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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第二十二話 開戦の狼煙

 



 アクセルベルク最北端に位置する城塞砦。

 遠くを見通せる高い防壁の上で、二人の男が遠くを眺めていた。


「壮観だな」

「すべての軍勢が集っているのだ。そうもなろう。……向こうもこちらもな」


 竜のような角を生やした大男が、傍にいる仮面をつけた男に向けて挑発的な笑みを浮かべた。


「さて、この状況、貴様ならどうする?」

「取れる策なんてそう多くない。いい方法が一つあるならそれでいくさ」


 筒形の望遠鏡を覗き込みながら、ウィリアムは言う。

 そのレンズが捕らえているものは、北方の中でも最北に位置する砦の物見台からさらに北へ僅かに見える山岳地帯に砦を構えている悪魔たちの軍勢の姿だった。


「高位の悪魔、いや、王級の悪魔がいれば拠点づくりもわけないか。だが短期間でこんなに立派な砦ができるわけがない。ロフリーヴェスの野郎、さぼってやがったな」

「あの無能、アクセルベルク最強と聞いて期待してみればこのざまだ。大方、長年の地位に胡坐をかいていたのだろう。他国の支援を貪り、目の前の敵から目をそらした結果がこれだ。とことん救えぬ男よ」


 二人揃って悪態をつく。

 ウィリアムは望遠鏡から目を離し、レイゲンに向き合った。


「なら尻ぬぐいは本人にやらせるとしようか。レイゲン、戦端が開いたらあとは任せるぞ」

「この俺を顎で使うか。まあよい、貴様の代わりに総大将の責務、果たしてやろう。飾りの総大将と呼ばれることを覚悟しておくんだな」

「そりゃいいな、すぐにでも譲りたいくらいだ。この後のことを考えると、全くもってイヤになる」


 溜息を吐きながらウィリアムは今度はすぐ下の方を見下ろす。


 そこには様々な色の旗を掲げた大勢の人々の姿があった。


 すべての国の兵が集まった、数十万にも及ぶ連合軍の軍団だった。


「これほどの兵に対してもお前の加護は使えるのか?」


 ウィリアムの問いに、レイゲンは不敵に笑う。


「見くびるな。幾千幾億とてこの俺の加護は変わらぬ。貴様も俺の下につけばその恩恵を受けられるぞ?」


 ――レイゲンの加護は『覇軍』の加護。


 自らに従う配下すべてを大幅に強化する非常に強力な加護。


 レイゲンの誘いに、ウィリアムは肩をすくめた。


「灼島の文化は個人的に気に入っているし、気持ちは嬉しいけどな。いかんせんあそこは暑い。もう少し涼しい離れの場所に住みたいね」


 そのとき、話している2人の場所に影が落ちる。

 見上げるとそこには、何隻もの空を飛ぶ巨大な船が飛んでいた。


 先頭を進むのは火力特化艦、アングリフ級壱番艦アングリフ。


「今頃、ずっと欲しがっていた飛行船に乗れて乱舞しているんだろうな。一番危険だと理解しているのかな?」


 先頭の飛行船の指揮官を務めるのは、王侯会議で問題を起こしたクラウス・レオ・ロフリーヴェスだった。


「目の前にあるものを食らうことしか考えていない暴食家だ。結果など知れている」

「他国の支援を貪ってばかり。できあがったばかりの俺たちの飛行船までただでもらおうなんて図に乗りすぎだ」


 クラウス・レオ・ロフリーヴェスは北部が悪魔との攻防の最前線で在り、要であることを盾にとって南部を始めとした数々の国や領に対して半ば強引に支援を引き出していた。


 北部からの支援要請をほとんどの国が嫌がるのは、その要請があまりに傲慢なものだったからだ。


「あの男にあの船の真の価値などわかるまい。生み出すことをせず、他者から奪うことしか考えていないような男だ」

「違いない。北部が大変なのは理解できるが、だからといって何でもしていいわけじゃないことを長い人生で理解できないなんて、頭がついてないんだな」


 ロフリーヴェスは南部の飛行船を無償で提供するように要請していた。

 確かに北部は最重要区域で在り、数々の資金や物資が集う場所。しかし当然それらは無尽蔵に湧いてくるものではない。


 無償で提供は当然どの国も嫌がる。

 それでも北部に資金や技術、人が流れていたのは、北部とつながりが強い中央の努力によるものが大きかった。


「宰相があれほど飛行船完成を祝ってくれた気持ちが痛いほどわかるな。あんなのにずっと迷惑かけられれば、いやでも朗報が聞きたくなる」


 中央の財務を取り仕切る宰相は北部の無茶な要請に対してできるだけ穏便に、かつ各国に対して資金を流すことで融通してもらっていた。


 中央は北部と他との関係の緩衝材の役割を果たしていた。

 しかし、それがまたロフリーヴェスを助長させる原因にもなった。

 実質、北部はほぼ無償で他からの支援を受けていたようなものだったから。


 だからこそ、ウィリアムはその償いをロフリーヴェスにさせようとしていた。


 最も危険である、悪魔の根城への空襲の先陣を切らせるということを。


 先頭を往くロフリーヴェスの飛行船が眼下の連合軍の頭上を飛び、速度を上げて徐々に、遠くにある悪魔の砦へと接近していく。


 その後ろを少し離れて、また別の飛行船が随伴していく。


「さあ、高位の悪魔相手にどこまで戦えるか、見せてもらおうか」

「すでに怪しいようだがな」


 二人の顔は、ひどくしかめられていた。




 ◆




 先陣を切るクラウス・レオ・ロフリーヴェスが乗る飛行船の中は大騒ぎだった。


「ふっはっはっはっは!! 南部の奴らめ、やるではないか! 発展途上の木偶どもだと思っていたが、それなりにやることはやっていたのだな! 見直してやろうではないか!」


