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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第二十七話 英雄の唄

 



 北部砦の防壁には、幾人もの観測兵の姿があった。


 彼らはそろって、ただ息をのむ。


 両手で持った望遠鏡から目を離すことも、言葉を発することもなく、呼吸すら忘れてレンズ越しの光景に見入っていた。


「た、たったの3人で……あの砦を? 北部がずっとてこずっていた砦を、たった一時間で……」


 煙が砦のそこかしこから立ち上がり、轟音とともに建造物が崩れていく。


 望遠鏡のレンズには、翻る青い旗が映っていた。


「本当に? 悪魔の偽装じゃないよな……? これが……大陸の英雄たち……」


 望遠鏡から目を離した兵士は、ごくりと喉を鳴らす。

 戦っていないにもかかわらず、兵士は汗をかいていた。


 わずかに見える砦から爆発音はもう聞こえてこない。


「どうした、何が起こった?」


 観測員と砦の異常を察した部隊長が、状況を尋ねる。


 兵士は額の汗をぬぐいながら――


「はっ、それが、もう旗が掲げられました。グラノリュース王国旗となった旧南部軍特務師団の紋が確認できます」

「なんだと!? もうか!? まだ一時間程度しか経っていないぞ!? あの砦には幾千幾万もの悪魔がいたはずだ!」


 部隊長は目を剥き、砦が良く見える位置に駆け寄った。


「すでに旗は上がっております……。出撃直前にアーサー総司令の言葉から、砦の占拠が完了したと判断してよいかと」

「……信じられん」


 こめかみを抑えつつ、部隊長は本部に戦いが終わったことを伝えにいく。

 そこでもまた、似たやり取りが繰り返されるのだった。




 ◆




 現在、出撃しているのは飛行船部隊のみ。

 それらは戦闘行動には加わらず、物資の運搬や兵の輸送、戦場の監視といった業務にあたっていた。

 それ以外の陸上部隊は、人類圏最北端にある拠点にて待機していた。


 いつでも戦闘ができるように、意気揚々と。


 しかし、それもつい一時間ほど前まで。


「大丈夫なのかよ、史上初の連合軍って言っても、もうすでに北部大将がやられた。最強と名高かったあのロフリーヴェス大将が、だ。……いくらまだ将軍たちが残ってるからって言っても、しょっぱなからこれじゃ、勝てるわけねぇ」


 北部の軍服に身を包んだ兵士の一人が、青い顔で呟いた。


 約一時間前、ウィリアム、レイゲン、ヴァルグリオが砦を落とすために出撃した。

 その際にウィリアムはこういった。


『諸君! これから俺たち仲良し3人組は、少しだけピクニックに出かけてくる! ちょっと向こうの山の上に旗を立ててくるから、見えたら大声で応えてくれ!』


 兵士たちは理解できなかった。


 北部大将であるクラウスがやられたことに言及することなく、ただ訳の分からない言葉を残し、その後、連合軍の心臓といってもいい3人が軍を率いずに出撃したことで、一般兵たちは混乱の極致に陥り、士気が大きく下がっていた。


「さっきの総大将の話、聞いたか? ピクニック気分だったらしい。そんな奴が率いる時点で勝利はかなり怪しいぜ」

「あれ、事実なのか? ふざけんじゃねぇ、上がバカだとそのしりぬぐいは決まって前線の俺たちだ! 馬鹿の対価は大勢の命! やってられるか!」

「大声を出すなよ! 敵前逃亡なんて言われたら銃殺刑だぞ」


 騒ぎ出した兵士は抑えられながらも、なおも不満を吐露する。


「敵前逃亡なら捕まるまでは生きられる。でも馬鹿正直に命令通りに戦ってたら、速攻で死ぬ。どっちがいいかなんて火を見るより明らかだろ!」

「まだ負けると決まったわけじゃない。もしかしたら、ピクニック気分の総大将は本当にそのくらいの感覚で砦を落とすかもしれないぞ。なんてったって、唄に聞く大陸の英雄様だぜ」


 兵士は舌打ちした。


「前からその英雄様は気に入らなかったんだ。どうせ、悪魔に対抗するためのプロパガンダに決まってる。ちょっと腕が立つ男を捕まえて祭り上げてるだけだ。仮面なんてつけてりゃ、誰が立っても変わんねぇよ」


 もとよりアクセルベルクの兵士の半分は北部出身、そして彼らはウィリアムと関わりが薄かったために、存在に懐疑的だった。

 全大陸の軍団が集う決起集会でも、仮面をつけて姿を現したこともあり、その疑惑は加速していく。


「ロフリーヴェス大将が飛行船を率いて落とせなかった砦を、たったの3人で落とせるわけねぇ。ドワーフと竜人の代表がいるっていってもたかが知れてる!」


 膨れ上がる兵士の不満。


 北部兵たちの会話を――


「貴様ら、我らが元帥を愚弄するか! 北部の無能将軍と我らの英雄を同列に語るなど、おこがましいにもほどがある!」


 同じく待機していたドワーフたちが耳にした。


「かの仮面の英雄は我らの恩人であるぞ! 自国の仲間にも関わらず疑うなど、アクセルベルク軍人の器が知れるというもの!」


 ドワーフたちは大声で怒鳴るが、北部軍人たちもたまった不満を爆発させ、唾を飛ばし始める。


「ハッ! ろくに頭も使わずに盲従するドワーフにはわからねぇだろうな! 高位の悪魔相手に人類が勝てるわけねぇ! 俺たちの大将ですら手を焼くような相手に、ドワーフや竜人風情がかなうわけねぇだろ!」

