表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
272/323

第二十五話 変幻宝具

 



 砦上空に転移して、ウィリアムが操る盾の上に乗った3人は地上を見下ろしていた。


 砦では、クラウスが乗っていた飛行船が墜落して爆発炎上していた。


 貴重な戦力を失ったのを目の当たりにした三人は――


「俺があそこに行く。あそこの方が旗が遠くから見えるだろうから」

「たわけが。そこは俺が行く。あれほど厳重な造りとあらば、この俺にしか攻め落とせん」

「いや、言い出した我が行くべきかと。砦内であれば飛ばれることもなし、相性の問題で我が……」


 砦をどう攻め落とすか相談していた。

 いや、それは相談というより喧嘩に近かった。


 誰が首魁がいそうな場所に攻めるか、問答を繰り返す。


 3人とも、国の威信をかけて、はたまた旗を立てるためにあちこち動くのがめんどくさいと意見を譲らない。


 しかし、ウィリアムが思い出したかのように手を打つと――


「面倒だから2人はあっち」

「な、貴様!」

「おおっと! ウィリアム殿!」


 2人が乗る盾を強引に動かして、敵砦の重要そうかつ比較的安全そうな場所に移動させた。

 その間に、自らも敵砦の重要と思われる最も高い建造物に向かって降りていく。


「……結局、自分でやった方が一番早い。変に高い地位に押しやるから、被害が出たじゃないか」


 ぶつくさぼやきながら、ウィリアムは降りる。

 砦内で最も堅牢な造りをした、塔のような建物の前にウィリアムは降りると、異変を察したのか、わらわらと低位の悪魔が群れを成して現れた。


 群れの中には魔法で姿を隠した中位の悪魔も多くいた。


 それでもウィリアムは、慌てない。


「武器を持っているのはありがたいな。おかげで消費を気にしなくて済む。――《種子槍《デュナミス》》」


 ウィリアムを囲っていた悪魔たちの持つ武具が強制的に粉上に崩れていく。

 知能の低い低位の悪魔は、それでもかまわず短くなった武器を振り回したり、戸惑い右往左往したりし始めた。


 大量の悪魔たちの武器を魔法で粉末にしたウィリアムは、ほんのわずかな紫電を発生させ――


「《開華槍(エネルゲイア)》」


 ――砦内に大爆発が巻き起こる。


 大量の悪魔を灰へと帰し、いくつもの石造りの建造物が倒壊し、高かった塔は半ばから折れ、まだ無事だった悪魔たちを下敷きにしていく。


 瓦礫に押しつぶされ、何百という悪魔たちが一瞬にして弾け飛び、消滅していく。


 辺りに土煙が舞い上がり、魔法によって隠れていた中位の悪魔の生き残りたちの姿も明らかになった。


「さあ、来いよ悪魔ども。この世界に二度と来れないように殺してやるぞ」


 そこから始まるのは一方的な蹂躙だった。




 ◆




「全くあの男は、辛抱が足らん。上に立つ者の器になるにはまだ足らぬな」


 少し離れたところで巻き起こる爆発を肌で感じながら、レイゲンはそうつぶやいた。


 彼が降りたのは、砦の北側。

 アニクアディティと砦を連絡する通路や施設が多く存在する重要地点。


 轟音を聞きつけた悪魔が表に姿を現すと、レイゲンに気が付く。


 仲間に侵入者がいることを伝えようと、低位の悪魔は声にもならない、人には聞き取れない不快な音を鳴らしはじめた。


「グガ……ギィッーーーー!」

「ギャ、フギ!」


 音が鳴ると、みるみるうちに辺り一帯が人型の異形に埋め尽くされ、悪魔の灰の体の色に染まる。

 あっという間に囲まれるも、レイゲンは不快げにピクリと眉を動かしただけだった。


「雑兵がいくら集まろうが無駄なこと。この俺に指一本触れることは叶わぬと知るがいい」


 背後から襲い掛かってきた悪魔に対し、レイゲンは見ることも一歩も動くことなく、ただ刀を抜き放つ。


「風竜派――《天風(てんぷう)》」


 ただ刀を抜いただけ。

 それだけの動作で、レイゲンの周囲一面に風の刃が発生し、悪魔たちを細切れにした。


 さらに魔法で姿を消した中位の悪魔がレイゲンに襲い掛かろうとする。

 しかしその不可視の刃ですら、レイゲンは躱そうともせずに拳をふるう。


「炎竜派――《灰燼(かいじん)》」


 炎が吹き荒れ、姿が見えなかったはずの悪魔すら黒く燃え、倒れて灰になっていく。


 明らかに振るう刀や拳の間合いの外にいたにもかかわらず、多くの仲間がやられたことに戸惑った悪魔たちは距離を取り、攻めあぐねる。


 知能が低く、どんな存在に対しても、自らより上の位の悪魔がいなければ戦いを挑むはずの低位の悪魔でさえ、目の前にいる竜人の男が放つ威圧感の前に、無いはずの恐怖心が沸き起こり、二の足を踏んだのだ。


