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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第二十話 王の力

 



 次々と、状況は動く。

 一度やると決まれば、あとは行動するのみだ。


「第一軍団は俺が率いる。第二はレゴラウス、第三はエデルベアグ、第四はヴァルグリオだ。レイゲンは後方にて指揮官として待機」


 アクセルベルク中央に高くそびえたつ城の会議室で、王侯会議にいた各領と各国の将軍達と確認をする。


「レイゲン殿が指揮官というのは?」


 ヴァルグリオが髭をさすりながら言った。


「俺は軍団を先頭で引っ張る。レイゲンは後方から支える形だ。加護の特性を考えると、レイゲンの負傷は避けたい。そして飛行船について十全に理解している俺が、前方でディアーク率いる飛行船団と連携を密に取るためだ」

「ウィリアムがいるなら誤射の心配はいらないな!」


 ディアークが豪快に笑う。

 ヴァルグリオも納得したようで静かにうなずいた。


 総大将なのに最前線に出張るなんてと思われるかもしれないが、悪魔の王を討つならば、俺か、もしくはレイゲンのどちらかが最前線に必要だ。


 両方前線に出れば指揮に影響が出て、両方とも後方にいると高位以上の悪魔が出た時に迅速に対応できない。

 大規模指揮ならば実戦経験の豊富なレイゲンに軍配が上がるし、飛行船の知識と一対多数の戦いなら俺に分がある。

 それに飛行船による砲撃の観測手としての役割なら、空間魔法で密に領域を把握できる俺の方が適任だ。


「今回の総攻撃ですべてを決める。だが悪魔どもが迂回し、本国に奇襲をかけた場合を考えて、アクセルベルクにも戦力を残す。そこには――」

「我らが残る、ということか」


 むっつりと言ったのはドワーフ王のヴェンリゲル。

 その横で王冠を被った壮年のアクセルベルクの王レオンハートが無言でうなずいた。


 ドワーフは王族であっても最前線で戦うことがあるが、今回は最前線にはレオエイダン国軍最高司令官であるヴァルグリオがいる。


 そこで、ヴェンリゲル王には後方で第二陣として待機してもらうことにした。


 実質、俺たちが負ければ、そのときは人類の敗北といっても過言ではない。

 そうなったとき、この二人の王が人類最後の希望といってもいいだろう。


「軍がいない間の治安維持は私たちが引き受けましょう」

「聖騎士たちも総動員いたします」


 続いて各宗教のまとめ役も連携しだす。

 これで国外への侵攻と国内の治安維持、内と外を固める。


 さて、問題は――


「北部の様子だが、ずいぶんと砦が近くに建造されているようだな」


 敵悪魔の拠点がアクセルベルク北部領の目と鼻の先にできかけていること。

 つまり、悪魔が攻勢を仕掛けてくるまでもう猶予はない。


 事前に聞いていた話では悪魔に動きなしだったから、もっと余裕はあると思っていたのに。


「フン!! 所詮、悪魔が建てた砦よ。我が北部の勇猛な兵士たちにかかれば、一日とかからずに落とせるわ!」


 そういうのは、憤懣やるかたなしを絵にかいたような顔をする男。

 こないだぶちのめした白髪の多いクソジジイ、もといクラウスだ。


「一日で倒せるなら、建造する前に倒せよ。いざ総攻撃ってときに出鼻をくじかれでもしたらどうする」

「ハッ、 それは貴様の指揮の拙さだろうて。 吾輩に代われば万に一つも敗北はありえん」


 優れた指揮者はそもそも砦を建築する暇なんて与えないんだよ。


 なんて思ったが、この老害に何を言っても無意味だ。

 だからここは――


「なら先達の戦い方を教えてもらいたいな。飛行船団の一部を貸し与える。それで目前の砦を奪還してもらう」

「ほう?」


 飛行船がもらえる。

 そう聞いたとたんに、クラウスの目の色が変わる。


「進軍するのにあの砦は邪魔だ。なので、完膚なきまでに破壊してもらう。それを以て、本作戦の開戦の狼煙とする」


 先端を開くのはクラウスに任せる。

 そういうと、クラウスは体勢を前のめりにして唾を飛ばした。


「よかろう! この吾輩が木っ端どもを微塵にしてやろう! 貴様の指揮など不要! 我が北部軍の精強さをその目に焼き付けるがいい!」


 クラウスは肩をならしながら会議室を後にした。

 一転して静かになった会議室で、誰とも知らないため息がこぼれる。


「ディアーク、任せた飛行船団の一隻だけをあいつと北部連中に渡せ。それ以外は南部軍で固めろ」

