第二十四話 英雄出撃
「まったく使えない! 最強が聞いてあきれる!」
総指令室に大きな打撃音が響く。
大勢が囲う机を強く叩いたのは、仮面をつけたウィリアムだった。
テーブルに置かれた様々な資料や地図の上の駒が揺れる。
「落ち着け。確かにロフリーヴェスのしたことはおろかだったが、総大将が慌ててはならないぞ。まだ立て直しは効く」
ディアークがウィリアムをなだめる。
しかしウィリアムの怒りは収まらない。
「立て直しがきくからはいそうですかと流せるもんか。あの飛行船を作るのに俺たちがどれだけ苦労したと思ってる。この砦の攻略にあまり時間はかけられない。だから虎の子の飛行船を出したのに独断専行して真っ先に撃沈とか、まったくもって笑えない」
ヒートアップした怒りを、ウィリアムは一度深呼吸して落ち着かせる。
「……せめてもの救いは後続の部隊が冷静に引いてくれたおかげか」
「そうだな。おかげで高位の悪魔の存在をはっきりと確認できた。被害も一隻のみ。高位悪魔三体を相手にしていることを考えれば、悪いことばかりではない」
椅子に座りなおしたウィリアムは思考にふける。
「長年、我が国を支え続けてきたクラウスが破れたとなれば、兵たちの士気が下がることは逃れ得ぬ。どうするか」
西部の将軍、エデルベアグ・グス・ハードヴィーはクラウスが破れたことによる影響を懸念した。
「たかが一隻、されど一隻か。一般兵にはロフリーヴェスの存在は大きい」
「なれば下がった士気をどうやって取り戻してあの砦を攻めるのがいいだろうか。悪魔は復活する以上、あまり時間もかけられない。彼らが与えた被害を立て直されるのも時間の問題だ」
幾人もの将軍や軍人が対策を話し出した。
色々な案が飛び合うものの、有力な案は出ない。
そんななか、一人のドワーフが手を挙げた。
「士気を上げ、なおかつ迅速にあの砦を落とす方法ならありますぞ。少々危険ではありますが、十分に勝算もありますゆえ」
声を挙げたのはレオエイダン軍元帥、ヴァルドロの父であるヴァルグリオ。
彼の提案にウィリアムは話の続きを促す。
「アーサー殿、ならびにこの我が出てあの砦を落とすというのはどうだろうか。有象無象の悪魔どもに遅れは取りませぬ。高位の悪魔とて経験を積んだ我とアーサー殿ならば、そう簡単にやられることもありますまい」
――続く言葉に、将校たちは一斉に浮足立った。
「な、何を言っておられるか! 戦はまだ始まったばかり、その最序盤で総大将が出陣するなんて、前代未聞だ!」
「総大将の身に何かあれば悪魔どもの王に勝つことすらままならなくなるぞ!」
他の指揮官たちの抗議の声。
しかし、ヴァルグリオはそんな声を相手にすることはなく、ただただウィリアムを見つめていた。
ウィリアムはあごに手を当てて考え込む。
――ほどなくしてニヤリと笑い、立ち上がった。
「採用だ。それで行こう。久しぶりにともに戦いましょう、元帥閣下」
ヴァルグリオの案を採用する――
そう答えると先ほどよりも一層の抗議の声が上がる。
ウィリアムはめんどくさそうにしながらも、採用した理由を伝えた。
「ロフリーヴェスはやられた。最新鋭の飛行船と聖人の組み合わせでダメだったというイメージを払しょくするには、これくらいインパクトがないと意味がない。それだけあの傲慢な聖人様はやらかしてくれたんだ。だから、たったの二人で砦の1つや2つ落とせると事実を以って示せば、士気は十分取り戻せるだろ」
「しかし危険すぎます! 相手は高位の悪魔が3体、ロフリーヴェス大将がやられたのですぞ! いくら総大将といえど――」
猛抗議する将校たち。
その中で――
「認められんな」
響いたたった一言で会議室が静かになった。
言ったのは、屈強な軍人ぞろいの司令部の中でも一際大柄で威圧感を放つ男。
竜人の王、レイゲン。
さすがにレイゲンの意見を無視するわけにはいかないと、ウィリアムはレイゲンの意見に耳を傾ける。
「認められないとは?」
「この俺を差し置いて貴様が戦に出ようとはな。そのような余興を黙って見ていろと?」
思わぬ理由で反対したレイゲンに、ウィリアムは一瞬目を丸くして――
「……ははっ! ならいいか。3人なら、まあ許容範囲内だろ」
ウィリアムは思わず笑い声をあげた。
他の者たちがあっけにとられているなか、3人は相手にすることなく部屋を後にする。
部屋を出る間際、ウィリアムは振り返り――