 攻めてこない悪魔を前に、レイゲンは笑う。



「臆したな?」



 レイゲンが初めて一歩足を踏みだした。


 それだけで、まるで竜が足を大地につけたかのような地響きが鳴る。


 辺り一面に亀裂が走り、地割れが起こる。


 それだけでまた幾体もの悪魔が落ちていき、絶命していく。



 ――その光景を悪魔は恐れた。



「恐れは恥ではない。俺以外のものにはな」



 レイゲンが刀を地面に突き立てる。

 それだけで割れた地面の裂け目から白炎が吹き上がり、触れていないはずの悪魔ですら、その肉体とは対照的な白い炎に焼かれていく。


 それはさながら、かの古竜を想起させる技だった。



 ――竜の血を引く竜人は、その体も力も竜に近い。


 竜とは頭ではなく、本能的に魔法を操る存在。


 火を噴き、空を駆け、大地を穿つ。

 意識することも工夫することもなく、ただ生きるだけで魔法を操る竜の力を、レイゲンは誰よりも強く受け継ぎ、自分のものにしていた。


 ウィリアムやウィルベルのように、マナを知覚することはない。



 その必要がない。



 体が自然とマナを操るようにできている。

 竜人に伝わる流派は、より効率的にマナを操るための形に過ぎず、刀を振るう剣技はただのおまけに過ぎない。


 竜人の力の本質はその身に宿る竜の力を引き出すことだから。

 灼島の武術を完全に修め、聖人かつ誰よりも竜の力を濃く受け継ぐレイゲンは、まさしく古竜に匹敵する存在だった。



「さあ、来るがいい。この俺手ずから、貴様らを黄泉の世界に送ってやろう」



 そこにあるのは、圧倒的に格が違う戦いだった。




 ◆




 砦中央から見て南に位置する場所。

 そこは金属の嵐が吹き荒れる一種の地獄と化していた。


「我とて負けられぬ。国の威信にかけて、わが胸に宿る炎に懸けて。邪悪なる悪魔どもを粉砕せん」


 巨大な鎖に繋がれた鉄球が生き物のように動き回り、逃げ惑う悪魔たちを、抵抗する暇も与えずに周囲の建物ごと粉砕していく。

 人類圏への侵攻に備えた設備が多く揃っていた南部分には、それだけ数多くの兵器や悪魔たちが集結していた。


 しかし、巨大な鉄球を振り回すヴァルグリオは大量の悪魔も兵器も全く意に介さずに、一方的に周囲一帯を瓦礫の山へと化していく。


「ギギャッ! ドワッフ! ……ショウグン!」

「我を知っているか。冥途の土産に我の名が使えると良いな」


 中位の悪魔でさえ、まるで巨大な大蛇のように迫る鉄球の前になす術もなく灰になっていく。


 横方向のみの包囲では攻め切れないと判断したのか、悪魔たちは有翼のものと協力して上下左右全方位から一斉に攻め立てる。


「クビ、トル!」

「ギギィ!」

軽佻浮薄(けいちょうふはく)の悪魔ども。貴様らがいくら策を弄そうと我の足元にも及ばぬ故に」


 ヴァルグリオが手に持つ鉄球が突如として淡く光る。


 すると次の瞬間には、鉄球は二つに分かれていた。


 両手に持った鉄球を意のままに操り、上下左右のあらゆる方向から迫りくる悪魔を瞬く間に叩き潰していく。


 二つに分かれたことで小さくなり、威力が減少したようにも見える鉄球だったが、その分、速度が大きくなり、目にもとまらぬ速度で迫りくる悪魔を灰へと変える。



 彼の持つ武器――《変幻宝具(テサウルムリベルタス)》は、アグニータの持つ武器同様に形を変えることができるもの。


 違うのは、その質量。


 元から樽のような体系で屈強な種族であるドワーフ、その聖人であるヴァルグリオの実力を十全に活かすために作られたこの武器は、他の誰もが持てないような圧倒的な質量と重量を持っていた。


 小さくなったとはいえ、この鉄球が直撃すれば、堅固であるはずの砦の建造物すらぼろきれのように音を立てて崩れていく。

 立体的に襲ってきた悪魔を瞬く間に一掃したヴァルグリオは、周囲に悪魔がいないことを確認すると、他の場所の悪魔を討伐するために遠回りしながら、敵の首領がいると思われるウィリアムがいる場所を目指しだす。


