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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第二十八話 揺れる旗の下で

 



 大陸初の連合軍の士気は、ウィリアムたち将軍とエイリスたち声楽隊によって、大きく底上げされていた。


 未だかつて見たことが無い規模の連合軍、類まれな英雄たち。



 そして、未知の力――



「大概彼のやることには慣れてきたと思ったが、まったくそんなことはなかったな」


 北部砦の高層階から、地上を見下ろす男が一人。

 その男の視線の先には、光すら飲み込む巨大な黒い門があった。


「あたしでも驚くんだから、無理ないよ。闇の王、想像以上ね」


 男の隣には、小柄で尖がり帽子をかぶった銀髪の少女。


 ディアークとウィルベルだった。

 二人の眼下に広がるは、黒い転移門に続々と飲み込まれていく連合軍兵士たち。


 彼らは、落とした北部砦までウィリアムの転移によって移動している最中だった。

 何千何万もの兵士たちがまとめて一瞬にして進軍していく。


 あまりに異常。

 ウィリアムを知る二人ですら、この光景には舌を巻いていた。


「それで、あたしたちはこれからどうすんの? いくらなんでも、飛行船は通れないわよね?」

「飛行部隊は地上部隊が落とした砦を再建する間に、先行してアニクアディティまでの順路を確保する。アニクアディティの前には広大な平野がある。そこが決戦の場になるだろう」

