 しかし、悪魔に奪われてから何十年も経過した今では、その影もない。

 荒廃し、乾燥と地割れがそこかしこに散見され、少ない水分を奪うように振り注ぐ夏の日光に大地のすべてが奪われてしまったかのように何もなかった。



 平野に、生命は何もない。



 あるのは、ただ一つ。



「あ、悪魔があんなにも……」

「か、勝てるのか? あんな大軍、見たことも聞いたこともない」

「無、無理だろ、あ、ああ。いやだ、死にたくない!」


 荒れ果てた平野を挟んだ向こう側。

 アニクアディティの町や村、城があった場所には、おびただしい数の悪魔の大軍が集結していた。

 日は高いにも関わらず、黒い体表を持つ悪魔たちによって、視界一面は黒く染まる。


 数倍か、数十倍か。

 どう見ても連合軍よりも数が多いことは明らかだった。


 今から自分たちは、あの数の悪魔と戦う。


 異形で死をも恐れない、怪しげな術を使う悪魔たちと。


 その事実に、うろたえる兵士は少なくなかった。


 ――しかし、動じない兵士もまた、多かった。


「あの程度の悪魔の数、造作もない」

「我らの勝利は決して揺らがぬ」

「英雄が率いる我が軍が負ける道理は存在しない」


 兵士たちの前には、堂々たる背中を見せる各国の英雄たち。


 第一軍団長兼総大将ウィリアム。

 軍団総括副総指揮官レイゲン。

 第二軍団長エデルベアグ。

 第三軍団長レゴラウス。

 第四軍団長ヴァルグリオ。


 そんな彼らのそばには、高位悪魔にも単独で対抗できる実力者。

 ヴェルナー、ライナー、シャルロッテ、カーティス、ヴァルドロ、アアラヴ。

 アアラヴはエスリリの父、獣人族の現族長。

 エスリリもアアラヴに従う形で従軍している。


 そして、彼らがいる地上に影が差す。


 上空には、特殊遊撃軍団長ディアーク率いる飛行船団。



 ――ここに、連合軍全軍が集結した。



「レイゲン、頼んだ」

「フンッ、よかろう。総大将を顎で使うのも悪くない」


 ウィリアムは旗が括りつけられた槍を取り出し、全員に見えるように高く掲げる。


 青藍纏う十字槍。

 そこではためく竜の紋。


「高ぶりが止みません、胸が高鳴っていく。最高の歌を、最高の仲間と。さあ、みんなで歌いましょう!」


 旗を合図に銅鑼が鳴り、声楽隊が高らかに音楽を奏で始める。


「我が軍勢よ、鬨を挙げよ。我らが往くは修羅の道。悉く(ことごと)を凌駕し、押しつぶせ」


 レイゲンが発破をかける。


 兵士たちは手に持つ武具を、鎧を、足を打ち踏み鳴らす。


 もはや、演説も何も必要ない。


 ただレイゲンは兵士に背を向け、悪魔のほうへ向く。


 レイゲンは腕を上げ――


「全軍、進軍開始!!」


 振り下ろす。


『ウオオオオオオォォォッッ!!』


 途端に、兵士たちが武器を振り上げ叫びだした。


 兵士たちの体に力が宿る。

 レイゲンの『覇軍』の加護。

 エイリスの唄の力。

 そして力強い英雄たちの背中。


 湧きあがる感情と力をそのままに、兵士たちは進軍を開始する。


 かつてないほどの速度で進みだす軍勢。


 悪魔の軍勢を恐れる兵士の姿はどこにもいない。



 ただ熱く。


 ただまっすぐに。



 青白く輝く旗槍を掲げ、軍勢の先頭をひた走る男の背中を追いかけた――





次回、「天地挟撃」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