「先の爆発、まだ終わっていないことを祈る。これだけではレオエイダン元帥の名折れというもの」


 自らが起こした破壊の嵐によって、辺り一体瓦礫の山となった砦内を歩く。



 ――しかし、歩けども歩けども、悪魔の姿が見当たらない。



 もうすでに全員倒してしまったのかと、顔をしかめた。


 そのとき、ヴァルグリオの上空に何かが現れる。


「……」

「む。ようやくであるか。高位悪魔よ」


 背の低いヴァルグリオを見下ろすように上空から姿を現した悪魔。


 人の身に近い体をしたその悪魔は、服とも呼べないボロ布を纏うのみ。

 しかし、そのたたずまいは明らかに高位悪魔と察せるほどの知力を有していた。


 悪魔は何も言わずに沈黙したまま。

 ただただその視線をヴァルグリオが持つ武器に向けていた。


 気になったヴァルグリオは手に持つ武器を左右に振る。

 悪魔の視線もその動きに応じて左右に動く。


「貴様、何者か」

「……サブナック。創造と物理を司る者、この砦を築きし者。傷つけた貴様らを許さぬ」


 サブナックと名乗った悪魔はその視線を武器からヴァルグリオへと向ける。


 その目は激しく歪み、明らかな敵意と怒りがこもっていた。


 ヴァルグリオが鉄球を振るう。

 二つの、目にもとまらぬ速さで迫る死の球を前に、サブナックは手をかざす。



 ――たったそれだけで鉄球部分がただの液体金属のようにふやけ、サブナックに当たらずに飛びちった。


「むっ」

「……仕組み、理解。錬金術、魔法の応用、対策、可」

「この武器を理解したというのか。やはり高位、侮りがたし」


 鉄球部分だけが、武器になる前の液体金属に戻ったことを見たヴァルグリオは顔をしかめる。

 すぐに残った鎖部分を操り、飛び散った金属を回収すると武具はまた元の鉄球の姿を取り戻した。


 そしてまた振るうも、サブナックが手をかざしただけでまた液体の状態に戻る。

 また回収して鉄球にするを繰り返す。


「仕組み、手元の鎖の方、破壊」

「やってみるがよい」


 サブナックは鎖部分を破壊しようと動き出す。


 ヴァルグリオは応戦する。


 ただ、その口元が緩んでいた。

 ヴァルグリオは鉄球を1つに組み合わせ、一度後ろ手に回してから再度振り回して辺り一面を破壊する。


 土煙で自分の姿を隠す。


 落ち着いた様子で、視線だけで周囲を見渡すサブナック。


 そして、突如として煙を切り裂き現れた巨大な鉄球。

 それに対してもサブナックは手をかざして液体に戻す。


 そして、すぐさま残った鎖部分に触れる。

 鎖もまた液体の状態に戻る。


「武器破壊。本体にとどめ」


 武具を無くしたヴァルグリオに向かって、サブナックが動く。


「ここぞ」


 土煙の中、自らの場所を教えるような言葉を吐いたヴァルグリオに、警戒したサブナックは一度、攻撃の前に煙を風で払い視界を確保した。


 ――そこにいたのは、もう一つの鎖を振るうヴァルグリオ。


 その鎖は液体となった金属ではなく、サブナック自身に向かっていた。


「無駄……ッ!」

「浅はか故」


 しかし、手をかざすもその鎖は液体になることはなく。

 鎖はそのままかざされた手を、そしてサブナック自身の体に巻き付き、動きを封じた。


「かざしたところで壊れはせぬ。それはただの鎖故」

「っ! フェイク、なら!」

「残念だが、終わりである」


 鎖を魔法で破壊しようとしたサブナックだったが、ヴァルグリオはそれを許さない。


 その暇を与えない。


 彼の横に巨大な銀一色の大砲があった。


「理解、不能……!」

「我が宝具は一軍に匹敵するもの。これしきのこと造作もない」


 ただの鎖で縛られ、ほんのわずかな時間だけ動きを封じられた悪魔。

 ただ、そんなわずかな時間の隙もヴァルグリオは逃さない。


 彼もドワーフの英雄。

 魔法が使えずとも、ウィリアムやレイゲンと肩を並べることができる大英傑。


「さらば、サブナック。覚えておく故」

「……っあ!」


 大砲が火を噴いた。


 砦どころか、辺り一帯を震わせる一発。



 ――後には、瓦礫で満ちた更地が広がるのみだった。




次回、「翻る蒼」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