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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第二十六話 翻る蒼

 



 レイゲンのもとにも、一人の高位の悪魔が現れていた。


「貴様! よくも私たちの同胞を! よくも私たちの砦を! 絶対にただでは死なさない!」


 暗い赤毛のその悪魔の顔は怒りに染まり、眉間には深い皺が刻まれていた。

 一見して女性のようにも見えるシルエット。

 しかし、身体の各所から鋭い棘が生えており、明らかに悪魔だと見てとれる風体だった。


 レイゲンは高位の悪魔を確認すると、うっすらとほくそ笑む。


「ようやくお出ましか、この俺を待たせるとは、たかが悪魔風情がいい気なものだ」

「傲慢の王が! その驕り、引き裂いてやる!」


 悪魔は両手から紅蓮の炎を発生させて、レイゲンに放つ。


「フン」


 レイゲンは軽く横に移動して、その炎を躱した。

 炎が通った後は、まるで竜に食いちぎられたかのように破壊され、消えていく。


 その様子を見たレイゲンは、愉快気に口を歪ませた。


「ほう? あの男と同じ空間魔法、それを炎と組み合わせたものか。触れずとも熱を感じただけで、並みの兵士ならばお陀仏というわけか」

「わかったところでどうしようもできない! 余裕ぶっているうちに次元の彼方へちぎり飛ばしてやる!」


 レイゲンの行き場を無くすように、悪魔マステマは辺り一面を紅蓮の炎の壁で包みこむ。


「これで終わりだ! 傲慢の王! アハハハ!!」


 紅蓮の檻に閉じ込めることに成功したマステマは、眉間にしわを寄せながら高笑う。


 だが、逃げ場を失い、炎に囲まれてもなお――


「稚拙な攻めよ。頭の程度が知れる」


 レイゲンは余裕だった。


「何もできない男がほざくな! 私の怒りの炎の前では誰もなす術もなく死んでいくのみだ! 貴様もその有象無象の1人に過ぎない!」


 マステマが叫び、レイゲンにとどめの炎を放つ。


 そこでようやくレイゲンが動く。


「見くびるな。矮小な怒りに支配される貴様と俺とでは、生物としての格が違う」


 その場で片足を上げ、大きく地面を踏みぬいた。

 地面が大きく割れ、いくつもの大きな瓦礫がレイゲンの眼前に舞う。


 舞い上がった瓦礫が向かってくる炎を防ぎ、すぐに空間のはざまに飛ばされる。


 なおも止まらず迫る炎。


「たかが羽虫のごとき悪魔風情が。飛ぶのがやっとの分際で、この俺を次元の彼方へ飛ばそうなどとおこがましいぞ」


 紅蓮の炎がレイゲンを包んだ――


「アハハハハ! 偉そうなことを言っておきながら残念な奴だ! 口ほどにもない! 私の怒りは貴様1人殺したところで収まるような矮小なものじゃない! たかが竜人風情が、悪魔の将たる私に逆らうからこうなるんだ!」


 勝利を確信したマステマが高笑いを上げる。


「さて、次はこの砦を爆発させた腹立たしい男の下へ向かって、貴様と同じ目に遭わせてやる。楽しみに待っていろ! もう聞こえてないだろうがな!」


 マステマはそのまま、背中を向けて空を飛んで去ろうとした。


 だが――


「あの男に手柄を渡すわけにはいかんな」


 その背中に声をかける者がいた。


「なに―――」


 かけられた声に満足に反応することもできず、マステマは突如真っ二つに引き裂かれた。


 何が起きたのか、理解もできず、驚愕の表情を浮かべたまま。

 悪魔マステマは灰へと還る。


「俺と貴様では生物としての格が違うといった。もう聞こえていないだろうが」


 燃え盛る炎の中から、竜人の王は悠然とその姿を現した。


 レイゲンは風に乗って流れてきた灰を掴み、もっとも大きな建造物のあった場所を仰ぎ見る。



「これで一つ。残りは……ちっ、遅かったか」



 見上げた視線の先――


 そこでは、青い旗がはためいていた。




 ◆




 最初の爆発で大半の有象無象の悪魔を処理したウィリアムは、旗を立てるにはどこがいいかと、周囲を警戒しつつ散策していた。


 その最中に、一体の悪魔が現れた。


「おや、戦利品を見ていたら、いつの間にか面白くなっているじゃないですか!」


 悪魔は紳士的な服装に身を包んでいた。

 一見して人間のような恰好、しかし体表が灰色であること、頭部に異形の角が生えていることが、悪魔である決定的な証左だった。


 その悪魔は仮面をつけたウィリアムを確認すると、みるみるうちに口角を釣り上げた。

 心の底から愉快そうに、両手を広げて喜びを露にして――


「ハッハハハ! さすが私! 実に、実に運がいい! これほどの天運に恵まれるのは悪魔多しといえど、この私ひとりではないでしょうか! いやはや、王に、そして神に感謝しなくては!」