 ロフリーヴェスはブリッジにある立派な椅子にふんぞり返り、机に脚を乗せてほくそ笑む。


「大将閣下! これならあの悪魔どもに勝てますね! 一方的に嬲り殺せますよ!」

「当然だ! この吾輩と、この飛行船があればあのような要塞など一日も立たずに制圧してくれる!」


 部下の言葉に気分を良くするクラウス。


「宰相はあの砦を危険だと言っていたがなんてことはない、高位の悪魔がいくらいようが寄ってくる前にすべてこの船で撃ち落としてくれるわ! それを今日証明してやろうではないか!」


 飛行船の性能に酔いしれていたクラウスは慢心していた。


「閣下がお力を示せば、閣下が総大将の座を奪い返すことも可能ですね!」


 しかし、部下の一言で、一転してしかめっ面へと変わる。


「ふん、あの生意気な若造が総大将などとはこの戦の行く末も怪しいな。だがこの吾輩に飛行船を与え、先陣を切らせるとはわかっているではないか。もっとも今まで飛行船をこちらに寄こさなかったことを水に流しはしないがな。戦果を挙げて、この吾輩に無礼を働いたことを公衆の面前で謝罪させてやる」

「我ら北部があるから他の領は平和を謳歌できるというのに、世間知らずの無礼者がいたものですね」


 クラウスの手に力が入り、ぎちぎちと音が鳴る。


「その通りだ。ましてやそんな愚か者が英雄などと持て囃されているから質が悪い……あの怪しげな術、悪魔が用いるものと同じ。獅子身中の虫だとなぜ誰も気づかん!!」


 苛立ったクラウスは座っている指揮官用の立派な椅子のひじ掛けに、力いっぱい拳を振り下ろす。

 バキッと物が壊れる大きな音がブリッジ内に響く。


 貴重な設備が破壊されたにもかかわらず、誰もその行動を咎めようとはしなかった。


 壊れてもまた支給してもらえばいいと、誰もがそう考えていたからだ。


 ざわつくブリッジに観測室から連絡が入る。


「閣下、まもなく予定地点に到着します。悪魔たちの襲撃が予測される地点であり、戦闘準備をせよと、本部から指令が」

「ふん、あの若造が。言われずともわかっている。この吾輩を手足のように使おうなどと随分といい御身分だ。まあいい。目の前で武勲を上げるところを指をくわえて見ているといい」


 クラウスは椅子から立ち上がる。


「あの小僧の唯一の良いところは戦後を気にせず破壊しつくせ、と指示がわかりやすいところくらいか。――全砲門解放、すべて砦へ向けろ。小僧に伝えろ、開戦の狼煙はこの吾輩が挙げるとな」


 途端に船内が騒がしくなり、ブリッジから各部に向けた指示が飛び交う。

 飛行船の各所から砲門が開き、その穴から鉄の筒が続々と覗く。

 そのどれもが下を向いており、地面への攻撃に備えていた。



 ――飛行船が悪魔たちが作り上げた砦の近くに迫る。



 後ろに随伴していた飛行船を置いて、クラウスの乗る船は戦果をあげようと前に出る。


 ブリッジの真下、豆粒のように見える砦に向けて――


「ってェーー!」


 クラウスは攻撃を開始した。


 山の上に建造した悪魔の砦に、飛行船の火砲を集中する。

 地上戦であれば、標高の高い位置に陣取ることで脅威であった悪魔たちの砦も、それよりも高い位置を飛ぶことができる飛行船の前では無力に等しかった。


 放たれる砲弾によって悪魔たちが築き上げた砦が無残にも崩れ落ちていく。


「砦内にいる悪魔が順調に殲滅されています! 勝利はすぐそこです!」

「はっはっは! 見たか! 北部の力! この飛行船があれば悪魔など恐れるに足らず!」


 高笑いを上げるクラウス。

 ブリッジ内にも歓声の声が上がり、観測室から告げられる報告にも喜色を帯びていた。


「ここまで悪魔がやってこられたのはひとえに南部の奴らがさぼっていたからよ! 戦果を挙げて奴らにそれを教えてやろうではないか!」


 にやけ笑いを抑えようともせず、戦場を見渡すクラウス。


 しかし――


「閣下! こちらに迫る敵を確認!!」


 盛り上がりに水を差す存在がいた。


 山よりも高い高度を飛ぶ飛行船に近寄れる存在など少ない。

 ましてやそれが飛行船ではなく、人のような姿をしていれば、それがなにかは明白だった。


「これは……高位の悪魔! 個体ナンバー04、07、11です!」

「来たか。馬鹿め。この飛行船の火砲の前に出るとはな! 撃ち落とせ!」


 クラウスは飛行船の全砲門を集中させ、迫りくる悪魔に攻撃を開始した。


 火力特化船が誇る火力を、上から雨のように砲弾を降らせれば、いかに高位の悪魔であろうと敵ではないと。


 ――しかし、その予想は外れることになる。


「閣下! 奴らは協力して砲弾を逸らしております! 撃ち落とせません! なおも高度を上げて接近中!」

「なんだと? ちっ、高度を上げてすべての砲を集中させろ! 奴らの技とて無限ではない、構わず撃ち続けろ!」

「っ! 駄目です! 間に合いません!」




次回、「弄ばれる」

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