「なんだと貴様! 目の前で悪魔が砦を築くさまを、臆病に震えて見ているだけだった北部の腰抜け風情が!」

「飾り物の南部の偽英雄の手を借りなきゃ、悪魔も満足に相手にできない連中はいうことがちがうな! 自分の姫まで利用して嘘みたいな詩を広めても、実力は隠せないんだよ!」

「姫様まで愚弄するか! あの方は、王族の名にふさわしき叡智と武勇を持つ傑物ぞ!誰であろうと、それを馬鹿にするものは許さん! 戦う気がないというなら今この場で切って捨ててくれる!」


 加速する諍いは留まるところを知らず、互いに武器を手に取り、拳を握ろうする。

 周囲も止めることなく、むしろ便乗し、諍いはさらに大きな渦となっていく。



 そのとき彼らの耳に――



「我らが背負うは竜の紋、空を駆ける知恵の紋。旗影ははためき悠々と、天野原澄み渡り燦燦と、兵は誇らしく強勇と、世界は穏やかな平和へと~♪」


 場違いに明るく、流麗な歌声が響いた。


「……?」


 突如流れた歌声に、争い始めた軍人たちの手は止まる。


「この歌は……」

「不思議だ、心が落ち着いていく」

「力が湧いてくる?」


 兵士たちは武器を降ろした。

 怒りに満ちていた顔は今や穏やかなものになり、隣の仲間と見つめ合う。


「災禍と戦う盟友よ、命を背負う英雄よ、想いを背負う勇王よ」


 歌を奏でるのは誰か。

 誰もが気になり声のするほうへ目を向ける。


 そこにいたのは――


「ああ、かの者は平和を守る守護者とならん」


 楽器を抱き、豊かな黄金色の髪をなびかせながら歌う、尖った長い耳を持つエルフ。


 その姿に誰もが目を疑った。


 そのエルフは、エルフらしからぬ露出の多い服を着て、軍服を肩に羽織っただけのまだ若い女性だったから。


 兵士たちの目は、彼女の美しい歌とその美貌、姿にくぎ付けになっていた。


 音を紡ぎ、声を奏でる彼女はひとしきり音楽を奏でると兵士たちに微笑みかける。


「おや、皆さん。健勝そうで何よりです。もうすぐに忙しくなりますよ、私たちも一生懸命に歌いますから、皆さんどうか、戦い、生きてくださいね」


 格好と相反し、礼儀正しく礼をする彼女に、兵士たちは困惑する。


「そ、そなたは何者?」

「私は連合軍第一声楽隊を任されているエイリスです。宣伝もかねて、こうして皆さんにお声掛けしております」


 エルフの王女たるエイリス。

 彼女は慇懃に礼をしてにっこりと微笑み――


「さあさあ、精強凛々な勇士の皆様。まもなく我らが総大将が勝鬨を求めてきますよ? のどの準備は大丈夫ですか?」

「のど?」


 エイリスの言葉に、先ほどまでいがみ合っていた北部人とドワーフは、目を合わせる。



「我らの偉大な大将たちが、お散歩気分で戦果をあげます。皆さんの度肝を抜くような、すごいことが始まります。さあ、さあ! 奮えましょう、踊りましょう! 私たちの勝利は揺るぎないですよ!」



 エイリスは手を広げ、やさしく熱を持った笑みを浮かべた。


 そして――


「砦が落ちた! 我らの英雄たちが瞬く間に悪魔を駆逐したぞ! 勝鬨をあげよ!」

「ほら♪」


 エイリスの言葉のすぐ後に、部屋に飛び込んできた兵士が一人。


 少し遅れて、拠点を震わす大歓声が巻き起こる。


 揺れた瞬間、兵士たちは理解した。


 砦がどうなったのか。


「エイリスといったか、これはッ!?」


 北部兵士は話を聞こうと、エイリスに問いかける。

 だがそこに、すでにエイリスはいない。


 頭は追い付かず、理解はできない。

 だけど、実感と歓喜だけは湧いてくる。


 かつてないほどの強者が、ここに集っているのだと。

 かつてないほどの英雄が、我らを率いているのだと。


 少し前まで陰鬱な空気が漂っていたのが、一転して大地をどよもす高揚に代わる。

 疑っていた北部軍人たちも不思議と猜疑心は収まり、心の底から喜びとも感動ともいえぬ感情が湧きあがり、体が震えるのを感じていた。


 エイリスのことすら忘れて、こぶしを突き上げ叫ぶ。


 そこには、いがみ合っていた人もドワーフもいなかった。


 ただただ勝利を祝い酔う、盟友たちの姿があった。




次回、「揺れる旗の下で」

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