 その歓喜の声に聞き覚えがあったのか、ウィリアムはこめかみに手を当てる。


「あー、どこかで聞いたような……どこだったかな」

「おや! この私を覚えていないと? あんなにも激しい時を共に過ごし、世界のすばらしさを分かち合った仲ではないですか!」

「誤解されそうでされないな。されたくもないからいいが。そうか、名前を聞いていなかったから覚えてなかったが、あの時、海の上で戦った悪魔か」

「そうですそうです! 思い出していただけたのですね! あのとき名乗っていなかったことを思い出して、この世界を追い出された後に悶絶したんですよ! なので忘れないうちに名乗っておきましょう!」


 ウィリアムの頭上から現れた悪魔は、律儀に地面に降りて、同じ視線で慇懃に礼をした。


「私は魔法を司る者、アルマロスです。どうぞお見知りおきを」

「ご丁寧にどうも。俺はウィリアム。ただのウィリアムだ」

「ウィリアム! 覚えましたよ! バラキエルと共にあなたをどう倒すか、真剣に話し合ったものです。今日、実験の成果を試してみましょう!」


 言葉と共にアルマロスが手をかざして水や炎を発生させた。

 土や突風を巻き起こしてウィリアムの行動を阻害しながら。


 四属性の魔法の同時行使による全力の攻撃。


 ウィリアムは迫りくる魔法を無視して、右手に持つ槍を回転させて旗を巻き付け、なびかないようにする。


「さあ! 私の成果! 存分にその命で味わってください!」


 アルマロスは、辺り一面に大爆発を引き起こす。

 それはかつてアルマロスが東部の海で行っていた爆発とは桁違いの、全属性を複合した爆炎魔法。


 周囲の建造物はおろか、巨大なクレーターが出来上がるほどの大爆発。

 水と炎による水蒸気爆発、風の魔法による裂傷効果と土魔法による質量攻撃。


 息もできないほどの大爆発、直撃せずとも死に至らしめるその爆発は、確実にウィリアムに直撃した。


 結果が待ちきれないとばかりに、アルマロスは竜巻と見紛うほどの風を発生させて煙を散らす。


 そこには――


「馬鹿みてぇな爆発。変わらねぇな」


 変わらずウィリアムが巨大なクレーターの中心、塔のようになった足場にたたずんでいた。

 ウィリアムの無事を確認したアルマロスは、ますます歓喜の声を上げる。


「さすがさすが! やはり一筋縄ではいきませんね! 前回の水蒸気爆発に加え、風魔法や土魔法による威力向上と裂傷効果を期待したのですが、あなたには無意味でしたか! お互いに成長しているんですね!」

「相変わらずよく喋る。魔法に対して高い技量なのも変わらないな。あれから随分と腕を上げたと自負していたが、まだお前を相手にするとマナ操作は上手くできなくなる」


 ウィリアムは右手で簡単な雷魔法を放つも、アルマロスに届く前にかき消える。


「そうでしょうとも! 魔法を司る悪魔ですから、伊達ではないのですよ! 魔力によって動くマナ、マナの動きを制御することはすなわち魔法使いの戦いの神髄! 魔法を奪い、封じる戦い方は私の十八番ですから!」

「おかげで魔法以外で倒さないといけないから面倒だ。聞くがお前は悪魔の中でどれくらいの立ち位置なんだ?」

「どのくらいの立ち位置ですか? そうですねぇ、上から数えたほうが早いですねぇ」


 高位の中でも上位の存在。

 ウィリアムはほくそ笑む。


「高位のなかでも上から数えたほうが早い、か。なら全く手が届かないというわけでもなさそうだ」

「はて、何を相手にしようとしているのかわかりませんが、それは私を倒してから言ったほうがいいでしょう」

「ああ、心配するな。すぐ終わる。旗を立てるついでにな」


 アルマロスはウィリアムの発言を理解できず、上品に顎に手を当て、首をかしげて考える。


 そしてある違和感に気づく。


「はて、あなた、槍は?」


 ウィリアムの手に、槍が無い。


「もうすぐかな?」

「もうすぐ?」

「上だ」


 ウィリアムが上を指さす。

 アルマロスがつられて上を見る。


 その眼に飛び込んできた光景――


「は?」


 ――十字が悪魔に降り注ぐ。


 地面から離れた空中に飛んでいたアルマロスは、槍に胸を貫かれ、槍の勢いそのままに地面に叩きつけられる。


「ながっ!」

「前の時もそうだったが、飛んでりゃ攻撃が届かないから安心なんて思ってちゃだめだぞ。魔法が使えないから遠距離攻撃はないなんて甘すぎる」


 地面に縫い付けられたアルマロスは、必死に槍を抜いて立ち上がろうともがく。

 しかし、槍の刃の根元にある細かな刃によって引っかかり、抜けだせない。


「さあ、終わりの合図。お前の大好きな花火で終わらせよう」

「お、おのれぇぇぇ!!!」


 ウィリアムが指を鳴らす。


 槍を起点に大爆発が巻き起こる。



 ――爆発が止んだ後には青き旗をなびかせた槍だけが残っていた。




次回、「英雄の唄」

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