「わかった。だが、いいのか? これでは……」

「有能な敵より無能な味方だよ」

「?」


 あの男は馬鹿だ。

 それもただの馬鹿ではなく、ふてくされた馬鹿だ。

 ならば、餌を与えて働かせるに限るというものだ。この場合、餌は飛行船、そしてそれにより攻略が容易くなった砦、といったところか。


 もっとも、その餌が食えるものかは知らないが。


 あれでも聖人、無駄死にさせる気はないが、余計な手間を取らせた分、毒見役は引き受けてもらう。


 クラウスがいなくなったことで、会議は円滑に進む。


「クラウスに任せる砦が攻略できたとしても、それより先にもまた悪魔の拠点がいくつかあるはずだ」

「であればどうする? またあの男に任せるのか?」

「いいや」


 ヴェンリゲル王の質問を否定する。

 彼もわかっていたのか、特にいぶかしむこともない。

 俺は地図の上の飛行船を表す駒を次々と動かし、北上させる。


「クラウスが最初の砦を攻略した後、ディアーク率いる本来の遊撃飛行船団にアニクアディティにつながる要衝すべてを抑えてもらう」

「なるほど、その間に地上部隊は進軍し、アニクアディティ攻略のための拠点を設営するということか」


 かつてアニクアディティとアクセルベルクの間には、いくつもの街道があった。

 二国間は目立った争いはなかったものの、交易等も特にない。

 街道といっても細いものばかりで、軍の進軍には心許ない。


 さらにそこで敵の拠点が存在すれば、普通に進軍するにはかなり厳しいものになるだろう。


「アニクアディティ本国にたどり着くまで、余計な被害は抑えなければいけない。そしてもう一つ。この戦いに勝つために高位悪魔と王級の悪魔を分断する必要がある。その布石として、飛行船団にあいつを入れる」

「あいつ、とは?」


 アクセルベルクの王が問うてくる。

 正直に言うと、あまり気は進まない手だ。

 でも、これが最善手のはずだ。



 ――俺にとって。



「ウィルベル・ウルズ・ファグラヴェール。現状、空中で多数の高位悪魔を相手どれるのはあいつしかいない」

「あのときの少女か」


 レオンハート王も納得したようで、小さく頷いた。


「この布陣でアニクアディティ目前まで進軍する。詳細は追って通達。今日はここまでだ」


 まだまだ詰めなければいけないことはたくさんあるが、他にもやるべきことはたくさんある。


 会議の終了を告げると、三々五々散っていく。


 俺も戻ろうと踵を返した時――


「ウィリアム殿。少しよいか」


 ヴァルグリオ元帥とヴェンリゲル王の二人が声を掛けてきた。

 元帥は穏やかに微笑みながら、しかして王は険しい顔を浮かべながら。


「ウィリアム殿に一つ、お話ししたいことがある」

「というと?」


 元帥は下がり、代わりにヴェンリゲル王が前に出る。



「アグニータについてだ」

「……え?」




 ◆




「貴様は王になった。だがいまだアグニータをやれる度量だとは認められぬ」


 怒りを隠そうともしない険しい顔のヴェンリゲル王。

 場所を変えて、他に誰もいない城の一室で、俺とヴェンリゲル王は椅子に座って向かい合っていた。


「アグニータを欲しいといったことはない。もちろん仲間としては心強いが、妃として欲した覚えはないぞ」

「アグニータでは不満と申すか!?」

「どっちなんだよ!?」


 初めて知るヴェンリゲル王の素顔。

 彼は今まで俺とアグニータの関係性を良く思わないから、いつも憤怒の形相で睨んできたらしい。


 勘弁してくれよおい。

 いつも威厳ある厳しい王だと思っていたのに、内情を知ればとんだ親ばかじゃないか。


「俺を王に認めたのは、各国の王女と婚姻を結ばせるため、と聞いていたが、あなたはそうじゃないのか?」


 もともと俺は王になる気などなかった。

 なのに王に祭り上げられたのは、各国の代表がそれぞれの思惑にのっとって俺を推したからに他ならない。


 言うと、ヴェンリゲル王は眉間にしわを寄せたまま唸る。


「アグニータが望むなら、聖人である貴様を義理の息子と呼ぶことに若干のためらいしかない」


 若干はあるんかい。

 内心で少しばかりの呆れが出そうになった。

 しかし、


「一番の問題は、貴様自身の度量にある」


 先ほどとは違う、一転して真剣みを帯びた王の言葉に、俺の背筋が伸びた。


「度量、とは?」

「貴様は王になる気はないといったな。それもいいだろう。だが、多くの仲間が、民が貴様という存在を望む以上、貴様自身が望まずとも、いずれ貴様は人の運命を決める立場に立つことになる」