「あっそ。なら、すぐに忙しくなるのね」


 ウィルベルは小さく息を吐く。


「それにしても、たった三人で砦を落としに行くなんて、何を考えてるんだか」

「ウィルベルもそう思うか。やはり無茶だったと――」

「あたしも連れてって欲しかったなぁ。気兼ねなく魔法使いたかったのに」

「そ、そうか……」


 ウィルベルは進軍していく連合軍に背を向けて、砦の中に入っていく。

 ディアークは何も言わずに見送った。


 ……小さな背中。


 されど、彼女は虎の子である特別遊撃隊に配属されている唯一の特務隊出身者。


「魔法を使えても、まだ子供。かような少女を戦場に立たせねばならないとはな。……ましてや、戦を左右する役目を押し付けるとは、我ながら情けない」


 ディアークが率いる特別遊撃隊は、特務師団が使用していた飛行船団で構成されている。


 その運用は南部軍が中心となっており、特務師団のものも多くいる。


 しかし、魔法使いであり、その素性を明らかにできないウィルベルは交友関係が限られていた。

 彼女をよく知る者はおらず、その秘密を知る仲間たちは周囲にはディアークを除いて誰もいない。


 ディアークは一度、ゆっくりと目を伏せる。


「この戦いが終われば、彼はどうするんだろうな」


 続々と転移していく兵士たちを見て、ディアークもまた砦内に入っていくのだった。




 ◆




 ウィリアムたちが落とした元悪魔の砦。

 戦いのあったその砦は半壊して、とても活用できる状態ではなくなっていた。


 そんな砦に――


「この建材はそっちへ! まずは兵士の寝床が先だ!」

「防壁は無事なところがある! そこを中心にしていけ!」

「悪魔がいるぞ! 防衛部隊は巡回を強化だ!」


 何万何十万という兵士たちが、せわしなく動き回っていた。


 人、ドワーフ、エルフ、竜人、獣人が協力し合って、砦を急ピッチで再建していく。


 転移によって大した疲労もなく、物資の輸送の負担も大幅に軽減された。


 なおかつ、たったの3人で悪魔たちを一掃したという事実。

 それを裏付ける砦の様子を見て、兵士たちは士気を取り戻し、意気軒昂に働いていた。


 しかし――


「あ、は! はぁっ!」


 一人、膝をつき、冷や汗を大量にたらしながら荒い息を吐く者がいた。


 ウィリアムだ。


 膝をつくウィリアムのそばには、レゴラウスの姿があった。


「大丈夫か? いくら精霊の力を借りたとしても、大規模転移などそう簡単にできるものではないぞ」

「ぜぇ、はぁ、でも、悪魔を討伐するなら、やらなきゃ、いけないことだ。前にも竜を転移させたし、行けると思ったんだが」


 荒い息を吐き続けるウィリアムの背中を、レゴラウスはさする。


「確かに竜は巨大だが、門を開いていた時間はそう長くないはずだ。数時間も開いたままでは疲労度は比べ物になるはずもなかろう」


 精霊と親しいエルフの王たるレゴラウスは、ウィリアムの補助についていた。


「精霊は無条件に力を貸してくれるわけではない。そなたの魔力を対価に行うのだから、疲労がたまるのは当然だ」

「知ってるよ。だからちゃんと休憩はとったさ」

「数十分の休憩だけでどうこうなるようなものではないと思うが。そなたは魔力まで人並外れているということか」

「毎日鍛えてるし、竜の肉を食ったからな」

「?」


 ウィリアムの魔力量に驚くレゴラウスだったが、返ってきた返答には首を傾げた。

 特に詳しい説明をすることもなく、ウィリアムは息を整えて立ち上がり、汗をぬぐう。


「それで、状況は?」

「今はドワーフの将軍と西の将軍が指揮を執り、砦の再建にあたっている。余らエルフと獣人は周囲の警戒だ。ところどころで悪魔の姿が散見されている」


 ウィリアムはほっと息を吐く。


「高位がいないなら、有象無象は各自に任せる。……すまないが、少し寝る。何かあれば起こせ」


 ウィリアムは休むために、ふらつきながらも臨時の休憩所に向かっていった。

 消えたウィリアムと入れ替わりのように、レゴラウスのもとに一人の女性がやってくる。


「ウィリアムさ~ん。おや、お父様じゃないですか。ウィリアムさんはいずこへ?」


 やってきたのは、レゴラウスと同じく金色に輝く髪を背中まで流した女性。


 違うのは来ている服の露出のみ。

 ほぼ下着姿に軍服を羽織っただけの、レゴラウスの娘であるエイリスだった。


「エイリス……他国軍人の目もあるんだ。もう少しまともな格好をしなさい」


 自分の格好を一切顧みない自分の娘を見て、こめかみを抑えて頭を痛める。


「嫌ですよう。こんな歴史に名を遺す戦いが始まろうというのです。この空気、高揚感、肌で感じなければもったいないじゃないですか」


 父の悩みもなんのその、エイリスはくるくると踊りながら拒絶する。


「それでウィリアムさんは? 砦の戦いについて、話を聞いて歌にしたいのですけれど」

「彼は疲れて休んでいるよ。あとにしなさい」

「はーい」


 エイリスは口をとがらせながらも素直に従い、その場を後にした。


「まったく、歌も絵も一流なのにあの恰好だけは何とかならないものか。まあ、兵の能力を引き出し、まとめているのだから強くも言えないな」


 呆れたようにも感心したようにも聞こえる声音。

 レゴラウスはウィリアム程、エイリスの恰好について強く言わない。


 それは、彼女がそれに見合うほどの実力を持っているから。


 ユベールにある三つの至宝。


 エイリスは、その一つ。


『大図書館』、『精霊の宝玉』に続く『歌姫』である。


 彼女の歌は不思議と人を突き動かす力を持っている。

 時には人を落ち着かせ、時には人を高揚させ、時には人の生きる力を増大させる。


 精霊でも魔法でもない、不思議な力が生まれつき彼女には備わっていた。

 彼女の歌が響く戦場では誰もが希望を持ち、普段以上の力を発揮することができる。


 それほどの力を持つ反動か、羞恥心のかけらもない恰好をしているのは、それだけ芸術に懸ける思いが強いから。


 そして、その芸術によって、たくさんの人間に影響を与えているのがエイリスという人物だった。


 そんな彼女の実力は、大陸中が集った連合軍内でも稀有であり、複数ある声楽隊のまとめ役にも抜擢された。


 芸術性が抜きんでてはいるものの、もともと王女であり、知勇も十二分に備えている。


 ただレゴラウスは、責任ある立場になれば服装もましになるかと思っていたが、それだけはあてが外れたようだった。




次回、「戦の始まり」

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