「俺たちが砦に旗を立てるまで、軍を退かせろ。指示があるまで勝手に軍を動かすことは許さん。あ、あと俺たちが出たと大々的に伝えておいてくれ。すぐに結果がでるだろうってさ」
部屋に残った者たちが唖然とする。
沈黙が落ちた部屋の中で、3人が扉を閉める音だけが大きく響き渡った。
◆
戦闘準備を整えながら、体格の異なる3人は意外にも会話を弾ませていた。
「まさか、こうして肩を並べて戦う日が来るとは思わなかったな」
「ふっ、この俺と戦えることを喜ぶのはいいが、武功を比べられて惨めになるかもしれんぞ?」
「我とてレオエイダンを背負っている故、そう易々と首級を譲ったりしませんぞ。高位を何度も狩っておるゆえ」
鎧を纏いながら、剣や槍を持ちながら、気負うことなく手早く準備を進める。
「そうはいっても悪魔なんて死体が残らないんだから、誰がいくつ討ったかなんてわからないだろ。あまり気にしても周りは信じないんじゃないか」
「何を言っている。悪魔の残す灰も位によって放つ力が異なる。高位とそれ以下の見分けなど誰にでもつくわ」
「然り、ウィリアム殿も首魁を討ち取ったなら灰を回収しておくが吉であるぞ」
「へぇ、知らなかった。覚えておこう」
まるで遠足にでも行くかのように、3人は装備を整えると外に出た。
「ユベールから誰か1人連れてくれば、ちょうどよかったかな」
「エルフは数が少ないが故、あまり柔軟な動きができませぬ。仕方なきこと」
外に出た3人。
その三人を出迎えたのは、今か今かと出陣を待っている大勢の兵士たちだった。
アクセルベルク最北端にある、立派な防壁に囲まれた広大な基地に所狭しと並んだ兵士たちは、これから出陣する様子の3人を見てざわめき始める。
彼らは先ほどの爆発で、クラウスという長きにわたってその武勇を知らしめてきた聖人が飛行船と共に落ちたことを知っていた。
そこでさらに、連合の重鎮である3人が出てきたことで憶測が憶測を呼んでいた。
もうすでに勝利は難しいのではないか――
若輩の総大将に指揮なんて無理だろう――
不安と疑心を抱えた兵士たちを前に、ウィリアムは少々戸惑った。
「ああー……どうしようか」
「堂々としていろ。みっともない姿を見せるな。どちらが総大将かわからんぞ」
「然り。この後に結果で示すのです。言葉など最低限で伝わるというもの」
歴戦の2人の言葉を受けて、ウィリアムは魔法でしまっていた槍を取り出した。
十字槍、それも刃と柄の間に小さな刃がつき、八望星に似た形状をした青藍の粒子を纏う神々しき槍。
まるでそれは聖なる十字架のように、神にあだなす悪魔を断罪するように。
何よりその槍には今までとは違う点があった。
――槍には、風にたなびく大きな青い旗があった。
風に煽られて揺れる旗に刻まれているのは、空を駆ける竜の紋。
ウィリアムは、すべての兵士に見えるように旗を高らかに掲げ、大きな声で宣言する。
「諸君! これから俺たち仲良し3人組は、少しだけピクニックに出かけてくる! ちょっと向こうの山の上に旗を立ててくるから、見えたら大声で応えてくれ!」
その宣言の意味を理解できずに、兵士たちは静まり返る。
「さ、いこうか」
しかしウィリアムは特に気にすることなく、レイゲンとヴァルグリオの方へ振り返る。
案の定、レイゲンの顔はしかめられていた。
「待て貴様、なんだ今の号令は。ふざけているのか」
兵士には聞こえない声で抗議するレイゲン。
ウィリアムは肩をすくめた。
「堂々としていろって言ったじゃないか。俺たちにとったらあんなもん、ピクニックとか鴨撃ちと大して変わらないだろうに」
「アーサー殿、レイゲン殿は仲良し3人組といわれたことが気になっているのかと」
ヴァルグリオの言葉に、ウィリアムはポンと拳を手のひらに乗せる。
「ああ、なるほど。イメージ崩れるもんな。ごめんごめん」
「たわけが。その程度でふざけたイメージがつくものか」
「結果で示すんだから別にいいだろ。ちゃっちゃと行こう。旗を立ててここにいるやつらを喜ばしてやろう。お子様ランチ然り、旗はみんなの大好物だ」
終始陽気なウィリアムは、槍を持っていない左手の指を鳴らす。
すると地面から、光りを飲み込もうかという黒い門が出現し、一瞬で3人を飲み込んだ。
突如消えた3人を前に、またしても兵士たちは驚き沈黙するのだった。
次回、「変幻宝具」