 運命。

 その言葉が、いやに心に刺さった。


 ……刺さりすぎて、痛かった。


「もし王にならずに、今回のような未曽有の危機に陥ったとき、貴様は多くの犠牲が出てからようやく動くことができるようになるだろう」


 だが、とドワーフ王は続ける。


「もし王になれば、どのような不測の事態になろうとも、武勇と知恵を以ていかようにも被害を減らすことができる」


 つまり、俺に王になれと。

 でも、俺に王が務まるとは思えない。

 きっと、俺よりもずっとうまく国を治めることができる人がいるはずだ。


「俺が王になっても、民を幸せにできるとは思えないな。少ない家族だけでも精いっぱいなのに」

「そんなものは些末なことだ。貴様は聖人だ。これからの長い一生、ずっと停滞したままでいる気か? もしそうなら、いずれその数少ない家族ですら、守り切ることはできなくなる」


 王に本当に必要なものは――



「王だけが持つたった一つの『力』だ」



 ヴェンリゲル王の言葉に首をひねる。


「『力』?」


 ヴェンリゲルは頷いた。


「各国の王はすでにそれを持っている。レイゲン王は圧倒的な『覇』、レゴラウス王は『愛』、アクセルベルクは『理』を。それぞれが持つ『力』でもって国と民を導いている」


 確かに、この世界に王は数いれど、全員が他にはない優れた『力』を持っている。

 魅力と言い換えてもいい。


 ……そんなものが、俺にあるだろうか。


「あなたはどんな『力』を?」

「我らドワーフは『義』を重んじる」


 王はそう言い切った。


「なんら嘘偽りなく、我らは()に生きている。なればこそ、我らレオエイダンの王は誰よりも『義』を体現しなければならんのだ」

「『義』を体現……」


 義。

 それは誠実なこと、善いこと、正しい行いをすること。


「兵士たちが命を賭して戦えるのはなぜか。民が兵士を支えようとするのはなぜか」


 ヴェンリゲルは立ち上がり、窓際に歩みゆく。

 外で汗水たらして訓練している兵士たちを見て。


「信じているからだ」


 怒りではない、慈愛のこもった声でそう言った。


「『義』を重んじるからこそ、兵士は憂いなく戦いに専念できる。王に今も未来もすべてを任せ、安心して戦える。民もそうだ。『義』を重んじるからこそ、日々の生活に安心と安寧が生まれ、信頼が生まれる。古来よりレオエイダンは、我らドワーフは『義』を第一として生きている」


 ヴェンリゲル王は振り向いた。

 俺を見る顔は、さっきと同じ険しい顔だった。


「今一度問う。アグニータという我らが『義』を預けるに足るか。貴様の王としての『力』を、見せてもらおうか」


 背の小さいドワーフなのに、ヴェンリゲル王がとても大きく見えた。


 王は全員が毎日を覚悟して生きている。

 預かる命の重みを知り、それでもなお人々の上に立たんと邁進し続けている。


 ……俺にそんな『力』があるのか?


「『力』は唯一無二でなければならん。他の王と同じではならぬ。もし同じ王がいれば、それは弱いほうが食われることになるだろう」

「つまり、俺だけの『力』と?」

「今はまだ貴様はただの総大将だ。大戦が終わった後は否応でも王の座に立たされることになる。今は存分に考えるがいい。もっとも、貴様を慕う部下たちを見れば、おのずと答えは出ようとも」


 それだけ言って、ヴェンリゲル王は部屋を出た。

 一人残った部屋で天井を仰ぎ見る。


 ……王としての『力』、か。


「あいつらは俺のなにが良くて、ついてきてくれるんだろう……」


 溜息は誰に聞かれるでもなく虚空に消えた。




次回、「模倣の英雄」

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